白を基調とした意匠、端々に金箔の捺されたタイルや細工は過剰にきらびやかな輝きを見せるのではなく、静かに荘厳さを湛えている。
抜けるような青さの空にはうっすらとヘイローを臨み、穏やかな春風が散り際の花の薫りを運んでいた。
ここはティーパーティーの中でも特に権威を認められた、『ホスト』に就任した者のみが使用できるサロン、そこに
カナタは跪き頭を垂れる臣下としての敬礼を示しながら、静かに報告書を捲る音の主を待っている。
「…まずは、“シャーレ”の“先生”の身辺調査、ご苦労様でした」
報告書の閲覧が終わったのだろう。音の主は音も無く書類を脇に寄せると労いの言葉を掛けてきた。
返すのは僅かな首肯のみ。未だカナタに発言の自由は与えられていない。
「その上で、今後“先生”とはどの様に接するべきか、カナタさんの口から考えをお聞かせ願えますか?」
「…基本的には、現状のように正義実現委員会や執行部の活動のような治安維持の際に現場判断で連携を取るのが最善でしょう。正実は実力こそありますが機動力に劣り、我ら執行部は展開力がありますが実力に劣ります。ですが、その“シャーレ”の学区混成部隊は打撃力に並ぶものがなく、『時間さえ稼げば如何なる状況も打破できる』と信じさせる力があります」
「それ程までですか」
「当番制を実施していますので必ずとは言えませんが、ゲヘナの風紀委員長が現れる可能性すらありますので」
結局、ユウカの前で行った声明の発表は半ばトリニティ執行部とミレニアムのセミナーが連名になるような形で支援を表明し、それに続く形で“シャーレ”はキヴォトス全土における有名無名の組織から支持を受けることになった。
その中で最も大きな組織はと言えば、先の二つや正義実現委員会を除けば、ゲヘナの風紀委員会だろう。
トリニティにおける正義実現委員会にあたるそれは、ゲヘナの最大戦力と言われて久しく、そこから早い段階で示された“シャーレ”支持の声明は“先生”の活動の大きな追い風となっていた。
「…少し与える餌が大きかったのではないですか?」
「それについては否定が出来ませんが、見方によっては“シャーレ”に真っ先に大きな恩を売れたとも考えられるでしょう。またD.U.地区でのギャング団の検挙が続いているため、トリニティ地区の犯罪率は低下傾向にあります」
「成程、防衛室やヴァルキューレよりは優秀と言えますか」
彼女は口許に手をやると思案げに腕を組む。ただそれだけの所作だというのに、その仕草は見るものに優美な印象を与えていた。
「それで、“先生”ご本人の評価は如何ですか?」
「…善良にして、勤勉です。──ティーパーティーにとっては非常に危険な人物であり、接触は可能な限り避けるべきでしょう」
「そうですか。個人的にはかなり興味をひく人物なのですが…」
何処かいたずらっぽい笑みを含んだその言葉に、カナタは内心溜め息を吐きつつ口を開く。
「僭越ながら、個人的な交流を止める権利はありませんが、“先生”との会談をもつ際は私の言葉を心に留めてくだされば幸いです。彼は、少なくとも鈍くはありませんでした」
「それは──」
「はーいナギちゃんの負けー!時間切れでーす!ブブー!」
突然の闖入者に、主たる少女の頬が潰され、それまで静謐とさえ言えたテラススペースの空気が霧散する。
暴虐的なまでの笑顔で頬を捏ねくりまわす豊かな桃色の髪に星雲のようなヘイローが特徴の少女を、サロンの主たる少女は一つ手で振り払うと暗いものを纏わせた笑顔を向けた。
「ミカさん?報告会の時間は伝えていたはずですが、今までどこにいたのですか?」
「えー?聞いてはいたけどー、ナギちゃんとカナちゃんが顔を付き合わせたらいーっつもしんどそうなつまんない話聞かされるじゃんね☆」
「だからなんだと言うのです?」
「サボってた☆」
びきり、と鳴らない筈の何かが軋む音が木霊する。それはミカという少女が突然現れ彼女の頬を捏ねくりまわしたからであり、この報告会に遅刻して尚彼女に反省の色が一切見られないことに対するものだろう。
カナタは正直言って
「ねえねえねえ!そんなことよりさあ!先生ってどんな人なの?SNSとかニュースでよく見るけどあれだけじゃなにも分かんないんだよね!」
しかして
腹部に絶大なる衝撃を受けてどうにか倒れ込まなかったのは褒められるべき所業だろう。
「うぐ…んンッ、先程ナギサ様にも報告致しましたが、善良で勤勉な人物です」
「わたしのタイプかな!?」
「失礼ながらミカ様の好みを把握していませんので何とも…」
「ええ~?じゃあよーく聞いて覚えてね!わたしのタイプはねー!」
「ミカさん」
涼やかな声ながら、地獄の底から吹き込むような冷たさを以て、
「
「ふう、一先ず、報告はこんなもので十分です。退室なさって結構ですよカナタさん」
「はい。では、失礼致します」
幸いにして発露は一瞬だったらしく飛び火はしていない。背景と化した
触らぬ神になんとやらと足早に去ろうとしたカナタに、やおらナギサが声をかけた。
「ああ、そうだ。例の件ですが議会の承認を頂きました。間も無く施行の指令が送られるでしょう」
「…畏まりました。準備を整えておきます」
「では」とカナタは淀みのないカーテシーを二人に送ると、平素の様子でサロンを後にした。
「ねえ、例の件って
「あれでは分かりませんよ」
「ンもーいぢわる!カナちゃんとツルギちゃんが最後まで反対してたやつでしょ!わざわざプレゼンまでしてさぁ。わたしはナギちゃんに従うけどさあ、ゴリ押しはよくないと思うな~」
「ですが今のキヴォトスには必要なことです。“先生”は善良だそうですが、未だ不確定要素であることに変わりはないでしょう?」
「うわわ、心にもないこと言うじゃんね。はじめからこうするつもりだったんでしょ?先生が居ようが居まいがこの件には関係ないもん。あーあ、カナちゃんかわいそ☆」
机に肘を付き、両手に顔を乗せて如何にも「わたし憂鬱です」とでも言いたげな膨れ顔をするミカは、どうやら自分が虎の尾を踏んでいるのに気づいていないらしい。
彼女が呑気に茶菓子を口に運ぶ隣でナギサは仮面のような笑みを深めていた。
「まあミカさん、ロールケーキがまだ残っていますよ。うふふ、予備の分まで召し上がるなんてそんなそんな」
「あ、あれ?ナギちゃん怒ってる?なんで?いや、ちょっとま────」
その後しばらく、ティーパーティーの生徒の間でホストの不仲説がささやかれたという。
◆
ティーパーティーのサロンから辞したカナタはその足を自治区内、トリニティの学舎に程近い運動公園に向けていた。
そこには多くの生徒が集まっており、武装した状態で走り回ったり、遮蔽に隠れながらなにがしかを教えあったりしている。
中には黒い服装の少女もちらほらと見掛けるが、ここに集まった生徒の殆どは執行部に所属する者達である。
「イチカ、只今戻りました。何か問題はありましたか?」
「おっ?お帰りなさいカナちゃん。なーんもなかったっすよー。いつも通り良い子達で助かるっす」
イチカと呼ばれた少女はカナタの声に振り返ると、朗らかな笑顔でひらひらと手を振る。
「しかし執行部の皆は真面目っすねえ。普通執行部長の呼び掛けって言っても自主練でこんなに集まらないっすよ」
そう、この集まりはカナタの声掛けで始まった執行部が主催する自主訓練の集会である。その歴は新しめなもので、カナタが部長として執行部に就任してから半年程経てから提案したものとなる。
つまり去年の秋頃から始まり、今では週に二回ほどを目安に毎週続いている集まりだった。
「…ここにいる皆さんは執行部に与えられた警備任務で被害を受けた方や友人を襲撃されたことのある方が多いですから」
しかし、その実情は拙いと言って良い。
元々執行部として集められるメンツというのは、一クラスにつき三から四人ほどを供出される、役員付きの雑用係という意味合いが強いのだが、連邦生徒会長の失踪に伴う急激な治安の悪化により、数合わせ感覚で現場の警備に出ていたメンバーの怪我や入院が無視できないものとなっていったのだ。
無論不平不満は上がったが、カナタの有形無形の説得により、今はどうしても戦いが嫌いだというもの以外は時間が合えばこうして自主訓練に参加してくれるようになっている。
「
「…!すみません、イチカ!そんなつもりでは…」
「ふふっ、じゃあどんなつもりで言ったんすか~?」
カナタの言葉に皮肉る意図はなかったが、成程その職に就く当人からしてみれば皮肉に聞こえるかもしれない。
すわ失言したかと珍しく焦りを見せたカナタに、ずい、と距離を詰めたイチカはいたずらっぽい笑みを見せる。
「まあ、不甲斐ないのは不甲斐ないっすけど、現状警備まで手が回らないのは確かなことなんすよね。ツルギ委員長はまだしもハスミ先輩が目を回すくらい忙しいもんで、これで執行部の分の仕事までやることになってたら…ってのはちょっと想像したくないっす」
「それは…」
「カナちゃんの仕事ですーっごく助かってるってことっすよ。ここに来るようになったのも、ハスミ先輩から礼を兼ねて教導や指示をするようにって言われたからっすから」
「勿論、頑張り屋さんの友人を手助けしたいって気持ちもあるっすけど」と少し恥ずかしそうに付け加えたイチカに、カナタはどこか暖かい気持ちを抱いていた。
「ええ、こちらこそ、ありがとうございます。私相手では緊張してしまう娘たちもイチカにならば任せられますから。あなたの人当たりの良さや頼もしさ、経験から来る地に足つけた教導内容は私には為し得ないものです」
「…うーん」
「…イチカ?どうしたんですか?いきなり抱き付いてきて…」
「いや、お嫁さんに出したくないなーって思って」
「本当にどうしたんですか?救護騎士団を呼びますか?」
イチカの額に手を当てて熱を測ってみるも異常はない。普段冷静に見える分、どこかストレスを溜め込む性分のこともあって心配になるカナタだが、そんなカナタをよそにイチカは割と平気そうな顔でカナタをひしと抱き締めている。
ひょっとしてまた揶揄われているのだろうかと思い始めたとき、すぐ近くで着信音が響いた。どこか極道風のメロディはイチカの設定していたものだったか。
「…うえ。ちょっとごめん」
「ええ、どうぞ」
スマホの呼び出し画面を見てほんの少し渋みを滲ませたイチカはそそくさと通話内容を聞かれない場所へ移動していく。何だかんだ正義実現委員会にて二年生や後輩の纏め役を勤める彼女は結構忙しいのだ。
こちらも教導しなければ、とイチカとの世間話に興が乗りすぎたなと反省しながらアドバイスが必要そうなメンバーを探していた時だった。
「やあ、カナタ」
聞き覚えのある声に振り返れば、そこには傍らに一年生であろう執行委員の腕章を着けたトリニティ生を連れた“先生”がいる。
「ご機嫌よう、先生。…何故ここにいらっしゃるのですか?」
手招きすればとたとたと駆け寄る生徒の肩をそっと抱き寄せ、“先生”に問う。訓練のために申請を出して貸し切りにしている筈の運動公園で本来部外者である筈の彼が居るのは筋の通らない話である。
どこか怯えた表情をする生徒の仔細が知れないこともあって、カナタが“先生”へ向ける視線は完全に不審者に向けるそれだった。
「ついさっき、そこで“シャーレ”の緊急出動があってね。彼女は巻き込まれたところを保護したんだけど、目的地が近くだって言うからここまで送ってきたんだ」
苦笑いの“先生”から、ちらりと生徒へ目を向ければ彼女はこくこくと頷いていた。涙目ではあるが、脅されたようには感じられない。となれば怯えているように見えるのは被害にあったそこが余程凄惨な現場だったのだろう。
「そうでしたか。態々気に掛けていただき感謝します。…しかし、護衛も無しに歩くのは感心しませんよ」
「ああ、一応立ち入り禁止だったから、皆には外で待って貰ってるんだ。ゲヘナの子もいるから、あまり刺激するのもよくないと思ってね」
「成程、ご配慮に感謝を。この件に関しては、後程正式な書状を
「は、はい。ありがとうございますカナタ先輩!」
見送る中で一年生の少女はぴゅうと走り去っていく。
淀み無く友人らしきグループの元へと走り、そのまま朗らかに迎えられているところを見るにそれ以上の心配は要らないだろう。
…とくれば残るは何故かカナタの隣に居残るこの大人への対処という問題だ。
「……まだ何か?」
「うん?いや、興味深いなと思って。道中彼女に聞いたんだけど、この集会はカナタが提案したんだってね?」
「現状に則した対応を考えた結果、このような形を採ることになっただけです。将来軋轢を生むかもしれないという懸念はありますが、正実に頼るばかりでは悪戯に怪我人を増やす可能性が高かったですから」
正直な話、執行部長として就任してこの集会を計画した時、ここまでの集まりになるとは考えていなかったのは確かだ。
多少煙たがられようとも、この争いの絶えないキヴォトスに於いて自らが知る戦闘技術を教え合う集まりを作り、ゆくゆくは先代の執行部長が作り出した正実と執行部の
故に、執行委員の前で演説をし、そこで見つけられた少数の同士と共に始めたこの活動がここまでの早さでここまでの広がりを見せたのはカナタにとって大きな誤算だった。
別段悪いことをしている訳ではないのだが、いつか
「普段も沢山仕事してるって聞いたけど、大変じゃないの?」
「それはまあ、言うまでもなく。ですが避けられる事態に対して策を講じ、部下を安堵できるのであればそれに越したことはないでしょう。トリニティの資金は他所と比べて潤沢ですが、傷病手当はそれなりに高額で手続きも面倒なので」
「成程なあ」と感心した風だが、“先生”こそそういった事情に造詣深くあるべきではないだろうか、と訝しむ。
“シャーレ”の在り方は連邦生徒会長が提唱したSRTの行動原理によく似ている。となれば当然損耗率はそれなりに高い筈であり、“先生”の反応はカナタにとってやや不自然なものであるように思えたのだ。
よくよく考えてみれば“シャーレ”に籍は置くものの、時折書類仕事を手伝いに行くばかりでその当番を担当することは無かったなと思い至り、行くか行かざるべきかとカナタが胸中で悩んでいると、聞き覚えのある声が後ろから掛けられる。
「おーい、カナちゃーん。…ありゃ?」
「イチカ。用件はもういいのですか?」
「あ、うん。それでちょーっと席を外さなくちゃいけなくなったんすけど…この人は?」
人見知り、というわけでもない筈だが、やや警戒しているらしいイチカを少し意外に思いつつ、お互いを紹介する。
「先生、こちらは仲正イチカ。正義実現委員会所属の二年生で私のクラスメイトです。イチカ、こちらは“シャーレ”の“先生”です」
「こんにちは。よろしくね、イチカ」
「よろしくっす、先生。噂はかねがね聞いてるっすよ」
本来微笑ましいとまでは言わずとも、平穏そのものの風景の筈だが、彼らが握手した瞬間、カナタは「これは不味い」と感じていた。
元から優しげな笑顔から貼り付いたように表情が動かない“先生”と、糸目で他の表情が分かりづらいイチカの握手は、お互い含むところはない筈なのにどこか胡散臭さで満ちている。
先程からちらほらと此方に視線を向けていた生徒達も突如爆発的に上昇したキナ臭さに動揺し、困惑顔であらぬ噂を作りはじめていた。
「そういえばイチカ、なにか用件が出来たのではないのですか?」
「ああそうそう。ちょっとツルギ委員長がブチかましたらしくて、事後処理の現場に呼び出されちゃったんすよ。急ぎらしいんで、今から行ってくるっす」
「そうですか…となると、今日はもう復帰できそうにないですね」
「ごめんっす~」
「いいえ、参加してくれただけでもありがたいですよ。道中気を付けて下さいね」
「はいはーい」と軽く手を振り立ち去るイチカを見送り、「ひょっとしてあれかな」とツルギの所業に心当たりがあるらしい“先生”に向き直る。
「先生、出動に帯同している方々を待たせているのでは?」
「おっと、いけないいけない。じゃあカナタ、今度は出来れば“シャーレ”で会いたいな」
「…ええ、考えておきます」
カナタのその言葉にニパッと笑顔を深めると、やはり“先生”も軽く手を振りその場を離れていった。
カナタは密やかに流れた額の冷や汗を拭うと、くるりと振り向き、困惑顔で此方を凝視する部下達を散らしに掛かる。
「如何しましたか?質問があるのでしたら、仰って下さい」
「あ、いえ、何でもありません」
「そうですか。体調が悪い時は無理なさらず、早めに申告してくださいね」
半分親切心を差し向け、半分威圧感のこもったそのやり取りは噂好きの年頃の少女達へ向けた冷や水としては十分な冷たさだったらしい。そのままカナタがくるりと視線を回せば、少女達はささーっと自主訓練に戻っていく。
カナタはしめやかに溜め息を吐くと、これからどんな流言飛語が飛ぶのか想像し、少し憂鬱になった。
執行部の娘達は悪い子ではないが、噂好きのトリニティ生の間で転がる話の尾ひれの付き方に関連性はないのだ。
「シャーレか…本格的に忙しくなる前に、見ておくべきかもしれませんね…」
見上げた空には少しずつ、白い雲が増えはじめていた。
ノーマルスキル:集中射撃指令
三十秒ごとに円形範囲内に攻撃力の248~465%のダメージ
三十%の確率で混乱付与
パッシブスキル:鉄面皮
CC強化力を16~24.6%増加
サブスキル:鉄血宰相
コスト回復力を255~483増加
EXスキル使用時、命中した敵の数(最大五体まで)に応じてコスト回復力を106~237増加