「ええ、つまり、貴女に「お願い」したいのです。カナタさん」
ホスト専用のサロン。そのテラススペースで穏やかな笑みを浮かべたナギサは今現在、とんでもない無茶振りをカナタに課していた。
「…あの、申し訳ありませんナギサ様」
「なんでしょう?」
「ナギサ様当人が直接
カナタの手元にある紙には名前欄に「
カナタの記憶が正しければ、ナギサが個人的に懇意にしていた生徒だった筈だ。
ティーパーティーに関わりのある人間として、念のためにチェックした時は平均的な成績ながら授業には真面目に取り組む、模範的な生徒であるという情報しかなかった。
取沙汰されるとすれば──
「しかし、ブラックマーケットに出入りしている可能性がある、というのは問題なのでは?」
──そう、彼女の目撃情報がブラックマーケット付近で散見されることだろう。
口振りからして確信しているわけではないのだろうが、建前としてはその近辺でさえ普通のトリニティ生が特別な事情もなしに立ち寄るところでもない。ナギサの懸念は当然のものと言えるだろう。
「確かに誉められたものではないのですが、ヴァルキューレに補導されない限りはある程度黙認するのが通例でして…。彼女に関しては成績の低下も見られませんし、問題とするのはあまり良い影響にはならないかと」
実の所、巡回する正実の委員と連携することで執行部ではある程度そういった所に立ち入る生徒を把握しており、問題がある場合は委員を派遣して注意する等然るべき処理を行っているのだが、ヒフミの場合は監視に引っ掛かったものの問題はないパターンとしてリストに載っていたのだ。
「…校則で禁じられているのではないのですか?」
「はい、そのような校則はありますが、以前徹底的に取り締まった結果それを口実に点数稼ぎを行う生徒や、空き教室を根城に禁止指定図書を自家生産し始める生徒が出て大問題になって以来、ある程度締め付けを緩めているのです」
欲望とは得てして止め処ないものであるが、品行方正を絵に描いたようなトリニティ生とて、それは例外ではない。
ナギサのような望むものは用意されるのが当然である立場の者からは解らない事だろうが、一般的なトリニティ生の視点から見て、手に入らないものは意外なほど多いのだ。
ある程度裕福な家庭の出が多いトリニティの生徒にとって、金を出せばあらゆるものが手に入るブラックマーケットの環境は
…正直言って、カナタ個人からしてみても執行部の活動内容からしてみてもかなり好ましくない場所であることに違いはないが、大多数の生徒のストレスの逃し場と言う意味では有用なのがブラックマーケットという場所なのである。少なくとも、完全に蓋をした結果、トリニティの学舎がジェネリックレッドウィンターになるよりは遥かにマシだ。
ともあれ、今のところ問題になっていないヒフミの行動を糾弾してしまえば、そこから芋づる式に始まるのはティーパーティーの名の元に行われる地獄の持ち物検査と生徒の行動制限である。となればその摘発を担うのは、誰あろう委員会執行部であることは自明の理だ。
さる条約に関して、影に日向に連勤を続けるカナタにとって、そのようなただただ手間が増えるだけな更なる仕事の追加は、何としてでも避けるべきインシデントの一つであった。
「…第一、頼って下さるのは光栄ですが、何故この件を私に?内偵調査であれば外部のプロに委託するのが確実かと思われますが」
この件に関して、ヒフミの行いは醜聞といえば醜聞と言えるだろうが、ナギサから見れば一生徒を内々に処罰するか、委託したプロを忖度させるか金で黙らせれば良いだけの単純な案件と言えるだろう。
カナタの携わる仕事は多岐に渡るが、その中にこのような探偵じみた仕事は存在せず、態々素人同然と認識している筈のカナタを呼び出してまで任命するのはあまりに不自然なことだった。
「そ、それはですね…」
問いを投げ掛けられたナギサは僅かに視線を逸らすとこほん、と軽く咳払いし、手に持ったカップを口に付けて傾ける。
「…個人的な事情が絡みますので、内々に調査をしておきたいのです。彼女が問題となるかどうかの見極めも、カナタさんに任せるならば不足はないでしょう?」
詰まる所、腹の
実際、こう言われずともこのサロンに召集が掛かった以上、カナタから立てられる伺いはないに等しいのだが、ナギサがここまで会話に付き合ったのは彼女なりの誠意と言える。
「…畏まりました。しかし、四六時中監視するという訳にもいきませんので、外出申請が提出された時に監視に付く、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、方法はお任せします。…くれぐれも、彼女に危害が加わることのないよう、お願いしますね」
「はい、お任せ下さい」
ナギサはにこやかな笑みを浮かべてカナタにこの件を一任する。
最後に付け加えられた一言で、ようやくカナタにもナギサの意図が僅かに見えたような気がした。
これはつまり、条約を前に問題を起こしたくないという建前と、純粋にヒフミを心配したことによるナギサなりの
友人を
必要な事とはいえ、立場とはかくも複雑なものだと心中でひとりごちながらサロンを辞したカナタは、頭の中でこの件に関して彼女自身の人脈を頼る事を閃いていた。
◆
薄い雲が空を覆い、しかし僅かな合間から日の光が差し込んでいる。
空気は少しばかり湿り気を帯びているが、緩やかな風は過ごしやすい季節を演出していた。
カナタは雑居ビルが建ち並ぶごみごみとした街の中、ハーフアップに纏めた髪の上からキャスケットを被り、少し
いつもの仏頂面にシャープな青色フレームの眼鏡を掛け、少し大きめなモノクロ柄のショルダーバッグを提げたその姿はダウナー系のギャルと言えなくもないだろう。
「…聞こえていらっしゃいますか?」
『ええ、なんというかその、慣れていらっしゃるのですね?』
ブルートゥースで繋がれた無線イヤホンの先に居るナギサの声が少しばかり困惑を滲ませて応答した。
「友人の伝手を頼りまして、アドバイスを貰い、ちょっとした道具を借り受けました。多少は様になっているといいのですが」
そう言いつつも、度が入らないグラスの奥、青い瞳に宿る光は普段のものと変わらない。
手に持ったスマホに目を向けて語り掛ける姿は現代のJKらしいとも言えるが、ややステレオタイプなスケバンが散見されるブラックマーケットにおいては少しばかり浮いているというのが実情だった。
「機材の動作に問題はありませんか?ご要望通りセッティングしたので問題がなければライブカメラの映像が写っている筈ですが」
『ええと、触らなければ特に問題はないのですよね?自室で見ているので邪魔は入らない筈ですが、
「今画面に映っているのが目の前の店舗の映像であれば問題ないかと。…来ましたね」
視界の端に明るい髪色の二つおさげを捉えたカナタは、然り気無く体を捩り、スマホのカメラにこそこそと周囲を窺いながら歩くヒフミの姿を収める。
『ああ…本当に、なんてこと…』
イヤホンから流れたのは、落胆とも心配ともとれる溜め息混じりの一言だ。
ティーパーティーのホストと言葉を飾ってはいるものの、ナギサは他校で言うところの生徒会長である。そんな人物が懇意にしていた生徒の不正行為を目の当たりにすればこんな感想にもなるだろう。
「…如何なさいますか、ナギサ様。今ならば無理にでも連れて帰ることも可能ですが」
『…いえ。いいえ、監視に徹し、なるべく接触は避けてください。目的を見定めます』
「畏まりました」
カナタはナギサの言葉を受け、ゆっくりとヒフミを尾行出来る位置に付く。
警戒自体はしているのか、おどおどと周囲を見回し進んでいるが、マスクを付けて一定の距離を保つだけのカナタに気づく素振りも無い辺り、その仕草は素人丸出しといっていい。
…というよりは、そもそも──
「──マズいな」
『気付かれたのですか?』
「ああ、いえ。トリニティの制服でああも挙動不審だと、この辺りの連中にとっては鴨葱だろうな、と」
『カモ…ネギ…。それはどういう…』
「簡単に言えば感謝祭に投票する七面鳥*1ですね」
『…マズいですね!?』
事態を呑み込めたらしいナギサが驚愕に叫ぶのと同時、カナタの目の前ではふらふらと現れたスケバンにヒフミが行手を塞がれ、更に
あまり強い手合には見えないが、ああいった類いは、厄介なことに数だけは立派に揃えている事が多い。このままではヒフミが危険な目に遭うのは避けられないだろう。
「どこまで御裁可いただけますか?」
『……出来るだけバレないよう、可及的速やかにヒフミさんを救出してください』
「では、一時失礼します」
言うや否や、スマホをオフにしたカナタはショルダーバッグに手を突っ込み、ピンを抜き様不良達の足元目掛けて二つ程金属の缶を転がした。
果たしてもうもうと立ち込めたのは、白色の煙だ。二つの噴射口から巻き上げられたそれは数瞬も待たずにその場にいた全員の視界を塞ぐように膨れ上がる。
「はわっ!?なんですか、煙…?!」
「げほっげほっ!どこのアホだ、発煙筒投げたのは…!」
煙によって生まれた混迷の最中、カナタは不良達の間をすり抜けて、トリニティの校章を目当てに純白の制服を見つけ出した。
詳細は煙で見えないながらも、その背に特徴的なキャラグッズのナマモノを認めて、早足でのすれ違い様にヒフミの華奢な腕を絡み取る。
「けほ、けほ…!だ、誰ですか…!?」
「連れ出すから、静かに」
カナタは転ばせないような速さで引っ張りながら、然り気無く口調を変えてヒフミに囁いた。
一見は気弱で荒事慣れしていなさそうな少女だが、腐ってもキヴォトス出身というべきか、状況は呑み込めないながらも最適な行動を取るべくヒフミは直ぐ様口を手で抑えるとカナタの言葉にこくこくと幾度も頷く。
わあわあぎゃあぎゃあと煙の中で騒ぎ始める不良達を尻目に、二人は人目に付かない路地に逃げ込むと、カナタは自らのブルゾンをヒフミに羽織らせ、やや乱暴にキャスケット被らせた。
「その格好、目立つからこれで誤魔化して」
「あ、ありがとうございます…あの、あなたは一体…?どうしてここまでしてくれるんですか?」
困惑ぎみながら礼を言うヒフミだが、ここがどこであるかは重々承知しているのだろう。おどおどしながらも誰何を疑り、しっかりとカナタにその目的を問い掛ける。
だが、それに構うには状況が緊迫しすぎていた。
「煙が晴れるまで時間がないから、それは後。迷ってここに来たんなら外まで送る」
「…!あの!」
「なに?」
「…どうしても欲しいものがあって、それが手に入るまでは諦められないんです!」
カナタとて、有無を言わせない圧を含んだ演技をした筈だが、ヒフミはそれでも我を突き通すため声を張った。
程度の差はあれど、ヒフミとて場の空気に流されがちな温室育ちのお嬢様であると高を括っていたカナタにとって、その返答は驚愕に値する言葉だ。
何が彼女をそうまでさせるのか、将又そもそもが意外にも我が強い少女なのかという疑問が頭を
「…わかった。時間稼ぐから、行って」
「え、え?どうしてそこまで…」
「こっちの事情。それ着てたら後で合流できるから、心配しなくていいよ」
ひらひらと手を振り踵を返すカナタに、ヒフミは幾らか逡巡を見せた後「分かりました、待っていてください!」と叫び、走り去った。
「さて…」
ここでヒフミの安全を考えるならば、最適な行動は彼女の目的を達成するまでエスコートすることだ。
だが、護衛する間カナタがヒフミから正体を隠し通せる確率は非常に低いと言わざるを得ない。ある程度誤魔化しが効くとはいえ、カナタの演技は飽くまで姑息な所が多く、何より頭上に淡く輝くヘイローは改竄も隠蔽もしていないのだ。
カナタはその職務上それなりに一般生徒の前に立つ機会が多いため、ヘイローの形を記憶されたりすれば、ナギサから下されたオーダーを鑑みるにかなり面倒なことになるだろう。
であるに、今しがた駆け付けた不良達の目をカナタに引き付けるために、早急にヒフミから離れるのは必要な事だった。
「おいお前!ここにトリニティの奴がきただろ!どっちへ行ったか教えやがれ!」
ぞろぞろと不良達を並び立て、リーダー格らしいスケバンはカナタに愛銃であろうアサルトライフルの銃口を突き付ける。
しかして、カナタの表情はと言えば不変そのものだ。
興味なさげな目でスケバンの顔を一瞥し、彼女の次の言葉を待っている。
「…なんだァてめェ、ガンつけやがって…」
「……」
その態度がスケバンの癪に障るのは必然だった。
彼女は力を振りかざし脅しつけることでここまで伸し上がってきた人間だ。カナタのようにその脅威を知りながら尚平然とガンを飛ばす生徒なども、例外なく。
言葉にすればスカした奴が気に入らないとでも言うのだろうが、ともあれ、スケバンとしては突き付けた銃をぐいと押し込んで引き金を引くことに躊躇いなど欠片もありはしなかった。
彼女はイラつきのままに引き金に掛けた指に力を入れ、声を荒げる。
「なんとか言ってみやがれこの──へぶっ?!」
果たして、鼻っ面に打ち込まれたのはカナタによる裏拳だった。
右の掌底でアサルトライフルのハンドガードを叩いて弾くことで突き付けられた銃口を逸らし、胸元まで来ていたそれを左手で引っ張っられたせいでたたらを踏んだスケバンを弾いたままの右手を握りこんで殴り飛ばしたのだ。
「なっ…!」
突然体勢を崩し蹴り倒されたリーダー格のスケバンに言葉を失う不良達だが、そのスケバンが持っていた銃がカナタに奪われることで二度目の驚愕が銃弾となって飛んでくる。
「わっ、うわぁ!」
「あ痛゛ァ!」
「くそーっ!いきなり撃ってくるなんてイカれてんのか、コノヤローッ!」
どたんばたんと不良達が将棋倒しになるのを尻目に、カナタは踵を返し駆け出した。蹴り倒したリーダー格に向けて鼻で笑う挑発も忘れない。
「…舐めやがってクソが!お前ら、逃がすんじゃねえ!追うんだッ!!」
あとは適当に挑発を続けて別の縄張りまで引きずり出せば勝手に敵対ギャングとカチ合い、逃がした
代わりに黒髪のメガネ女がブラックマーケットで指名手配されるだろうが、仮の姿への執着など欠片もないカナタにとっては些細なことだ。
自室にて通信が切れてやきもきするナギサを彼方に置いて、裏路地のチェイスが始まった。
◆
「ここがブラックマーケット……」
「わあ☆すっごい賑わってますね?」
雑踏と喧騒の中、黒髪のツインテールを靡かせて思案げに呟いた少女、セリカをよそに、着崩したカーディガンが特徴的なアッシュブロンドの少女、ノノミがきょろきょろと辺りを見回し感嘆の息をもらした。
「本当に。小さな市場を想定していたけど、街一つくらいの規模だなんて」
「皆一緒なら多分大丈夫だろうけど、
常の如く落ち着き払ってはいるものの新しく来た場所に興味が尽きないのか、ぴこぴこと髪色と同じ灰色の耳を動かすシロコに“先生”はやんわりと注意を促す。
「おっ?先生、さては結構イケる口?シティボーイってやつだ」
「シャーレの任務で何度か来たことがあるだけだから、そこまで詳しくないけどね。この辺りは特に結構喧嘩っ早い子達が多いから」
囃し立てようとしたのか目に
賑わいながらもどこか殺伐とした空気に満ちたブラックマーケットにおいては場違いな程に和気藹々としたやり取りだが、そんな中にも各々が警戒を欠かさず、何事もなく通りを歩いていく様子が彼女達の非凡ぶりを証明していた。
「ま、いずれにしても初めてくるところだし、先生の言う通りにした方がいいかもねー。学区外は変なところで一杯だ~」
「変なところで一括りにするのもどうかと思うけど…」
「そういえば何処だかに水族館とかもあるって本当なの、先生?アクアリウムとかいうチョーでかいやつ!」
「うん?私も見たことはないけど…結構管理が大変そうだから、大きな自治区にはあるんじゃないかな?」
「今度行ってみたいなー。…うへ、お魚…お刺身…」
どんな妄想を働かせているのか、表情を弛めて涎を垂らすホシノに「よくわかんないけど、そういうのじゃないんじゃない?」とジト目のセリカがツッコミを入れる。
どうにも緊張感のないやりとりに激昂したのは、シロコの隣でプロペラを回して浮かぶドローンだ。
その腹にマイクロミサイルを満載したポッドを抱えているとは思えない程軽快に身振りを表し、ややノイズ掛かった声を発した。
『もう!皆さんもう少し緊張感をもって下さい!ここはキヴォトス中の裏取引が横行する悪の巣窟なんですよ!どんな騒ぎに巻き込まれるか…』
通信越しのアヤネがそう言うや否や、やや遠くの方、明らかに街中であろう方角から銃声と爆発音が連続する。
「うーん、治安は悪いみたいですね☆」
「まあ避けて通ればいいんじゃなーい?」
「そういう言い方するからアヤネが怒るんだと思う」
絶句するセリカやアヤネに対し、年長組の対応は慣れたものだった。ある種冷ややかとすら言っていい。
『…先生!?』
「うーん…ここからじゃ何が起こってるか分からないし、第一、
『それは、まあ、そうなんですが…!』
先輩達が頼りに出来ないと意気軒昂に“先生”に助け船を求めたアヤネだが、やはりと言うべきかシッテムの箱に目を落とす彼の反応も少しばかり鈍い。
これは別に彼が冷血漢だからではなく、この場所が他と比べて幾らか特殊であることと、見極めるべき状況が全く分からないからこその慎重論だったが、正義感の強いアヤネにとってはもどかしい場面に違いないだろう。
「…うん?」
「──早く、早く誰か…!…あっ!」
不意に顔を上げた“先生”の視界に、息を切らせて駆けてくる少女の姿が写る。
目深に被ったキャスケット帽とぶかぶかなブルゾンのせいでその仔細は隠れているが、戦闘音が止まないと言うのにそれが日常茶飯事であるとでも言いたげに屯したり各々移動している不良達の中では、ある種場違いなまでに焦っているように見えた。
「ハァ、ハァ…!あっ、あの!」
「…なにかな?」
キャスケット帽の少女は“先生”を見止めると、その眼前で立ち止まり、叫ぶように呼び止める。
「“シャーレ”の“先生”ですよね!?お願いします、助けて下さい!」
丁度少女が進行方向から来ていたが故に対面する形となったアビドス高校の面々と“先生”だが、地面に衝突でもさせるような勢いで頭を下げ始めた少女への反応は大体が困惑を含んだものだった。
彼女は誰なのか。恐らく初対面であるにも拘らず何故“先生”を知っているのか。後続が居ないのを見たところ、追われている風でもないのに何から助ければいいのか。
困惑と疑問は尽きず、彼女達は口を閉じるしかなかった。──ただ一人を除いて。
「うん、いいよ。まずは落ち着いて、どういう状況か教えてもらえるかな?」
少し腰を落とした“先生”が、ゆっくりと落ち着いた声音で以て、少女に手を差し伸べる。
「…ホントに助けるつもりなの、先生?」
「うん、良ければホシノ達にも手伝って欲しいな」
いっそ屈託がないまでに、いつもの調子で“先生”はそう言う。
飽くまで「お願い」としてホシノ達に同行を強制しない辺り、彼女達を信頼しているのか、それともたった一人でなにも出来なかったとしても助けに向かうつもりなのか、未だ付き合いの浅いホシノ達には判らないが、“先生”の中で目の前の少女を助ける事は確定事項であろうことは容易に想像できた。
対して硬直したのはアビドス高校の面々である。
何しろ少女との邂逅は突然の事で、困惑した彼女達はどうすべきか意思の疎通を図るべくお互いの顔を見回すばかりだ。…ただ一人、ホシノだけはなにか思うところがあるのか眠たそうな眼をじっと二人に向けていた。
「あ、あの、さっき不良さんたちに絡まれてしまったのですけれど、その時に代わりになってくれた人がいて…!」
「…まーちょっと待ちなよお嬢さん。説明は現場に行きながら聞くからさ」
あわあわととっちらかる思考をどうにかしようと言語化しようとする少女に、冷静な言葉を差し込んだのはホシノである。
言うが早いか、その手には愛用の散弾銃が握られており、普段と変わらぬ表情ながら、普段とは比べ物にならない頼もしさがそこにはあった。
「…いいの?」
「確認するくらいなら相談はして欲しかったかもね?先生一人で来てる訳じゃないんだしさー」
「それ、今あたし達に確認してない先輩が言っていい台詞じゃなくない?」
「まあまあ☆人助けは良いことですよ!私も頑張っちゃいます☆」
「ん、皆共犯」
団結するように、それぞれが自身の愛銃をスタンバイさせる。
周囲の不良達がなんだなんだとざわめき出すが、それを遮るように風を巻き上げたのは一機のドローンだ。
『…状況はよくわかりませんが…バックアップはお任せください!現地にいない分、しっかりサポートしますね!』
「…よし、じゃあ皆、よろしくね」
ブラックマーケットで生まれた喧騒の中心地に向けて、アビドスの生徒達が進軍を開始した。