少年少女よ、大人になれ   作:四苦八苦

2 / 11
2話

「ここが、そうなの?」

 

家屋の前で、暁美ほむらはじいっと立つ。碇イオリの家は、三滝原をのびのびと流れる吾妻川の沿いにあった。白と黒を基調とした色合いは、まさに普通。家のカタログ、1ページ目に載っているような、普通。なんの変哲もない、2階建てだった。

 

しかしながら、暁美ほむらはそれを訝しんでいた。と、いうのも。この家を見るのは、これが初めてだったからだ。学校からの距離もそれなりに近く、そも、何度か川沿いの道は通ったことがある。にもかかわらず、これが初めてだったのだ。

 

「自分で言うのは何だけど、なかなか良い家だろ?」

 

とイオリ。ほむらの横で、そうだと言わんばかりに相槌する。

 

家を作る財力など、ましてや、時間がどこにあったのか。前回にはなかったはずだが。

 

「さ、行こっか。飲み物欲しい?」

 

おもむろに、イオリが、片方の手で玄関扉を開き、もう片方は広げ、歓迎のムードだ。

 

胡散臭いことこの上ないが、ここで行き詰まっても仕方ない。最悪時間を止めればどうとでもなるのだから、素直に従うことにした。

 

「……いらないわ。」

「……そりゃあ残念。」

 

イオリの声は、沈むように、伸びやかに消えていった。やや『含み』を感じつつも、イオリに促されほむらは住居へ足を踏み入れた。

 

玄関扉のその先は、自分の家のそれと同じだった。閑散として、若干暗い。

 

出迎えてくれる人がいない、とも言えた。

 

「ねぇ。あなた、家族は?」

 

玄関には、靴が一つもなかった。自分の家のそれと同じ。親というものがいない、その証拠だ。

 

ほむらに問い詰めようとする意図はなかった。ただただ、なんとなく、気になって聞いただけ。ちょっとばかし頬をぽりぽり掻くぐらいの気軽さだった。

 

「親ってコト?」

 

しかしながらイオリの反応は、ほむらの思惑以上に翻る。もしもほむらの気分が沈んでおらず、感情豊かで愉快であれば、きっとこれからのイオリの動向にはこう言っただろう──まさか、これほどとは。

 

イオリは、家に入り込んだほむらの後ろに立っていた。ドアマンとしての役割を終えるためだ。この状況を好機とでも見たのだろうか。逃がさないと、手に掛けていたドアハンドルを勢いよく引き寄せた。

 

がちゃん。と。ほむらの知るかぎり唯一の出口が閉まった。

 

「!?」

 

予想外に機敏になったイオリにすかさずほむらは跳ねるように、振り向きざまにイオリと距離をとった。

 

「いないよ。たぶん。いるかもね。」

 

とイオリ。声のトーンは無。明るさ。暗さ。一切がない。表情もそうだ。

 

「……どういうこと?会ったことぐらいはあるでしょう?」

「ないよ。俺は、ずっと一人だ。わかるか?暁美ほむら。おまえが、俺を生んだんだ。」

「……は?」

 

意味不明な文言を垂れ流すのは大義あってか。あるいは、単時点的(パンクテユアル)な衝動より漏れ出た奇々怪々か。どちらにせよ話の通じない化け物。そう、ほむらは確信してしまった。理があろうとなかろうと、もはや交渉の余地は残されていない。

 

面倒になる前に殺す。ほむらの思考はその方向にコンバートしていく。

 

「おまえは、世界を薪にして時間逆行を行なった。そのうち何割かは鹿目まどか、ワルプルギス。それらに施され、今やワルプルギスは手に追えない因果がらめの子(運命)。鹿目まどかは使い潰し前提の円環(欠陥品)。……けれど」

 

気づいた時には銃器は取り出され、引き金は引かれていた。二度目の弾丸は音もなく、イオリの脳天に打ち込まれた。

 

暗がりの中にイオリは倒れ込む。真っ赤な血で玄関を汚す。見えないが、おそらくそれは死体。動くことはない。この後ほむらがなんらかの処理をするなら、おおかた行方不明者として世間的には受け入れられるだろう。クラスメイトはまだしも、テレビでしか、伝聞でしかそれを知らない人間ならば、2か3日で忘れられる。

 

どこかでだれかが死んでいても、人の心はちっとも動かない。そんなものだ。

 

「……ッ」

 

それに、だって。あんな口調で話す人は気持ち悪いだろう。きっと友人なんていない。顔が良くとも気持ち悪く、誰からも見向きされない人間、だろう。せいぜい、クラスで向けられていた思いなどたかが知れてる。勝手に死なないでね。けど勝手に生きてね。それくらいだろう。

 

だから、私は──

 

人殺し。

 

「……フー。」

 

ア──ア──アア。

 

罪が重くのしかかる。

 

いる価値がなかろうと、人間を殺すのは気持ち悪い。正当化されるわけがない。人を殺すとはそういうものだ。いつになろうと、贖罪は終わらない。終わり無く苦しみを感受する他ないのだ。

 

分かっている。

 

分かっているのだ。

 

そうであることを選んだのも、そうなることを選んだのも、自分だ。

 

しかしだ。

 

こんな子供をここまで追い詰めることが、正当化される。

 

それが、美しいのか?

 

それは、面白いのか?

 

「そんなわけ、」

 

ほむらは。

 

「……ない。」

 

膝から崩れ落ちた。自己弁護が、鬱陶しい。客観視する誰かが疎ましい。自分の招いた結果なのに。

 

それは傲慢足り得るか?

 

暁美ほむらは、自分の地獄を直視できていなかった。

 

自分に課せられた業を。人殺しの罪を。役割を。

 

故に。

 

「君も救うよ。」

 

イオリが。

 

「なァ。暁美、ほむら。」

 

動き出した。壊れたはずの肉塊が、再び立ち上がった。

 

「人のはんあしは最後まd機構よ。」

「……え?」

「……あ。人の、話は、最後まで、」

「……なんで?」

 

思わず、後退した。イオリから目は逸らさず、床についた手を滑らせ、奥へ奥へと逃げていく。しかし、すぐに壁と背中がつき、逃げ場を失ったほむらにイオリは近寄る。

 

彼を後押しする僅かな光。ぬかるみを歩くほどに遅い足取り。目に映るシルエットは、破綻した人間。撃ち抜かれ頭蓋が欠けようと。”ありえない”が、生きている。

 

「……バケモノ。」

 

とほむら。吐き捨てるように。ひり出すように。

 

「……どうだか。おまえたちは、本当にまともな人間なのかね?」

 

とイオリ。ピタリと止まり、言い放つ。イオリの言う人間とは、どうやらほむらだけではないようだ。

 

イオリとほむらの距離は2mもない。ほむらとイオリは蛙と蛇。もっとも、イオリはほむらを殺すつもりはない。ましてや傷つけるつもりなど、さらさら。

 

しかし、ほむらには、イオリは恐怖の禍根でしかない。

 

それを知りつつも、イオリは続ける。

 

「魔法少女だけじゃない。おまえたち。まともに産まれてきた、おまえたち。原罪に囚われた糞虫が。のさばりおって、偉そうに。悪くないさ。おまえたち。あいつらのせいだもんな。」

 

今度の言葉にあったものは恨み。怒り。軽薄な言葉の数々が霞んでしまうほどに怨嗟が宿る。

 

「あなた……何を知ってるの?」

「……あ」

 

イオリはほむらの限界が、ここいらであることに気がついた。

 

「うん」

 

これは

 

「やり直しだ」

 

歩を早めずんずんと、足を折ったほむらに歩み寄る。土足でも気にせず、一つのゴールのために。

 

「何を──」

 

当然ほむらも警戒し、時間停止を試みる。盾はほむらの背後にあった。保健室でどこからともなく銃を取り出せたのも同じ原理だ。変身せず、盾のみを顕現し、それを自分の体で覆い隠す。それだけのことだが、相手に手を見せないのは優位に立てるものだ。

 

だが。時間停止、なんでもできる逆転劇。その、シークエンスに差し掛かった瞬間。

 

「──は?」

 

自分の指が、盾の動きを、押さえつけていた。かしゃかしゃ動くその歯車じかけの最中に指を突っ込み、なんと圧力により骨は露呈していた。

 

ほむらはそれを、自身の目で見たわけではない。それに気がつけたのは、流れ込んできたからだ。今、自分の指がどうなっているのかを。見ていないのに、見えたのだ。

 

指を動かす感覚なんて、なかった。思考だってそうだ。

 

いいや。それよりも、恐ろしいのが。

 

ちっとも、痛くないのだ。

 

痛覚は切っていない。

 

痛いものは痛い。

 

なのにどうして。

 

「あ」

 

それじゃない。

 

もともと、繋がってなかったんだ。

 

座ったままの姿勢で。暁美ほむらの四肢は、胴体と切り離されていた。

 

ここで、最も恐ろしいことがある。四肢の切断となれば、その痛みは凄まじいものになるだろう。全身に激痛が走り、人間であれば数秒で絶命できる。魔法少女は例外だが。

 

その現状を把握してなお、ほむらには一切の痛みがなかった。血液さえも、欠損した部分から流れなかった。

 

どこまでもその殺意は優しいのだ。

 

「ごめんね」

「……あ」

 

抵抗の意思をなくしたほむらに、イオリは跪く。愛する人にキスでもするように。

 

ポケットの中を、わかっているようにまさぐる。その体が自分のものであるように。

 

「許してくれ」

 

ほむらの意識がなくなる直前。見えたものは、二つだ。一つは、脳みそ。

 

暗がりにいたためイオリの損傷具合はわからなかったが、ここまで近づけば少しはわかる。右目と、その周りを円状に、弾丸は抉り取っていた。それにもかかわらず。

 

脳みそが毀れていなかった。せいぜい、空っぽの頭蓋骨がそこにいただけだった。

 

二つ目。これは、本当に意識を失う直前の話だ。

 

ポケットから奪ったほむらのソウルジェム。暗く見辛いが、黒がかった紫のそれ。それに、イオリは。喰らいついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

ほむらははっとして、ぼやけた意識を覚醒させる。

 

「入らないのか?」

「……っと」

 

自分は確か……そうだ、イオリに招かれ、ここへ来たのだ。

 

「いや。失礼するわ。」

「はいようこそー。」

 

今度は、扉は緩やかに閉まった。ほむらが靴に言及することも、なかった。

 

ドアにこびりついた赤い血は、未だ取れずにいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。