しゃちくな生徒のひとりごと   作:古典派*

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CVは上田麗奈さんがいいです(強欲)


四話『ほしをみるひと』

 

 

 カナタは忙しい日々を送っていた。

 日々の業務、つまり視察や警備に交渉、それらの差配に円滑に現場を回すための根回し、教練も含まれるだろう。それに加えて、ティーパーティーから直接下った指令を秘密裏に進めていれば、必然“シャーレ”からは遠ざかっていく。

 “シャーレ”の活動に参加するトリニティ生の管理も業務の内に含まれているため“シャーレ”に行かないわけにもいかないが、その頻度は週に二度、連絡のために“先生”といくつか言葉を交わした上で一、二時間程書類の整理を手伝う程度まで減っていた。

 

 どうにか身嗜みを整える時間くらいは確保しているが、時折溜め息混じりに女子高生とはこんなものだろうかと考える。…いや考えるまでもなくこんなものの筈がないのだが。

 治安が終わったとしか言い様のないキヴォトスでまともな組織運用をしようと思えば、これほどの負担が掛かるものなのだろう。

 死ぬほど嫌な事実だが、ショックが大きい程気付けになると気づいた自身の状況が却って目の前の現実をよく認識させてくれた。

 

 カナタは深い深い溜め息を吐き、停止していた現状を動かしに掛かる。

 丹念に処理された羊皮紙の上を万年筆のペン先が滑る音だけが静まり返った執務室に響く。宛先は毎月の献金を欠かさないスポンサーだ。

 例え彼のようなスポンサーが何人いるのだとしても、こうやって毎月小まめに格式高いやり取りを通すことで、いざというとき彼はトリニティのために働いてくれるだろう。

 カナタ個人にとってはどうでもいいことだが、トリニティにとっては重要なことである。

 

「…ダメだ。どうも気が塞ぐな…」

 

 ぽつりと吐き出した言葉通り、己の思考がネガティブに寄っているのをカナタは感じていた。

 まあ三徹目の頭に健全な思考回路が宿るかどうかと問われればそんなわけはないのだから、こういった思考に陥るのは当然のことなのだが、今のカナタにそんなことがわかる筈もない。

 

 結局、思考を放り出しすっかり暗くなった窓の外を茫洋と眺めながらカナタが決めた行動は、実に安直な現実逃避だった。

 

 

 

 

 

         ◆

 

 

 

 

 

 トリニティの内庭や外苑部は非常に整っている。綺麗に整えられた低木には四季折々の花が咲き一年中を華やかに彩っており、所々で太く成長した広葉樹が大きな木陰を作っている。

 それは定期的に雇い入れる庭師を勤める企業の評価されるべき仕事の結果でもあるが、トリニティの長い歴史の最中寄り添うように続いてきた庭園部の成果とも言えるだろう。

 お陰で頻繁にある花粉の季節には医務室が満員御礼となり、詰めていた救護騎士団員が悲鳴を上げることもあるが、幸いにしてカナタには然程関係のない話だった。

 

 カナタはぽつりぽつりと立てられた誘蛾灯に照らされる庭園をぼんやりと歩いていく。

 すっかりと暗くなった時間、暗色に染まった背景では見るべき花も植木もその魅力を発揮することもない。そもそもカナタの目当はここを抜けていった場所にあるのだから彼女が目をくれないのも無理のない話だが。

 

「カナタ?」

 

 ふとカナタに誰かの声が掛けられる。

 こんな時間におかしな話だと誰何(すいか)を求めて視線を彷徨わせれば、脇道から合流しようとする“先生”がいた。

 

「…?…何故、先生がここに?」

 

 幻覚でも見ているのか、と眉間を絞り目を瞬かせるがその像が消えることはない。彼がここにいることは現実のようだった。

 

「正実の当番の子達を見送ってきて、帰る途中だったんだ」

 

「そうですか、お疲れ様です」

 

「うん。…カナタ、調子が悪そうだけど大丈夫?」

 

 そういわれる筋合いも無いが、三徹目の人間がふらふらと人気(ひとけ)の無い外庭を歩いていれば心配の対象にもなるのだろう。

 カナタは何処か他人事のような感覚で納得すると相変わらず胡散臭い“先生”の顔をじっと見つめる。

 

「大丈夫ではありませんのでサボりに来ました」

 

「そっか…うん?」

 

 普段と変わらぬ態度、普段と変わらない温度感でそう言ってみれば“先生”は聞き間違えたのかと思ったのか迷子のような困った顔をして数度頭を捻っていた。

 どうにもカナタの気紛れによる試行(イタズラ)は功を奏したらしい。どこか得意気な気分になり、自然と浮かんだ笑みを口許に持ってきた手で隠すと、そのまま“先生”と向き合っていた踵をくるりと返す。

 

「先生もおいでになりますか?誰にでも開放されるわけではありませんから、珍しいものが見られると思いますよ」

 

 そう問いかけつつ、歩みは止めない。

 カナタとしてはどうでもいいわけではないが、どちらでもよかったからだ。

 

 カナタは慌てて追ってくる気配を感じながら、トリニティの学舎の灯りを背にしてどんどんと、淀みなく進んでいく。

 ティーパーティーの本部がある本棟よりも先、シスターフッドの管理する遺跡群に差し掛かる外庭の切れ目から森庭の茂みを躊躇なく突っ切って行けば、漸く見えたそこがカナタの目的地だった。

 

「…丘?」

 

 不自然ともとれるだろう。真っ暗な森の茂みの中に出来た獣道をどうにか越えてみれば、青草が繁る小高い丘が見えてきたのだから。

 しかし、カナタは現れた丘を呆然と眺める“先生”を一顧だにせず、ずんずんとそこを登っていく。下から見てもそれなりの勾配に見えるが、カナタは足取りは慣れているためか、将又そもそもこの程度は運動にならないのか随分と軽く見える。

 カナタが漸く足を止めたのは、運動不足らしく肩で呼吸していた“先生”が息も絶え絶えに柔らかな草地の上に手と膝をついてからだった。

 

「はぁ…はぁ…カ、カナタ、まだ…?」

 

「…ええ、この辺りでいいでしょう。──上です、先生」

 

 カナタの言葉に“先生”は空を仰ぎ見る。

 

 深い青を湛えたカンバスの上、ヘイローを背景に無作為を(ちりば)めた、大小様々、宝石のような光がそれぞれに己の色を主張していく。

 …そこには満天の星空が広がっていた。

 

「………」

 

「…中々に壮観でしょう?この辺りはシスターフッドの意向で手付かずの遺跡が多いので、人工の光が少ないんです」

 

 ぽかんと口を開けて呆然に空を見上げる“先生”にそう溢しながら、カナタはその隣に腰を下ろす。

 頻度はそう多くないが疲れた時にはここに来て星空を眺めるのが、カナタなりのメンタルコントロールの要だった。

 

「…好きなんですよ。こうしてぼんやりと、なんにも考えずに星を見るのが」

 

 単純な話、いつの間にか出来ていた習慣だが、カナタは殊の外、誰も知らない場所で、誰も知られず、こうして静かに過ごす時間を大切にしている。

 それは普段の喧騒から自分を切り離すための重要なファクターでもあるのだろうが、なんとなく、カナタはこの時間に理由を付けることを避けていた。

 

「ふふっ。「星見カナタ」だから星を見るのが好き、だなんて、安直だなと思いました?」

 

「いや、そんなことは…」

 

「別にいいですよ。私も気付いた時、ちょっと呆れましたから」

 

 気付いたのは多分、中学生も半ばくらいの頃だっただろうか。

 諸々あって考える時間が出来た時ふとこの事実に気づいたのだ。どうにも下らなくて、自然と自らに向けた呆れた笑いが浮かんだのをカナタはよく覚えていた。

 

「…見てください、ずうっと上、うんと輝く星があるでしょう」

 

「うん」

 

「あれがポラリス…北極星です。この時期なら、そこから…ありました。あれがベガ、デネブ、アルタイル、夏の大三角を紡ぐアステリズムですね」

 

 そう言って正確に星々の名を呼び、淀みなく結んで見せるカナタに感心する“先生”だが、続いた「まあ、どうでもいいことですが」の一言でガックリと肩を落とす。

 

「所詮、大昔の学者が作り出した教養に過ぎませんから。そんなものがなくたって、この美しい光景はずっと昔から空に広がっていた筈です」

 

「そうだね…」

 

 それからしばらく、カナタと“先生”は並んで星空を眺めていた。

 言葉もなく、触れ合いもない。だが、どこか心地よい沈黙だけが二人を包んでいる。

 そんな静けさの中、“先生”はカナタに問い掛けた。

 

「カナタはさ」

 

「…はい」

 

「仕事が嫌になったりしない?」

 

 それはどこから来る疑問なのか。何もかもを放り投げていそうな顔をして星を眺める彼から明確な答えは帰ってきそうになかったが、カナタの答えは決まりきったことだった。

 

「しますよ」

 

「…するんだ」

 

 意外そうな声音だが、別に人間をやめたわけではないカナタにとっては執行部長として割り当てられる仕事とは面倒事の塊だ。

 生来あまり動かない表情のお陰で繕えてはいるが、うんざりすることもあるし内心怒りの収まらない事など数えきれない程にある。

 

「それでも頑張ってるのはどうして?」

 

「為し得なけければクビがトぶというのはありますが──」

 

 実家に嵌められた席次、疎ましく思えどもここにカナタが座らなければならない理由は今のキヴォトスを見れば明白だった。

 

「──ええ、執行部長として『星見カナタ』が為し得た事の先に、トリニティのみならず、キヴォトスの平和な未来があると信じているからです」

 

 ただバカ正直に、カナタはそれを信じている。

 誰に言われたわけでもなく、根拠もない。人によっては妄想だと嘲笑うような、ある種稚気じみた夢。

 だがそれでも、このキヴォトスに生まれ育ち、営みと理不尽に揉まれながらもカナタが己で定めた目標(ゆめ)だった。

 

「…そっか」

 

 それを聞いた“先生”は意を決したように立ち上がり、カナタに手を差し伸べる。

 

「良ければ私にも、カナタを手伝わせてほしいな」

 

 夜空を背景にいつもの優しげな笑顔を向ける“先生”に、カナタは密やかな安堵の息をつく。

 拒否されても、嗤われても、裏切られたとしてもカナタ自身が為すべきことに変わりは無いが、()()()()()“先生”の見立てを間違えなかったことに安堵したのだ。

 

「ふふ…もう既に“シャーレ”との協力関係は結んでいますよ?」

 

「いやそうじゃなくて…いや違わないんだけど…うわ!?」

 

 真意を伝え損ねたかと苦悶する“先生”が差し伸べたままの手を掴み、そのまま力強く引っ張る。

 咄嗟のことに踏ん張りきれず倒れ込んでくる“先生”をカナタはその反動で立ち上がりながら抱き留めた。

 

「──ありがとう、先生」

 

 柔らかく、けれどしっかりと抱き締める。

 親愛を表する抱擁は“先生”の驚愕の内、しかし数瞬で終わり、彼が余韻を掻き抱くこともなくカナタは体を離した。

 

「…!!?」

 

 今現在、先程まで何があったかを“先生”は脳内で処理できなかったのだろう。字義通りに鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で固まる“先生”の可笑しさと、いつもどこか余裕を見せる彼の意表を突けた誇らしさに笑みを浮かべながら、カナタは“先生”に声を掛けた。

 

「ほら先生、明日も仕事があるのでしょう?早く帰らなければ、遅刻しても知りませんよ?」

 

「か、カナタ?いやあの、今のは…あっ、ちょっと待って…置いてけぼりにされたら私帰れない…!」

 

 割と切実な問題を叫びながら、来たときと同じ足取りの軽さで森庭へ歩いていくカナタを“先生”は追いかけていく。

 トリニティの奥地にある小高い丘の遥か上から、静かに瞬く星々だけが見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 





この二次創作は100%の原作リスペクトと







400%のカナタちゃんカワイイで出来ています
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