すみません。コロナに罹ってしまい高熱で全然書けていませんでした。
「巨大な塔がキヴォトスの上空に出現し、空を緋色に染めた。不吉な塔はまるで悲鳴を上げるように鳴動し、少しずつ削り取って、その破片を何かに被せた。削られた破片が嵐のように吹き荒れる中、黒い光が天から降りてきて、終焉に傾いた。そうしてキヴォトスが崩壊し、塵一つ残さずに、全てが虚無に消えた」
セイアの話す内容は文学的でその情景を想像しにくかったが、とにかくキヴォトスに終焉が訪れようとしているのは分かった。それよりも私は上空に出現する巨大な塔と、緋色に染まる空が気になって仕方がない。
「私が視たのは単なる悪夢なのか、それとも本当に未来を、あるいは過去に起きたことを観測したものだったのか……それは分からないが、だが私はあの光景を見た以上、真相を突き止めなければならない。明晰夢とは自身を意識的に微睡みに落とす行為。夢と現実を行き来しすぎた私は、今立っているのが夢なのか現実なのか曖昧なんだ」
「良く分からないけど、今の状態って結構危ないんじゃ?」
「そうだね、否定すると嘘になる。でも必要なことなんだ。以前の私ならば未来を知ることを恐れて、夢の狭間に逃げ込んだだろう。しかし今回はそうもいかない。あの光景がただの悪夢じゃないと、私の直感が囁いている。アレはキヴォトスに存在しない、キヴォトスの外部から侵入した、私の想像をはるかに上回る、理解の及ばない存在。恐らくアレを招いたのはゲマトリアだろう」そう言ってセイアは私の方を見た。「もしかしたら君も彼らが招いたのかもしれないな。君もまたキヴォトスの外部から到来し、理解の及ばない存在だ。あれから彼女はどうしている」
『特に何も。機体に彼女がいるのは知ってるけど、あの日以来向こうから私に接触してきたことは無いよ』
「そうか」
「セイア」先生が静かに名を呼んだ。その顔はいつもの穏やかな顔とは違い、酷く真剣だ。「ゲマトリアに関わる事ならすぐに手を引いたほうがいい。セイアは今とても危険なことをしようとしている」
セイアは少しの間思考を巡らした。
「ああ、確かに。あの集団の痕跡を追うのは自殺行為だろう」
「もしセイアの推測が事実だったとして、今のやり方はダメ。きちんと情報を集めて周りの人に相談してやるべきだよ。そういうことは大人に任せて、セイアは目の前にいる人のことを見てあげて」
先生の言葉にセイアは僅かに目を見開かせ、俯いて自嘲気味に笑った。
「まだ何の情報も無いのにあの夢に圧倒されて……私は自分を見失っていたのかもしれない。今私の身に何か起こればミカが、彼女がまた選択を誤ってしまう。彼女は今考える得る限り最悪な状況下にある。あの子は今まで甘やかされて生きてきた。皆が彼女を崇め奉る——童話に出てくるお姫様のように。今はミカをあの泥濘から引き揚げることが最優先事項。どうして私はそんなことに気づかずに……霧が晴れたような気分だ。ありがとう先生。君のおかげでミカの問題に一歩ずつ歩み寄っていけそうだ」
「ありがとう。ところでミカがセイアに謝りたがっていたよ」
するとセイアは首をかしげながら「すでに許しているが」と言った。「ああ、あれは夢の中での話だったか。そうか、ミカはまだ私に許されてないと思っているんだね。自分の犯した罪の中で、私が一番の被害者だと感じているんだろう。愚かだね。我儘で——」
『あー、話してるところ悪いんだけどさ』
「どうかしたのかな」
『話が長い。回りくどい。分かりにくいって言われない?』と言うとセイアは図星とでも言いたげな反応をして苦笑した。
「ああ、ミカによく言われるよ」
『明日の聴聞会には出席するんでしょ? だったら早く寝なよ。体調悪いんでしょ』
「確かにそうだね……ミカの罪状で一番重いのは私への危害だから、私が出席すれば多少は軽くなるだろう。レイヴンの言う通り今日は早めに寝ておくべきなのかもしれない。ただその前に——」
セイアは手元にあったベルを鳴らした。すぐにティーパーティの生徒の一人が中に入って来た。
「どうかいたしましたか、セイア様」
「ミカと話がしたい。今すぐに呼んできてもらえるか」
「み、ミカ様をですか? わ、わかりました。ナギサ様に確認してみます!」
「ありがとう。あと出来るだけ二人きりで話したいんだ。どうにも他人が同席するのは恥ずかしいからね」
「分かりました!」そうしてその生徒は部屋を後にした。
「ふう……私は久々に人と話しすぎたようだ。レイヴンに言われたこともある。ミカが来るまで横になるとしよう。悪いが、ここで失礼させてもらうよ」
「うん。また明日の聴聞会で」
私たちはセイアの部屋を後にした。しばらくして先生が私に話しかけてきた。
「あれはセイアを寝かせてあげようとしたのかな?」
『さて、何のことやら』
「はは、レイヴンは優しいね。少し不器用だけど」
『何のことかさっぱりだ。ナギサに報告して私たちもさっさと帰ろう』
「そういえばレイヴンってセイアと会ったことあったっけ」
『ああうん。夢の中で一度」
「へー、僕と同じだ。じゃあセイアが言ってた彼女ってのは? レイヴンも知ってるみたいだけど」
『話が長くなるから詳しいことは聞かないでほしいんだけど、今私の機体にはもう一人、私がいるんだ。なんで入ってるのか分からない。私にも分からないことだらけなんだよ』
「それはまた……僕が昔見たアニメにそっくりだ」
『そんなアニメがあるなら見て見たいね』
「いやぁ、どうだろうね。あれ割とへこむから無理して見なくてもいいかなあ」
私たちはナギサにミカの件とついでにセイアのことも伝えた。ナギサはとても喜んでいた。ミカのこともそうだったが、セイアのことも心配だったのだろう。ましてや二人の仲が戻りそうだと知ればこの上ないほど嬉しいはずだ。
私たちは明日に備えて早々にシャーレに帰った。
それは突然の出来事だった。私がシャーレのオフィスでスマホを弄っていると、先生に声をかけられた。
「レイヴン」
『どうかしたの』
「なんか変なメールが来たんだ」
『URL踏んじゃだめだよ。スパムは無視』
「いや、なんか座標が送られてきてる」
『座標? どこの』
「うーんとね……ここみたいだ」先生は画面を私に見せた。そこはトリニティの中心から随分と離れた場所だった。
『トリニティの外れ……なんか怪しいよ。もうこんな時間なのに』私は時計と窓を見た。外は真っ暗になってるし、時刻もすでに夜と言われる時間帯だ。
「うーん、でも大切なことだったらアレだしなあ」
『それどっちのメールアドレスに届いてる?』
「どっち?」
『先生個人か、シャーレか。後そのメアドは知ってる人?』
「えっと……シャーレのアドレスだ。これは、見たことないアドレスだね」
『じゃあ行かない方がいいよ』
「でも件名が『頼む、きてくr』なんだよね。これ焦って打った感じじゃない?」
私が止めようとしても先生は次から次へと理由を探してくる。まあ、今まで先生の個人メールならともかくシャーレのアドレスにスパムとかは来たことが無いらしい。今回のが最初の迷惑メールの可能性もあるし、先生の命を狙っているやつらの仕業かもしれない。だが先生は行く気満々のようなので、私はとうとう折れてしまった。飼い主の意見に背くなんてそうそう出来る事じゃない。
『仕方ない。送り主が見えるまでユニットの中で待機しててよ』
「分かった」
夜だが、ライトもレーダーもある。不意打ちは何とかなりそうだ。
トリニティに入ると、雨が降っていた。無理をすれば傘を差さなくてもいいが、もし傘を持っていたらさっさと差す、それぐらいの雨量だった。
更に座標の近くへ向かうと、そこは華やかだった中心街とは打って変わってとても寂れた場所だった。トリニティでもこんな場所はあるらしい。
『座標が示すのはこのあたりだ。でも厳密にいえばあの橋の下みたい』
困った。あの陸橋は機体の腰辺りまでしかない。この橋の下で会うとして立ったままでは覗けない。かといって座れば反応が遅れる。やっぱり下にもカメラが欲しい。
仕方なく私は片膝立ちをして、何とか覗けるようにした。ライトで照らしたが、まだ誰もいないようだ。一先ず私はユニットを下した。先生にはまだ出てこないように言った。とりあえず相手の姿を確認したい。
実はついさっきレーダー上に反応があった。ただ色が赤でも青でもない、白色だ。つまり中立という事だが、こんな場所に呼ぶ中立の存在とはいったい……そもそも、外部から私を指示する存在が無い今、私のレーダーに反応を置くのは彼女だろう。つまり彼女はこの反応を中立としているわけか? なぜこのタイミングで彼女は自身の存在を示唆した。彼女はこの件に関わりたいという事か?
レーダー上で動く反応はとてもゆっくりだ。人であるのは間違いない。そして反応が私の直線上に来た時、反応の主が建物の陰から現れた。ふらふらとこちらに近づき、ライトに照らされたその姿は、アリウススクワッドの一人、サオリだった。
『サオリ?』
「え、サオリが。どうして?」
『分からない。まだ出ないでよ』
サオリは先日、先生を撃った張本人だと聞く。まさかこの期に及んで先生を始末しに来たのか。
サオリはこちらのライトに気づくとゆっくりと顔を上げた。眩しそうに目を細めて何かを呟いている。走る訳もなく、サオリはふらふらと歩いたまま、こちらに近づいてくる。そして私の目の前で立ち止まると、持っていた銃を落としてもう一歩進み、私に土下座した。
「頼む……助けてくれ」
こんなにも近いのに、サオリの声はか細い。明らかにただ事ではない事態に私は先生に『出てもいいよ』と言った。直後、ユニットから出てきた先生は土下座をしているサオリの姿を見ると急いで駆け寄った。
「サオリ!? どうしてこんな」
「先生……アツコが、連れていかれた」サオリは顔を上げずに言った。「他の仲間もアリウスの襲撃に会って散り散りに……生死も不明だ。私では彼女を止められなかった。先生、このままではアツコは、姫は死んでしまう。明日の朝、彼女によって殺されてしまう。私の話など信じられないだろうが、これだけは真実だ」サオリはここで一度言葉を区切った。そして一度息を整えてからまた言葉をつづけた。「アツコは元よりそういう風に育てられた存在なんだ。姫の運命を変えたければ、彼女の命令に従えと。エデン条約を強奪し、ユスティナ聖徒会の力をアリウスのものとし、ゲヘナとトリニティを手中に収めたらアツコは生贄にならずにすむと。だが、私は失敗した。エデン条約の強奪も、トリニティとゲヘナの征服も、仲間を守る事さえも、全て私の力不足だ。今の私は落伍者だ。トリニティやゲヘナはもちろん、同じアリウスにすら助けを求められない。だから頼れるのはもう先生たちしか……頼む。私は命を懸けて約束する。先生のどんな命令にも従うと。ヘイローを破壊する爆弾も渡しておく。もし信じられないと思ったらすぐに使ってくれ。もしくは——」サオリは私の方を見た。「あのロボットで始末してくれ。どうかアツコを……姫を助けてくれ」
サオリはここで言葉を締めくくった。今の思いを全て言ったようだった。私にはもう分かる。ここまで頼んでおいて先生は絶対に断らないだろう。強いて断る理由を言えば目の前にいるのは先生を撃った相手だという事だ。恐怖か不安か、それとも寒さのせいか僅かに震えているサオリに先生は優しく声をかけた。
「サオリ、立って。僕はサオリと対等に話がしたい」
そういうとサオリは素直に立ち上がった。
「先に質問させて。彼女って誰の事?」
「彼女はアリウス自治区の主人であり、アリウス分校の主人。私は彼女と呼んでいるが、他の生徒からはマダムとも呼ばれている。私も彼女の姿は数回しか見たことが無い。背が高く、白いドレスを纏い、赤い肌をした大人だ」
赤い肌……もしかしてそのマダムと呼ばれている彼女はコーラル中毒者だろうか。いや、コーラル中毒になったとして肌が赤くなるのか知らないけれども、とにかく赤い肌を持つなんて異形にしか思えない。
「名をベアトリーチェと言う。彼女には私よりもアツコの方がよく会っていた」
「他のスクワッドは?」
「分からない。襲撃されてから散り散りになったから……今も追われているかもしれない」サオリの手に力が入ったのが見えた。
「アツコが何処に連れ去られたのか分かる?」
「アリウス自治区にある、アリウス・バシリカ。その地下に彼女が用意した秘密の至聖所がある。おそらくそこだろう。彼女は明日の朝に儀式を行う。もはや姫に時間は残されていないかもしれない」
『明日の朝ってもう全然時間ないじゃん。間に合うの?』
「うーん。確かに時間が無いねえ」
「先生……」
「うん。大体の状況は分かった。じゃあ今からアツコを助けに行こうか」
「本当か。本当に助けてくれるのか?」
「うん。生徒の願いを無碍には出来ないから」
「それだけの理由で? 忘れたのか。私はお前を撃ったんだぞ!?」
「そうだね。とても痛かったよ」
「うっ……それならどうして」
「だからと言って助けを求められて無視するわけにはいかないからね。でも爆弾は没収」
「あ、ああ、約束通りに」と言ってサオリは何かの端末を先生に渡した。
「爆弾も」
「爆弾もか? 先生がそう言うなら仕方がない」
サオリが懐から出したのは私が想像していたような爆弾ではなかった。一見すればただの四角い箱だ。あれが爆弾だなんて。
「安心してくれ。その爆弾は起爆装置を使わないと絶対に爆発しない」
「それは安心した。生徒が危険物を持っているのは見過ごせないからね」
はて、キヴォトスの生徒は全員危険物を持っているし、アズサやRABBIT小隊はもっと危ないものも持っていた気がするが突っ込まない方がよいだろうか。
「レイヴン、ちょっとこれ持ってて」と言って先生は私に爆弾を預けた。そしてそのまま先生は手に持っていた起爆装置を握りつぶした。
「んなっ!?」
まさか先生が端末を素手で握りつぶすほどの力を持っているとは思わなかった。いやそれよりも——
『誤作動起こして爆弾が起爆したらどうするのさ。せめて爆弾から離れたところで壊してよ』
「た、確かにそうだったね。ごめん」
「さっきから一体誰と?」
「さ、そうと決まったら時間が無いよ。先にミサキとヒヨリと合流するよ」
「ま、待ってくれ先生。まだ私は理由を聞いていない」
「ほら早く早く」
サオリは結局先生と一緒にユニットに乗り込んだ。ユニットを収容した私はミサキとヒヨリを探し出すため空へと飛びあがった。
先生って力強いのか弱いのか良く分かりませんね。