「サオリ、ちゃん?」
「アツコ!」
「姫」
「姫ちゃん、気づいたんですね!?」
「サオリ、ミサキ、ヒヨリ、皆おはよう」
アツコが皆にそういうと、サオリはアツコを抱きしめた。そしてもう一度アツコの名前を呼んだ。
「さ、サオリ?」
「良かった……本当に良かった」
「う、うん?」
アツコはいまいち状況を理解できていないようだ。
「アツコ……生きてくれてありがとう、本当にありがとう」
「うん」
サオリの肩が震えている。さっきの言葉も、最後の方は震えていた。
「サオリ、泣かないで。私は大丈夫だから」
アツコがこちらを向いた。私と先生を見て、僅かに目を見開いたのが分かった。
「先生とあのロボットさんが手伝ってくれたんだね」
「ああ、そうだ。これでもう、大丈夫なんだな」
「うん、きっと大丈夫。全部終わったんだよ」
そう言って、アツコはサオリを抱きしめた。
「く、ぐぅ」
折角の感動的な場面に水を差す声が聞こえた。ベアトリーチェは三分割されても、頭に銃弾を受けても未だ息があった。私は再度とどめを刺そうとしたが、先生がそれを止めた。
「もう終わりだよ。ベアトリーチェ」
「よくも……わ、私はまだ……まだ! たかだか儀式を中断できただけで図に乗らないでください! 私にはまだバルバラもバシリカの兵もいます! 複製の能力だって残っています!」
その図体のどこに口があるのかはわからない。この期に及んでまるで負け惜しみのように言う様は、もはや滑稽だ。負け犬の遠吠えと言う慣用句が実によく合うと思う。
「一度の勝利で終わるなど——」
「いいえ、このお話はここで終わりです」
その声はあまりにも突然だった。そのせいだろうか、私はその異質な存在に、声を聞いて初めて気づいた。まるで最初からそこにいたかのようだ。
「ゴルコンダ!」
ゴルコンダと呼ばれるその存在は、茶色いコートを羽織り、手足は黒かった。頭は無く、首からは黒い煙が上がっている。片手には杖を、もう片手には写真を持っている。その写真は白黒で、帽子をかぶった顔の無い頭、もしくは後姿が映っていた。私はその写真を遺影だと思い、単純にその写真の主をゴルコンダだと思った。
驚いているのは勿論私だけでは無かった。先生もまた後ずさり、警戒の姿勢を見せている。そんな先生に、ゴルコンダは気さくに話しかけた。
「ああ、落ち着いてください。驚かせてしまったのなら申し訳ありません。私はゲマトリアのゴルコンダ……挨拶は省略しましょう。もしかしたら私たちは以前、出会っているかもしれませんから」
私は先生を見たが、先生は何の反応も見せなかった。ゴルコンダの言葉の意味は、私には分からなかった。
「私は戦いに来たのではありません。マダムを回収しに来たのです」
「私を!?」
「それに戦闘で勝てる自信もありません。ゲマトリアが皆マダムみたいに怪物になれるわけではないのです。怪物になったとしてもそこのロボットに一蹴されるのがオチでしょう」ゴルコンダの体は私たちから、ベアトリーチェへと向いた。「さあマダム、これで先生はあなたの敵対者ではないと証明されました。これはあなたの物語ではないのです。あなたが起こした事件、葛藤、過程の数々……それらは知らずとも良いものに格下げられました。あなたは主人公どころか……敵対者でもない。ただの舞台装置だったのです」
「く……ぐぅ!」
「先生」ゴルコンダの体は再び先生に向いた。「あなたが介入すると、全ての概念が変わってしまいます。元々この物語の結末はこうではなかったのです。友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語? 私が望んだのはもっと文学的なテクストだったのですが……ああそれと、レイヴンさん。あなたの存在もまた異質です。あなたが介入したせいで、ただでさえ変わってしまう概念が更に変わってしまう。厳密にいえば簡略化されてしまうのです。あなたが居なくてもこの結末は変わらなかった。しかしあなたが介入したせいでこの物語は簡略化された。せめてマダムとの戦闘も、もっと文学的なテクストが用意されたでしょう」
私と先生はその言葉に何の返答も行わなかった。そんな私たちの態度にゴルコンダはすぐに謝罪した。
「ふむ……申し訳ありません。ご気分を害されてしまったようですね。それでは、私はマダムを連れて帰ります。ほらマダム、起きてください」
ゴルコンダは持っていた杖でベアトリーチェの頭を小突いた。自分でやっておいて何だが、三分割された相手に起きろとは、理不尽な要求をするものだ。しかしベアトリーチェは頭だけの状態から、その花開いた頭を閉じると、細かった体がみるみる太くなっていった。そしてものの数秒で上半身を戻してしまった。あそこまで見せられると本当に化け物だ。しかし私に切り落とされた片腕や下半身は戻っていなかった。
ゴルコンダは中途半端に戻ったベアトリーチェの襟元を掴むと、そのまま引きずった。おおよそ生き物を扱っているとは思えない、持ちずらい物を無理やり引っ張っているような運び方だった。
「待って!」
先生はゴルコンダを呼び止めた。その声に彼は立ち止まり、先生へ振り向いた。
「もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか? どうかそのような判断はなさらないでください、先生。例えば……私は様々な道具を作成できます。あなたが持っているヘイローを破壊する爆弾も私の作品です。ああ……安心してください。ここで爆発させる気はありません。あなたには効果が無い上に、その実験は結局失敗の様でしたから。その爆弾が実際にヘイローを破壊できるかどうか、一度も確認することができませんでした。私の計画は断じてそうではなかったのですが……まあとにかく、それは廃棄する予定です。ですからマダム、実験は失敗です。帰りますよ」
「ゴルコンダ!」
ベアトリーチェは忌々しく名前を呼んだが、片腕と下半身を失い、襟首をつかまれている彼女には何もできなかった。私たちは姿が見えなくなるまで、ゴルコンダと彼に引きずられるベアトリーチェを眺めていた。
先生は振り返った。私もそれに合わせて振り返った。サオリたちはすでに再開の挨拶を終えていた様だ。
「皆、大丈夫?」
「うん、辛うじて」
「も、もう本当に大丈夫なんですよね」
「ベアトリーチェは?」
「逃げたよ」
「逃げた?」
「でも、もう二度とみんなを傷つけることは無いはずだよ」
先生はそういうものの、サオリたちの顔は晴れなかった。散々苦しめてきた相手が逃げたことに思う所があるのだろう。相手が生きている以上、また接触してくる可能性を捨てきれずにいるのだろう。
アツコが私たちに近づいて来た。
「先生、私たちを助けてくれてありがとう。レイヴンも」
『先生の頼みだったから、仕方が無かったんだ。まあ結果的にうまく行って良かったよ』
「もうマスクは付けなくていいの?」
「うん大丈夫。なんでマダムが私にマスクをつけさせてたのか分からなかったけど、アズサの爆弾に巻き込まれたときに、私の体を保護してくれた装置があって、多分それを起動させるのに必要だったんだと思う。結局マダムは私を守るためにあのマスクをつけさせたんだろうね」
「それじゃ、これからもマスクはつけておこうか。アツコが傷つくと悲しむ人がいるから」
果たしてそれは冗談のつもりで言ったのだろうか。だとしたら微妙に笑えない冗談だ。もし本気で言ったとしたなら……まあ確かに、身を守ってくれるのならマスクは有用性が高いだろう。
「そうだね、これからも時々つけるようにする」
どうやらアツコはまじめに受け取ったらしい。いや、微笑を浮かべていたし半分冗談で言ったのかもしれない。
「先生」
サオリが呼んだ。私は一瞬サオリが先生に苦言を呈すのかと思ったが、次に話した言葉は全く違うものだった。
「約束通り、姫を救ったから好きにしてくれ」
「好きに?」
「エデン条約も、セイア襲撃も、姫のことも、ミサキやヒヨリも全部私のせいだ。連邦生徒会でも、トリニティでも、矯正局でも、先生の好きな場所に送ってくれ」
「リーダー!?」
「一体何を!?」
「ふ、ふざけないで、一人だけそんな」
「いいんだ、これは私が背負うべきものだ。お前たちに背負わせるものじゃない」
レーダーに何か赤い点がある。これは何だろうと私はその方向を向いた。向いたところで何もいないが、強いて言うならバルバラや私と一緒に落ちてきた瓦礫がある。まさかとは思うが、あれだけやってまだ死んでいないわけでは無かろうな。
私はそれを確かめるべく、その場を動いた。
「レイヴン? どこへ」
先生が当然の質問をした。私は『気にしないで、話を続けてて』と言った。私が瓦礫の前に立つと、僅かに瓦礫のてっぺんが揺れ動いた。バルバラがまだ生きていると確信した私は、その動いている瓦礫を退かした。やはりバルバラは生きていた。瓦礫が退かされたことで立ち上がろうとした。私はそれを許さなかった。上体を起こす前に足で踏みつけた。
『お前まだ生きてるのか。本当にしぶといな。そんなボロボロになってまで生きたい? ああ、それは私も一緒か』
途端にバルバラが自分と重なった。マスクのガラスにはひびが入っているし、服もボロボロだ。生き物かどうか怪しいからか血は流していない。脳を焼かれて、全身に傷を負っている私とどこかそっくりだ。だからと言って同情は出来ない。こいつを殺さないと先生が死んでしまう。
私はバルバラを踏みつけた。足を上げて踏みつけた。何度も踏みつけた、何度も、何度も、何度も。痛めつける趣味は無い。気分が乗れば遊ぶ癖はあるが、こいつに対してはうんざりしたという感想以外ない。ただこれぐらいで死ぬかなと思っただけだ。流石にここまでボロボロになっても踏みつけた程度で死にはしなかった。私はブレードでバルバラを突き刺した。なかなか貫けなかったが力の限り押し付けた。すると刃が進んだ感覚がした。ようやくブレードが貫通した。そしてバルバラもやっと消滅した。
私は先生の元に戻った。
「じゃあここでお別れだよ」
「待ってくれ先生!」
「まだ助けが必要な生徒がいるんだ」
丁度良く先生の方でも話が付いたようだ。先生は私に近づいた。
『話は終わった?』
「レイヴンも用事は終わったかな?」
『うん』
「それじゃあ急いでミカの所へ向かおう」
『サオリたちはいいの?』
「ああ、きっともう大丈夫だ」
『そう。まあ先生がそう言うなら』
私は先生を掌に載せると、天井に空いた穴へ飛んだ。
地上へ上がると、すでに日はそこそこ登っている。夜明けはとっくに過ぎていた。私はミカが走っていった廊下の前に先生を下した。
『ミカはこの先にいるはず。私は何とか向こう側に行ける穴を探すから』
「分かった」
先生はそれだけ言って、廊下を走っていった。先生を見送った私は、壁に空いた穴から外に出た。するとすぐに私は朝日に照らされた。今までずっと暗い印象を受けていたアリウス自治区だったが、それはただ深夜に行動していたせいで、こうして明るい場所で見るといたって普通の街に見える。多少は寂れているのかもしれない。
感動するのもそこそこに、私はミカの元まで行ける道を探した。まずは直接的に行けないか、天井の穴を探してみたが、都合のいい穴は開いてなかった。地面に下りてみたが、もちろん壁にも穴は無い。仕方がないので、穴をあけることにした。まああと一つぐらいなら開けても崩れはしないだろう。となると、ミカがいる場所に見当をつけなければならない。
まずは、ミカが走っていった廊下を外から探ってみた。教会的な作りのせいか、廊下に窓は無かった。そもそもミカがいる部屋が何処なのか分からない。そういえば、ちょっと前に覗いたとき、廊下の先で聖徒会たちがどこかへ向かっていたのを見た。多分あれはミカを追いかけていたのだろうし、だとしたら私がいた部屋と対照的な位置に違いない。
私は早速、校舎の端っこに来た。恐らくここだろう。私はブレードで建物をバツ印に切った。それからその真ん中をハンドガンで殴った。すると壁は容易に崩れ、中の様子が見えた。
そこには一機のACがいた。タンク型で両腕両肩にガトリングを背負っている。両肩のガトリングは私の知らないものだ。その周りを聖徒会たちが取り囲んでいた。
私の思考は一瞬止まった。いるはずのない存在を見たからだ。しかしその情報を処理する前にACは四基のガトリングを起動させた。バルバラの時とは比べ物にならないほどの轟音が響いた。私は咄嗟に距離を取ったが、そのACが攻撃したのは、私ではなく聖徒会であった。大量にいた聖徒会はガトリングの掃射によりあっという間に全滅した。
私は終始、ACが聖徒会を掃射するのを眺めていた。私はACの所作一つ一つを観察していた。首を振って敵を確認している姿。一人一人正確に照準している様子。ガトリングの銃身が回る様子や、薬莢が落ちるところなど、細かい部分まで観察した。それは決して私が歴戦の傭兵が故の観察眼を発動したわけでは無い。それ以外に何もできなかったからだ。それ以外の行動をするほど時間がかからなかったからだ。
敵を全滅させたACは私に近づいた。私は残弾の少ないハンドガンを向けた。しかしACは少し私に近づいてその場で百八十度回転した。その際に、一瞬先生とミカの姿が見えた。
『突然申し訳ない。私はレイヴン。あなたと普段接しているレイヴンとはまた別の存在』
私のスマホにはそのように表示された。つまり、私の目の前にいるACはエデン条約の際に出会った彼女であるという事だ。なぜ彼女がここにいる。なぜACがここにいる。なぜ彼女は先生に話しかけているのに、私のスマホに表示されている。
最後の疑問だけは自分の中ですぐに回答が思い浮かんだ。彼女は私のスマホを通して先生と会話している。
「もしかして君が? レイヴンから話は聞いたことがあるよ」
先生は意外にも冷静に会話を始めた。
『あなたの力を利用させてもらった。勝手に使ってしまってごめんなさい。もしかしたらまた会えるかもしれないし、もう会えないかもしれない。でも、もしまた会ったらよろしく。もう時間が無いからお話はここまで。レイヴンをよろしくね』
ほぼ一方的なメッセージを残し、目の前のACは全て赤い粒子状となって消えた。
四基ガトリングは浪漫……! 使えるかは……個人の腕次第ですね。因みに私には扱えませんでした。
賽投げレイヴンのACは、アセン適当なんでガトリングとタンク以外何も決めてません。なので皆さんの自由なアセンで呼んでいただけたら幸いです。