シャーレ所属傭兵レイヴン   作:猫又提督

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第41話

 私はサオリたちと逆方向に隠れた。向かいでサオリたちが何か話しているが、距離と声量のせいでよく聞き取れなかった。いやそれよりも、レーダー上で赤い点が動き出した。順調に包囲しているらしい。

 

『先生、アリウスが私たちを包囲しようとしてる』

「え、それじゃあ早く逃げなきゃ」

『いや、もう遅い。もうほとんど終わってる』

 

 まあ、相手は所詮人間。私の敵ではない。先生たちを回収して飛べばいい。それにしてもこんな遠くから包囲してたなんて、最初からばれていたという訳か。なら隠れている意味もない。先生の側に移動するべきだ。

 

 私は向かいの先生が隠れていた場所まで行った。その際に通りを見てみたが、てっきり包囲しているのはアリウスの生徒だと思っていた。しかし着々と包囲の輪を狭めていたのはユスティナ聖徒会だった。耐久戦に持ち込まれる可能性があった。そうなったら私がいるとはいえ、不利なのは自分たちだった。

 

「すまない、罠だったようだ」

「私たちがここに来ることが分かってたんだ」

「ええ、そうです」

 

 突然女性の声と、見慣れない姿が現れた。その質感からして彼女はホログラムらしい。赤い肌に、白いドレス。鳥の羽を集めたような頭には、羽の部分一つ一つに目が付いている。そしてサオリが「マダム」と呼んだことから、彼女こそがベアトリーチェだと判断した。

 

「ここは私の支配地。皆さんの位置や目的地、それに至る経路まで把握しております。あなたたちが旧校舎の地下回廊に向かおうとしていたことも知っていました。愚かな子供たち、私に隠し事など不可能ですよ」

「ひ、ひいぃ……さ、最初から」

「私たちは掌の上ってわけ?」

「そういう事です。あなたたちの任務は初めからロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、聖徒会を顕現させる……それだけです。パスは一度さえ接続すれば後は私が扱えるので。マエストロは作品が奪われるみたいだと嫌がっていましたが」サオリはベアトリーチェをじっと見つめている。彼女はそんなサオリを見て、言葉を付け足した。「まあ、トリニティやゲヘナを占領するなど、私には些末なことです。この自治区が長年抱いていた憎悪を制御するための方便ですから。私はあの学園に何の禍根もありません。そうですね、ですからあなたは任務を遂行したと言えるでしょう。あなたは複製の力を私に提供してくださいましたし、ロイヤルブラッドも素直に生贄としてささげてくれました。あなたは聞き分けのいい子ですね、サオリ」

 

 ベアトリーチェはまるであやす様に、恐らく自分では優しい大人を演じていられるかのようにやけに甘ったるい声でサオリを褒めた。しかしサオリはそんな彼女に良い思いをしなかったようだ。

 

「やはり最初から約束を守る気は無かったのか」

 

 サオリがそういうと、目だけは微笑んでいたベアトリーチェも真顔に戻り、興味を失くしたようだ。代わりに視線は私と先生の方に向く。

 

「不毛な争いはこの辺で……私の興味は、そう」

 

 ベアトリーチェは指を鳴らした。すると聖徒会の一部がサオリに向かって引き金を引いた。もろに被弾したサオリはその場に倒れ伏せた。先生がサオリに手を貸そうとすると、それを遮るかのように、ベアトリーチェが先生の名を呼んだ。

 

「初めまして、先生。私はベアトリーチェと申します。すでにご存じかもしれませんが私はゲマトリアの一員です。通信越しの挨拶となる事をお許しください。それと——」ベアトリーチェは次に私に向かった。「あなたがレイヴンですね。初めまして、ベアトリーチェと申します。単刀直入に聞きますが、あなたは何者ですか?」

 

 私は質問の意図が良く分からなかった。何者か、私はC4-621、旧型の強化人間だ。独立傭兵で、元はルビコンでウォルターの猟犬をしていた。今はシャーレに所属している。そんな自己紹介を頭に思い浮かべた。

 

「失礼、質問の仕方が悪かったですね。聞き方を変えましょう。あなたは誰に呼ばれたのですか?」

『あなたじゃないの?』

「少なくとも私はあなたを呼んだ覚えはありません。そもそもあなたのようなものを呼ぶ趣味はありませんから。マエストロか、あの黒服か……まあいいです。あなたが知らないのであれば」ベアトリーチェは先生に向き合いなおした。「さて、黒服やマエストロ、ゴルコンダからあなたのことは色々とお話を聞いております」

「あなたがアリウスの支配者である、ベアトリーチェ?」先生は探りを入れるように聞いた。

「はい。そしてゲマトリアの中で現状、唯一の成功者です。ふふっ、私のことが気になりますか? どうやってアリウスを手中に収めたのか、よければあなたが持っている情報と交換することもできますよ?」

「必要ない。あなたの手口は知っている」

「ほぉ。そうですか。一応私の名誉のために言っておきますが、私は何ら特別な力は使っておりません。くくくっ、超能力や洗脳の力があれば楽でしたが、それらは大人のやり方ではありません。ええ。憎悪、怒り、軽蔑、嫌悪——そういった負の感情を利用し、偽りと欺瞞で子供たちを支配してきました……私が来る前からここは内戦が起こっていました。お互いに対する負の感情が、十二分に満ち溢れていました。私はソレを利用しただけ。ですがそういったものであればむしろトリニティの方が強いのではありませんか?」

 

 ベアトリーチェの言う通り、私は抑えきれない負の感情を見てきたばかりだ。現状あの学園を取り巻く闇はどの学園よりも深いだろう。

 

「私はただそう言ったように動いてきました。生の謙虚さを教える金言は、無価値な空虚へと歪曲し、堕落を警戒する厳格な自責は、逃れられない罪悪感へと歪曲し、事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、憎悪を煽り、他人を、他人を、他人を——永遠に、互いを、他人とさせること」

 

 私にはベアトリーチェが言っていることが良く分からなかった。難しい言葉を使いすぎなのだ。だがそれでも、その言葉にどす黒い何かが籠っているのは分かる。そしてそんなことをすらすらと話す彼女に向かって、これが彼女にとって簡単なことだと、これが彼女にとっての大人であると思った。私には理解できないものだ。

 

「楽園は永遠に届かないからこそ、楽園たり得る。その地獄の中で大人は子供を支配し搾取し、捕食し続けます。ええ、誰かにとっては地獄でしょうが、大人にとってはこれこそ楽園。ですからこれも、理解していただけますよね。先生?」

 

 ベアトリーチェは先生に同意を求めた。彼女が先生のことを知っているなら同意を得られないことは分かっているだろう。私だってそんな提案をされても困る。まあ、先生がそれをよしとするなら私も同意するが。

 

 ベアトリーチェは先生の回答を待たずに言葉を続けた。

 

「そしてどうかこのままロイヤルブラッドを手放してはいただけませんか? あの子は私が丹精込めて教えた生徒なのです。生贄としてささげれば、きっと私たち大人に素晴らしい福音を授けてくれる。気になりませんか? 私が何をしようとしているのか。どんな偉業を為そうとしているのか……今ここで教えて差し上げることもできます。いかがでしょう、先生? 例えば、このキヴォトスが一体どんな場所なのか知りたくはありませんか?」ベアトリーチェは先生だけでなく私にも目を向けた。「この場所は正体不明で、理解などが一切及ばない、神秘と恐怖が入り混じった崇高の転炉。ええ……私は、この世界の真実を教えることもできます。いかがでしょう? これを逃せば、次の機会はないかもしれません」

「そこまでにして」

「ほう?」

「誰かを犠牲にして得る真実なんて興味ない」

「そうですか、先生、あなたはそうなのですね。ではそちらの方はどうでしょうか」ベアトリーチェは私の方を向いて言った。「レイヴンさん、あなたはどうでしょう。あなたもまたキヴォトスの外からやって来た者。この世界の真実に興味がおありでは?」

「レイヴン……」

 

 先生が心配そうに私を見つめた。確かに私にとってここ、キヴォトスは謎だらけの場所だ。一つの学園がまるで一つの国のように機能しているし、学園の生徒には変な輪っかが付いている。生徒全員が銃火器を持っているし、弾丸や爆弾を受けても死なないし、それどころかACの武器でも死にはしない。私の常識を超える場所だ。

 

『そうだね、キヴォトスは謎だらけの場所だ』

「では」

『でも別に真実を知りたいとは思わないかな。私にはそんなことどうでもいいんだ。少なくとも真実を知らなくても十分生きていける。私には真実なんて必要ない。先生が知りたくないなら私も知らなくていいよ』

 

 私が言い切ると、ベアトリーチェの口元が裂けた。そこから白い歯が見えた。彼女は笑っているのだ。いちいち化け物みたいだ。

 

「くくくっ、そうですか。やはりこうなるのですか。どうやら私たちは、お互いに違う真実を信じているようです。ええ、私たちは互いに敵対者で間違いありません。ええ、理解しました。あなたの語る楽園はエデン条約なのですね。皆の友情で悪を退ける、単純で理解しやすい世界。くくくっ、どうして子供たちは純粋で単純なのでしょう。楽園の名前を付けたからと言って、変わることはありません。むしろ大人であるならばきちんと子供たちに教えなければなりません。その楽園こそ、原罪が始まった場所だ、と。真の楽園こそ憎悪、怒り、嫌悪、苦痛、悔恨——そういったもので溢れかえっているのだと」

「ベアトリーチェ」先生は彼女の演説を切るように言った。「あなたは生徒たちと、私を侮辱した。そして教えを、学びを侮辱した。私は大人としてあなたを絶対に許すことができない」

 

 先生の言葉にベアトリーチェは据えた目をした。

 

「それは宣戦布告と受け取っても? いいでしょう、バシリカでお待ちしております。そこで決着をつけましょう……ここまでたどり着けるなら、ですが。さあ先生、不可解なものよ。黒服はあなたを仲間と認識し、互いに競い合える存在として、マエストロはあなたを理解者として認識し、高め合える存在として、ゴルコンダはあなたをメタファーとして認識し、互いを通じて完成する存在として、そして私はあなたを敵対者として認識し、互いに反発しあう存在と信じています。あなたは私の敵です。始末してください」

 

 演説が終わったかと思いきや、急にベアトリーチェの通信は切られユスティナ聖徒会が動き出した。何とか先生を機体の後ろに匿うことは出来た。代わりにサオリたちが前に出て応戦してくれた。この対応の速さ、前もって準備していたらしい。一歩遅れたが私もすぐに応戦した。しかし、ユスティナ聖徒会の強みはその数にあるという。幽霊だとかなんだかのせいで、彼女たちの数は無尽蔵だ。加えて、ここは敵の本拠地。もしかしたら終わりのない戦いを求められるかもしれない。

 

 しかし、その心配は早々に無くなった。と言うよりも別のものが現れたというのが正しい。一点に攻撃を集中し、包囲を突破しようとしていると、私たちがやってきた方向のユスティナ聖徒会が、突然多数消滅した。その現象に敵も味方も一瞬攻撃の手が止まる。そこにいたのは聖園ミカであった。しかし、手を止めたのは一瞬だ。ミカはユスティナ聖徒会の攻撃の合間を縫って、私たちに攻撃した。先生の言葉もあって、すぐにミカも敵であると理解した。

 

 三つ巴の戦いに戦場は混乱した。しかし、若干ユスティナ聖徒会に対して共闘気味になった。おかげで、ユスティナ聖徒会はすぐに全滅し、スクワッド・私対ミカの構図に変わった。こちらは人数有利である上に、先生と私がいる。以前ミカは私と戦い負けている。ルビコン神拳を受け止めるという信じられない業を見せてくれた彼女であるが、そも、その戦いも負けている。つまり私と対峙した時点でミカの負けは決定しているのだ。

 

 わずか数分後、私の手の中で無駄にもがくミカの姿があった。

 

「ああもう。またこうなるの?」

「ここまで追いかけてきたのか」

「久しぶり……てほどでもないね、サオリ。どうやったら先生が指揮するスクワッドに勝てるか考えたんだけど何にも思い浮かばなかった。だからとりあえずぶつかってみたんだけど、やっぱり強いね先生は。それにレイヴンもいるんじゃ、私なんて手も足も出ないじゃんね……いてて、ちょっと力弱めてくれない? 痛いんだけど。できれば降ろしてくれると嬉しいな。大丈夫だって、こんな状況じゃ抵抗したって無駄でしょ」

 

 私はミカの言う通り、地面に下した。左手を緩めた瞬間、ミカは無理やり私の手を押しのけ、私の元から離れて銃口を向けた。そして私に向けて笑って見せた。まだ、諦めていなかったらしい。

 

「ミカ、やめて! 今は争ってる場合じゃ!」

 

 先生はミカに訴えかけた。しかしミカはその言葉に首を横へ振った。

 

「ごめんね先生。私ってば悪い子だから。先生が今どういう状況にいるかは理解してるけど、その言葉には従えない。私は先生を何度も裏切って来たし……今更一回二回増えたって変わらない、うん」ミカは自身に言い聞かせるようにそう言った。

「どうする?」

「せ、先生」

 

 スクワッドは先生に判断をゆだねた。先生は少し考えてから息を一つ吐いた。

 

「しょうがない。とりあえず、ミカにお灸を添えよう」

「あれ? もしかして私が怒られる感じ? 全く嫌われ者は損ばかりするんだから」

 

 果たして自ら嫌われ役を演じていることは自覚しているのだろうか。先生の置かれている状況を理解した上で邪魔をしているなら怒られて当然だろうに。そも、なぜこんな状況になっている。なぜミカは先生に敵対しているのだ。そんな疑問は今、聞ける状況にない。

 

『制圧ってことでいいんだよね。捕らえる必要は無いってことでいいね?』

「うん。しょうがない」

「いいね、丁度私もムカついて来たところだったんだ」

「わ、わかりました。戦闘に入ります」

 

 ミサキはランチャーを担ぎ、ヒヨリは排莢を行った。サオリは静かに銃を構える。私もハンドガンを構えた。

 

「先生相手に勝てると思わないけど、やるしかない。私はやるしかないの」

 

 ミカの目もまた据わった。




書いている途中で、不意にロイヤルブラッドをロイヤルブレッドと書き間違えてしまったんですが、途端にベアトリーチェがパンを求めてる人になっちゃって一人で爆笑してました。

ミカは本当に困ったお姫様ですね。
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