翌朝。起きるとそこにアズサの姿は無かった。
「あれ、アズサちゃんは?」
「朝早くに部屋を出るのが見えましたが戻ってきてなかったんですかね?」
「えへへ……ハスミ先輩……」
未だに寝ているコハルを起こし、先生と合流した私たちはアズサを探しながら教室に向かった。教室に入るとすでにアズサが机に向かっており、机の上には教科書やノートが広がっていた。
「おはよう、遅いぞ」
そういうアズサの顔はむっとしていた。ヒフミは苦笑とも驚きともつかない顔で「早いですね」と言った。
「当然だ。日が昇る前から予習復習をしていた。今日も模擬試験があるんだろう?」
「ええ、まあ」
「第二次特別学力試験まであと二日しかないんだ。いつまでも心配をかけるわけにはいかない」
「すごい気合入ってるじゃん」
『朝から頑張るね』
「あらあら、そこまで気合が入ってるなら私も頑張らざるを得ませんね」
「それなら今からでも始めようか、模擬試験」
「ああ! ぜひお願いしたい!」
アズサの気合の入りようから、朝一発目に模擬試験をやることになった。解答用紙を配られたアズサの顔はこれまでよりもずっと自信に満ちている。そして先生の合図によって試験が始まると、皆一斉に記述を開始するわけだが心なしかこれまでよりもペンを進める手が早いように感じた。
模擬試験が終わり、採点結果が出た。先生が発表した結果はなんと全員が合格であった。教室には歓喜の声が上がっていた。アズサは見るからに喜び、ヒフミはそれを称賛している。コハルもギリギリではあるが合格したことに軽く信じられていないようだ。ヒフミがお膳立てをし、コハルは鼻を高くしている。なんだこの子いい子過ぎる。自分ではなく他人ばかり褒めている。善の権化だ。なんで犯罪者集団のリーダーなんかやったのだろう。
中でもハナコの成長ぶりが著しすぎる。前回から六十点も上がるだなんて一体何があったんだ。先生にこっそり聞いてみるとどうやら数日前にハナコに補習授業部の実態を教えたそうで、それでハナコも「合格できる程度」の点数を取ってくれるようになったそうだ。つまりこれまでの点数はやっぱりわざとだし、今回も点数を調整したということになる。実力の底が見えないのもあれだが、なぜこの期に及んで未だに全力を出さないのか不思議だ。先生に聞いてみたがその理由はまだ知らないらしい。
ヒフミたちの方ではモモフレグッズの授与式が執り行われていようとしていた。しかし盛り上がっているのはヒフミとアズサのみでハナコとコハルは早々に断っていた。別にいいと思うのだがな、モモフレグッズ。
「この中から選べるのは一つだけ……あの黒くて仮面をしたのもいいし、この眼鏡をかけたカバみたいのも捨てがたい!」
「あの、ペロロ様はカバじゃなくて鳥なのですが……」
「駄目だ! どっちか一つだけを選ぶだなんてそんなことは私にはできない!」
アズサは膝から崩れ落ち嘆いた。なぜか究極の選択を迫られているような格好だが、本人にとっては正に究極の選択なのだろう。最終的にアズサはヒフミに選択を任せた。
「えっと……そうですね。スカルマン様とペロロ博士ですよね。うーん……今のアズサちゃんに合うのは……ペロロ博士でしょうか」と言って眼鏡をかけたペロロを差し出した。
「これは?」
「こちらはペロロ博士です! 物知りで勉強もできるという設定なんですよ! まさに今のアズサちゃんにぴったりです!」
「そうか、ならこちらにしよう!」と言ってアズサはキラキラした目で受け取り愛おしそうな目でそれを眺めた。
「ペロロ博士は勉強のし過ぎで頭がおかしくなってるという設定もありますが……」
私は『まさに今のアズサだね』と打ちかけて途中で慌てて消した。
「うん。とってもかわいい……えへへ。ありがとうヒフミ。これは一生大事にする」
「うえぇ!? そ、そんなに大事にされるとびっくりしてしまいますね。う、嬉しいのは嬉しいんですけど」
「友達から初めてもらったプレゼントだから。これからはこのカバをヒフミだと思って大事にする!」
「は、恥ずかしいですね……それとペロロ様は鳥です!」
二人の様子を見てハナコは「趣味の世界は広いですね」と言い、コハルは冷めた目で二人を見ていた。
その日の合宿も皆の士気の高さのおかげで順調に進んでいき、時間は淡々と過ぎていった。そして第二次学力試験を明日に控えた合宿最終日を迎えた。しかしやることはいつもと変わらない。勉強をし、時々小テストのようなものをする。アズサはもらったペロロ博士のぬいぐるみを机の側に置いて勉強をし、時折ぬいぐるみの方を見ては、にへらと笑っていた。
私も問題集をだらだらと解きながら一つ質問をしようかと思い顔を上げたところ先生の姿が見えなかった。周りを見渡したが教室内に先生の姿は無かった。トイレにでも行ったのだろうか。
「あれ? 先生は」
どうやらヒフミも先生に用があったらしく、彼の姿を探していた。
「レイヴンさん。先生の姿が見えないのですけど何処に行ったか知りませんか?」
『私も知らない。質問しようとしてさっき気付いた』
「レイヴンさんも質問ですか? 私に分かる物であれば代わりに答えてあげますよ」
『いや、勉強の邪魔をするわけにはいかない』
「大丈夫ですよ。少しぐらいなら余裕もありますし」
『じゃあここの部分を教えてほしい』
「ここですね——」
先生の代わりにヒフミに教えてもらうことになった。先生よりかはいくらか拙い部分はあったが十分わかりやすい説明だった。先生が戻ってきたのはそれから数時間後のことだった。
教室の扉が開く音がして、全員がそちらを見た。そこには少し汗をかいた先生を姿があった。
「あ、先生。一体どこにいたんですか?」
「ごめん。ちょっと用事を思い出して片付けてきたんだ」
『用事って?』
「えっと、シャーレに関する奴だよ。ちょっと書類なんかをね……あはは」
「そうなんですか……あ、そうだった。ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「うん、いいよ。何処かな?」
用事とはいったい何だろうか。さっきの質問に対する答え方は明らかに何かを誤魔化したような答え方だ。ヒフミの質問が終わった後で私は先生にだけモニターが見えるようにしてこっそりと聞いてみた。
『本当は何だったの』
「ちょっとナギサに呼ばれて……現状報告みたいなものさ」
『裏切り者が誰かとか聞かれたわけ?』
「うん。それとミカが接触したことも勘づかれてたみたい。でも何か答えたわけじゃないし。アズサのことも言ったわけじゃないから安心して」
『そう』
「でもおかげで一つ分かったことがある」
『分かったこと?』
「ナギサが疑心暗鬼の闇の中にいるってことだよ。彼女は今いろんなものが信じられない状況にいるんだ。自分のことしか信じられていない」
『だから先生はどうしようっての?』
「うっ、残念ながら僕にはどうしようもなかったよ。でも僕のやることは変わらない。ただ補習授業部の皆を合格させるだけだから」
『なら私も先生の手伝いをするよ。できる限りでね』
「うん。ありがとう。ところでレイヴンも勉強は順調?」
『どうだろうね。個人的にはまあぼちぼちと言った感じだけどヒフミたちと比べるとどうもね』
「自分が順調だと思ってるなら大丈夫だよ。どれ、僕が続きを見てあげるよ」
その日も順調の一言に尽きた。何の事件も起きない、一日を勉強に費やした日だった。
「皆さんお疲れさまでした。今日で合宿は終わりです。明日の第二次学力試験、皆で合格して堂々と卒業しましょう! そして最後は皆で笑ってお別れできるように!」
「そうか、終わったらお別れか」
「そうですよね。元々は臨時で組まれた部活ですから試験が終わってしまえば解散ですね。でも卒業したからと言ってこの学園には皆さん居るわけですから、連絡を取ればいつでも会えますよ」
「そ、そうよ。正義実現委員会の教室に来れば私もいるしっ!」
「あはは。なんかもう終わりみたいな雰囲気ですけどまだ明日の試験がありますからね」
「明日の試験会場はここなの?」
「どうでしょう。今のうちに調べてみますね」
ヒフミはスマホを開いた。試験会場が書かれた部分を見つけたのか指の動きが止まった。しかしヒフミの顔は俄に驚愕したものに変わった。
「えええええええ!?」
「なな、なになに!?」
「第二次特別学力試験の変更内容ですか」
いつの間にかハナコもスマホを開いている。そのまま内容を読み上げた。
「『試験範囲を既存の範囲から約三倍に拡大。また、合格ラインを六十点から九十点に引き上げとする』?」
「はぁ!? 何それ!」
「わ、私でもまだ九十点は取ったことないのに……昨日になって急に上がったみたいです。なんで試験直前に」
「これは」
十中八九ナギサの仕業だろうな。使いたくないと言っていた手段を使ってきた。いよいよなりふり構っていられなくなったようだ。
「なるほど。ナギサさんがどうにかして私たちの現状を知ったようですね。そこまでして退学にさせたいですか」
「た、退学!? 何それ!」
「なんだそれは。落第ではないのか?」
「そろそろお話しなければと思っていましたが、まずその前に知らせないといけないことが有りますね」
「試験会場も変更になっています。えっと……ゲヘナ自治区第十五エリア七十七番街、廃墟の一階……ゲヘナ!?」
「な、なんでトリニティの外に出る必要があるの!?」
「でもこれで受けなければ未受験で不合格ですよね」
「と言うかさっきの退学って何!?」
教室内はパニックに陥った。先生はまだ事情を知らないコハルとアズサに実態を教える為にも一度皆を落ち着かせた。先生がこの補習授業部について説明するとまた騒ぎ出しだすと思っていたコハルは意外にも静かで、しかしその顔は絶望のようなものが見えた。アズサは比較的落ち着いてるように見える。
「さ、三回不合格で退学ってそんな」
「うん、状況は理解した。それならすぐに出発しよう。試験時間が深夜三時になってる。今から行かないと間に合わない」
「あ、本当です」
「そうですね。文句を言っても仕方がないですしとにかく今は試験を受けないといけません」
「早く準備して」
「え、銃器も!?」
「ゲヘナは治安が悪いですからね」
『もしあれなら私が送ろうか?』
「え?」
『ACなら早く移動できる。小型の銃器ぐらいなら効かないし私が送ってあげる』
「本当か? それはありがたい」
「あのロボット結構早かったですし試験会場にも余裕を持って到着できそうですね」
「そ、それなら向こうで少しぐらい勉強できるかも」
「よし、それなら準備次第レイヴンのACの前に集合!」
『メインシステム起動』
ACを起動した。なんだか久々に起動した気がする。最後に起動したのは……二日前だ。全然久々じゃない。何を言っているんだ私は。
ライトをつけ別館の入口の前で先生と一緒に待った。その間に目的地を調べておこう。えっとゲヘナの——。
ヒフミたちはすぐに来た。鞄のほかに銃器も持っている。
『銃は別に大丈夫だと思うけど』
「いや何が起こるか分からない。レイヴンの援護が求められない状況に陥る可能性もある」
「アズサちゃんは用意周到ですね」
「は、早く行きましょ!」
「レイヴンさんお願いします」
『分かった。風に気を付けてね』
全員を乗せると私はすぐに出発した。ここからゲヘナまで結構な距離がある。
ゲヘナ地区まではすぐに来れた。ただ場所がスラム街の近くと言うこともあってか建物と建物の間が狭い。一見廃墟群の所にも人が居る為、気にせずに通ることができない。そしてとうとうACでは通れないほどの狭い道が現れてしまった。
『まずい。これ以上はACじゃ進めない』
「どど、どうするの?」
「降りるしかないでしょうか?」
「お、おい! てめえ何のつもりだ! このバカでかいロボットで来やがって!」
「うわっ。もう人が集まってきてます!」
「これだけ大きいものがいたらそりゃみんな集まってくるよね」
下にはすでに不良たちがACの周りに集まり始めた。とうとうこれでは下手に動くわけにもいかなくなった。
『うーん。一回上空から見て見たいんだけどヒフミたちがいると危ないからなあ』
「それなら一度降ろしてくれて構わない」
『大丈夫? 下結構チンピラがいるけど』
「あそこだ。あそこに下してくれ」とアズサが指したのは路地の入口だった。「私たちは一先ずあそこから抜けていくから合流できる場所があったらそこで合流しよう」
『分かった。他の皆はそれで大丈夫?』
「はい、大丈夫です!」
私は路地の入口に皆を下すとそのまま入り口をふさいだ。これで追手はついて行けないだろう。すでに激高したチンピラどもが私に向けて発砲しているがそんな豆鉄砲は効かん。
私は合流地点を探すべくその場から飛び上がった。ブースターに吹き飛ばされたチンピラたちの悲鳴が僅かに聞こえた。ゲヘナのスラム街はネオンが光り輝いていてトリニティの商店街とはまた違った賑やかさが感じられた。どこか開けた場所は無いだろうか。ここら辺の建物は脆そうなので屋上なんかに着地したら潰れてしまいそうでできれば降りたくない。なので一回で見つけたいのだが……あそこはどうだろうか。一見ぽっかりと穴が開いているように見える。そこからスラム街の出口まで広い道も通っていた。あそこにしよう。
見つけた合流地点に降り立つとそこには誰もいなかった。さっきの騒ぎで皆向こうに行ったのかもしれない。私は先生たちに居場所を伝えた。すぐに行くという返事があった。
しばらく待っていると路地の出口から先生たちが走って出てきた。最後尾にいたアズサが路地から出てくるや否や、何かを路地に投げ込んだ。するとすぐに路地には煙が立ち込め大通りにも漏れてきた。
「れ、レイヴン!」
『早く乗って』
アズサが応戦射撃をしながら少しづつ下がっていたが、先生たちが全員乗ったのを確認すると走って私の元まで来た。アズサも乗せるとすかさずスラム街の出口まで一直線に移動した。
久々にまともにACを動かした気がします。エデン条約編は三章以外戦闘が全然ないですからACを動かすタイミングが全然ないんですよね。