ヴァルキューレたちの秋   作:もずくスープ

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ふたりは局長

 

 

 

 尾刃カンナには行きつけの店が二つある。

 

 一つは小ぢんまりとした知る人ぞ知る名店屋台、『麺屋スズちゃん』。

 麺屋なのに名物が焼き鳥で、屋台なのにやたらと豊富なメニューなどが売りの店だった。

 カンナが「狂犬」の鎧を脱ぎ、プライベートな時間を楽しむときに使っている店だ。

 

 そしてもう一つは、ヴァルキューレ本部ビルからは少し離れたD.U.北区の中華料理屋である。

 ごく普通の中華料理屋といった風貌の店構えで、出される料理も一般的な中華の域を出ないが、出汁が他とは違うのかどの料理も味わい深い風味で地元では評判の店だった。

 ヴァルキューレの「狂犬」がここの常連であることを知る者は、まさに質実剛健といった感じのこの店の寡黙な店主と、もう一人しかいない。

 そして彼女が訪れる時には、決まってそのもう一人も姿を現すのだった。

 

「おいっすおっちゃーん、ご飯食べに来たよー」

 

 店の戸口を開くなり、店主に向かって馴れ馴れしく声をかける女が現れた。

 暖簾を片手で持ち上げたままその女は店内をキョロキョロと見渡し、カンナを見つけるや否やずかずかと遠慮なく近づいていく。

 

「おっと、公安局長殿もいらしたのですね。奇遇、奇遇」

 

 カンナと同じくヴァルキューレの制服に身を包み、その上から革ジャンを羽織った女が横からカンナを見下ろした。

 どの口がほざくか、とカンナはコップを傾けながら彼女のわざとらしい態度を鼻であしらった。

 

 彼女はカンナがこの店で食事をする時、いつも同じタイミングでやってくる。

 店主も彼女の振る舞いを咎めることはなく、寡黙で厳しい面構えを保ちながらも、**その眼差し**は温かく二人を見ていた。

 注文した料理を待ちながら書類を眺めていたカンナの向かいに、彼女は断りもなく腰掛けた。

 

「相変わらず貴様は人との距離感を間違えているな。生活安全局長。私は一人で食事しに来たんだ、誰が相伴を許可した」

「おや、カンナ局長さまは私のコミュニケーションがお嫌いですか。しかしこれが私のスタンスですからね、我慢して付き合っていただきたい。それにカンナだって私がここに通ってること知りながら来てるんだし、私のこと待ってるんでしょ本当は?」

「寝言は寝て言え。私はここの料理が美味いから来ているだけだ。誰がお前なんぞと飯を食いたがるか」

「んはっ、分かりやすいツン頂きました〜。次はデレをくれるのかな?」

 

 蹴り飛ばしてやろうか。

 全く態度を改める気がない目の前の女をカンナは睨みつけたが、相手はまるで気にする素振りもなく、革ジャンを脱いで椅子の背に掛けた。

 

 邪険にされたとて席を立つ気は毛頭ないらしい。

 相変わらず自分のペースを崩さないやつだ。

 

 水を持ってきた店主にお礼を言って、出されたおしぼりで手と顔を拭くと、彼女はずずいっと身を乗り出した。

 てらりと湿った顔が、カンナの目と鼻の先に迫ってくる。

 

「さてと、今日は何に悩んでるのかな〜? カンナちゃ~ん? 繊細な乙女なカンナちゃんは、ここに来るとき大体いつも何か抱えてるものねえ。お姉さんに存分に吐き出しちゃって良いのよ〜?」

 

 奇怪に体をくねらせながら迫る彼女の顔を、カンナはむんずと掴んで押し返す。

 眉間には深い皺が刻まれていた。

 

「いつにも増して鬱陶しい。寄るな『ゲロ女』」

「ちょっと。止めてくんないその不名誉な渾名。言っとくけど吐いてないからね? 吐きそうになっただけだから。『セーフ女』ですから」

 

 この女は以前調子に乗って、「この店の料理を全て食べ切ればタダ」というアホなチャレンジに挑戦し、品書きの半分も行かずにトイレに駆け込むという痴態を晒していた。

 その時たまたま居合わせたカンナは事あるごとに彼女を「ゲロ女」と呼称し、嫌がる彼女は毎度「吐いてない」と訂正していた。

 実際のところはトイレまで心配して見にいった店主以外誰も知らないので、「ゲロ女」の真偽は未だに不明なままであるが。

 

 今回はカンナにも反撃するだけの元気があると判断したのか、彼女は意外にもあっさりと引き下がり、椅子に座り直してコップの水を啜ると、普通の表情に戻って言った。

 

「ま、カンナがそう言うなら。今日は純粋に同期との楽しい晩餐ってことにしますか。何気に一緒にこの店でご飯食べるの久しぶりじゃない? こう見えて結構本気で嬉しいのよ、カンナとこうやって話せるの」

 

 テーブルに肘をついて、にまにまとだらしのない顔をさらけ出している彼女を見ると、思わずカンナも毒気を抜かれて頬が緩んでしまう。

 咄嗟にごまかすようにして、目は書類の方へ、口元はコップで隠しながらカンナも返事を返す。

 

「そんなに経つか? せいぜい二カ月ぶりくらいだろう」

「十分久しぶりですよ、おじいさん。月一ですら私は寂しいもの。昔は毎週末の行事みたく一緒に通ってたでしょ。でも三年に上がってからのカンナは毎日大変そうだったしねえ。最近の話だとカイザーやら防衛室やらが、色々と……ねえ? まあ私の方も? 集団職務放棄したどこかの公僕の方々のおかげで大変でしたけど? 普段管轄じゃない業務まで回されてウチはてんてこ舞いでしたけど? 未だに私はそのことに公安局長様から何の詫びも入れられてませんけど?」

 

 「けど? けど?」と顔を近づけてくる彼女にカンナはうぐ、と思わず歯を剥き出して唸った。

 

 カンナへの懲戒処分に端を発する公安局員のボイコットは、例の連邦生徒会の体制変化の混乱に乗じるには、他のヴァルキューレ生徒たちにとって掛かる負担が重すぎたのは事実だった。

 その結果の皺寄せで、いつも暇をしているからと生活安全局が各方々に駆り出される事態となり、生活安全局長である彼女は局員たちの業務管理で一日中デスクで頭を掻きむしっていた。

 そして事態が落ち着いた頃になって、詫びもなくしれっと通常業務に戻った公安局員たちを捕まえては、何か差し入れや埋め合わせを要求していたのだった。

 

 ちなみにあの騒動以来彼女がカンナと会うのはこれが初めてであり、カンナは彼女に何の挨拶もしていない状況である。

 

「……今日は私の奢りだ、吐かない程度にたらふく食え。生活安全局長」

「あら、公安局長様は懐が広い上に腹も太くて助かりますわ。おっちゃーん、餃子とラーメン! あと唐揚げと特製炒飯に麻婆豆腐ね! 食後のデザートに杏仁豆腐もお願い!」

 

 ウキウキとした様子で料理を待つ彼女にカンナは呆れた目を向けた。

 この女は前回の失態から何も反省していないな。

 

 

 頼んだ料理がテーブルに並べられ、生活安全局での最近の出来事などを彼女が話しながら、二人とも箸を進める。

 

 キリノがまた人質を滅多撃ちにした話や、フブキおすすめのドーナツコレクションを局員みんなで食べ比べした話など。

 そんなオフィスでの日常話を彼女はとても楽しそうに語る。

 カンナはそれに適当に相槌を打ちながら、彼女たちの生活を少し羨む気持ちが起こるのを感じていた。

 今となっては考えられないことだが、もしカンナの最初の希望通り生活安全局に配属されていたら自分もそんな風に過ごしていたのだろうかと想像していた。

 

 彼女の話がひと段落ついたところで、カンナはポツリとこぼした。

 

「お前は今回の件、これでよかったと思うか?」

 

 唐揚げを頬張っていた彼女が一瞬きょとんとしたあと、ゆっくりと咀嚼して飲み込むと真面目な顔になった。

 

「防衛室長のこと? それともヴァルキューレの処遇? SRTとの関係?」

「総じて、だ」

 

 カイザーと公安局のリベート、先生誘拐時のヴァルキューレの動き、防衛室のクーデターとその顛末。

 全てが丸く収まったとはいえ、カンナはこの結果にいまいち納得できないままでいた。

 

 それが何故かというのも、具体的な理由をカンナは掴めないでいた。

 ただヴァルキューレはこのままでいいのか、自分たちがこのままでいいのかという漠然とした焦りのような感情がカンナは拭えずにいたのだ。

 

「結局我々警察はRABBITを少し手助けしただけで、事態の解決には殆ど貢献しなかった。リベートの件も、シャーレ占拠の件も、クーデターの件も。全てシャーレとRABBITの尽力あっての解決だ。今まで目を背けてきた警察内部の腐敗がそれらに起因したというのに、我々の失態の尻拭いをしたのは全て外の人間だ。本来ならば、私たち警察が自分で解決すべき問題だった。解決できていれば、ここまで事態が大きくなることはなかったんじゃないか」

「そんなことないわよ。カンナがラビットの子たちの覚悟を認めて、私たち警察には出来ない役割を信じて託したから、色々と上手く行ったんでしょ? 大きな貢献じゃない。それに、囚われの身になった先生を傷だらけになりながら救出したのは、他でもないあなたでしょう。それとウチのキリノとフブキもね。……あと、あんな緊急時に突然信号送られてきて、超理解によって迅速に二人を現地に送った地味にお手柄な私も。少しは誰かに褒めてほしいんだけど、まあそれは良いわ。シャーレ奪還時だって公安局の子たちが頑張ったって聞いてるし。とにかく、私たちは私たちにやれることをやったわよ。カンナも公安局もウチも、みんな警察としての本分を超えてまで、十二分に良くやったわ」

 

 自責するカンナの言葉を否定するように彼女が言う。

 しかし現場において事実上のトップである公安局長の座にいるカンナにとっては、そのようには受け止められなかった。

 

 何かができたはずだと。

 あるいは何もしてこなかったのが間違いだったのだと。

 特に、純粋ゆえに眩しいRABBITの正義を目と鼻の間の距離でぶつけられたカンナには、そう自問せざるを得なかった。

 

 納得しないカンナの表情を見て、彼女は苦笑しながら言葉を続けた。

 

「カンナは真面目すぎなのよね。私たちは所詮お上の犬よ? 上が『やれ』って言ったら『ワン!』って言うしかないでしょ。それが私たち警察のお仕事なんだから。それ以上を望んだところで吊るされるのがオチだし、警察はそれをやっちゃダメじゃない。だから悔しくても鳴くしかないわ、わんわんおってね。ほらカンナも言ってみなさい、わんわんお!」

 

 良く言うものだ。

 茶化すように犬の鳴き真似する彼女に今度はカンナが苦笑する番だった。

 

 生活安全局はヴァルキューレ内で回される仕事の重要性が低いため、勤務実績は常に警察内でワースト。

 巡回中のサボりや職務放棄も日常茶飯事だ。

 実のところ、彼女たち生活安全局が職務命令を遵守しないのにはちゃんとした理由があった。

 局長である彼女が現場での判断を各々の裁量に任せて厳しく縛らず、彼女自身も上の命令を適当にあしらっているのだ。

 

 それに、とカンナは彼女の過去を思う。

 

 まだ生活安全局に行く前は彼女も公安局の一員だった。

 かつてはカンナと肩を並べて公務に励み、切磋琢磨し、そして彼女の場合よく命令違反を起こしていた。

 ヴァルキューレが発足して以来、最も命令に背いた職員の記録には彼女の名前がある。

 反省文の枚数も彼女だけ桁違いに多い。

 やれ要人警護は業務範囲外だの、制圧より人質の保護が先だの、尋問する対象が違うだのと駄々をこね、その度に何枚も始末書の提出を命じられては平気な顔をしてそれを書き上げていた。

 

 現場方針の違いでカンナや他の同僚、上司などと喧嘩するのもしょっちゅうだった。

 上からしたら優秀であっても我儘の多い、扱いにくい局員だった。

 そのせいで同期のカンナと比べられてつけられた二つ名がヴァルキューレの「駄犬」。

 不名誉な名前を与えられてもそれに文句を言わず、むしろ誇るようにその名前を喧伝する彼女を馬鹿にする人間も警察内外問わず多くいた。

 しかし時にはそんな彼女の命令違反に救われることがあったのも、カンナにとっては事実だった。

 

 撃ちたくない人間は撃たない。

 意思に反する自白の強要や調書の捏造もしない。

 警察としては誰よりも不適格、しかし人間としては彼女はよく好かれていた。

 だからこそ誰よりも抗った彼女があっさりと公安局を離れた時、そのショックは大きかった。

 

「お前が公安局を離れて生活安全局に異動した時、正直私は『裏切られた』と思った。公安局の中でお前は一番仕事にこだわって、かつ人に好かれていたから、当然にお前は公安局に居続けるものだと思っていた。命令に背き続けるのも、それが警察として引けない一線だからだということを理解していたから、それをお前自身が放棄したことが私には許せなかった」

 

 度々衝突した仲だからこそ、カンナは彼女の理屈をある程度信頼していた。

 それによって救われる人間が居るのだということにも期待していた。

 そしてもし彼女が公安局に留まっていたのなら、公安局長となった今のカンナを横から支えてくれたのではないかと。

 

「やりたくもない仕事をやらされ、やらせたくない仕事を部下にやらせざるを得ない中で、お前がまだ居てくれたらと、そう思ったことも一度や二度じゃない」

 

 カンナはそこまで吐き出して少し居心地が悪くなった。

 箸を持つが、既に皿の上は空になっているのを思い出し、再び箸を置いて烏龍茶を啜った。

 

 これでは公安局を出て行った彼女を非難しているようだ。

 昔の話を掘り返して責めるつもりはカンナにはなかった。

 カンナはただ彼女が必要だったと伝えたいだけだった。

 

 カンナの告白に彼女はばつの悪そうな顔をして頷いた。

 

「……うん。今でもあの時の私は無責任だったと思う。というか、望まない責任を放り捨ててカンナや他の子たちに投げただけ。本当なら私は公安局でやり通さなきゃいけなかった。そういう反抗を始めたのは私なのに、結局半端者で終わっちゃったものね」

「いや、そんなことは。お前のことを責めるつもりはない」

「『駄犬』ですもの。自分が周りにどう思われてたかは私が一番よく分かってるわよ。あの日から私を見るカンナの目が変わったのにも気づいてた」

 

 あっけらかんと笑う彼女は何でもないように言い放った。

 自身の仄暗い感情を表には出さないように努めていたカンナは彼女に気づかれていたことに罪悪感を覚えたが、同時に今は吹っ切れたように朗らかに笑っている彼女の顔を見るとそれも少しだけ救われる気がした。

 

 「でもね」と続けて彼女が放った言葉は、カンナの複雑な感情など吹き飛ばすように意地悪で、何とも彼女らしい自分勝手な言葉だった。

 

「カンナや他のみんなには悪いんだけど、やっぱり私には生活安全局の水が合ってたわ。公安局は暑苦しすぎ、私には無理。誰かさんを筆頭にいっつも無駄にピリついてる公安局と違って、後輩たちもみんなのほほんとしててかわいいしぃ、説教垂れる同僚もいないしぃ」

 

 彼女はニヤニヤと下品に口角を歪ませながら手をひらひらと扇ぎ、わざとらしく無神経さを装った。

 

 こういう憎まれ口を平然と叩けるところが、カンナが彼女の嫌う部分で憎み切れない理由だった。

 それはカンナには無い厚かましさで、多くの敵を作りながらも彼女が人に好かれる要因だ。

 

 あえて隙を晒して恨まれ役を買って出る、それが彼女のやり方だった。

 

 カンナもはあとため息を吐きつつ、馬鹿らしくなって口端が歪んでしまう。

 相変わらず人の振り回し方を心得ている奴だった。

 

 カンナは再び料理に手をつけ出した彼女を眺めながら、今回の件を経てもうひとつ思っていたことを吐き出した。

 

「キリノやフブキを見て、お前がずっと抱えてきた『信念』のようなものが少しだけ理解できた気がした。お前は自分の『信念』を曲げないために生活安全局に移ったんだろう」

「カンナ、それは違うわ。私は逃げた結果あそこにいるのよ。信念じゃなくて、ゴリゴリの妥協」

 

 彼女は思いの外、即座にきっぱりと否定した。

 てっきり異動も彼女なりのこだわりがあってのものだと思っていたカンナにとって、その否定は意外だった。

 

「カンナや他の公安局の子たちには悪いけど、公安局に模範的警察官は求められてない。任務遂行能力こそが正義だし、それがあって然るべしでそれ以外はむしろ邪魔。あそこは義を通すには責任が大きすぎるから、どうしても曲げざるを得ない。私はそれが嫌で嫌で、せめて心臓ごと腐っちゃわないように私は私に出来ることを考えて、妥協して生活安全局に異動したの」

 

 料理を平らげた彼女は、店主から杏仁豆腐を受け取ると烏龍茶のおかわりを頼んだ。

 

「生活安全局が、ヴァルキューレの心臓か」

「まあ全体を見た時に相対的にね。ウチの子たちは能力的には一番劣っているかもしれないけど、だからなのか、警察としては一番立派だと思ってるわ。私や上の連中なんかよりあの子たちこそが、ヴァルキューレの本当の屋台骨なのよね」

「ああ、それは私も同意見だ。特にキリノやフブキを見ているとそれがよく分かる。市民からの信頼は一朝一夕で築けるものではないからな」

「でしょ。ま、それはそれとして犯罪者に舐められないためにもカンナみたいなこわーい警察官も必要なんだけどさ。私たちが警察でいられるのもカンナのおかげ、公安局様様です。いつもお世話になってます、押忍」

 

 彼女は両拳を合わせてカンナに頭を下げると、杏仁豆腐を乱暴にかき込み店主が持ってきたグラスを受け取って一息で飲み干した。

 すぐに「おかわり!」と叫んで、肘をついてテーブルにもたれながら彼女はカンナを見上げる。

 その表情は、つい直前までのある種の威厳を孕んだものとは打って変わって、拗ねた子供のようだった。

 

「ところで最近さあ、キリノが私よりカンナを尊敬し出してる気がしてさあ。なんか射撃の腕も地味に上達してるし、あんまり失敗しなくなったし、『カンナ局長のように立派な警察官になります!』とか言い出してから警備局への異動願出さなくなったし。公安局に引き抜く気? やめてよね、ウチの可愛い後輩たぶらかすの。カンナは今の公安局の子たちがいるでしょ! あのカンナにだけ従順なコノカあたりで満足しててよ! キリノには手を出さないで! キリノはもっと駄目な子のまま愛でるのが私の計画なの!」

「貴様がキリノに尊敬されないのはその公私混同を躊躇しない言動のせいだろう。心配しなくともキリノは生活安全局から出て行かない。どこかの薄情者と違って、彼女は芯が強いからな」

「なによその後方理解者面!? 私があの子の上司なのに! 良いもんね、フブキは私のこと大好きだもん。絶対カンナには靡かないから。あの子がサボりたい時いつでもサボらせてあげてるし? ドーナツ買いに行きたいって言えば毎回お金も出してあげてるし? 休みが被れば私持ちで一緒にカフェ巡りしてるし? キリノにも今度適当にボーナスとか言ってお小遣いあげよ。生活安全局の子たちは全員経済的に私に依存させてやるわ」

 

 こいつ、本当に公人か?

 カンナは呆れた。

 ぶーたれながら言っている内容はとてもいち警察官のものとは思えない、私欲まみれだ。

 部下に好かれたいのは分かるが、やっていることは完全に貢ぎ行為である。

 

「……お前、いくら何でも部下を甘やかしすぎじゃないのか?」

「キリノもフブキも可愛いから〜ついつい甘やかしちゃうの〜。二人共うちの有望株だし、っていうかヴァルキューレの宝? 玉っていうか太陽? うんうんその通り! カンナも分かってくれてお姉ちゃん嬉しいわ〜。ほらほらカンナも飲みなさーい!」

「店主、この烏龍茶にアルコールは入ってないだろうな」

 

 顔を赤くしてグラスを押し付けてくる彼女に酔っ払っているのかと突っ込みたくなったが、彼女なりの照れ隠しなのだろうと付き合いの長いカンナは理解した。

 お互いここまで本音で語り合うのは本当に久々だったのだ。

 カンナにとっても彼女のはしゃぐ姿は、少し残っていた気恥ずかしさを誤魔化すのにはちょうど良かった。

 しばしうざ絡みを続ける彼女にカンナは辟易としながらも、何の気兼ねもない彼女との久しぶりの会話に懐かしさを感じて自然と顔を綻ばせた。

 

 

 二人の和気藹々とした雰囲気が店内を包む中、ガラリと戸が引かれる音が響き二人は同時にそちらを見た。

 そこに居たのはカンナにはあまり馴染みのない、しかし生活安全局長には良く知った顔が並んでいた。

 彼女は新たに現れた顔見知りの存在に嬉々として絡みに行った。

 

「便利屋じゃんか〜、久しぶり〜! 元気してたか〜この不良娘ども〜」

 

 店に入るなり真っ赤な顔の杏子が近づいてきたことで、便利屋のリーダーが白目を剥いて真っ先に叫んだ。

 他の三人も各々リアクションを見せる。

 

「な、なんでヴァルキューレの『駄犬』がここにいるのよ!? 良く見たら『狂犬』もいるじゃない!?」

「この店はヴァルキューレの名犬コンビのナワバリなのよ。覚えておこうね社長さん」

「うげ、『ゲロ女』じゃん」

「おいこらロリガキ。そんな口の悪い子ちゃんは独房にしまっちゃうわよ」

「暴力はんたーい。このジュースあげるから許してね?」

「話のわかる子ちゃんは好きよ。ムツキは良い子ね、よしよし」

「……いつもながらに煩い」

「うりうり、ツンツンしてんじゃないわよカヨコ。迷子の子猫届けに来た時みたいににゃんにゃん言ってる方があなたは可愛いわよ〜」

「ほんとに、煩い」

「ハルカも元気にしてた? ちゃんとご飯食べてる? 今日はあそこの怖いお姉さんが全部奢ってあげるからいっぱい食べるのよ?」

「あ、ありがとうございます。きょ、恐縮です……」

「おい、そこの連中の分まで奢るとは言っていない」

「ケチケチしなさんなよカンナ。どうせ私達忙しくてお金使う暇ないんだから、こういう時に使っとくのが良い女でいるコツよ」

 

 彼女は便利屋の面々の背中をまとめて押しながらカウンター席に座らせ、後ろから一人一人に話しかけていた。

 全員の肩をさすりながら、一人からは鬱陶しがられながらも、この店はあれこれが美味しいなどと熱心に話しかけている。

 便利屋全員分の食事を奢ろうとする彼女に「警察に奢られるアウトローなんて居ないわ!」と抗う姿勢を見せる社長。

 それに対して彼女は「出来るアウトローは警察を飼い慣らすのよ。手始めに『狂犬』と『駄犬』を飼い慣らしてみせなさい陸八魔アル!」と言いくるめる。

 便利屋相手にそんなおべっかを使うのは彼女ぐらいのものだ。

 社長は「な、なるほど!」と目を輝かせていた。実に簡単な女である。

 

 便利屋の全員が注文を終えたところで調子をよくした彼女は唐突に「一気飲みしま〜す!」と全員の注目を集め、先程渡されたジュースを勢い良く呷った。

 カンナと店主はまだ無駄に騒ぐのかと疲れた顔だったが、便利屋の面々は恐々とした面持ちで「おお、いった……!」と言わんばかりの顔つきだった。

 彼女はそのラベルを良く見ていなかったが、そこには大きく「もずくジュース」と書かれてあった。

 ねばっと絡み合う生臭い繊維質の液体が喉を通り胃に落ちた途端、彼女は赤かった顔を一転して青くし、震え出した。

 カンナはまさかと思いながらも、しかし同時にやはりかと額に手を当てて顔を伏せた。

 

「あ、ちょっと、うぶ、と……とひれ」

 

 青ざめた表情でえづき出した彼女に横にいた社長の顔もさっと青くなるが、時すでに遅し。

 ダムが決壊するかの如き見事な崩壊ぶりで、彼女の口から固形物混じりの液体が隣の社長目掛けてぶちまけられる。

 

「オ"、オ"ヴっ、ヴエ"エ"オ"ォ"ォ"……」

「いやあああ"ー!?」

 

 その日生活安全局長は名実共に「ゲロ女」と化した。

 その見事な吐きっぷりには、「駄犬」などという二つ名よりはよっぽど「ゲロ女」という名前が相応しいように思われた。

 そして、社長がゲロをかけられて黙ってはいられないと暴れ出した平社員と、「ゲロ女」と社長の痴態を嬉々としてスマホで激写している室長のせいで、店内は更にカオスとなった。

 

 騒然とした店内で一人ゲンナリとしていたカンナは、彼女の騒がしい性質にやっぱり呆れながらも「コイツだけは昔から変わらないままだな」とどこか安心していた。

 勝手に騒いで、問題を起こしては周囲を巻き込み騒動を大きくする。

 真面目な方にも不真面目な方にも騒々しい彼女はいつも他人の迷惑なんぞ考えない。

 ただやるべきだと信じる自分勝手な義務感のみが彼女を突き動かす原動力なのだ。

 

「……お前がずっとそうでいてくれるから、私もあの時臆せず前に踏み出せたのかもしれないな」

 

 思わず綻ぶ口元をコップで隠しながら、カンナは誰にも届かない声量で呟いた。

 

 頭に浮かぶのは先生を助けに行った時のことや、キリノやフブキと共に月雪ミヤコを援護した時のこと。

 本当はカンナとて怖ろしかったそれを踏み出すきっかけになったのは、何もカンナと直接対峙したRABBIT小隊の影響だけではないとカンナは何とはなしに視線を投げる。

 その目に宿るのは慈愛のような、感謝のような、はたまた全く別の感情か。

 しかしそのすぐ後に酸っぱい匂いが漂ってきたので、一転して顔をしかめて迷惑そうに鼻をつまんだカンナだった。

 

 結局、騒ぎを起こしたお詫びとしてその日の飲食代と諸々の弁償代は全て生活安全局長の財布から支払われた。

 後日ヴァルキューレでは、胃も財布も軽くなった生活安全局長が廊下で項垂れている姿が散見されたとか。

 カンナはそんなニュースを聞いて平和を実感するとともに、こっそり彼女のデスクにドーナツとコーヒーを差し入れてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

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