私は状況を把握できずにいた。なぜアリスは私に銃口を向けている。なぜアリスは突然別人のようになった。なぜアリスはあのロボットを知っていると言った。あのロボットは一体何だった。何一つとして理解できない。短期間に大量の情報を持ち、その情報を何一つ処理していなかった私は、光の剣から発せられようとしている光を前に、動くことができなかった。ただ一つ、死ぬ、とだけ思った。先生の私を呼ぶ声が遠く感じた。視界の隅が円状にぼやけてきた。
「アリスちゃん!」
その声と同時に、一発の弾丸が私とアリスの間を通った。光が収まり、アリスは撃った主の方を向いた。私もそちらの方を向くと、ミドリが目を見開き、肩を大きく揺らした状態で銃を構えていた。その銃口からは細い硝煙が昇っていた。
アリスは直ちに標的を変えた。ミドリたちのいる方向に光の剣を向け、そのまま撃とうとした。相手がアリスであるがために、誰も彼女を撃って無力化しようとはしなかった。その場にいた全員が先生に逃げるよう言った。ミドリはアリスがレールガンを発砲する直前まで、彼女を止めようと名を呼んでいた。光の剣から閃光が溢れ、眩い光に部室全体が飲み込まれる寸前、モモイがミドリの腕をつかんだのが見えた。
光と轟音が私に入ってくる情報を全て閉ざしてしまった。そして再び視界に収まったのは、ほとんど更地になってしまったヴェリタスの部室だった。もはやさっきの光で廃墟にワープでもしたんじゃないかと思うほどに変わり果てた。
先生たちは無事であった。ミドリやユズも、ヴェリタスの三人も立っていた。
「ゲホッゲホッ」
「い、一体何が起こってるの!?」
「突然眠っていたロボットが起動、そして突然我々に攻撃をしてきました」
「その攻撃を行ったのが」
「有機体の生存反応を確認。失敗を確認しました」
アリスは淡々と言った。それは誰かに報告しているのか、独り言なのかもわからなかった。言葉に全く感情が無かった。それはまるで機械の様だった。
「アリス!」
「アリスちゃん!?」
「プロトコルを再実行します。武装のリロードを開始」
その声と同時に仰々しい音が聞こえだした。
「またレールガンの充電を始めました!」
「早くアリスを止めないと、ごめん皆お願い!」
「アリスちゃん、ごめん!」
マキがアリスに向かってタックルを仕掛けた。アリスは何の抵抗もなくマキのタックルを喰らい、尻餅をついて光の剣を落とした。
「妨害を確認。リロードを失敗しました」
「やった! 止まった!」
「妨害要素を排除します」
「へ?」
アリスはすんなり立ち、マキの前に立った。マキは動こうとしなかった。
「マキ! 危ない!」
ハレが叫んで警告したが、結局マキは動くことなく、ゆっくりと近づいたアリスからみぞおち部分に拳を入れられた。マキはそのままうつ伏せに倒れた。
「マキ!」
コハルが叫んだが、マキは動かなかった。幸いヘイローは消えてなかった。
「プロトコルを再実行します。武装のリロードを開始」
「あ、ああ」
「アリスちゃん……一体どうしちゃったの!?」
アリスは落とした光の剣を持ち、再充電を行った。マキの惨状を見て再び止めようとする者はいなかった。私もまたその場で見ていることしかできなかった。
再充電を終えたアリスは、迷うことなく先生たちに銃口を向けた。そして――
「発――」
「そこまでだ、チビ」
その声はまた突然で、声の主が姿を現すのも突然だった。アリスの背後に立つと、両腕で首を絞めた。アリスは抵抗しようとしたが、光の剣が邪魔で思うように抵抗ができなかった。やがてアリスは抵抗しなくなり、両手を力なく下した。ヘイローが消えている。意識を失った。
「ここで寝ていろ」
彼女はアリスを床に寝かした。するとアリスを守ろうとしてなのか、多数のロボットが近づいて来た。
「はあ、全く……ここにもいやがるのか。おい、さっさと片付けるぞ」
「はーい部長」
「支援する」
「ええ、後方支援はお任せください」
彼女が呼ぶと更に三人やって来た。私はその中の一人に見覚えがあった。対物ライフルを持ったメイド、確か先生たちがセミナーのタワーに進入した時に彼女の足止めを行った。という事はこの四人はメイド部か。そういやあの目つきの悪い低身長の彼女とも、少しだけ戦った記憶があった。
彼女たちは淡々とロボットを処理した。一つの被弾も無く、時間をかけることなく、この場にいた全てのロボットを処理した。
「よし! 終わり!」
「作戦終了」
「お疲れさまでした」
「んで、先生これでいいか?」
全てのロボットを処理したネルは先生の元に行き、そういった。
「ネル、皆! ありがとう」
「これは一体どういうことだ? すっげえ音がしたから向かってみれば、部室がボロボロじゃねえか。それにあのチビの姿は一体」
「ごめん、ちょっと待ってね。皆、大丈夫!?」
先生はネルとの会話よりも、皆の確認を優先した。私は右手を上げて無事を知られた。
「うっ……なんとか」
「うえぇ、内臓が飛び出るかと思った」
「軽口が言えるなら大丈夫ですね」
倒れこんでいたマキも無事に立てたようだ。
私は周りに瓦礫が散乱しているせいで、車椅子で動くことができなかった。何とかして先生たちのほうまで向かいたいのだが、誰かの助けが必要そうだ。
「せ、先生……先生」
ミドリが青い顔をして先生を呼んだ、先生がミドリの方を向くと、ミドリはそのまま先生を引っ張った。その先ではユズがこれまた青い顔をして膝をついている。
「ああ、モモイ……モモイ」
どうやらモモイの名を呼んでいるようだ。確かに周りを見ればモモイだけ姿が見えなかった。
「どうしたのミドリ、ユズ」
「先生、お姉ちゃんが!」
「うん……モモイ!」
先生もすぐに気づいたようで、急いでユズの元に駆け付けた。
「皆、手伝ってくれ! モモイが瓦礫の下敷きに!」
その言葉に全員が駆け寄った。私のいる場所からはモモイが瓦礫の下敷きになっているのかは見えなかったが、皆の焦り様から、本当だと分かった。しばらくして、大きな一枚の瓦礫が退かされた。そしてすぐに先生に抱えられるモモイの姿が見えた。
先生はモモイを抱えて医務室に走った。ミドリとユズも先生を追っていった。そしてようやく私も助けを得て皆の元に戻ることができた。私も先生を追いたかったが、被害は部室だけにはとどまらなかった。レールガンの射線上にあった全てに被害が出ており、廊下にも瓦礫が散乱していた。車椅子では到底抜けることができない。仕方がないので、ヴェリタスと一緒に部室内の生き残ったPC等の整理を手伝った。
それから少しして、先生たちが戻って来た。医務室に向かったはずだが未だ傷だらけのモモイを抱えていた。
「レイヴン、シャーレに戻るよ!」
『な、一体どうしたの。モモイ抱えたままじゃん』
「医務室も被害を受けてて使えない! だから代わりにシャーレの医務室を使う!」
私はすぐに状況を理解した。ミドリとユズもついて行くという。私はミドリに押してもらい、全速力でエンジニア部の部室に向かってもらった。ウタハたちへの挨拶もそこそこに、先生たち四人を乗せて私はシャーレへと飛び立った。
シャーレに戻ると、先生はモモイを抱いて走った。私も少し遅れて先生の後を追った。
医務室に入ると、そこには救護騎士団のセリナの姿があった。いつも先生の近くに潜み、少しでもけがをしようものならどこからともなく現れ治療を施す、ACのレーダーにも映らない不思議な生徒だ。恐らく今回もどこかでこっそり先生を見ていたのだろう、先生が医務室に着くと、すでにセリナが準備をしていたという。
セリナの手によってモモイに応急処置が施された。ストーカーまがい、否、ストーカーであるセリナだが、救護騎士団らしく、その腕は確かだ。彼女が処置をしたのなら大丈夫だろう。だがその日、モモイは目を覚まさなかった。
あの騒動から二日が経った。未だにモモイは目を覚まさない。セリナが様子を見ているらしいが、いつ起きるかは分からないそうだ。
先生はまたオフィスにいなかった。多分地下にいるのだろう。折角なので淹れたコーヒーを手に、私は地下に向かった。地下では先生が誰かと話していた。二日前に見た光景だ。
『先生、コーヒーいる?』
私は先生が通話を終えたタイミングでコーヒーを差し出した。
「レイヴン、ミレニアムに行こう」
『また誰かに呼ばれたの?』
「アリスが部室に引きこもって出てこないらしい。僕も様子を見に行く」
『分かった。とりあえずコーヒー淹れたからそれ飲んでからにしよう』
まあ、私は飲めないので先生の分しか入れてないのだが。先生がコーヒーを処理している間に、私は機体の準備をしておいた。しばらく待っていると、先生が外に出てきた。
ゲーム開発部の部室に向かうと、部屋の前でミドリとユズがドアに向かって語り掛けていた。
「ミドリ、ユズ」
「あ、先生、とレイヴンさんも」
「アリスは?」
「それが……まだ部室から出てこなくて」
「何回も声はかけてるんですが」
「こういう時、どうすればいいか分からなくて」
そう言ってユズは目元に涙を浮かべた。ミドリもまた、暗い顔をしている。先生は腰を下ろして二人と同じ目線になった。
「大丈夫、僕に任せて」
そう言って二人の頭を撫でた。先生はドアの前に立ち、一度深呼吸をした。そしていつもの優しい口調で語りかけた。
「アリス、入ってもいいかな?」
アリスは何も答えなかった。先生がドアノブを回し、押してみると僅かに空いた。鍵はかかってないようだ。
「入るよ」
先生が部室に入った。私も先生の後ろから中に入った。部室の中は暗かった。電気もつけず、カーテンも閉め切っている。アリスは部室の一番奥、窓の下、テレビの横で体操座りをして、顔を埋めていた。
「アリス」
先生の呼びかけに、アリスはようやく顔を上げた。その顔は不安で満ち溢れていた。
「せ、先生」
「ご飯もずっと食べないで籠ってるって聞いたよ。みんな心配してるから、一緒に行こう?」
先生は手を差し出した。しかしアリスはその手を取ろうとはしなかった。折角上げた顔を、また下げてしまった。
「アリスには、できません。アリスは……アリスのせいで……アリスのせいでモモイが怪我をしてしまいました。どうしてあんなことになったのか分かりません。でも……全てアリスがやったことです。まるで、アリスの中に知らないセーブデータが入っているみたいです
「あ」
先生はアリスの言ったことに心当たりがあるようだ。
「アリスの体が反応しました。動きました。あの時何があったのか、記憶はありませんが……それでも一つ、確かなのは、アリスが……アリスが……アリスがモモイを!」
アリスは突然声を荒げた。慌てて先生は落ち着くように慰めた。アリスが部室に閉じこもっている原因がそれらしい。私から見れば、別に怪我をさせたぐらい気にすることは無いと思うが、明確な敵意を持って攻撃したことが一番響いてそうだ。
「先生、アリスは、アリスはどうすれば」
『気にすることは無いよ』
「レイ、ヴン」
『怪我をさせただけじゃん。殺したわけでもない。モモイはちゃんと生きてるし。私の話聞いたでしょ? 私は人を殺しまくった大量殺人犯。それでもアリスは私を怖いと思わなかった。むしろ感謝してたでしょ。じゃあ、モモイだって同じだよ。怪我をさせたぐらいでモモイはアリスのことを何も気にしない。むしろそうして落ち込んでばかりいると、返ってモモイを苦しめるよ。自分が怪我をしたせいでアリスが苦しんでるんだって』
「そんなことはありません。アリスが、アリスが悪いんです」
『そういうものなんだよ。優しい人はいつでも自分が悪いと思い込む。私みたいに人殺してもスンとしてるぐらいがちょうどいいよ』
「そう、なのでしょうか。本当にモモイはアリスを許してくれるのでしょうか」
『モモイがアリスを嫌ってるところを想像できる?』
「できませんね」
「でも、あなたが怪我をさせたのは逃れられない事実よ」
突然知らない声が乱入してきた。私たちは声がした方向を振り向いた。そこにはスーツを着た高身長の女性が立っていた。
「誰!?」
先生でも知らない相手だ。女性が部室に入ってからすぐに、ミドリとユズが慌てて入って来た。
「せ、先生!」
「会長が!」
「ああ……危惧していた通りになってしまったわね」
「会長?」
「あなたが噂のシャーレの先生、そして用心棒のレイヴンね。二人との記録的な出会いがこんな形になってしまったのは極めて残念だわ。私の名前は調月リオ。貴方……そして彼女たちに、真実を教えに来たの」
「調月、リオ?」
「彼女は、ミレニアムの生徒会長です」
「生徒会長!? あの見た目で? 大人じゃないの!?」
「私はまだ高校生よ」
いや、正直無理があると思う。先生ほどもある高身長にスーツまで着て、あとその胸で高校生は絶対無理がある。いや、まあキヴォトスには高校生と言うには無理があるような生徒が沢山いたが。
「か、会長が、い、一体何で、こ、ここに」
ユズは異様なまでに動揺していた。それほどまでにリオがここに来るのが珍しいのか、それとも恐ろしいというのか。
「ええ、私はミレニアムサイエンススクールの中枢、セミナーを率いる者。そして、千年問題の解決を望み、星を追う者。本来ならシャーレとは正式に挨拶をする場を設けたかったのだけど、今日は別の用事があるから、また別の機会に――」
「真実とはいったい?」先生はリオの話を途中で切った。
「そう、真実」リオは話を切られたのにもかかわらず、気にしない様子で続けた。「貴方たちは数日前の事件で一つの考えに達したはずでは? 今まで友人だと思っていた彼女が見せた、異なる姿。そして同時に起きた破壊と混乱。そして貴方たちはこう思ったのでは? 今まで友人だと思っていたものはそうではないのかもしれない、と」
ふむ、私のことだろうか。そう聞こうとする前に先生が口を開いてしまった。
「リオ、一体何を」
「単刀直入に言えば、貴方の後ろにいるその少女、少女の外見を備えたソレは普通の生徒ではないわ。貴方たちがアリスと名付けたソレは、未知から侵略してくる不可解な軍隊の指揮官であり、名もなき神を信仰する無名の司祭が崇拝したオーパーツであり、古の民が残した遺産、その名も……名もなき神々の王女AL-1S」
皆さんは人殺してスンとしてちゃだめですよ?