不規則に歪み、ねじれ続ける世界を2人の桃色髪と青髪の少女たちが走り続けていた。
後方には化け物。捕まれば、手に持つハサミで輪切りになるのは一目瞭然だ。
特に、青髪の少女は胸に抱える白い血まみれの獣の重みが枷になっているようだった。
「何が、どうなってるの……!?」
「悪い夢でも見てるんだよね!?だよね、まどか!?」
少し時間は戻る。
「……ん?」
放課後、CDショップにて。恭介へのお見舞いの品定めしていた時。誰かに呼ばれた気がした。
「さやかちゃん?どうかした?」
不意に漏らした独り言に、きょとんとした様子でまどかが反応する。
「いや……なんか呼ばれた気が……」
「……さやか」
気の所為ではなかった。子供の、可愛らしく耳障りのいいアルト声が聞こえた。確実に、誰かがあたしを呼んでいる。
「まどか、今の聞こえた?」
「え?なんのこと?」
「さやか……助けて……」
周囲を見渡すが、まどか以外にはあたしに呼びかけるような知り合いはいない。いや、違う。発せられた声は耳を通じているのでは無い。テレパシー、そうだ、そんな感じだ。頭の中に声が直接入り込んでいる。
「誰?」
「さやかちゃん?」
「……美樹、さやか」
早くこっちに来い。呼びかける声は、そうやって手招きしているようにも聞こえた。何が待っているかなど検討もつかない。
だけど。
「……」
にやりと、傍から見れば不審がられるような笑みを浮かべながら、非日常に魅せられ、声のする方に歩みを進めていた。その好奇心は、何も言わずにCDショップから出ていこうとしたあたしを心配そうに呼びかけるまどかの声すら耳に入らない程だった。
「……さやかちゃん、さやかちゃん!?」
やっと気づいたあたしは、ああ、と小さく漏らした。 とめどなく躍動する心臓を落ち着かせるべく、一度軽く口呼吸した。
「……まどか、ちょっと付き合ってくれない?」
「え?……よくわかんないけど、どうしたの?」
「いや、ちょっとね?」
ワクワクする。上がり続ける口角を右手で覆い隠しながら、CDショップを抜け出した先。改装前の立ち入り禁止扉など、今の私には屁でもなかった。
改装前と言うだけあって、電球すら取り替えていない暗い道のりを壁に手を這わせ、微かに窓の外から指す光をあてにしながら一歩一歩、着実に声の主の方へ向かう。
そして、見つけた。
「……さやか」
「あんた……?あんたがあたしを呼んでたの?」
暗がりの中、窓から差し込む光に照らされる体色は、白。だらりと四肢を寝かせる猫によく似た獣のその姿は、この場の暗い雰囲気と相まってわざとらしく感じる程に目立ち、体には複数箇所、何かで深々と刺したような傷跡があった。今なおドクドク脈打ち流れる血はその場に溜まり続け、このまま放っておいたら死んでしまいそうだ。
血まみれの体については、グロテスクなものには多少耐性があったのか、別に焦ることもぎょっとすることもなかった。もしかすると脳から放出される興奮物質がそうさせたかもしれない。
「あんたは……?」
「さやか、ちゃん……?本当、どうしたの……?」
追いついたまどかも倒れ込むそれに気づくと「ひぇっ!?」と小さく悲鳴を漏らし、手で口元を隠しながらまじまじと見つめていた。
興味本位でしゃがみこみ、恐る恐る、つんと触ってみた。動物特有の高い体温が、まだ生きていることを主張していたが、傷から流れ続ける血をどうこうする手立てもない。
手持ち無沙汰で何もできずに戸惑っていると、あたりの空気が急変する。
「何……これ?」
「さやかちゃん、どうなってるの……?」
非常口だったものはクレヨンで描いたチョコレートに。通ってきた道は一寸先は闇の迷宮に。世界が何者かに染め上げられていく。
「ここは魔女の結界……」
息は絶え絶え、プルプル震えながら、何とか力を振り絞って風前の灯の命を使い果たそうとしているようだ。
「知ってるの?」
「ここにいちゃダメだ……直ぐに使い魔が君たちに襲いかかる……」
「……使い魔?」
チョキン、チョキン。
刃を重ね合わせ、響く金属音がこだまする。
嫌な予感とともに音のするほうを見ると、そこには綿菓子にちょび髭を生やし、人の胴体なら真っ二つに出来るだろうハサミを携えた、誰がどう見ても化け物がいた。
「あれが使い魔……!?」
「逃げて!」
「逃げるよ、まどか!」
咄嗟の判断で白い何かを胸に抱え、まどかと一緒に走り出す。
そして、今に至る。
いくらは走ろうとも出口はない
何処へも行けない
息が苦しい
誰か
助
「あっ!」
振り返る。後ろを追いかける形で走っていたまどかがコケていた。肺が貫通して、穴でも空いたかのように痛む。それでもあたしはまどかに手を伸ばし、一緒に逃げようとした。
「ッ……まどか!」
しかし遅かった。この距離ではあたしの手がまどかに届くより先に、化け物に殺されてしまう。
「さやか、ちゃん……逃げて!」
体力を使い果たし、ほふく前進すらままならなくなったまどかに化け物が、ハサミを────振り下ろせなかった。
いつからそこに居たか。いつの間にそこに居ったのか。
まどかの盾になるようにして、紫色のロボットがハサミの交差部分に左手を突っ込んで押しとどめていた。
「───え?」
ロボットは荒々しくハサミを振り払うと、がら空きになったボディに、一閃。
ドスン、と何も持たない右腕を使い魔の内部にねじ込み、一瞬の静寂の後、身体を大きく翻し内側から引き裂いた。
ブチブチ音を立て飛び散るワタと白い体液。右半身が白く染まる。
使い魔の活動停止を確認した後、直立しピッと腕に着いた汚れを軽く払い落とす。
振り返ると、上半身を起こし何が起こったか一部始終を見ていたまどかは小刻みに震え、半泣きでロボットを見ていた。
『ごめん、遅くなった。でも、もう大丈夫。』
そのロボットは振り返り、男性の合成音声で、まどかの方へ体勢を改めしっかり向き合って、立ち膝になり汚れていない左手を差しのべた。
「……あなたは……誰?」
『俺はエヴァ。君みたいな人を助けるための……兎に角、一旦立とうか。』
無機質ながらに優しさをひしひしと感じる声に少し絆されはした。しかし、やってみせたことはひどく悍ましかった。あれは、「倒す」というより「殺す」で、まどかには刺激が強すぎたのか。出された手を取るそぶりも見せずに、怯えるだけだった。
対して美樹さやかは味方と思わしきエヴァに安堵したのか、立っている体力すら使い果たしたのか、重力に身を任せ床に座り込む。白い獣を抱きながら依然肩で息をし、当然、他人のことなど考える余裕はなく、うつむき加減で熱った体を必死に落ち着かせていた。
エヴァは一度出した手を引けるわけがなく。ここからどのように干渉すればベストなのか、自身の記憶を探るも明確な答えは得られず、ぐるぐる回る読み込み中のアレが思考いっぱいに広がり、硬直してしまった。
《俺は……どうすればいいんだ……?》
三者三様に動けなくなってしまった。
「……うわぁ。随分派手にやったわね」
さやかの荒い呼吸のみが静かに響く結界内を、悠々とまどか達が逃げてきた方向──エヴァからしたら後ろ──から、黄色のクルクルした髪型が良く似合う大人びた美人さんが、大事そうに黄色の宝石を握りしめて歩み寄ってきた。
『先輩たすけて。』
情けなく振り向きざまに助けを懇願するその姿は、みんなを助けるヒーローとは程遠く、臆病な少年のようだった。
「はいはい……って、キュゥべえ!?どうしたのその怪我!?」
いそいそとさやかの元にしゃがみこむ。
「失礼するわね。」
そう一言告げ、さやかが胸に抱え続けていたキュゥべえに触れると、柔らかな光に包まれたのち、一切の傷跡もなくつるつるした小綺麗な姿に元通りになった。ついでにさやかの制服についていた血も綺麗さっぱり取り除かれた。すっかり元気を取り戻すと、ぴょーんとさやかの腕から飛び出し元気そうに立ってみせた。
「……いやぁ、助かったよ、マミ。使い魔にやられちゃってね。ありがとう。」
「ふふ、どういたしまして。」
そうやって微かに笑うマミは、「ほら、あなたも」とさやかにも同じように光を施す。すると体はたちまち軽くなり、差し伸べられた手に引かれるがまますっくと立ち上がれた。
「よくわかんないけど……ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
背後から聞こえる対話にまどかはやっと安心できたのか、エヴァの左手に自身の右手を重ねる。やはり人肌の温かみはない冷たい機械の手のひらだったが、まどかのペースでゆっくりと立たせてやる気遣いには、不器用な人間性が垣間見えた。
「怯えちゃってごめんなさい……でも、ありがとうございました。」
『謝らなくていいよ。どういたしまして。俺もピンチだったとはいえやり過ぎだった感はあるし。』
そうぼやき、頭の後ろを掻くそぶりを見せたエヴァにあはは、とまどかは軽く愛想笑いを入れた。
『それで先輩、どうします?一旦退却でいいですか?』
「そうね。……って、あらら。」
これにて幕引き、と言わんばかりにすぅと不可思議な空間は薄れ、元いたバックヤードに戻っていた。
「戻った……?」
『うん。もう楽にしていいよ。』
その言葉に、さやかがピンと張っていた緊張の糸は切れ、せき止めるものを失った心理的な疲労感は、ため息としてどっと吐き出された。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」
「助かったぁ……」
まどかも同じようにして安堵の声を漏らすと、その場にへたり込んだ。
「あなた達、キュゥべえを助けてくれてありがとう。でも、どうしてわざわざこんなところまで…?」
「あ、それは……」
「それについては、僕が説明しよう。」
助け出された当の本人であるキュゥべえがそう言うと、皆の視線を一身に集める。
「使い魔に襲われちゃって、マミ達も近くにいなかったからさ。とっさに魔法少女としての素質がありそうな、さやか。君を呼んだんだ。」
「魔法少女……?」
子供向けの変身アニメでしか聞いたことがない単語に困惑していると、マミが一人納得したようにパン、と両手を叩いて提案する。
「ああ、そういうことだったのね。だったらこの後、私の家に来てお茶でも飲みながら色々話すってのはどう?……あ、そうそう。私は巴マミ。こっちの白いのはキュゥべえ。二人とも、名前は?」
「私は、鹿目まどかっていいます」
「あたしは美樹さやかです!」
「オッケー。二人とも、もし来るっていうならたっぷり歓迎するわよ?」
そう提案され携帯を確認すると、すでに五時を回っていた。今から他人の家に厄介になるなんて言えば、親が面倒なお小言をくどくど垂らすのはわかりきったことだった。
「あー……ちょっと門限が‥…」
「おいしいケーキもあるわよ?」
「行きます。」
行儀良く立ち振る舞うのは、もうやめだ。食べたいものを食べる、幸せって多分そういうことだ。
「っふふ‥…じゃあ、私も行っていいですか?」
「ええ、勿論。」
その手のひら返しに頬を緩めて、朗らかに笑ったまどかを見れたのち、エヴァは一人立ち退こうとしていた。
『じゃあよろしく頼みますよ、先輩。』
「はいはい、またね。」
『バイバーイ。』
手をぷらぷら振って別れを告げたエヴァは出口の方ではなく、さらなる暗がりに進んでいった。やがて光を反射して輝くぴかぴかの装甲すら見えなくなって、闇に溶け込んでいった。
マミの案内の元、マンションに案内された。事前に言われた通り振る舞われたケーキの味は格別で、さやかなんかは「頬が落ちるとはこのことかっ……」と一人楽しそうに悶えていた。‥…エヴァが来なかった理由についてだが、それはマミにもわからなかった。中に人がいるらしいが、男であること以外知らないらしい。とにかく、トップシークレット。
くだらない身の上話による茶会もほどほどに、キュゥべえとマミから魔法少女についての説明を聞いていた。魔法少女の使命と義務、魔女、ソウルジェム、それから願いと魔法。どれもこれも思春期の女子なら憧れる内容で、特にさやかは食い入るように熱心に話を聞いていた。
しかし、まどかには一つ気になったことがある。まるでキュゥべえから相手にされていない。別にさやかに嫉妬したわけではないが、どうにも蚊帳の外な感じがして嫌だった。
「すいません、キュゥべえ、さん。」
「なんだい、まどか。」
「その、私って魔法少女になれるのかなって……」
その質問にキュゥべえは少し言葉を詰まらせ、正直に白状した。
「それは……無理だね。申し訳ないけど、君には魔法少女になれるほどの魔力がないみたいだ。」
「えっ……そんなぁ。」
しょぼくれて、むぅ、と項垂れるまどかを、すかさずさやかとマミがフォローする。
「大丈夫だって!戦えなくたって、まどかはあたしの親友だよ!」
「そうよ。普通に生きられるってことは、つまらないかもだけど、とても素敵なことよ。…正直ね。私も、昔は魔法少女になんて、なりたくなかったの。」
赤裸々にマミは自身の過去を語り始める。
九歳の時両親を事故で亡くし、生きたいと願って戦い始めた。
そこからはずっと孤独だった。こんなこと、人にそう易々と打ち明けて良いものでもなく、友人は一人もできなかった。
中学生になって、少しの間だけ、一人私を師として慕ってくれた子もいた。
でも、あることがきっかけで仲違い。その子はさよならだけ言い残して、私は悲しみと無力さを持て余して、どうすることもできなかった。
「とまあ、一人で抱え込んで生きていたんだけどね。普通になりたいって、何度も思ったわよ。でも、今から……半年前ぐらいかしら。」
「エヴァ、ですか?」
「正解。」
それは、特にこれといった甲斐性もなく、街をパトロールしていた夜更けだった。偶然にも魔女の結界を見つけたマミは、その結界内部のありように驚愕した。使い魔がバタバタと倒れていたのには、もしかしたらあの子が帰ってきてくれたのではないかと一瞬期待したが、どうやら違うようだ。倒された使い魔の周囲には、真っ赤で鮮やかな血が溜まっていた。
魔女も使い魔も生物でない以上、血が流れ出ることはない。今までがそうであったように。であるのならば、考えられるのは二つ。そういう魔法を使う魔法少女か、そういう魔女か。できることなら前者であって欲しいが、後者だった場合、魔女の強さは?街の平和にどれほど影響を及ぼすのか?ここでみすみす逃しては厄介なことになりかねないと考え、用事があると言って、今夜限りついてきてくれなかったキュゥべえを思い出しながら、単身結界に入り込んだ。
結界内部は案外普通で、サーカステントの、少し暗く、妙な熱気に一片の恐怖を感じるあの独特な雰囲気だった。最深部に至るまでの道中の使い魔は、やはり血飛沫をあげて倒されていたが、奥へ進んでいくマミにとっては丁度良い発破材になった。込み上げる集中力はそのままに、緊張を闘う意志に変えて覚悟を決めた。
最深部の真っ赤なカーテンを捲ると、断崖だった。大舞台に繋がるかと思いきや、しょうもないトラップ。高低差はおよそ20メートル程度。───いや、それよりも。
結界の主と思われる魔女は、道化師のような丸い鼻にふくよかな体で、高台にいるマミに手が届くことはないだろうが、巨人と言えるくらいには大きい。真正面からやりあえば多少苦戦するだろう。最も、それはまともに動ければ、伸ばす手足があればの話だったのだが。
四肢はもげ、白塗りの顔は血の赤に染まり、白塗りの上から若干浮かんで見える表情は、苦悶に歪む。ダルマのようになった体をブンブン振り回そうとするも、もがれた四肢から体に侵食する血液に押さえつけられ、ピクピク痙攣するしかできていなかった。
今までの血は、全部あのロボットのものだったのね。
魔女の正面に立っている紫色のロボットが、指揮棒を振るように血を操って捕縛していた。しかし、全身を鎧で覆う魔法少女なんて聞いたことがない。それに、魔女を討伐するのに、わざわざ四肢をもいで、理科の実験よろしく捕まえて観察するだろうか。
あれは、何か良くないものだ。気づかれる前に、最高火力で仕留める。
普段使いするマスケット銃よりも数倍巨大な、大砲とも呼べる砲身を無音で生成。照準は焦らず、着実に定める。
狙いをつけたその時だった。魔女と向き合っていたと思っていたそれは、ずっと前から気づいていたと言わんばかりに、振り向きざまの眼光がこちらを捉えていた。そして、特に焦るそぶりも見せずに、手のひらを見せつけるかのように右腕を上げていた。
その右手から何が出る?ビームか?弾丸か?はたまた、想像もつかない何か恐ろしいものか?何が出てきても不思議ではないほどに、異質。歴の長い巴マミをもってしても前例を見ないイレギュラー。
これで、頼むからいなくなってくれ。祈りにも近い不確定な望みを装填された弾丸に託し、引き金を────
『それは俺諸共逝くんじゃないか!?』
「えっ」
引き金は、もう引かれていた。
『うわァァァァッ!?』
爆音と共に魔女とロボと絶叫が全部まとめて吹っ飛んだ。爆煙がおさまったのち降り立つと、瓦礫に頭から突っ込んで両足以外埋まり、ぴくりとも動かないロボに心配そうに近づいた。
『キュゥべえから……聞いてたんじゃないの……?』
「いや……別に何も……」
機械の合成音声で話しかけるそれは、思ったよりフレンドリーだった。敵意はないと判断し、絵本のおおきなかぶよろしく、うんとこしょ、と引っこ抜いた。
「で……あなたは、誰?」
『本当に聞いてないのか……まぁ良い。』
体についた砂埃をパッパとはたくと、立ち直り、しっかり目を合わせてから手を差し伸べた。
『俺はエヴァ。戦える。もしよかったら、一緒に戦わないか?』
「……って言うのが、エヴァとの出会いよ。」
「……しっかり、誤射してませんか?」
「……」
マミはまどかのツッコミに目を逸らし、黙り込んだ。そして、ワナワナと肩をふるわせたかと思うと、ばっと両手を広げて弁明した。
「いや……だってしょうがないじゃない!?あんなの……急に出てきたらそりゃあビックリするわよ!?」
「マミさん?」
「キャラ崩壊だァ……」
ハッとしたマミはごほん、と軽く咳払いし、話を締めにかかった。
「とにかく!そこからは普段の生活も、魔女との戦いも楽にはなったんだけど、私と同じように耐えていれば全部が全部プラスになるとは限らない。……改めていうけど、魔女との戦いは一歩間違えれば死んでしまう。だから、さやかさん。契約するなら、よく考えて欲しい。」
酸いを噛み締め続け、やっと甘きを感受できた年功者から醸し出される空気感に、さやかは自分の考えの至らなさをひしひしと感じては反省した。
「…ごめんなさい。あたし、何も深く考えずに魔法少女になりたいなんて…」
「別に謝らなくたって良いわよ。大丈夫。」
そう言って安心させるよう、にっこり笑うマミの顔には、大人の雰囲気と年相応のあどけなさの入り混じっていて、とても素敵だった。まどかにもさやかにも自然と笑みが溢れ、部屋の空気は春風のような、温かくも爽やかなものへと変化していた。そんな空気をなるべく邪魔しないよう、慎重にキュゥべえが口を開く。
「じゃあ、こういうのはどうだろう。」
キュゥべえは、魔女退治の見学をしてから最終的な結論を下せばいいんじゃないかと述べた。実際合理的で、マミとしても異を唱える箇所はなく、そういうことで魔法少女ガイダンスは終了となった。
外はすでに真っ暗。親におこられちゃうと忙しなく靴を履くまどかと、腹を括っていっそ堂々としたさやかを玄関で見送る。
「今日は色々とありがとうございました。」
「さよーなら、またこんど!」
「またね。バイバーイ。」
カタンと玄関を戸締りすると、キュゥべえはいつの間にか部屋から消えていた。プライベートな時間も欲しいとお願いして、呼んだ時以外はいなくなるようにお願いしたのだ。
一人黙々と食器洗いをするマミの脳裏には、エヴァが浮かんでいた。何回も、何度でも助けてくれた恩人にして、いつでも自分を先輩と慕ってくれた、可愛げのある男の子。好きになるのは時間の問題だった。いつの日か、今日みたいに彼と一緒に食事でもしてみたい。
エヴァとしてではなく、一人の人間の彼として。一目彼に会ってみたい。
彼のことを、もっと知りたい。
「……ふふ」
考えれば考えるほどに高まる心臓の鼓動は、それが恩を返したいから、なんて動機でないことは前々からわかっていた。
やっぱり、今日無理矢理にでも連れてきた方が───いや、ダメ。
あなたが自分からその顔を見せてくれる日まで、待ってるから。
キュ、と水道の蛇口を閉めると、マミは一人満足そうに笑っていた。
誰もいない薄暗い路地裏にて。ゴトンと、何かが投げ捨てられた音がした。
壁沿いの、青いペットボトル用のゴミ箱からだ。二つの丸い受け口の架け橋にでもなるように、ウォークマンが器用に置かれていた。
イオリがそれをかっぱらう。どこへ行こうと、これはついてきた。
「フー……」
慣れは時間が形成した。そうは言ってもストレスは溜まるものだ。
だが、どのようにしてこの鬱憤を晴らせば良いのか。
だれが、どのように、なぜ、どこから、どこで、おれに付きまとう?
わからない。ずっとだ。これはだれかの手慰みのアイロニーか?返報性の怪文書か?
そんなものどうだっていい。おれは、嫌いなんだ。おれにそれを押し付けるなにかが、おれをおれにしたなにかが。
拳を振るった。ゴミ箱めがけて。
プラスチックが飛び散った。箱もゴミも混ざり合って。
ぐちゃぐちゃに、きったなく。良い。いい。
壊すのは好きだ。めちゃくちゃにするのは好きだ。
日常なんていらないのか?おれはなにが欲しいんだ?おれはなにがしたいんだ?
日常はいる。平穏が欲しい。腹の底から笑いたい。
そうだよな。本当にそうか?
地面に這いつくばり、流れた汁を啜った。甘くておいしい。そのまま、かろうじて箱の形を保っていたプラスチックに頭を突っ込んだ。
なにをしているんだ?おれはなにがしたいんだ?
わからない。わからない。わからない。
いくら考えても、この体に憑く吐き気が消えないんだ。
『イオリ』
MAGIだ
「ああ」
箱から顔を出した。
「生きるよ」
でもどうせ