スラム街を抜けると広い町に出た。しかし町の中は異様に静かだった。誰一人いない。
「誰もいない……ですね」
「何かあったんでしょうか」
さらに進むと橋に出た。真ん中まで進むと誰かが立っている。見たことのない服装だ。ただ正義実行委員会の制服に似ている。ゲヘナの生徒だろうか?
「検問? なんでこんなところに」
「おい、そこのロボット。今ここは通行止めだ!」
「つ、通行止め? どうしましょう。ここを通らないと試験会場に行けません」
「何とかして通してもらえないでしょうか?」
「ん? そこにいるのはトリニティの生徒か!? なぜトリニティの生徒がこんなところにいる!」
「や、やばいわよ。どうするのこれ」
「試験を受けに来ましたって言ったら案外通してくれたり?」
「するわけないでしょ!」
「僕が何とか言ってみようか」
先生がそう言うので私は膝を下した。先生を下ろそうとするとゲヘナの生徒は驚愕の声を上げた。
「お、お前は正義実現委員会!? くそっ、正義実現委員会が攻めてきたのか! 早く応援を!」
「わわっ、わ、私はただ試験を受けに来ただけなのに!」
「こうなったら正面突破も止む無し」
「アズサちゃん!」
その時背後から頭上を越えてゲヘナの生徒の元に何かが着弾した。爆発を起こし、橋を封鎖していた車両からは炎が舞い上がる。爆発に巻き込まれたゲヘナの生徒は「お、おのれ……」とセリフを吐いて倒れた。
「アズサちゃん!」
「いや、さっきのは私じゃない。レイヴンの後ろから飛んできた」
「やっぱり先生でしたか。見覚えのあるロボットが居たのでもしかしたらと思いましたが」
後ろから車のブレーキ音と聞き覚えのある声がした。振り返るとそこには先日引き渡したはずの美食委員会が二人と後ろで縛られているフウカの姿があった。
「先生たちはどうしてこんなところに?」
先生が理由を話すとハルナは「あらそれは間の悪い時に来てしまいましたね」と言ってからさらに言葉を繋げた。「今温泉開発部の方たちが市街地で大きな爆発を起こしたせいでゲヘナ全体が混乱状態なんです。風紀委員も総出で出てまして。おかげで牢屋から抜け出せたのですが」
「その車は?」
「こちらは御友人のフウカさんが我々の脱出を手助けするために快く貸してくださったものですわ」
「その御友人は後ろで縛られているみたいなんですけど大丈夫なのでしょうか?」
「せっかくのご恩を返せるチャンスですが……残念ながら私たちがお手伝いできることは無さそうですね」とハルナは私を見て言った。
「いや、情報だけでもありがたいよ。ハルナたちも気をつけてね」
「はい。それではごきげんよう」
終始車からはフウカの呻き声が聞こえていたが誰もそれに言及するものはいなかった。申し訳ないが今はどうすることもできないのだ。試験を優先させなければならない。まあ、件の温泉開発部とやらは市街地で騒ぎを起こしている訳だから廃墟に向かう私たちが出会うことはないだろう。
数時間後、私は試験会場に向かう市街地の道を走っていた。聞き慣れた警告音がした。クイックブーストは使えないので横に移動して避ける。直後後ろで爆発があったのがわかった。
「な、なんでこんなことになるんですか!?」
「レイヴン後ろを向いてくれるか。射撃の準備ができた」
私は前方を見た。しばらく直線が続いている。少しの間なら後ろを向いても問題はないだろう。
『一分だけね』
「了解した」
私は走りながらゆっくりと後ろを向いた。そこに広がる光景は爆炎を背景に向かってくる大量のショベルカーとダンプカー。そしてそのさらに後ろからは風紀委員の車両が追いかけてきた。また警告音だ。少し横によければ問題ない。飛んできた爆弾を避けると四人は一斉に射撃を開始した。
「なんで私たち温泉開発部と風紀委員の人たちに追いかけられてるんですか!?」
「なんででしょうね?」
「御託はいいから撃ち続けて!」
「ダメだな遠すぎて照準が合わない。もう少し近づけないか?」
『無茶言わないでこれ以上近づいたら避けきれない。爆弾は流石にダメージが行く』
「別に倒す訳じゃないから牽制になればそれでいいでしょ?」
『あと五秒……三、二、一』
一分経った。前を向くと、すぐ目の前にゲヘナの検問が設置されていた。ダメだ止まるには距離が足らない。
『ごめん、飛ぶよ。掴まって』
「は、と、飛ぶって何!?」
果たして先生が私の送ったメッセージに気づかなかったのか、気づくのが遅れたのか。コハルが聞いてきた時には私はすでに飛び上がっていた。検問の頭上を飛び越え、先の道路に着地する。念のため左手を添えていたが大丈夫だろうか。
『大丈夫?』
「な、なんとか……うぅ」
「次からはもっと早く言ってよ」
『正面を向いたら急に見えたんだ。しょうがなかったんだよ』
「うふふ。浮遊感がなんともこう下半身の辺りが——」
「それ以上言うな! エッチなのはダメ! 禁止! 死刑!」
「検問で後続の奴らを足止めできるだろうか」
後ろを向いて確かめようと横まで向いたときに目の前を車両が通り過ぎた。何回転かすると近くの建物に激突しようやく止まった。
『無理みたいだ』
「追いかけっこ続行ですね」
「続行しなくてもいいわよこんな追いかけっこ! 早く逃げ切って!」
それからさらに一時間ほど追いかけっこが続き、川を飛び越えたあたりでようやく振り切った。幸い川を飛び越えた先が第十五エリアだったので、あとは七十七番街の廃墟を探すだけになった。ここは暗いし、どれも廃墟に見えるので歩いて探すことにした。
「はあ……疲れました」
「ショベルカーとダンプカーが飛んできた時は死んだかと思ったわ」
「スリルがありましたね」
「ACの機動力はすごいな。あの川を一息で飛び越えるとは」
『この機体の構成だとあんまり機動力は良くない方だけどね。ルビコンじゃあもっと早く動くような奴はたくさんあるよ』
「これで遅いのか……ACの力は未知数だな」
『ところでそれっぽい廃墟が見つからないんだけど』
「えっと……あ、あれじゃないですか?」
ヒフミの指さす方向を照らすと、その建物は正に廃墟と言った感じにボロボロになっていた。他の建物よりも損壊が激しい。多分あれだろう。その廃墟まで歩き、近くで皆を下した。
「ここ……ですよね。第十五エリア七十七番街の廃墟の一階」
「試験用紙は中でしょうか?」
「多分?」
「ん……これじゃないか?」とアズサが瓦礫の中から掘り出したのは何かの弾頭だった。「L118、牽引式榴弾砲の弾頭だ。雷管と爆薬が取り除かれている」
「なるほど。L118ということはティーパーティの、つまりナギサさんからということですね」
「開けて見よう」
アズサが弾頭の中身を空けると、そこには四枚の解答用紙と通信機が入っていた。アズサが通信機のスイッチを入れると、そこからはナギサの声が聞こえだした。
「この音声を聞いてるということは無事に到着されたようですね。レイヴンさんにでも送ってもらったのでしょうか?」
「ナギサ!」
「ふふ、恨み言が聞こえてきますがこの音声は録音されたものですから受け答えは出来ませんよ。それでは時間内に終わらしてくださいね。一応言っておきますが試験会場はモニタリングしておりますので。それでは幸運を祈ります。補習授業部の皆さん。どうかお気をつけて」
ナギサの音声はここで終わっていた。念のためもう一度スイッチを押すと先ほどと同じ音声が流れ始めた。
「なんだか最後含みのある言い方でしたね」
「とにかく入ろう。結局試験時間ギリギリになってしまった」
「わわ、あと十分しかない!」
「急いで中に入りましょう」
『私は近くで待ってるよ。終わったら呼んで』
「うん、分かった」
四人は廃墟の中に入り、先生も試験監督として一緒に中に入った。私は廃墟から少し離れた空き地にACを止めて操縦桿から手を離した。ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと息を吐く。ヘルメットを脱いでなんとなく上を向いたがごつごつした内装が見えただけだった。ふとコックピットの端に置いてたはずのMr,ニコライの存在を思い出した。その場所を見ると彼の姿が見えない。振動で落ちてしまったのだろうか。そう思って下を見ると予想通り彼はそこにいた。私は彼を拾い上げてチェーンの部分を持ってぶら下げた。そういえばどこかに付けようとしていたな。どこがいいだろうか。しかし、周りを見てもカラビナが付くような場所はなかった。ぬいぐるみにはチェーンのほかに輪っか状のひもが付いていた。代わりにそのひもを操縦桿の右側に通した。
今頃試験が始まったぐらいだろうか。今なら他に誰もいないしゲームをしていても構わないだろう。まだテイルズ・サガ・クロニクル2のストーリーをクリアできてないのだ。あともうちょっとだと思うので少しでも進めておきたい。スマホを取り出そうとしたその時、コックピット内で警告音が鳴った。私は警告音を出したコンソールを見て固まった。なぜこんな時に鳴った? 直後先生たちがいる廃墟が爆発した。
私は慌てて廃墟まで歩み寄った。建物は更地と化し、粉塵が舞っている。瓦礫の山と化した廃墟でヒフミたちは薄汚れながら立っていた。
「え、は? な、なにが起こったの?」
「し、試験用紙が!」
「諸々吹き飛ばされてしまった」
「先生は大丈夫ですか?」
「う、うん。なんとか」
『大丈夫?』
「レイヴンこそ、なんともない?」
『私は離れてたから大丈夫』
「ど、どうしましょう。試験用紙が吹き飛んでしまったのですが」
「これじゃあ解けないじゃない!」
「ふふふ。なるほど。ナギサさんはそこまでするんですね」
パニックになった試験会場だったがじきに落ち着き、話し合った結果、試験用紙が吹き飛んでしまっては何もできないということで帰ることになった。当然第二次特別学力試験は全員不合格だった。
帰るころにはすでに日は登り、私たちは一先ず寝た。ほぼ仮眠でしかなかった今の我々にはそうぐっすり眠れるほどの余裕はない。厳密に言えば私はちょっと眠たかった。教室に集まった全員が口を開くのはいずれも試験に関するもので、コハルは早々に諦めるような言動をした。ヒフミやアズサが励まそうとするものの、コハルの言う文句は事実そのもので、ハナコが茶化すおかげで何とか笑える雰囲気になっていた。
「せ、せんせぇ」
「うん、何とか頑張るね」
いろいろ文句を言いたいのは分かるが、結局文句を言ったところで何も変わらない。補習授業部に残された方法は勉強でしかない。四人はそれを承知して最後のチャンスである第三次特別学力試験までの一週間を全力で勉強に費やすことにした。先生も四人のサポートを全力で行うことを決めた。
さて問題は私だ。一体私は何をすればいいのだろうか。変わらず勉強を? 未だに先生が居なければまともに解けない。今この時期に先生を自分のために使うだなんてそんなもったいないことできるはずがない。では先生と同じようにサポートするのはどうだ。私は四人に勉強を教えられるほどの頭はしていない。
勉強以外のサポートは? 車椅子で一体何をサポートすればいい。立てないのだからちょっと高いところのものは取れない。食堂から何か差し入れを持ってくることもできない。では結局のところ何もしないのが一番いいのではないか。自分が頑張ってる中横でだらだらされてたらどうだ。イラつくほかないだろう。
ACならどうだ。ACに乗れば私の体はよく動く。ACで何をするというのだ。あんな巨体では教室に入れないしペンも握れない。そもそも誰かの助け無しに乗り降り出来ない。
もはや自分では何も思いつかない。ならばどうするか。他の人に聞く以外ないだろう。私は先生に聞いた。私は何をすればいい、と。帰ってきた返事はある意味予想道理のものだった。いつも通りで構わない、と。
ヒフミたちは実によく頑張った。一度は諦めたコハルも再びやる気を取り戻した。毎日毎日勉強して数日ごとに模擬試験を行った。ハナコ以外は八十点にも満たない悲惨さだった。だがそんなことで諦める四人ではなかった。できないのならできるまですればいい。間違えたところを解き直し、誰かがわからなければ他の皆で教え合う。先生も全員からの質問に答えていた。
一方で私は何をしていただろうか。唸りに唸って考えた末、掃除を買って出た。掃除であれば車椅子に乗りながらでもできる。掃除と言っても教室はヒフミたちの邪魔になってはいけないので廊下を掃く。教室を掃除するのはヒフミたちが昼食で離れている時や、休憩しているときだ。箒で掃いて、塵取りに集めてごみ箱に捨てる、簡単な仕事だ。
先生は私にいつも通り過ごせばいいと言った。私は自分よりもヒフミの勉強を見てほしいと言った。すると先生は無理に勉強しなくてもいい、好きに過ごせばいいと言った。だから私は自分だってヒフミたちのサポートをしたい、これはその結果である、自分が好きでやっていることだと言った。先生は何も言わなくなった。
日は巡る。ぐるぐる巡る。気づけば第三次特別学力試験を明日に控えた。その日の夜、ヒフミは最後の激励をした。コハルは心配だからと寝る間も惜しんで勉強しようとしてハナコに止められた。アズサにまで同様に止められてコハルは観念して寝ることを決めた。一同は明日に備えて早めに就寝した。
「レイヴンさん」
私は急に誰かに起こされた。目を開けるとそこにはハナコの姿があった。もう朝なのか、そう思い窓を見るとまだ暗かった。時計を見れば深夜ではないか。一体こんな時間に起こしてなんだというのだろう。
『なに』
私は眠い目をこすりながらスマホに手を伸ばし画面に打ち込んで見せた。
「レイヴンさんに頼みたいことがあるんです」
仕事の話だ。私の眠気はすぐに吹き飛んだ。上半身を起こすとハナコの後ろにはヒフミたちの姿があった、振り返るとベッドには誰もいない。
『皆寝るんじゃなかったの?』
「ああ、えっと……実はですね——」
『いや、今はいい。詳しい話はあとで聞く。私は何をすればいい』
さて、ここからどうやってレイヴンを動かしましょうか。元のストーリーでは当然ですがAC無しで完結してますからどうやってACをねじ込むべきか……
上手くいけば次回で二章は終わります。