しゃちくな生徒のひとりごと   作:古典派*

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独り言要素はありません


キャラクターエピソード 星見カナタ
プロローグ


 

 

 トリニティ総合学園委員会執行部所属、執行部長の星見カナタの一日は大方の場合、その執務机の上で始まる。

 別段寮に部屋がないわけでもなく、実家が学園から然程離れているわけでもない彼女が学園内で寝泊まりする理由はごく単純で、トリニティ総合学園の執行部は大変忙しいからだ。

 

 なにせ部活単位の会議の取り纏め、目安箱の投書への対応、果てはトリニティ自治区内の区画整理や視察をこなし、それらを総括した上で上位組織たる“ティーパーティー”に上奏しなければならない。なんならここまでが“前半”だ。

 では後半はといえば、“ティーパーティー”から返ってきた要望(無茶振り)をトリニティ全体の不利益にならないように“適切な対応”をしつつ全体の調整に奔走するわけだ。

 

 どう考えても一生徒に掛かっていい業務負荷ではないが、決定機関(ティーパーティー)の下部組織の部長という板挟みの権化たる席次に収まったのが運の尽きだった。

 西に逢うてはゲヘナの不良生徒と戦いを繰り広げ、東に戻りて幹部に説教を賜り、北のスポンサーには嫌味をはかれ、南に下れば報告書にケチを付けられる。

 一般的なゲヘナの生徒よりも余程地獄めいた日常だが、この席に彼女を追いやったのが実家の差し金だというのだから本当に救いがない。

 泣こうが喚こうがこうなってしまった以上彼女に残された『やり遂げる』以外の選択肢は、成し遂げられなかった結果在学中に死ぬか退学になった後失踪するかの二択だった。

 

 当然極限のストレス下における環境でまともな睡眠がとれる筈もなく、充電ケーブルがつながれっぱなしのスマホから喧しく鳴り響くアラームを緩慢な動作で止めると、カナタは死人が墓から這い上がるが如く机から上体を持ち上げる。

 濡羽色の前髪を跳ねさせ、濃い藍色の瞳の下にべっとりとクマを貼り付けた様からはティーンエイジャーとは思えない草臥れた雰囲気があるが、これでも歴とした高等部の新二年生である。彼女は疲れていた。

 

「…今日の予定は…謁見がある?…シャワー浴びなきゃ…」

 

 寝起きであることを除いても地の底から響くような低音で呟くと、べりべりという擬音の出そうな重たい動作で立ち上がり備え付けられた着替えをひっ掴み執務室を後にする。

 トリニティ総合学園執行部の更衣室にはシャワー室が備え付けられているため、寮に帰る必要はないのだ。

 

 星見カナタの一日(地獄)は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 謁見を済ませ、雑務を部下に割り振った午後。浮かぶ白い雲に遮られたヘイローが良く映える青空の下、カナタは連邦生徒会所属独立連邦捜査部“シャーレ”の立派なビルの前にいた。

 

「ここがシャーレですか。…建造以来放置されていた割には綺麗ですね」

 

「連邦生徒会長の肝いりだったそうですから、様々な忖度があったのでは?」

 

「…連邦生徒会長はよくわからない方でしたが、彼女に取り入りたい者は多かった筈ですからそうかもしれませんね」

 

 見送りに来た直属の部下と周囲の観察を済ませつつそんな軽口を叩く。

 連邦生徒会の管轄であるD.U.地区の中でも深い場所にあるだけあって道中は賑わっていたが、この“シャーレ”の周りは何処か不思議な静けさに包まれていた。

 

「では私はこれで。ご無事に帰ってきてくださいね」

 

「“先生”は仮にも良い大人でしょう、余計な心配ですよ。何かあれば連絡するように」

 

「はい、カナタ様。失礼します」

 

 謁見にて諸事情によりメインホストを務める桐藤ナギサからカナタが言付かったのは、最近“シャーレ”の責任者に着任したらしい“先生”の為人(ひととなり)の分析と直接の接触による懐柔策だった。

 

 そもそもの話だ。

 “シャーレ”はこのキヴォトスにおいて極めて特別な組織だ。

 

 設立の時点で連邦生徒会長からキヴォトス全土の学校組織に対する強制介入権を与えられ、だというのに所属する人間が誰もいない。

 予てより設立を予定されていながら、連邦生徒会長の理不尽な特権の象徴としてなにかと槍玉に挙げられるSRT特殊学園のことを絡めて度々議論の的となる特権組織が、連邦生徒会長の失踪が判明した今になって彼女の縁故であろう“先生(外部の人間)”を据えたというのは、キヴォトス全体に少なくない動揺を与えていた。

 

 だからこそ、トリニティ総合学園を代表する“ティーパーティー”としても、無視するわけには行かない。

 もしも“シャーレ”の“先生”が組織や個人に(おもね)る行動をとった時、キヴォトスのパワーバランスは容易に崩れるだろう。

 そうならないためにもいち早く“先生”と接触する必要があるのだ…というのはカナタも理解している。

 

 だが事実としてカナタは忙しかった。

 割り振りこそしてきたが、カナタ本人がいなければ進まない案件がいくつもある。

 自動受付をすませ、エレベータで“先生”が居るであろう階層に移動する最中、しかして自分以外で丁度良い人物がいただろうかと思考を巡らせる。

 

 まずもって下っ端の生徒に行かせるのは無しだ。

 任命された人物が誰であれ、役職もない生徒に行かせれば“先生”は勿論、その情報を得た他の自治区の連中からトリニティは“シャーレ”を軽視していると見られかねないし、間に入れた人物によってはナギサの耳に入る頃にはどんな話になっているか想像もつかない。

 

 となれば組織か派閥の長に白羽の矢が立つわけだが、トリニティ特有の面倒な話で、大抵の場合組織の長には派閥の長が収まり、そのうちの誰かを抜擢すればその敵対派閥が「その派閥の都合の良い話になったに違いない」と言い出すのだ。

 それが事実であれ捏造であれ、口実を得れば連鎖的に骨肉の小競合いが始まり、実務畑の人間に後始末が回ってきてカナタは事務処理に忙殺されるだろう。カナタは想像しただけでちょっと吐きそうになっていた。

 

 思い返すだにナギサの判断は妥当かつ的確だった。

 委員会執行部の部長という立場はその公平性を重視されるが故に無派閥の中途編入組から選ばれ、その人物はティーパーティーの直轄にあるのだから様子見にはうってつけの人材だろう。

 

「…それが私でなければ、なんでも良かったのになぁ」

 

 無意識なぼやき。その目は腐った魚の如く濁っていた。

 こうして業務を後回しにして訪問する羽目になったのも要因だろうが、何しろ“シャーレ”の“先生”といえば、曰く「女児フィギュアの収集に精を出す変態」だの「生徒をストーキングしている」だの「気に入った生徒を呼び出してあれやこれ」という噂に欠かない…ちょっと風聞の悪い類の人物なのだ。

 無論悪い噂ばかりではないが、個人的に言えば仕事中ですら関わりを持ちたくないと思うのは人情ではないだろうか。

 

「はぁ…しょうがないか。どうなろうが()()()()()()()()()

 

 カナタの中で言う、魔法の呪文を唱えて気を取り直す。

 どちらにせよ、既に“シャーレ”に直接乗り込んで、目の前には“先生”の執務室がある。引き返すには機を逸しすぎていた。

 

「失礼します先生、いらっしゃいますか?」

 

 ドアを三度叩き、返答を待つ。

 

『はい!ちょ、ちょっと待ってね…うわぁ!』

 

『ちょ…せ、先生?!』

 

 慌てた返答の寸後にどたんばたんと物音が連続する。

 恐らくなにかしらアクシデントがあったのだろう。様子見のためにカナタは逡巡しつつ控えめにドアを開けば──

 

「あっ…」

 

「えっあっ。こ、これはその…」

 

 ──ミレニアムの制服を着崩した生徒の上に連邦生徒会のコートを着た人物が覆い被さっていた。

 彼の左手は生徒の右手と恋人繋ぎで結ばれており、右手は丁度スカートの辺りで隠れている。

 状況証拠は悪い大人の許されざる罪を示していた。

 

動くな(HOLD)!トリニティ執行部の命令により、止まれ!お前はキヴォトス連邦生徒会とその民に対し罪を犯した!」

 

 どばーんと開きかけのドアを弾き、カナタが愛銃たる「ウェルス&プライド」をホルダーから抜く動作に躊躇いはなかった。

 ここはトリニティ自治区でないため警察権は存在しなかったが、白昼堂々生徒に襲い掛かる破廉恥漢に対しての慈悲をカナタは持ち合わせていなかったのである。

 

「誤解なんだ~!!」

 

 斯くして、“先生”とのファーストコンタクトは最悪の結果となったのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…まずはトリニティ総合学園の生徒として、羽川ハスミ、守月スズミの両名がお世話になりましたことに感謝を申し上げます。こちらは心付けですので、どうぞ後程ご賞味ください」

 

「おお…これはこれはご丁寧に、ありがとうございます」

 

 感謝の礼とともに差し出された洋菓子の詰め合わせを“先生”が受け取る。甘味が好きなのか将又(はたまた)単純に贈り物が嬉しいのかはさておき、その顔にやんわりとした笑顔が戻った。

 

 しかして場の空気は未だ固さを保ったままだ。

 まあ当然といえば当然だろう。なにしろ誤解は溶けたとはいえ、この場に居る状況証拠的なメンツはあわや未成年者事案となりかけた被害者加害者第三者である。

 単なるアクシデントによるかの惨状の誤解はすぐに解けたものの、ちょっとセクシャルな接触という場面は多感な時期である生徒二人の口を鈍らせるには十分だった。当事者である“先生”はもっと気まずいだろう。

 

 とは言えこのままお見合いでは埒の空かないカナタは初志を貫徹するため大きく咳払いすると自己紹介を始めることにした。

 

「コホン!…申し遅れました。私はトリニティ総合学園より参りました、委員会執行部の部長を務めます星見カナタと申します」

 

「うん。私は“シャーレ”の“先生”だよ。これからよろしくね。今日はなにか用事があると聞いたけれど…」

 

「はい。まずひとつに“シャーレ”の奪還に際しての協力に関して、先の二名より感謝の言付がありましたのでそれをお伝えしました」

 

「いやいやこっちこそお礼を言いたいくらいだよ!皆の協力がなかったら“シャーレ”は奪還出来なかったからね!」

 

 “先生”の言葉に否やはない。

 キヴォトスの外からやってきたという言が事実なのだとすれば、もしも彼が百戦錬磨の凄腕だったとしても不良生徒達との闘いは某配管工ゲームの全ステージをノーミスでクリアする程の難易度となっただろう。無論、ベットするのは自分の命だ。

 目の前の柔和な人物がそれほどの度胸と技量を持っているとは、とても想像出来そうもなかった。

 

「…?」

 

 ちらりと目を合わせた瞬間にほんの少しの違和感を感じ、僅かに眉を寄せる。

 数瞬思索を巡らせ、思い至ったのは“先生”の特徴のなさだ。

 

 見立ての身長は一六〇半ばだが、これは男性にしてはやや低く、女性にしてはやや高いと言えるだろう。

 容姿に関しても整っていると断言して良いのだが、全体的に線や輪郭の印象が薄く、目立った角張りや丸みがない。

 服装はといえば、連邦生徒会から配給されたであろうコートの中にゆるめのシャツを着ているようで、体のラインが出にくいようになっている。手足が細く長いことから典型的なやせ形であり、着ぶくれが予想できることがその分かりにくさを助長していた。

 

 総合して、極めて中性的だ。

 正直今も目の前の人物が男性なのか女性なのか、カナタには判らなかった。

 話し方ややわらかな笑みも温厚かつ柔和な印象を受けるが、目に見えるのはそればかりで彼ないし彼女が何を考えているのか、カナタにはまるでわからない。

 

「どうかした?」

 

 少し困惑した様子を滲ませた“先生”の言葉にカナタは我に返る。

 恐らく疑問を悟られてはいないだろうが、仕事中であることが頭から飛びかけていた。

 

「いえ…なんでもありません。続きまして、推定“シャーレ”の活動中であろう先生方から救助及び支援を頂いたという…未確認ながら複数の報告がありました。こちらの事実確認は可能でしょうか?」

 

「うん…あー、えっと、名前聞くのを忘れてたな。ユウカは覚えてる?」

 

「ミレニアム生ならある程度分かりますけど、流石に他校の生徒までは…」

 

「…顔を見れば思い出せますでしょうか。こちらに報告を受けた生徒をリストアップしています。良ければどうぞ」

 

「うわあ、ありがとう!助かるよ!」

 

 “先生”はそそくさとカナタの差し出したファイルを受け取ると、早速リストを改め始める。…じっくり読み込んでいるらしく、少し時間が掛かりそうだった。

 

「…お久し振りですね。星見執行部長」

 

「ええ。前にお会いしたのは連邦生徒会長失踪以前の合同会議の場ですので、それ以来でしょうか」

 

 手持ち無沙汰になったカナタに話し掛けて来たのは、同じく手持ち無沙汰になったのであろう、先にユウカと呼ばれた人物だ。

 

 早瀬ユウカ。去年度に年少ながらミレニアムサイエンススクールの管理組織であるセミナーの一員として抜擢され、二年生となった今は会計庶務を務める優秀な人物である。

 

 ハスミからの報告によれば“シャーレ”の奪還の際居合わせたようだし、ここにいるのはその縁故だろう。元々外で目撃されるのが多いフットワーク軽めな人物であることもあり、そう不思議なことでもなかった。

 

「正直、あなたがここに来るとは思っていませんでした。来るとしても正実の委員長かと思っていましたから」

 

「…人柄の良い方ですが、彼女がトリニティの名代として来るのは些か問題がありますので」

 

「うんまあ…人柄が、いい?」

 

「なんです?」

 

「いいえ…?」

 

 口では否定しているがユウカは何処か納得できないと言いたげに困り顔を浮かべている。

 何が問題なのだろうか。正義実現委員会の委員長であるためナギサの警戒もあって名代とするのに問題があるだけで、一種の武力装置たる“シャーレ”と現場レベルで連携するのはトリニティにおいては正義実現委員会が最も多くなるのだから、その長が“先生”と友誼を結ぶのは不思議でもなんでもない筈だ。

 人柄に関しても、時折発狂するが奥ゆかしく思慮深い、称賛しからしむる女性である。考えるだにユウカの疑問をカナタは理解出来なかった。

 

「うぅん…まあいいわ。“先生”への用件はこれだけですか?」

 

「あと一件、重要な相談となるものがあります」

 

「ふうん。話す気はない、と?」

 

「聞かれて困ることでもありませんが、“先生”に直接言うべきことであって、無為に吹聴すべきことだとは思いませんので」

 

 ユウカは「それはまあ、そうなんですが…」と呻くと、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「…相変わらずですね。トリニティも変わりありませんか?」

 

「犯罪者が流入して治安が悪化した以外はなにも変わりません。正実はヴァルキューレほどシステムに依存しないので混乱も最小限で済みましたから」

 

「…そうですか…」

 

 適当な答えで応答したつもりだが、ユウカから返ってきたのは恨みがましいような、羨ましそうな、そんな感情の籠った視線だ。

 何故そのような感情を受けることになったのかと思索に入りかけたカナタはミレニアムの特性に気付き、直ぐにその理由に思い至った。

 

「ミレニアムは…治安がどうというよりは、内側の突き上げがきつそうですね」

 

「わかりますか!サンクトゥムタワーが停止した原因はセミナーにはないし私達の管理システムも機能不全に陥っているのに資料請求が通らないから何とかしろだの特許申請の手続きが出来ないから特例で通せだの挙げ句の果てには予算の二重申請するやつまで──」

 

 どうも虎の尾を踏んだらしいと悟ったカナタは泣きの入ったユウカの怒涛の愚痴を相槌を打つ機械となって聞き流す。

 ミレニアムサイエンススクールでは主に先進技術の研究開発が行われており、そこで生まれた特許技術を申請したり、純粋に製造したテクノロジーを販売して経営されているのだが、技術者科学者の卵を多く取り込む性質上そもそもがくせ者だったり周囲の環境に毒されたアクの強い生徒が多く、管理組織たるセミナーは彼らを統率…いや、制御するために日々奮闘しているのだ。

 

 まあそんなこと言ったら相手こそ変わるもののカナタとてそう変わらないが。

 トリニティに帰れば暇な上役が廊下で待ち構えてユウカの十倍下らない自慢話を延々聞かされるのだから、この程度の愚痴はかわいいものだ。それに、彼女からはたまに機密情報を溢れ聞くことも出来ることを考えればお釣りが来るだろう。

 

「えっと、そろそろいいかな?」

 

 怒涛の愚痴を無心で受け流す最中、“先生”がファイルの確認を終えたようで控えめに声を掛けてきた。

 

「如何でしたか?」

 

「うん、全員見覚えのある子達だったよ。ありがとう、カナタ」

 

「…そうですか。では後程、連邦生徒会を通して正式な感謝の書状を送っておきますのでご確認ください」

 

「えっ、そこまでしなくても…」

 

 困惑したように遠慮しようとする“先生”を見て、この人物が底抜けの善人であることを察しながら、カナタはここで押し込むのが最良のタイミングだろうと結論付けた。

 

「“シャーレ”の活動は生徒に給与を発生させ、機能不全に陥ったキヴォトスの治安維持活動を回復させるのに有意であるとトリニティ総合学園執行部は判断しました。つきましては、“シャーレ”の“先生”に認可して頂ければ、より有意義な支援を約束出来るでしょう」

 

 極めて政治的な言い回しだが、要は“シャーレ”としての活動に全面的な賛意を送り、その活動を支援するという表明である。

 

「ええっと~…」

 

「そんな!ッいえ、その発言はあからさまな取り込みに見られかねませんよカナタ部長!」

 

「我々はトリニティ生の代表として生徒を救助していただいた謝礼を行い、その活動を支持すると表明しただけです。善意に善意で報いる、ごく当然の行いでしょう。何が悪いのか、私には分かりかねます」

 

 飽くまでシラを切るように宣うカナタにユウカは「そんなこと…」と言い募ろうとするが、二の句を次ごうとした瞬間何かに気付いたようにその口を閉じた。

 

「…ッ失礼します。先生、すいません、後程埋め合わせはしますので!」

 

 ユウカの行動は迅速だった。言うや否や“シャーレ”の執務机に広げていた端末や電卓を回収すると、物凄い勢いで執務室から飛び出していく。

 

「…あの様子なら大丈夫そうですね」

 

「あんまり性格の良いやり方とは言えないよ?」

 

「トリニティ流ではありますが、上に立つというのであれば多少は必要な手法でしょう。“シャーレ”は得をするばかりなのですから、お目こぼし頂ければ幸いです」

 

 詰まる所、先程のやり取りは“シャーレ”の取り込みに見せ掛けた、支援の誘いだった。

 ここに到着する前に述べたように現在“シャーレ”の立場は微妙なもので、“先生”に対する風当りも決して良いものとは言えない。特に問題視しているのは学校組織ではなく、連邦生徒会だろう。

 しかしてそれ故に“シャーレ”の規則に則ったやり方では大きな波風とはなりづらく、下手をすればごたごたの続く連邦生徒会の中では埋没する可能性があった。

 そんな中、敵対的とまでは言わないまでも対立構造を作ることでパワーバランスを保っている多数の組織が“シャーレ”の活動を支持するという試みが成功すれば、キヴォトス全土の犯罪増加率をそっちのけでマネーゲームに興ずる政治屋気取りに冷や水を浴びせられるかもしれない…という、ある種の賭けだった。…まあこの冷や水に気付かないほど無能なら他の手段を講じる必要があるが。

 

「カナタは友達思いなんだね」

 

「立場を共有出来る友人は貴重だと理解しています。…本題に入らせていただいてもよろしいですか?」

 

 ほっこりした表情の“先生”にカナタはにわかに苛立ちながら、ナギサに委ねられた本題を切り出す。

 全て必要な事を伝えただけだが、丁度人払いも済んだことだ。聞かれて困ることでもないが、都合がよかった。

 

「ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサ様からの正式な辞令により、トリニティ総合学園委員会執行部所属、執行部長星見カナタはこれより連邦生徒会特別捜査部“シャーレ”の所属となります」

 

「こっちの意思は確認しないんだね」

 

「断られれば私のクビが飛ぶだけです」

 

「ズルい言い方だなあ…?!」

 

 平然と言いきったカナタに、“先生”は漸くというべきか焦った様子を見せる。

 辞令とはつまり、「やれ」「はい…」というやり取りを示すような、強制権を帯びた指令だ。

 成し遂げられないと報告すれば、その時点でカナタの執行部長としての資質は不十分と診なされ、その座を下ろされるだろう。あとは転がり落ちる石のごとく退学処分が決まるだけだ。

 普通の学校ではこんなことは起きないのだろうが、『伝統的な校風』の名の元に家名が強い影響を及ぼすトリニティに於いては特段珍しくもないことだった。

 

 そういった事情を知ってか知らずか激しく狼狽した“先生”はここに来てその表情に焦りを浮かべ、「分かったから早まらないで!」とカナタを引き留めに掛かる。

 これまでお互い表情を崩さなかった鉄面皮のカナタと営業スマイルの“先生”の勝負はカナタに軍配が上がったようだった。

 

「とはいえ、執行部長としての仕事を疎かにするわけにはいきませんので籍を置くだけという形になるでしょう。お望みであればトリニティ生との顔繋ぎは可能かと思いますが、実務に関しては期待されませんようお願いします」

 

「大分勝手を言ってる自覚はある??」

 

「そうですね。ですが“先生”は断わらないでしょう」

 

 今までの提案で“シャーレ”は殆ど損をしていないが、そもそも損得を抜きに“先生”は生徒に不利益をもたらす行為を避ける傾向がある。カナタはそのように判断していた。

 ややあって、“先生”は自分を納得せしめたのだろう。何処か諦めたような感情を滲ませながらも柔らかな笑顔を取り戻すとカナタに右手を差し出す。

 

「これからよろしくね。カナタ」

 

「ええ、トリニティ総合学園をよろしくお願いします“先生”」

 

 カナタが“先生”の手を握る力は柔らかなものだった。

 

 

 

 

 





カナタの容姿設定は大体黒髪青目ウマミミなしのアヤベさん
トリニティ通常制服+エッチベルトで拳銃を両脇に吊ってて柄つきグレネードのベルトホルダーを腰に提げています
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