制圧となると、案外手こずった。スクワッドと共闘のため、誤射には十分気を付ける必要があった。AC基準では交戦距離が近すぎる。そのため、ハンドガンであっても味方を巻き込む可能性があった。サオリたちが死闘を繰り広げる中、私は構えるばかりで撃つタイミングを計りかねていた。そんなものだから当然、光の大剣も使えるはずがない。
先生の指揮があってもミカはよく耐える。戦闘が思ったよりも長引いているのは別に理由があった。サオリの体調がまだ本調子でない。前衛であるサオリが後衛であるミサキたちを守るのに精いっぱいなのだ。その事に気づくのが少し遅れた。
サオリの体調に気づいた私は、半ば無理やりサオリの前に出た。こんな状況で言葉のやり取りは出来ない。突然のことでサオリは理解が及ばないだろうが、察してほしい。
私にはチーム戦などできない。共闘をやったことはあれど、客観的に見ればひとりで戦っているのと変わりなかった。だから今回も自分のことだけを考える。ミサキとヒヨリは遠距離武器だし、合わせられるだろう、多分。
ハンドガンや肩武器は銃口を見せるだけで十分だ。ミカの動きが一瞬でも鈍ればいい。そうすれば、パルスブレードが当たる。
『着☆剣!』
渾身のブレードは見事ミカの脇腹を捉えた。ミカはブレードに押され、側の建物に激突した。切れないんじゃまるで打撃武器だ。建物に突っ込んだミカに追い打ちするように、ミサキとヒヨリは撃った。
煙立ち込める建物に、私たちは一瞬制圧できたと思った。しかし、その煙を切るようにミカは飛び出した。私はすかさずハンドガンで迎撃した。しかしミカは服装からは想像できないほど軽快な動きで弾を避ける。そして迂闊にも私の前で飛んだ。腕を足場にして飛び越えようと思ったのだろう。良かった。いくら何でも戦闘に関してそこまで頭がいいわけでは無かった。ACはでかいが、動きは鈍重でない。飛んでも反応は出来る。
私は銃口をミカに向けた。空中では避けられまい。ミカの銃口を睨む目つきを見るのもそこそこに、私は躊躇なく引き金を引いた。ミカは大きくのけ反り、その場に落ちた。銃弾をまともに食らったんだ。動けはしないだろう。ただヘイローがまだ浮かんでいるのは信じられないな。
「や、やりました?」
「やっと制圧できた」
「んん……痛ったー。だめ、もう動けない」
そう言いながらもミカは上体を起こした。
『なんで生きてんだ』
「やっぱ、レイヴンに勝とうだなんて無謀だったな」
「ミカ、セイアは多分大丈夫だ。だからトリニティに戻って。これ以上傷ついてほしくない」
「先生……ごめんね。私ったらいつもこう。私には問題児は……先生に何度も迷惑かける問題児は……先生の側にいられないって、分かってる。でも、私には、わたしには」そうしてミカはその場で膝をついた。体が震えだし、流れる涙を腕で受け止める。「私にはもう帰る場所が無いの。私はトリニティの裏切り者で、皆の敵で……セイアちゃんを何度も傷つけた魔女だから……もうナギちゃんにも、大切な人にも、二度と会えなくなる……生徒じゃ無くなったら、先生も私に会ってくれないよ。私にはこれ以上、幸せが訪れないのも分かってる。わ、私は、悪党だから、殺人犯だから……なのにあなたはどうして!?」
ミカは突然顔を上げた。涙と土で汚れた顔はサオリたちを見ている。
「私は大切なものを失ったのに! 全部奪われたのに! あなたたちはどうして?」ミカの訴えにサオリたちは何も言わない。「あなた達がなんの代償も払わずに、何も奪われないでいるなんて……そんなの、そんなこと許したら、私は何者でもなくなってしまう。私は……どうしたらいいの。スクワッドを、サオリをそのままにしておけない。その女が、なんの代償もなく先生の庇護を受けるなんてダメ。だから先生、止めないでね」
ミカは立ち上がった。まさかそんなボロボロの状態でもう一戦交える気か。正気の沙汰じゃない。しかし向かってくる以上、私は応戦しなければならない。私が臨戦態勢に入ると、ミカは私と戦うでもなく、踵を返して路地に消えてしまった。
「行ってしまいました?」
「何なのあの女」
ミサキの言葉には同感だ。今のミカは良く分からない。私が状況をうまく理解できてないのもあるかもしれないが、とにかくミカの言い分が分からない。なんの代償も払っていない? サオリたちは今までに十分すぎるほど代償を払っているし、今もとても大きな代償を払わせられようとしている。一方でミカはどうだ。私には自業自得としか言えない。確か元はアリウスとの和解だったか。それは素晴らしいことであるが、さも全て自分が被害者であるように振舞うのはいただけない。今はどうしてもミカの味方にはなれそうにない。
「ミカ……そんなに私が憎いのか」
『今のミカは何でも憎いでしょ。ちょっとだけ先生に助けられたサオリが、まるで全て救われたように見えてるんだ。今のミカには何言っても無駄だと思うよ』
「レイヴンの言う通りだよ。リーダー、あの女また追いかけてきそうだよ。このままバシリカに突入するのは危険かも。アリウスに聖徒会、それにストーカー……相手しきれないよ」
「このまま地下回廊を目指して、バシリカに突入する。彼女が何を企んでようが、時間が無い。行くぞ」
サオリは先行していった。ヒヨリとミサキもそれに続く。
『先生?』
私はミカが逃げた路地を見つめる先生に声をかけた。先生は「ごめん、行こう」と言ってサオリを追いかけた。あんな状態でもミカを手放しに心配できるとは、よっぽどのお人よしだ。今の先生に私の考えは聞かせられない。先生だけに異様にお人好しな私は、先生を落ち込ませるようなことが言えなかった。でも何か言っておきたいと思った私は、考えに考え、先ほどのベアトリーチェとの会話のことを話した。
『ねえ先生、気づいた?』
「何を?」
『ベアトリーチェ、私と普通に会話できてた』
「それが何か?」
『だって、私声で会話してないのに、スマホが無いと会話できないのに、先生はベアトリーチェにスマホの画面なんか見せてないよね』
「そういえば、そうだね」
『なんか普通に私の思考を読み取って来たってことになるんだけど。化け物じゃん。化け物に人間の考えなんて理解できないって』
「あはは、確かに言えてるかもね。うん、ベアトリーチェは僕の敵だ。彼女からアツコを取り返さないと。今はそれに集中しないとね、ありがとう」
いささか不自然な会話の運び方だった気もするが、先生が元気になってくれたのならそれでいい。サオリに催促されてしまったので私たちは急いで彼女を追いかけた。
「こっちだ」
サオリが案内したのは、随分と年季の入った建物だ。下手したらトリニティの校舎よりも造りが古いんじゃなかろうか。その割にはきれいに残っていると思うが、所々崩れている部分が見受けられた。
「ここがアリウスの、昔の校舎」
「中に入ったの初めてです」
「ここは廃墟と言うより、もはや遺跡だからね」
「む、昔はここで勉強していたんですよね。い、一体どんなことを学んでいたのでしょう?」
「さあね。覚えてる人はもういないだろうね」
「行くぞ。回廊は地下にある」
当然だが旧校舎には人間用の入口しかなかった。私がサポートできるのもここまでかと思ったが、幸いにして、一部天井が崩れている部分があった。そこから中に入ると、入り口の割には随分と広さがある内装だった。流石に少々動きにくいが、十分ACでも動き回れる大きさだ。
中で先生たちと合流し、私が周りを警戒している中で旧校舎を探索していると、ヒヨリが声を上げた。
「あ、ありました!」
ヒヨリの元に集まると、そこには大きな椅子に隠されていたらしい階段があった。先は暗く、何も見えない。サオリが早速階段を降りようとすると、ミサキがそれを止めた。
「待って。リーダーの言葉通り、この階段がバシリカまで一直線につながってるなら、この地形は危ない」
「待ち伏せの可能性なら考えている。一直線の地形ならむしろ——」
「違う、聖園ミカの話。私がミカならどうするか、考えたの。彼女にとって一番の障害は、先生とレイヴン。先生は怪我をさせたくないし、指揮も厄介。レイヴンはどう戦ったって勝てない。私が彼女ならきっと——」
その時、地響きが聞こえた。全員が辺りを見渡し何事かと身構える。
「き、気を付けてください! 後ろから柱が!」
ヒヨリの言葉に振り返ると、まさに建物の柱が落ちようとしていた。他人を考える余裕は無かった。各々が自分最優先で避けた。
埃と土煙で一瞬視界が塞がった。それはすぐに収まり、他の人たちの姿も見えた。
「くっ、先生大丈夫?」
「うん、何とか」
「よ、良かったです。急に柱が倒れてくるなんて」
『みんな無事みたい?』
先生、ミサキ、ヒヨリの声が聞こえたので、全員無事だと私は思った。
「あ、あれ? り、リーダーの姿が見えません!」
「本当だ。リーダー、どこ?」
ヒヨリに言われて初めて気づいた。確かにサオリの姿が見えない。一瞬、柱に潰されたんじゃないかと嫌な想像をした。しかし、すぐにどこからかサオリの声が聞こえた。
「ここだ、反対側にいる」
サオリがいるのはどうやら瓦礫の反対側の様だ。さらに運の悪いことに、廊下の近くにいたせいか、サオリはそちらの方へ逃げてしまったらしい。倒れてきた柱によって分断され、さらに廊下は天井が低くなっているので、ACで跨ぐこともできない。
「瓦礫でよく見えない。怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ」
「待っててください。柱を退かしてみます」
『私も手伝うよ』
ヒヨリが柱の残骸に手をかけたので、私もそれを手伝った。しかしその瞬間、また柱がこちらへ倒れてきた。それも何本も。
「あ、ああ! まだ倒れてくるんですか!?」
ヒヨリは荷物を背負ったままで、瞬時に動けなかった。なので私が無理やりにヒヨリを残骸から引き離した。倒れてきた柱は全て、廊下の入口を塞いでしまった。経年劣化のせいか、原型をとどめずに山のように積み重なっていた。
「駄目だ。完全に塞がれてる」
「ど、どうしましょう! リーダーは無事ですか!?」
「こっちで合流できるか探してみる。リーダーもそっちから探してみてくれない?」
「いや、それは出来なさそうだ」
瓦礫の向こうからくぐもった返答が聞こえた。そしてさらに、もう一人分の声が聞こえる。
「良かった、先生に当たってたらどうしようと思ったよ。念のため威力を下げててよかった。それにレイヴンとも寸断できたのは幸運だったね」
「ミカ! やめて!」
瓦礫の奥から聞こえてきたのはミカの声だった。あれから直ぐにまた追いかけてきたのか。いや、それとも先回りして柱に爆弾か何かでも括り付けていたのか。だがしかし、今はそんなことを考えている余裕はない。すぐにサオリと合流しなければ。今のミカはサオリを殺しかねない。
「来るな! 先生! もう時間が無い! 姫を頼む!」
その言葉に先生は動きを止めた。その横からミサキが語り掛ける。
「リーダーの言う通りだよ。もう時間が無い。あるかも分からない道を探している時間は無い。それにリーダーのいる場所にたどり着いても、もう手遅れだよ。今のリーダーがミカに一人で勝てるか分からない。先生、私たちの目的を思い出して」
「僕たちの目的は、アツコを救い出すこと……」
『夜明けまで多分一時間も無い。急いだほうがいいと思うよ』
「でもかといってサオリを放置するわけには」
「先生、あの女は自分のやってることを理解しているみたいだけど、先生はあの女を説得できるの?」
『安心して、私はどうせ地下に行けないから、ここで瓦礫を退かす。先生が戻ってくるまでには救出しておくから』
「最終判断は先生に任せるよ」
先生がどう判断しようが私の仕事は変わらない。私は一足先に瓦礫の撤去作業に移った。本当は『光の大剣』で全部ぶっ飛ばしたいが、サオリごとぶっ飛ばしそうなのでちまちま手で瓦礫を退かす。
先生たちが駆ける音が聞こえた。選択をしたらしい。私は振り返らずに撤去作業に集中した。倒れてきた柱はなかなか多かった。だが、入り口全体が塞がっていれど、上の部分は壁が薄い。一つ二つ瓦礫を退かせば簡単に穴が開く。その穴からはミカとサオリの話し声が聞こえてきた。
「レイヴンが合流する前に早く片付けないと」
「ああ、そうだな。こんなところで猟犬の手を煩わせるわけにはいかない」
猟犬とは誰のことだろう。自分だろうか。他人から猟犬と言われるとなんだか嬉しい、認められた気分だ。思わず口角が上がりながら作業をしていると、爆発の音が聞こえた。それからさらにもう一つ爆音が聞こえる。戦闘が始まったらしい。
「ミカ、私はお前の憎悪に応じよう」
「うん、これなら……これってサーモバリック手りゅう弾でしょ? ちゃんと数、用意してる?」
激しい銃撃戦の音が聞こえる。恐れていた事態が起きた。今のサオリがミカとタイマンで戦っても勝てないだろう。いち早く合流する必要がある。かといって廊下がこの天井の低さじゃ、私は中に入れなさそうだ。ここから支援攻撃をするしかない。ドローンを持ってくればよかったな。
見た目よりもずっと量の多い瓦礫に悪戦苦闘している時、ふと銃撃の音が無くなっていることに気づいた。決着がついたのだろうか。サオリが無事ならいいが。
さらに瓦礫を退かして、ようやく中の様子が見られる程度に撤去できた。できた隙間に手をかけ、無理やり引き抜くと、これまでの苦労が何だったのかと言えるほどに瓦礫が崩れていく。中を見ると、サオリは壁にもたれ掛け、ミカはサオリの前で銃を構えている。まずいと思った私は、ハンドガンだけでも無理やりねじ込んだ。
「やめろ、レイヴン!」
サオリの叫びが聞こえた。私はその言葉に従い、ハンドガンをひっこめた。そして代わりに穴を覗いた。サオリは壁にもたれたまま、私の方を向き「話を、させてくれ」と言った。そしてミカと向き直った。
「アズサは、もともとスパイとして選んだわけじゃない」
「え?」
「あの子は……和解の象徴になる予定だった」
戦闘ができて、マイナー兵器を知ってて……ミカって本当にお姫様ですか?サーモバリック弾とか一体どこで知ったんでしょう。まさか学校? トリニティって結構武闘派なんですね。