「もうやだ......」
バイトを始めたあの日からあっという間に一週間が経った。
今の俺を他人が見れば、箒で床を掃きながら死んだ目をしている謎のクソダサパーカー少女に見えるだろう。
そう、なんとまだ掃除中なのである。この一週間一度も勤務時間中にこのデュエルスペースから出たことがないの何で......??
2日目も掃除だった時は、まぁまだまだ掃除するところありそうだしなって思った。
4日目にはリョウさんに別の仕事は無いか尋ねた。にっこり笑って追加の掃除道具を渡された。
6日目には流石に不満をはっきりと口にした。掃除する場所が追加された。
そして今日、ついに1週間掃除のみ勤務達成である。全く嬉しくねぇなこれ。
「落ち着け俺......あくまでご厚意で雇ってもらってるんだ......掃除でも仕事があるだけありがたい......ありが......」
自分に選り好みする余裕など無い、そう言い聞かせるように呟きながらひたすら床を掃き続ける。
すると暖簾の向こう、ショップ内の方のデュエルスペースが俄に騒がしくなっていることに気づいた。
「?なんだ?」
そっと暖簾の下から顔だけを出して覗いてみる。―――こうすると机などが死角になって見つかりずらいのだ―――すると、何やらお客さんがワラワラとデュエル用の机の周りに集まっている。年齢も格好もバラバラの彼らは、一部は知己の仲なのか朗らかに談笑している。
ここで―――俺の中で八木に電流走る。
時計を見れば時刻は18時、学生や社会人が集まりやすい時刻。
集まる場所はデュエルスペース。
よく見れば、集まっている人は腰の辺りや手に四角い箱状のケースを持っている。
ここまでくれば後はもう遊戯王、いやカードゲーム経験者として察する。間違いない、あれは......!
「店舗イベント......!今日はイベントの日だったのか。って、ひょっとしたら決勝戦でのソリッド・ヴィジョン使ったデュエルが見れるかも......!」
「おっ、そうだな。でもその為にはデュエルスペースの掃除が終わってないといけないよな?」
「確かに。うーん、これは頑張って終わらせないと、せっかくの機会に観戦すら不可能は嫌すぎる」
「だよなぁ、アタシだってそんなの悔しいわな。でもこんな所でサボっててバレないのかなー?」
「大丈夫大丈夫、この一週間掃除しつつもこうして死角になって見つからない見方を研究してきた、し......?」
「......」
「......」
「......てんちょ、いつからいました?」
「そうだなぁ、お前が顔出したその時からだな」
「「......アッハッハッハ」」
「仕事に戻れ阿呆」
「あい......」
ちくせう。見つかるなんて思わなかった......しかもこの感じ、掃除終わったら締め出されそうだ。うぅ、辛い......カード触りたい......。
そいつとの出会いは、お婆からの急な電話がきっかけだった。
その日のアタシは、自分の店で開催したイベントを終えて店仕舞いの作業をしていた。すると、ポケットの中でスマホのバイブが震え、着信を告げた。
「......お婆?珍しいな」
普段はアタシからの連絡はあっても、スマホを使いこなせず電話に苦労していたお婆からの連絡にそう呟きながら通話ボタンをタップした。その瞬間聞こえてきたのは、若干の喧騒と酷く荒い女の呼吸音だった。
「もしもし?なんか用かお婆?......誰かと一緒にいんのか?」
まだ事態を把握していなかったアタシが軽い感じにそう尋ねると、お婆が酷く焦った声色で答えた。
『今すぐ来ておくれ!運んで欲しい人がいるのよ、早く!』
「はぁ?何よそれ?......今どこにいる?」
お婆の言葉に訝しんでいると、お婆のものでは無い咳き込みが通話に入り込む。
再度急かすように頼み込んできたお婆から現在の居場所を聞き出すと、アタシは最低限の戸締りだけを行って現場へと向かったのだ。
「お婆!何してん......だ?」
「!リョウ、今すぐウチに運んどくれ!ここからならウチの方が病院より近い!」
駆けつけたのは、お婆の家から徒歩圏内の住宅街へ続く道、そこから脇に逸れた路地裏だった。
日も沈みかけ暗くなり始めたそこに居たのは、必死に誰かを介抱するお婆。介抱されているのは......酷くボロボロな風体の少女だった。
裸足の足はどれだけ歩いたのか、擦り傷だらけ。
服も真っ白なワンピース、だったのだろう。ボロ切れと言って差し支えないレベルになってしまっていた為一目見ただけでは分からなかった。
顔色は非常に悪い、髪で目元は隠れているが頬はこけ、ボロ切れの隙間から除く腹部はうっすらとアバラが見えるくらいにはペッタンコだ。
異常事態。一瞬の放心から復帰したアタシの体は2人の側へ向かい、状況を確認したあと速やかにスマホを取り出し119をコールしようとした。
......のだが、後は通話マークをタップするだけというタイミングで横から意外な速度で少女の腕が伸び、アタシの手首を掴んだ。
「!意識戻ったか!?今救急車呼ぶから離せ、急げばまだ......」
「......て......やめて......」
「え?」
手首を掴んできた少女は、そこで体力の限界が来たのか掴んだ腕の力が急速に抜けていた。が、それでも必死の表情でアタシの腕を掴み続け、何かを訴えてくる。
その様子にただ事ではないと察したお婆とアタシは、か細い声を上げ続ける少女の口元へと耳を寄せた。
「おね、がい......びょういんは、やめ、て......」
「何でだ?どう考えてもお前衰弱してんだろ!四の五の言わずに病院行かねぇと」
「おねがい......!」
「リョウ。一度電話を辞めな」
「は?」
「なにか事情がありそうだ。この怯え様、1度落ち着いてもらった方が良いさね。とりあえずさっき言った通り、家に運んどくれ!」
「えぇ......あぁもう!分かった、分かったってそんな睨まないでよお婆!」
そうしてお婆の言う通りに謎の少女を連れて帰った。まぁ、アタシがしたのはそこまで、その後少女の事はお婆に任せて放置するしか無かったけどね。
アタシは運んだだけで、お婆が世話をすると言って聞かなかったからな。......しかし、だからって運んだ後丸投げにしたのが不味かったと今は思っている。
元アタシの私室だった部屋へ少女を運んだ後、スマホを忘れて帰ってしまい戻った結果何だかんだあってその少女をウチで面倒見ることになってしまったからな!
目を覚ました彼女は、助けた時とは随分と印象が変わっていた。
ボロ切れだったワンピースはさすがにそのまんまという訳にいかず一旦脱がせた。
印象の変化については、その代わりにアタシのお古を着させていたからかもしれないがしかしそれとはまた違った印象の変化を感じた。
何と言うか、こう、どこか自分の今の状況を説明する時に、他人事のような説明をしている。そんな印象。
(なんの違和感だこれ?あーくそ、アタシの勘は結構外れるんだけどな......)
しかし、お婆と話している少女を見ていると気にしない様に考えていても絶えず違和感が付きまとう。纏う空気が、性格が。もっと直接的に言うならば......あの時のほんの一瞬の会話しか知らないのに、それでも何か中身が変わっていると感じるのだ。
(......いや、流石に無いか。そもそも意識が怪しかった状況で運んだだけだし、実はこっちが素の少女ってことだろうな)
アタシは思考を放棄した。少女の変化についてどれだけ考えても意味は無い。この少女について詳しいことをアタシは知らないし、知りたいとも思わなかったからだ。少女自身も記憶喪失だと言うし、違和感の原因など最早不明である。
(んな事よりも、こいつ雇ってどうするか......やる事なんてほぼ無いしなぁ)
だからこそ、アタシは少女について詮索するのをやめた。代わりに考えたのは、お婆によって勝手に決められてしまったこの怪しいバイトに、店で何をさせるのかであった。
「んの結果が、よく分からんこの状況か」
思考の奥底から現実へと戻ってくる。気づかれないよう暖簾の向こうを覗けば、少女はぶつくさ言いながらデュエルフィールドの掃除に戻っていた。
いやまぁ、流石に一週間掃除漬けはやりすぎだったかもしれん。そう思いつつも、彼女をカードを扱う仕事に使うのはまだ気が引けた。
理由は主に2つ。1つは、そもそも少女が仕事できるのか不安だったからだ。決して仕事が出来ないわけでは無さそうだが、これまで話している中でも結構常識知らずな所が目立っていたため正直今なお不安だ。
会話をしていてもたまに常識的なところで驚く姿が見れるし。
2つ目、これも簡単な話だ。アタシが少女を信用していないから。
何故かと言えばまぁそれも単純な話なんだが、道端でたまたま行き倒れていた、住所不明無職、住民登録なし、免許等身分証無しの人物なんて怪しさの塊な訳だ。
ウチのお婆が特別優しかっただけで、アタシ以外の誰かがあそこでこの少女を見つけていたとしてもまず間違いなく放置されていただろう。
......いや、ひょっとしたらもっと酷い目にも遭っていたかも知れん。この話はまぁいいだろう。
さて、そんな怪しさ満点少女だが。残念ながらお婆による決定なのでこのまま追い出す訳にもいかない。多分それやったらアタシお婆に殺されるわ。
って訳で様子見兼監視のバイトお試し期間という名目で一週間が経過したわけだ。未だ記憶の戻る様子は無いが......。
「っと、そんなことよりも」
ダメだな、ちょっと時間があるとすぐ思考に耽ってしまうのは最早癖だな。少女は真面目に掃除中、ならばここで監視する必要は無い。
デュエル用の卓へ集まった客の人だかりへと近づく。すると、ザワザワと談笑していた客の一部がアタシに気づいて軽く手を上げる。
「おお、リョウさん。今日もよろしくお願いしますね」
「はいよ。いつも通りDネームは『モリンフェンLOVE』で登録していいよな?」
「勿論!あぁ楽しみだ。私のデッキ、そして素晴らしき彼女に出会う為だけにここへ来ているんですよねぇ!正直カードパックを購入した時よりずっとずっと興奮しますよ!」
「店長の前でンなこと言うな、売上に貢献しろ」
「無論ですとも!しかし私にとってはもはや天命とも言えることなのですからこればかりは譲れませぬな!」
「はいはい......おう、『黒き堕天の翼』。今日も真っ黒で痛々しいな」
「ふっ......その不敬な態度については赦してやろう店主よ。我が翼の魔力を解放しては、この店程度簡単に吹き飛ぶのでな。それに我が力を抑えるのはこの漆黒の黒衣が相応しい、それだけだ」
「黒き黒衣って、二重に黒いじゃねぇか。いい加減そのキャラ脱却しといた方が後々のためだと思うぞー」
「店主ですら、この身に宿る恐怖の力が分からないとはな。我が漆黒の力はやはり恐ろしいものよ」
「はいはいすごいすごい......ん、『月月火水木金金』さんじゃん。珍しいなアンタがこの時間のイベントに参加すんの」
「はは、必死に仕事回してイベントに合わせて休暇を取りましたので......。まぁ明日からまた残業漬けですけどね......」
「おいおい、頼むぜ。アンタくらいしかまともな常連いねぇんだから、くたばってくれんな?せめてくたばるなら売上に貢献してからにしてくれや」
「店長さんは相変わらず容赦も遠慮もないですね......」
手に持ったメモへとDネームを記録しつつ、常連の客と軽く雑談を交わす。あまりにも濃い面子だが、うちの売り上げにかなりかかわってくる奴らだし、その性格や風体からは想像できないほど礼儀のできた奴らでもある。この程度の雑談でまた機嫌よくうちを利用してくれるのなら、こうしてアタシと会話する権利をくれてやっても損は無い。
連中以外にも今日初めて来た客からもDネームを聞き出しつつ、イベントに備えてホワイトボードへとトーナメントシートを張り出す。
Dネームは、イベントに出るような決闘者なら大体が決めている、まぁ所謂ニックネームだ。よほど公序良俗に反したものじゃないならなんでも良いもので、別に本名で登録してる奴だっている。
ただ最近は、自分だけのDネームを考えて使っている奴が増えている。理由はまぁ、大方最近になって増え始めた人気プロデュエリスト達の影響だろうな。
ああいった奴らは余程の事情がなければDネームに本名では無い名前を使っている。テレビや新聞などにも載る可能性があるんだ、個人情報の保護や話題性を考慮して見栄え聞き栄えする名前にしているし、それに憧れる奴も大勢いるわけだ。
「えー、本日はご来店ありがとうございます。本日の形式はトーナメント、敗北した方には参加賞でサブパックを。優勝者には一種のみお好きなパックを選んでいただいて贈呈となってますー。観戦は自由ですが対戦の邪魔になる行為は最悪出禁の可能性もあるんでおやめ下さいー。......んじゃ、組み合わせ書きますんで確認の後卓へついてください」
毎回言うもんだからもはや暗記してしまった説明を終えて、トーナメントシートへとDネームをランダムに振り分けて張り出していく。今日は......まぁ、いつも通りだ。
常連共を除けば6人、合わせると9人。多くもなければ少なくもない感じだな。
正直このくらいの人数が管理しやすくてありがたい。多すぎても卓が足りなくなったりして面倒だし、毎回必ず待ち無しで一戦ずつ処理できるし。
「......む、店長。我が相手がおらんではないか。シード枠か?」
「あ?......あー、そうか9名しかいねぇから。まぁいいや、面倒だしシードで」
「ムムっ。リョウさん、それは不公平ではないかね?」
「あぁ?不満あるならアンタを省いて人数合わせもできるんだが?」
『モリンフェンLOVE』がなんか言ってきたので軽く脅す。本気で抜くつもりは無いが、常連贔屓を初見の客に見せると印象的に宜しくないのでポーズだけは見せとかねぇとな。当然『マロンLOVE』も本気では無いだろう......無いよな?
......いや、ちょっと待てよ。
「......好機、かもな」
「む?どうしたんだリョウさん?......わ、私は観戦にはまわらんぞ!?」
「ああいや、そういうわけじゃねぇよ。『黒き堕天の翼』、アンタだけ少し時間ずらす。10分だけ待ってろ」
「?まぁ、構わんが」
厨二病を待たせ、手早く他の参加者の準備を終わらせる。参加者は各々自分の卓と対戦相手を確認して卓へと座り、自身のデッキを準備し始めている。
デッキをシャッフルする者、カード枚数の確認を行う者などそれぞれに時間を潰している。今なら間に合うかもな。
「『月月火水木金金』さん、悪いが少しだけ外す、客の様子見といてくれないか。すぐ戻る」
「ええ、構いませんが……一体何を?」
「人数を合わせる」
戸惑う『月月火水木金金』さんにこの場を任せ、アタシはデュエルフィールドへと向かった。
デュエルモンスターズは、この世界においてとてつもない効力を持つ。ただのゲームとしてだけでは無い、プロの存在するスポーツとして、話題性のあるコンテンツとして。―――そして、もっと物騒な物としても。
それ程までに世界中で嗜まれるのがこのカードゲームだ。いくら記憶が無くても、その実力の真偽は彼女の存在の手がかりになるだろう。
考えを巡らせつつ暖簾をくぐると、キョトンとした表情で掃除をしていた少女がこちらを見る。
「てんちょ、なにかあった?掃除は、もう終わる......終わりました」
「そうか、丁度いいわ」
「?」
何を言われているのかピンと来ていない様子の少女へ決定事項として宣言する。今のアタシは、たぶん少し変だ。普段ならこんなことはしない。
しないが......勝てなかった、自分の好奇心に。
「今から10分の時間と、ウチで保管している練習用カードを貸し出す。お前、自分で今からデッキ組んでイベントに出ろ」
「......は?」
「丁度人数が1人足りねぇんだよ。アタシはトーナメントの管理とかやることあるし。んで、もう始めてるから早く作れよ。出来次第卓について貰う」
「は!?」
こいつは、どんなデッキをプレイを見せてくれるのだろうか。どんなデッキを組み上げるのだろうか。
柄にもなくアタシは、目を見開き口をポカンと大きく開けたこの少女へ本心からの笑みを浮かべるのだった。
Q.デュエルスペースとデュエルフィールド、どう違うの?
A.この世界ではデュエルフィールドが正しい名称。主人公はデュエルフィールドなんて見たこと無かったので自分の知ってる単語で言ってるだけ。
Q.いくら常連だろうと、店舗イベントのスタッフ代わりをさせる店なんて無くないか?
A.この世界にはある。リョウがだいぶ杜撰なだけとも言う。
○公開可能な情報
Dネーム:オリジナル要素。正式名称『デュエリストネーム』。イベント等に参加する決闘者が自身の名前とするもの。リアルでも大会等ですごい名前の人はいるっぽい。作者が出会った人の中にもえっぐい名前の人は割といた。