「ほら、座んなよ。別にトラップとかないからさ。」
「どうだか。」
ほむらは家に入ったのち、リビングルームに通された。見たところ、ソファにテレビ、大きめの机、それに付随する形で木製の椅子が三脚。この感じは一人っ子なのだろうとほむらは推測した。実際はそういうわけでもないのだが。
「まああるとしたらお芋スティックぐらいだよ。踏んで尻に刺さっても痛い思いで済む。」
「掃除しなさいよ。」
「仕方ないだろ、今朝食べたんだから。あれ好きなんだよね。……っはーどっこいしょ。」
嫌味を言い言われつつも、お互いが話し合いの席に着いたところで、さっそくほむらが口を開いた。向かいにいるイオリの正体を知るためだ。
「それで。どうしてあなたにその力があるのかを説明して。魔法少女……ましてや女でもないあなたに、何故あんなことが出来たのか。」
「化け物だから、じゃダメ?」
「理由になっていないわ。」
「だよね。……んーなんて言ったらいいもんか。」
イオリにはイオリの事情がある。イオリはわけあってあらゆる行動に制限が課せられているのだ。制限、というのもいわゆる減点方式のものであって、やってもいいが痛い目見るぞ、といった具合のだ。直に自分の詳細を告げたらアウト、誰かに見せびらかすように力を使ったらアウト。
そんな中、イオリの欲しいものはほむらからの信頼。ある程度自分を語る気ではあるが、なにを伝え、なにを隠すか選ばねばならない。そうしなければ、ほむらは納得いかないだろう。
志向。思考。試行。導き出した答えは。
「……君さ、自分のやってることヤバいって気づいてる?」
トリックスター的なマインドで関わる。それが暁美ほむらとうまくやっていくハウツーであると結論づけた。
「それは……」
「時間逆行ってのは名ばかりの、世界増殖機構なの。君はワルプルギスに負けた世界を何百個も切り離して作って紡いで。これでいくら?数えんのもうざいほど増やしやがってこの野郎。……いや女郎か?」
「どうでもいいわよそんなこと。……それはわかってるわよ。でも、駄目だったのよ。私はずっとワルプルギスに負けた。……負けることしか、出来なかった。」
初めのうちはすらすら出てきた語り口も、いつしか訥々としていった。普通ならば、多少無理をしてでも反論するところだろうが、今は違った。今日初めて出会った男の揺さぶりをまともに取り合うほどに、暁美ほむらの精神は病的だった。
「世界が増えるごとに、私はまどかを死なせた。直接はしていないけど……それって……私が殺したのと同じじゃない。」
それは──
「……」
思わず出かけた言葉を必死に堪え、イオリは黙ってほむらに向きあう。
「何をやっても何を言っても、駄目だった。だから──もう。くたびれたの。」
そう言い切ったほむらの表情は。きれいだった。俯き具合で、微笑を浮かべた美少女。その目元には闇がある。これが悲劇だったらば、観客は胸のざわめきに感化され、行き場のない感動が鳥肌として記憶と感覚に刻まれるだろう。
そんなほむらがイオリには気持ち悪かった。
気持ち悪い?
何にせよ、それはとても醜かったのだ。
「もう変に続けるよりも、いっそまどかだけ強引に監禁、なんてのもいいんじゃないかって……」
「暁美ほむら。」
ややくぐもった声でほむらは呼ばれた。イオリのほうに目をやると、口を手で押さえ、あらぬ方向を見遣っていた。おそらくだが、目に映るものに意味はないのだろう。イオリは今、必死に言葉を選んで切り貼りしていた。
自身の感傷はさておいて、どんな言葉をあてがうか、また、考える能をを回すのだ。
「……正直びっくりだ。そうなるまで俺は……いや……そこまでとは……思わなくて。」
「……」
言葉選びと同時期に、あることに気づいた。本来の趣旨と大きく脱線しているのだ。信頼を得るはずが、駄目そうな雰囲気になっている。まずい。
どうしてこの状態になった?やっぱ俺また間違えた?えー、どうしよ。えー……と?この感じでほむらに自分語りしていいのか?いや駄目だ、ほむらの立場で考えろ。ほむらほむらほむら……これ日を置くのがベストか?リセットはしたくないしそもそもモモもう時期帰ってくるしで見られたらヤバいか。え本当にどうしよう。行き当たりばったりじゃなくてきちっと計画立てて……
「……だからあなたは、ここにいるの?」
「……っな」
その言葉に、イオリはどきっとした。自身の出自を言い当てられるとは、想定外にもほどがあった。
ほむらのこの発言は考えあってのものではない。気づけば言っていた。すっと降ってきたもの、それは頭のてっぺんから胸の辺り、元々魂があった場所、心に落ちた。今やあってないようなものだった心臓が、かつて、とくとくと身体を温めた、あの感覚が蘇ったのだ。
勝手に冴え始める魂が。勝手に色めいていく世界が。ほむらへ囁く。
これが、運命だと。