しゃちくな生徒のひとりごと   作:古典派*

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一話『執行部長の一日』

 

 

 

 

 

 トリニティ総合学園はその敷地内に学校設備の遺跡が存在する程古くからある名門であり、学び舎が乱立するキヴォトスにおいても有数の生徒数を誇るマンモス校である。

 その規模故にキヴォトス内部においての発言権も強く、自治区を設立することを許されてさえいる。

 OBや保護者からの寄付金も少なくはなく、その繋がりは世の中のあらゆるものと比べても強固であると言えるだろう。

 とどのつまり、トリニティ総合学園は金持ちだった。

 

 白亜の校舎、上質なカーペット、学び舎には不要である筈の調度品でさえ高度な細工が施され、こういった光景に慣れていない者では目が潰れてしまいそうなきらびやかな内装が何処までも続いている。

 そんな校内の廊下で一つの集団と一人の人物が相対していた。

 

「…ですから、最近お肌が荒れてしまいまして、執行部ではなんとかなりませんか?」

 

「ええ、由々しき事態であると把握しています。そちらのブランドであれば○○研究室に在庫があるかもしれませんので掛け合ってみましょう。本格的な流通に関しては二週間程お待ちいただければ良い報せが出来るかと思います」

 

「あら本当?では…あ、いえ、急用を思い出しましたのでこれで失礼させていただきますわ。ご機嫌よう、カナタさん」

 

 突然別れを告げられたカナタは足早に去っていく生徒達をカーテシーで見送ると、ゆるりと振り向く。

 

「お待たせしてしまったようですね」

 

「ちょっとだけだよ。こんにちは、カナタ」

 

「ご機嫌よう、先生」

 

 振り向いたその先に居たのは“先生”だった。相変わらず優しげな笑みを浮かべて佇んでいる。

 彼がここにいるのは、“シャーレ”の活動の一環としてトリニティへ視察に来たが故だった。「周りの状況が落ち着き始めたので今の内に各学校を回りたい」と言ったのだったか、成る程職務には真面目に向き合っているらしい。

 とはいえ、何故案内を買って出た生徒をよそに彼がここに居るのかはカナタには分からない。

 

「案内の者が不調法を働きましたか?それとも何か問題が起きましたか?」

 

「ううん、カナタの仕事振りを見たくなって」

 

 にっこりと、“先生”は屈託のない笑みで言い放つ。

 一瞬何を言われたのか理解できなかったカナタは滴った水が染み込むようにその言葉を反芻すると、無自覚にその口元を尖らせた。

 

「…わかりました。面白いものは無いと思いますが、ついてきますか?」

 

「うん」

 

「くれぐれも此方の指示に従うようにしてくださいね。校内はともかく外での仕事はそれなりに危険なので」

 

「うん…えっ?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そして“先生”とカナタの身柄は今、戦場の只中にあった。

 

 傍らには鉄筋コンクリートで出来た骨とキャットウォークと防音シートの皮膜を持つビルが聳え立ち、辺りには鉄骨の束が散り散りに転がっている。

 程々に障害物と広さの用意されたこの工事現場は怒号と悲鳴の飛び交う日常の背景としてはありふれたものと言って良いだろう。

 

「頭を下げてください、先生」

 

「どどどどうしてこんなことに?!」

 

 彼らの位置は弾雨の最前線に程近く、今もチュインチュインと弾丸の弾ける音が響いていた。

 しかし「どうして」か、とカナタは考える。

 

 事の起こりはトリニティ自治区に誘致した商業ビルの工事現場に幾人の部下に“先生”を加えて執行部として視察に来た事だろう。

 

『わーはっはっはー!!我々はワクワクヘルメット団!金目のモン置いていけー!』

 

 おわり。

 

「どうしてでしょうねえ…」

 

 カナタは遠い目をして“先生”にそう返す。

 短絡的すぎて本当に意味がわからなかった。強いて言えばそういう生態だからとしか言いようがない。

 

「まあだからこそ──」

 

 カナタは諦めていた。こういった(やから)相手には話が通じないことを知っているからだ。

 代わりに必要なのは、今両脇から抜いた愛銃のような、話し合いに必要な交渉力(圧倒的な暴力)だ。

 

「そこだァーッ!ぶべっ?!」

 

「執行委員討ち取ったりィー!んぎゃっ!」

 

「此方も遠慮せずに済むというものです」

 

 掩体にしていた鉄骨の両脇から同時に出てきたヘルメット団の不良生徒に『ウェルス&プライド』の銃口をそれぞれに向け、容赦なく引き金を引く。

 連射性能に秀でた機構を持つカナタの愛銃が吐き出した弾丸は、それだけで正確に不良生徒らの体を捉えて彼女らを気絶せしめた。

 

 無論、これだけで終わる筈もない。

 突入していた生徒が突然倒されたことに動揺したのか、戦場と化していた工事現場は僅かな沈黙に包まれていた。

 その機会を見逃さずカナタは鉄骨に身を乗り出すと、そのままポカンと突っ立っていた数人のヘルメット団に向けて二丁拳銃を乱れ打つ。

 

「どわあぁー?!」

 

「おいっ!やられたぞ!何が起きてんだ!?」

 

二丁拳銃(トゥーハンド)の執行委員って『鉄血宰相』じゃねえか!なんだってここにいやがる?!」

 

 起こった大混乱をよそに鉄骨の影に頭を引っ込めると、そのまま空になったマガジンを滑り落とし新しいものに交換する。

 と、ふと横を見れば“先生”が何やら悶絶していた。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

「や、薬莢が頭に落ちてきてめっちゃ熱い……!」

 

「ああ……すみません、ある程度は翼で受け止めていたつもりでしたが……」

 

「うんまあしょうがないよ。死ぬよりマシだしね!」

 

 “先生”はそう言うが、発射した直後の薬莢は二百度をゆうに越える熱を持つ。生徒は割合平気な顔をしていられるが、普通の人間の皮膚に接触すれば火傷は免れない温度だろう。

 見たところ当たった薬莢は二、三発分といったところだが、護衛対象(パッケージ)を抱えたままで許される立ち回りではなかった。

 

「なぁにが『鉄血宰相』じゃーい!!こちとら泣く子も黙るワクワクヘルメット団だぞォ!」

 

 カナタの後悔を他所に、突如としてヘルメット団側の奥から雄叫びをあげ、クマバチを思わせる重低音を響かせて破壊の権化が現れた。毎分一千発の弾丸を吐き出すそれは、轟音を立てて容赦なく壁や地面を抉り取っていく。

 見なくても分かる特徴的なそれは紛れもなくミニガンと呼ばれる、本来戦闘車両やヘリで運用される固定機銃を個人携行用に違法改造したものだった。

 

「わあ、カナタ、ヤバいのが来てるよ」

 

「少々お待ちください」

 

 そう言って銃を仕舞った左手でカナタが取り出したのは執行部で配給される連絡用の型落ちスマホだ。

 開いた画面にはモモトークのチャットログが表示されており、左側に複数の新着が来ている。

 

「準備が出来たようです。耳を塞いで口を開いてください」

 

「えっ?こ、こう?ふぎゅっ」

 

 言う通りに衝撃を逃す体制を作った“先生”を見届けると、カナタは自身の翼で覆い被せるようにして“先生”を押し潰し、腰のベルトホルダーから三本の柄つきグレネードを抜き取って思いきり放り投げた。

 即応するために、信管は起動していない。その必要は無い(今から撃ち抜く)からだ。

 

 カナタは一息吸い込むと脇を閉め、両手で狙いを定める。回転しながら放物線を描くグレネードに当てるのは中々の難易度だが、それなりに数はこなしてきたことだと思えば素早く三つ引き絞ったトリガーが震えることはなかった。

 流れるような三度の射撃は丁度頭の少し上の中空に黒煙混じりの花火を生み出し、直下にいたヘルメット団の面々に衝撃と金属片をバラ撒く。

 

「一斉射撃、始めなさい!」

 

 総崩れになったヘルメット団に向けて、隠れて配置に着いていた執行部員たちが死角を塗り潰すように各々の火砲を瞬かせれば、もはや戦場に立つことの叶うヘルメット団員は一人も居なかった。

 

「……うっ、ぐ、おおおォーッ!アタシはワクワクヘルメット団の頭目(リーダー)だぞ!負けてたまるかァーッ!!」

 

 そんな中、ミニガンを携えたヘルメット団のリーダーが勢い良く立ち上がり、その砲身から気合いに満ちた火線を立ち上らせる。

 その総身は傷だらけで今にもくずおれそうだが、その目に血気を滾らせ砲身を構える姿は、彼女が一廉の猛者であり頭目としての誇りをその身で示していることを証明していることに他ならない。

 

 だが、悲しいかな。周囲を囲む執行委員に対して飽くまで一人立ち上がった彼女は、わずかな抵抗敵わずカナタの弾丸を脳天に食らい遇えなく気絶した。

 

「掩護も無しに砲撃は成立しません。矯正局で戦術を学び直しなさい」

 

「…いやあ、なんか違うんじゃないかな」

 

 ワクワクヘルメット某が残した被害の色濃い工事現場で“先生”の呟きは空しく消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 結局、突然の襲撃により執行部の視察は別日へ流れることになり、カナタと“先生”はトリニティの学舎に戻ることになった。

 所用を片付けた今、カナタの目の前にあるのは各部活から届いた決済書類である。殆どはそのままティーパーティーに提出するものだが、たまにおかしな支出があった場合改めて問い質すことになったりするので、しっかりと目を通しておかなければならないものだ。

 

「今日みたいなことはよくあるの?」

 

 紙をめくる音だけが響く執務室で“先生”がそう問うた。

 カナタが目だけをそちらに向ければ、そこには相変わらず人の良さそうな、何を考えているか分からない笑顔で“先生”がカナタの答えを待っている。

 

「…ええ。精査する必要はありますが、今回のような突発的な破壊工作(サボタージュ)は現在キヴォトス全体で日毎(ひごと)数件ほど報告されています」

 

 あの後正義実現委員会を呼び某ヘルメット団の移送を待つ間、彼女らに事情聴取をしたところ、その目標は短絡的な押し込み強盗ではなくそう見せかけた破壊工作であることが判明した。

 まあ考えてみるまでもなく押し込み強盗の現場に工事現場を選ぶのは余りにも不自然なのは間違いない。

 金を持っているのは従業員くらいだし、販売ルートがあれば建材や備品はそれなりの高値が付くかもしれないが、そうでなければ重くて嵩張るガラクタでしかないのだから、多少足が延びたとしても銀行やコンビニを襲う方が利益になるだろう。

 ヘルメット団がそんな場所でことに及んだのは、この事件が何者かが工期の遅延を狙って引き起こした事件だからだった。

 

「シャーレでは対応しづらそうな案件だよね」

 

「シャーレのみならず、既存の治安維持組織で対応するのは極めて難しいと言わざるを得ないでしょう。彼らは襲撃し、奪い去ればあとはなにも残さない」

 

 ただの破壊工作ならいざ知らず、今回のように押し込み強盗(ハック&スラッシュ)のごとき手口は、最初に対応出来るかどうかが全てだ。

 何せ犯罪者は奪ったもの以外を持たずに逃走に移行出来るのだ。通報を受けてから対応しても、現場には誰も居ないということが多発する。

 つまりヘルメット某のように最初に偽りの目的を述べた上で目標を達成して逃走すれば、この件の黒幕はその真の目的を悟られることなく達成せしめるわけだ。

 

「キヴォトス以外では通用しないでしょうが、極めて悪質な、悪意を育てるようなやり方です。迅速さを求められますが、黒幕が実行犯に報酬を約束していればローリスクに小遣い程度の金額を懐に入れて、さらに纏まった金を報酬として手に入れられる…金欠の学生には喉から手が出るような案件ですね」

 

「数をこなされれば、手口も巧妙化しそうだね」

 

「そして行く行くはヒモ付きのギャングになる、と?…妥当ですが、最悪の想定です」

 

 カナタは確認した書類を傍らに置いて溜め息を吐く。それは決して確認すべき要項が増えたからということだけが理由ではないだろう。

 

「カナタは、解決策を思い付く?」

 

「黒幕を突き止めるために、ある程度組織化した実行犯を叩くのが肝要となるでしょう。ですが、複数の問題があります」

 

 カナタの提唱する言葉に“先生”は「問題?」とおうむ返しをする。その顔には少しの思案がみて取れた。

 

「彼らはブラックマーケットを中心に展開される、会員制の傭兵用仲介システムを利用している可能性が高いのです」

 

「えっ、なにそれは」

 

「先生は連邦生徒会の方ですから、御存じないのは無理もありませんね…」

 

 実に憂鬱そうに、諦観すら滲ませた表情でカナタは続きを紡いだ。

 

「ですが、気にはなりませんか。ヴァルキューレ警察学校などという公的機関のあるD.U.に、ブラックマーケットなどというスラムも同然な反政府的な地域があるのは」

 

「いや、それは、うんまあ確かにそうなんだけど」

 

 カナタが発したその言葉に“先生”も心当たりがあるのだろう。その言葉尻を濁らせるのは、恐らくは“先生”も何かしらブラックマーケットを利用したことがあるからだとカナタは当たりを付けていた。

 仕方ない事ではあるだろう。中々手に入らない自治区特有の品物やD.U.では規制される外の製品もブラックマーケットでは少し金を積むだけで手に入る。

 ある程度金銭に余裕を持つものが、少しの背徳感を得ながら物欲を満たすのは、最早このキヴォトスに於いては誰もが抱える公然の秘密であった。

 

「…まあ、想像するほど難解な事情ではありません。生徒のヤンチャで星の数ほど出来ては消えるギャング団と、既得権益に滑り込もうとする外から来た企業の利害が一致して…ミレニアムの生徒が思考実験と称して組み上げたシステムがその構造をより強固なものとしたのです」

 

「なんて事をしてくれたのでしょう…っ!」

 

 正にその言葉の通りだった。苦虫をありったけ噛み潰したような“先生”の表情は奇しくもカナタの浮かべる表情と酷似していた。

 

「無論これは誰もが知っているわけではありませんが…かの場所の歴史はそれなりに長く、今やブラックマーケットはキヴォトスに巣食う巨大な蜂の巣と化しています。…下手につつけば、企業とギャングが大挙して押し寄せるでしょうね」

 

「どうしろと…どうしろと!?」

 

「短絡的にどうこうできるものではありません。生徒が正しく歩むことが出来る体制を作ることが緩やかな治療薬となる、かもしれない」

 

 「…或いは、全て壊した方が早いのかもしれませんね」というカナタの言葉は、諦観に塗れた執務室の中で淡く消えていく。

 言うべきでないことも言ってしまったな、と思いながら、カナタは己の心の内が暗く濁るのを感じていた。

 それは恐らく、ほんの僅かにも“先生”相手に自分の弱さを吐露してしまったからだろう。

 

「でも、カナタは今日みたいに頑張ってるよね」

 

「それは…どれだけ状況が悪かったとしても、それは職務を放棄する理由にはならないからです」

 

「うん、きっとカナタの直向(ひたむ)きさに救われてる生徒は多いと思う。…でもね」

 

 そして、“先生”は柔らかに笑った。

 

「もう少し他の人に頼るのも悪くないと思うよ。私ももっとがんばるから」

 

 そう言葉を紡いだ先生に、カナタは──自身の眉が顰み、口元がとがるのを自覚した。

 

「…今日はお帰りください、先生。あなたがいるとお喋りばかりで仕事にならない」

 

「えっ。えっ?!わたし良いこと言ったよね?!なんでそんな顔?!」

 

「いいから帰ってください。トサカに来て銃を抜く前に」

 

「ううっ、わかったよ…でも私良いこと言ったよね?」

 

 未練がましく涙目を見せる“先生”への返答はゆるりと抜いた愛銃を見せるだけで十分だった。“先生”は「サヨナラ!」と叫ぶと風のように逃げていく。

 カナタの返答は溜め息だけだった。

 

「まったく、何を考えてるのか…外の大人は彼のような人ばかりなのでしょうか?」

 

 考えても分からない。普通責任ある立場だったとして、あんな話を聞いた上でカナタのような面倒で世話の焼きがいの無さそうなつまらない生徒などに手を差し伸べるものは居なかった。

 あの瞬間、カナタは無意識の中で「もしかしたら」などと思ってしまったのだ。

 

「……気の、迷いだ。わたしは…我々は…」

 

 

 

()()()()()()。為すべき事を、為すだけだ」

 

 

 

 





EXスキル:『トリニティ・グレナディーア』

COST:4

効果:扇状範囲内に攻撃力の224~362%のダメージ。混乱付与。
   CC状態の敵に追加で攻撃力の453~712%のダメージを与える。

数値は適当です
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