少年少女よ、大人になれ   作:四苦八苦

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千両役者

ベッドの上で目を覚ます。これで何度目か。

 

「……ふふ。」

 

当然のように時間は逆行し、3月16日を迎えた。今回もまた、ダメだった。

 

巴マミの戦死。

美樹さやかの絶望。

佐倉杏子の心中。

まどかの契約。

 

まあ、おおむねこんなもん。さて、どうしてくれようか。

 

巴マミは交渉のやり方をしくじった。美樹さやかは契約した時点で切り捨てた。佐倉杏子は……ああ、もういいや。

 

暁美ほむらの根底にあるものは、全てを救う英雄的素質でも、何度でもやり直す不撓不屈の精神でもない。結局のところ、暁美ほむらは優しいだけの少女であった。

 

幾万回にも昇る試行回数に耐えうるほどの精神など、持ち合わせてはおらなんだ。

 

暁美ほむらの心は、とっくに壊れかけていた。

 

「アッハッハッハッハッ!」

 

腹の底から湧き上がる笑いは病室内に響き渡り、暁美ほむらの肩を振るわせ、一時の快楽をもたらした。ほむら自身、こんなにも、何もかもかなぐり捨てて大爆笑できるとは考えていなかったものの、楽しいから今はこのままでいいか、と体を制御する気はなかった。

 

ああ、しかし、なぜだろうか。びっくりするほど、何もかもうまくいかない。

 

どんな頑張りも、どんな希望も否定される。

 

それこそ、誰かが世界に魔法でもかけたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、暁美さん、入ってらっしゃい。」

 

教室にいる男子達のおぉ、やすっげぇ美人、と言った声が聞こえてくる。これで何度目の世辞だったか。そろそろ新しいレパートリーを聴きたくもなってきた。何考えてんだろ、私。

 

「はい、それじゃ自己紹介行ってみよう!」

「──」

「……暁美さん?」

「……暁美、ほむらです。よろしくおねがいします。」

「じゃあ席は……」

 

表面だけは冷静装い、しかし、内心では驚愕。開いた口が塞がらない、とはこの事か。

 

……なんで?

 

いつものようにまどかに目配せした、その時。まどかの後ろの、赤髪の少女と目が合った。

 

「センセー!あたしの隣空いてますけど?」

「じゃ、佐倉さんの隣で!佐倉さん、宜しくね!」

 

意味がわからない。

 

 

 

 

休み時間になると、早速佐倉杏子から話しかけられた。

 

「よっ、ほむら。あたし佐倉杏子。好きなように呼んでくれ。これからよろしくな。」

「ええ、よろしくお願いするわ。」

「クール系って奴か?あたし好きだよ。」

「……どうも。」

「アッハッハ、つれないねぇ。まぁ、仲良くしていこうぜ。」

 

言葉をひり出してコミュニケーションの体裁を整えたが、内心は色々と限界だった。なぜ佐倉杏子がいる?なぜ学校に通えている?親は?この世界では心中が起こらなかったのか?

 

疑問が疑問を呼び続ける。これはたまらん。ほむらは一旦人のいない場所へ逃げ、考えをまとめることにした。

 

「ちょっといいかしら?佐倉さん。」

「おお、どうしたんだ?なんでも言ってくれよ。」

「軽いあがり症で、ドキドキしてしまって少し気持ち悪いの。保健室まで連れて行って欲しいのだけど、保健係の人は誰なのかしら?」

「ん、了解。そういう事なら……イオリ?」

「呼んだ?」

 

誰だお前は。何故お前が保健係で反応してくるのだ。そもそもこんな奴居たか?保健室だの何だの話しているが、まるで頭に入ってこない。

 

「……さん?暁美さん?」

「ああ、ごめんなさい。少しぼうっとしてしまったわ。」

「虚弱体質?無理せず周りに頼んなよ?」

 

イオリ。そう呼ばれた男は、ほむらにとって初めて見る顔だった。まどかの救済に躍起になりクラスの人間など意中の外だったが、どう考えてもこんな男はいなかった。

 

素性、ここにいる理由、人間性。そのどれも計り知れない存在であったが、ひとつだけわかったことがある。顔がいいことだ。アイドルだの、イケメン、とよばれる具合ではない。可愛らしい、中性的な見てくれ。儚げな美少年、という言葉がよく似合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室に行くまでの間、2人に会話は無かった。イオリが先導し、ほむらは黙ってついていく。ほむらとしては、今すぐにでも学校を抜け出してこの世界の調査に乗り出したかった。とはいえ、入学初日からバックれるのは流石に良識が止めた。そのため、一旦目の前のイオリを知ることにした。

 

歩行速度、歩く様、魔力で聴覚を強化し、呼吸、心臓の音。それらをよく観察した。まともな存在ではないだろうが、まともな人間であるのかを確かめたかったからだ。

 

結果、驚くほどにまともであった。一定の歩行速度、跳ねる心臓、呼吸の音。歩く姿は絵に描いたような普通。しかし、普通すぎる。疑心暗鬼が悪戯しているのか、考えすぎと言ってはそこまでだ。とにかく、ほむらはそれが、気持ち悪かった。

 

この違和感を表現するには、水を例に挙げるのが正しいだろうか。飲料水を作る過程において、微生物だの微粒子だの、そういった不純物を取り除く。決して毒は無い、しかしそれを飲んだ時、味わいが妙なものであったことはないだろうか。それだ。それを今、感じたのだ。ほむらにとって、イオリとは人間に極限まで近づいたナニカ。そういった印象を受けた。

 

「はい、ここが保健室だよ。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。バイバーイ。」

 

保健室に到着すると、微笑を浮かべながらイオリは小さく手を振り、ほむらの気も知らないで帰って行った。

 

なぜこんなことになってしまったか。ほむらの見込みとしては、魔女の結界が一番にあがっていた。イオリも、佐倉杏子も、何もかも。全てまやかしだとしたら、かなり面倒なことになりそうだ。

 

まあいい。ひとつひとつ、順序立てて調べよう。そのためにも、今はここで一人でいよう。

 

「あぁ、」

 

保健室のドアに手をかけた瞬間、後ろから何か思い出して自然と漏れ出たような、そんな気の抜けた声が聞こえてきた。ほむら振り返ると、先ほどと表情の変わらない、にやついたイオリと目が合った。

 

「何?」

「これ、何回目?」

 

ぱか、と蕾が開くように、満面の笑みを見せた。あどけなく、さながら天使の吉報だ。

 

「……本当、なんなのよ……」

 

立場により、天使も悪魔も逆転するものだ。急転直下の自己紹介により、ほむらはついにキャパオーバー。

 

やっぱり、まともではなかった。人間でもないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、確かに。ああわかるとも。俺も馴れ馴れしかったとは思うよ。でもそこまで臨戦態勢にはならなくてもいいんじゃないか?」

「そういう問題じゃない。」

「や、悪かったって!落ち着いて?」

 

それから、イオリは無理矢理保健室の壁際に追い込まれ、銃を心臓部に突きつけられた。幸か不幸か、この空間には二人きりであるため派手なアクションを撮れたのだ。きちんと制服の布一枚越しに銃口を押し当てられている以上、どう足掻いても直撃は避けられない。

 

「人間ファーストコンタクトが9割って言うだろ?だったら最初からこういう人間ですって、アピールした方がいいかなってさ?」

「その結果私全く信頼出来てないけど。そもそも、私に言わせてみれば、あなたが人間とは思えない。」

「……バレちゃった?」

 

悪戯っぽく目を瞑り、笑って誤魔化した。

 

「自白したら世話ないわ。」

 

とほむら。やや呆れ顔で、ため息混じりに吐き捨てる。やはりこれは人間でないようだ。その割にはインキュベーターよりも感情豊かで人間味もある。交渉の余地はまだあるだろうか。

 

「ハハ……困った。うん。こんなことになるとは。いくらなんでも早すぎる。」

「で、なんで私に接触したの。それが問題よ。」

 

ほむらは、イオリだけ楽しそうにおしゃべりするのをぴしゃりと静止し、早速本題に入った。まず、『なぜ』。なぜ自身と接触したか、だ。何回目、その口ぶり的に時間逆行のことは把握しているのだろう。イオリとは何なのか、この世界は何なのか、それら一切さておいて、まずはそれからだ。

 

万が一、得体の知れないイオリにとっての逆鱗に触れた際のことを考慮し、いつでも時間停止はできるように、顕現させた盾を体の後ろに隠し身構える。

 

「助けたいからさ。君たち、全員を。」

 

とイオリ。にこやかに笑いながら、教師よろしく、ほむらを諭した。ほむらからしてみれば、急に現れたよくわからん物が、君たちのヒーローになりたいと言ってくるのだ。まあ、気分はよくならない。ストレスを一回の深呼吸で落ち着かせ、再度問い詰める。

 

「……そんな大それたこと言っておいて、自分に力があるの?この絶望をひっくり返す、その力が。」

「あるとも。だから、君の銃も脅威に──」

 

次の瞬間。イオリの台詞は、けたたましい炸裂音によりかき消された。ほむらが撃ったからだ。自分の力を、自分のやり方を、その全てを否定するその台詞は、ほむらにとっての忌諱に触れるには十分すぎた。

 

薬品の匂いに、硝煙の匂いが混ざる。清廉され、焦げ臭い。酷い匂いだった。

 

「……え、マジか。マジで撃つ?」

 

カラン。薬莢の落下音が部屋にこだまする。撃たれたイオリは目を大きくさせ、ほむらに引いた。

 

整備不良は無かった。狙い定めた銃弾は、イオリの心臓一直線に放たれた。しかし、止まった。それも、制服には一切の損傷もつけずにだ。薄布一枚と押し付けた拳銃、その0.01mmにも満たない隙間に、それこそ薄氷のような、胸にそっと収まるほどの小さい橙色の壁を生成し、弾丸を拒んだのだ。

 

「……なるほど、力はあるようね。」

 

ゼロ距離で放たれた弾丸を食らおうと突っ立っているイオリにほむらは若干恐怖を感じつつも、確かな力があることを確認できた。まあ、勢いに任せてやってしまったいえばそれまでだが。とにかく、一つ確かなものを得られたのだ。よしとしよう。

 

「急に撃ってくるのはびっくりだよ。怖あ。……でだ。この通り、俺は使い勝手抜群の無敵バリアを貼れる。力を示すのにまだ何か必要?」

「力はいいわ。信頼にはもっと必要だけど。」

「いいね、互いに利用し合おうさ。俺は、碇イオリ。イオリでも碇でもお前でも、呼び方は何だっていい。……それから、放課後空いてる?信頼欲しいんだけど。」

「言い回し、そこはかとなく気持ち悪いわよ。そうね……」

 

今日はまどかがあのゴミに勧誘され、その後巴マミの家で魔法少女のあれこれを聞くはず。経験則からして、今日契約することはない。加えて、この通り、カオスが当然とまかり通るこの世界。当てもなく調査に明け暮れては日が暮れてしまうだろう。

 

しかしイオリは、力を貸したいと打診している。普通であればその手を取ることはない。だが、世界がねじくれている今、その誘いに乗ってみるのも悪くはない。

 

銃による圧制を解除する。

 

「……いいわ。放課後、30分くらいなら時間を割ける。そこで、あらかた話してもらうから。」

「よかった。学校終わったら一緒に帰ろ。そっから家で話そう。バイバーイ。」

 

イオリにとってこの結果は、これ以上ないほど満足であった。思わず、目を瞑った、純真な笑顔で別れの言葉を告げ、ほむらの眼前から静かに立ち去った。

 

 

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