少年少女よ、大人になれ   作:四苦八苦

6 / 11
6話

「ただいまー……」

 

陽が落ちる前に玄関をくぐりリビングに向かうと、ほむらが黒い、三人がけのソファに座っていた。

背もたれに寄りかかっては、ぐでーんと四肢を自由にして、ほげーっと天井を見ている。

部屋に入ってきたイオリに気がつくと、面倒くさそうに目線だけ送り、体勢を変える気配はまるでなかった。

 

「……なに」

「……まだいたんだ。ってか、そこまでリラックスしているとは思わなんだ。」

「ひとつ……謝らないといけないことがある。」

 

ほむらが俺に?なんだろう。

 

「佐倉杏子に、会ったの。」

「うん。」

「わざわざ家に呼び込むほどの関係なのかって、質問攻めされたの。」

「……はい。」

「……疲れてて、変なこと言ってしまった気がするから、聞かれたら適当に合わせて。」

「……うーわ。」

「なんと言うか……今日一日で色々ありすぎて疲れたって言うか……今まで押さえ込んできたものが溢れたって言うか……」

 

まぶたはプルプル震え、今にも落ちてしまいそうな意識を精一杯保っているようだ。

 

「やっぱライブ感で生きてるよお前。」

「……否定できないわね。」

 

ほむらは苦笑した。ニヒルに笑うその顔は、爽やかではないものの、腫れ物が落ちたように妙にすっきりしていた。

 

素の暁美ほむらが、見えた気がした。

 

「出来れば対面して話さなきゃいけないことあったんだけど……それはまた今度か。」

 

それを聞いたほむらは心底うんざり、といった具合に大きくため息を漏らす。眠そうな目は、今日一日でこれだけ詰め込んだのにまだあるのか、と訴えかけている。その様子に思わず、イオリまで苦笑してしまった。

 

「なにせ一年くらい時間あったからね……段取り悪くてごめん。休んだら帰りな。また明日、昼休みにでも。」

「いや……大丈夫。とりあえず、今日のところは帰らせてもらうわ。」

 

ほむらはソファから降りて大きく伸びをすると、おぼつかない足取りで玄関まで向かった。イオリもそれに続いては、転んでしまわないか不安げに見守っていた。

 

「じゃあ、また明日。気をつけて帰り。」

「言われなくても。さよなら。」

「バイバーイ」

 

ほむらを見送りカチャンと戸締りをすると、一拍おいた後、ドアノブに祈るようにしがみつきながら、ずるずると膝から崩れ落ちた。溢れ出る声は若干泣いているかのように裏返る。

 

「はぁー……」

 

こころがしんどい。言葉遣い変じゃなかった?あっちでなんか口調変わってなかった?ホントに、計画だの秘密裏だのは性に合わないの。

 

そうやって一人うなだれるイオリのもとに、そーっと杏子が忍び寄る。

 

「ワーッ!」

「うわァァァァッ!?」

 

いきなり後ろから強襲され、屈んだ姿勢から体は飛び跳ね、腰骨をドアノブで強打した。玄関に響く鈍い音と共に、言葉にならない悲鳴をあげてその場にうずくまる。

 

「〜〜〜〜〜〜!!!」

「あー……うん。これあたし悪かったな。ごめん。」

 

 

 

 

 

「いやごめんって。機嫌直してくれよ。」

 

リビングのソファの端壁にもたれかかっては頬を若干膨らませ、イオリは拗ねていた。

 

「今晩マックな。飯作らん。」

「……それはそれで良いけどな。」

「じゃあ闇鍋。」

「や、本当に悪かったって!お前の闇鍋、味と食感が一致しねえのになんか美味いから怖いんだよ!」

 

叩けば響くと言わんばかりに、杏子は面白おかしく喚いた。

 

「……ふふ」

「笑ってんじゃねえか。……ほら、あたしも手伝うから。準備しようぜ。」

 

そう言って差し伸べられた手を取り、台所へ向かった。

 

イオリがハンバーグのタネを作り、杏子は横で食器を洗う。和気藹々と喋りながらの作業ではなく、会話は一切なかった。だが、二人ともそれを苦とすることはなく、むしろ、それが心地良いと思えるまでになっていた。

 

なんとなく話したくなった杏子が口を開く。

 

「幼馴染との再会はどうだったよ?」

「……オサナナジミ?」

 

予想だにしていなかった単語に思わず作業の手が止まる。

 

「ほむらから聞いたよ。小学校で6年間、ずっとクラスが一緒になったんだって?」

「……あー、そうそう。保健室じゃ話盛り上がっちゃったよ。」

 

え?何言ってんのアイツ?今度いじってやろ。

 

「家にまで連れ込んで……惚れてんのか?」

「無い。マジで無い。」

「ああそう。」

 

軽く鼻で笑いながら話を締めた杏子に安堵して、イオリも作業を再開した。しかし、安堵していたのはイオリだけでなく杏子もだった。理由は自分でもわからないが、昼からずっとざわついていた心が落ち着いた。

 

でも、なんでかな。そうやって心のどっかが安らいでは、どうにも消せない忌避感があった。魚の骨が喉につっかえたみたいに、また、心のどっかが痛む。

 

何が原因かはわかってる。それでも、解決のために一歩を踏み出せなかった。逃げたんだ。

 

初めて出会った日の夜。何度もごめんなさいって謝り倒すイオリに対して、全部自分のせいだって。そう言えてれば、今頃楽になってたのかな。

 

今になっても打ち明けられないのは、それは、怖いから?イオリを信じられないから?

 

そうやってぐちゃぐちゃの感情抱え続けて、アタシは、どうすれば───

 

「杏子」

「うぉっ!?」

 

自分の世界に入り込み、周りが見えなくなっていた。

 

「どうした?ぼーっとするなんて、らしくもない。」

「えっ……あー……ちょっとな、うん。」

 

歯切れ悪くそう答えると、食器のなくなったシンクに絶えず流れる水を止め、食器拭きの仕事に取り掛かる。イオリはフライパンに油を敷いて、ハンバーグを焼き始める。たちまち部屋にジューシーな肉の匂いが充満する。その匂いに釣られて、スキップ混じりにモモが2階から降りてきた。

 

「おっいしそーなーごっはっんー!」

「ずいぶんご機嫌だね!?作る甲斐あるわ、嬉しー。」

「ふへへへへー。宿題終わらせた後のご飯は格別だよ。」

 

二人の間に生じた和やかな雰囲気にすっかり調子を取り戻し、杏子は軽口を叩く。

 

「仲良いなぁお前ら……え、何?もしかしてモモ、イオリに……」

「無いよ。」

「俺も無理。」

「切り替えはっや……そーゆーとこ、好きだけどさ。」

「……俺も。」

 

そう言ってイオリは、目を閉じてくしゃりと笑った。子供みたいに可愛い笑顔で、なんの混じり気もなかった。

 

 

 

 

 

焼き上がったハンバーグを二つとそれなりのレタスを乗せた白いプレート、それと茶碗によそったご飯に味噌汁。三人分の食事をテーブルに乗せ、いただきます……と行きたかったが、ここでモモが異議を唱えた。

 

「待って。なんでお兄ちゃんだけ旗立ってんの?」

 

モモの指摘した通り、イオリのハンバーグにだけ星印の旗が立っていたのだ。

 

「ああこれ?俺は旗さすけどお前らはささないの?」

「言ってよ!そういうのは!」

「そうだな。アレだ、協調性に欠けるってやつだ。ちょっと今のは良くないぞ?」

「非難轟轟だな……そんな旗重要?」

「テンション上がんだろ。」

「確かに。これは俺悪かったわ。」

 

そう言って席を立ちキッチンの戸棚から旗を二本取り出すと、テーブルから追加オーダーが入った。

 

「あ、お茶お願い!」

「アタシも。氷入れてくれ。」

「立った人ってのは、そんなに仕事しなきゃならんのかね……っと。」

 

両手でコップを、右の薬指と中指で挟んだ旗を机に置き、三人手を合わせ、今度こそいただきますした。

 

「いただきます。」

 

箸で切ったハンバーグを口に放り込むと、なかなかに美味い。じゅわぁと溢れる肉汁とデミグラスソースが絡み合い、玉ねぎが程よいアクセントになっている。自分にこんな料理の才能があるのは、心底意外だった。

 

「我ながら美味いな。」

「……ちょっと今日のハンバーグ最高傑作じゃねえか?店出せるくらい美味いぞ?」

「うん。これ……やばいね」

「マジ?調子乗っていいい?」

「いいよ、そんくらい美味いから。」

「オイオイオイ……嬉しいこと言ってくれるね……」

 

少し照れながら、イオリはそう言ってくれた喜びを噛み締めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。