第65話
ペロロジラも消え、日本兵も消えた機体の中は恐ろしいほどに静かだった。ところで日本兵ってなんだ。誰だ一体。大日本帝国ってなんだ。そんな国聞いたことないぞ。さっきまでさも当たり前のように接していたが……コーラルに中てられ過ぎたのかもしれない。
彼女は機体の操縦を続けた。近くのビルに背中を預ける形で座り込ませると、ついに操縦を止めた。
『強化人間C4-621通常モードへ移行』
体から緊張が抜けた。しかし私の体は依然として言うことを聞かない。頭はまだ痛いし、口から血が入り込んで頭から出血しているのが分かった。
スクリーンには丁度虚妄のサンクトゥムが見えた。それから微かに爆発も聞こえた。まだ戦闘が行われているのだろうか。なら私も行かなければ。先生にリーダーを任せられたのだから、全うしなければ。
私はやっとの思いで腕を上げたが、またすぐに落ちた。ベチッと情けない音が聞こえた。
『無理しないで』
彼女からのメッセージだった。彼女はそれ以上に送ってこなかった。私はそれを見て諦めた。
ひどい耳鳴りを聞きながらサンクトゥムを見ていた。それと破壊されつくしてしまった町の様子も。ここはどこだっただろうか。先生の仕事に着いて行ったりしてD.U.のほとんどは回ったはずなのだが、今私が何処にいるのか全然わからない。私がビルなどの建物で場所を覚えていたのが良く分かる。
動けない体と動かしたくない視界でサンクトゥムタワーを眺めていたが、一際大きな爆発と僅かに爆炎が見えたかと思うと、サンクトゥムタワー全体に亀裂が入って塵と化してしまった。そして同時に赤く染まった空が本来の青色を取り戻した。
久々に見た青空はとても眩しかった。私は思わず目を細めた。ついにやった、と心の中で喜んだ。
「レイヴンさん!」
声が聞こえた。ヒフミの声だった。見れば私の足元にはヒフミとアズサ、そして知らない四人組が立っていた。
「大丈夫ですか、レイヴンさん!」
ヒフミは心配そうな顔で私を呼び掛けている。しかし、私にはそれに答える手段がない。体を動かすことが出来ないのでコックピットを開くこともできない。
ヒフミが必死に声をかけていると、アズサが機体によじ登り始めた。するとコックピットの扉が勝手に開いた。彼女の仕業であるのはすぐに分かった。だが助かった。
「レイヴン!」
コックピットが開いたのを確認するとアズサは速度を上げて登って来た。そしてその中にいた私を見て慌てて近寄った。
「大丈夫かレイヴン」
私は何も答えれなかった。アズサが私の胸に耳をつけた。それから口元に手をやった。
「よかった、意識はあるみたいだな。瞬きは出来るか」
私は一回瞬きをした。
「体が動かないのか。もしそうなら瞬きをしてくれ」
私は瞬きをした。
「頭を打ったのか?」
私は瞬きをした。
「分かった。救援を呼んでくる。もう少し待っててくれ」
アズサは私の目の前から降りて行った。
「アズサちゃん。レイヴンさんは?」
「頭を打ったみたいだ。私たちが勝手に連れ出すのは危ない。だから救援を呼びに行こう」
「わ、分かりました!」
「それでは私たちが送りましょう。シャーレまで行けばよろしいでしょうか?」
「ああ、お願いする」
私は車が去る音を聞きながら、少し休憩しようと目を閉じた。
痛みと耳鳴りで眠ることはできなかった。しかし視界を閉じることで脳を休めることはできた。次に私が目を開けたのは、車の音が聞こえだした時だった。私はゆっくりと目を開けた。清々しいほどに青い空が見えた。青い空がこんなに美しいとは思わなかった。
車は機体のすぐそばでブレーキを踏んだ。中から誰か降りてくるとが聞こえた。複数人だ。やがてその人たちは機体をよじ登り、私の前に姿を現した。
「大丈夫ですか、レイヴンさん」
「すみません。遅くなりました」
一人は見覚えがある。神出鬼没のセリナだ。もう一人は知らない生徒だ。角がある。
「今助けますからね。セナさんは足の方をお願いします」
「分かりました。折角の新鮮な死体です。丁重に扱わなければなりませんね」
「ま、まだ死んでないですよ」
セリナが苦笑いしながら中に入って来た。私を死体と言った彼女、その独特なフレーズに聞き覚えがあった。以前どこかで会った記憶がある。どこで会ったか、記憶をさまよっている間に私は機体から降ろされた。
私は救急車らしき車に乗せられた。そこで思い出した。確か補習授業部の時に美食研究会とかいう奴らを引き渡した時に会ったことがある。ついでにさっきヒフミたちの横にいた四人が美食研究会だったということにも気づいた。
私は救急車の中でセリナの応急手当てを受けながらシャーレまで運ばれた。
シャーレの前に着いて、私はそこから運ばれていった。シャーレは祝勝ムードで四方八方から歓声が上がっていた。私にも気づいていない様子だった。中に入った私は医務室に直行し、そのまま治療を受けることになった。
幸い頭を強く打っただけで、それ以上の外傷はなかった。頭にまで包帯を巻かれいよいよミイラみたいな状態で私はベッドに寝かされた。
しばらくして、医務室に誰かが入って来た。その人は迷うことなく私のベッドの前まで来た。
「レイヴンさん。体調は大丈夫ですか」
私を訪ねてきたのはカンナだった。私は起き上がろうとして、彼女に制止された。寝たままでいいという。仕方ないので、寝転がったままスマホを手繰り寄せた。
『大分マシになったよ』
「それは良かったです。遠目からでしたが、レイヴンさんの勇姿は見せてもらいました」
『あれを勇姿と言えるかは疑問だけどね』
「どちらにせよ、レイヴンさんが守護者を倒してくれたおかげで最後のサンクトゥムが破壊できたんですから、誇っていいと思いますよ」
『なら誇っていよう』
「ええ……おっと、私はまだ後処理があるのでこれで。まともに相手できず申し訳ありません」
『いいよ。来てくれただけでうれしい』
カンナは一言「では」と言って医務室を去っていった。私は天井を見上げ、なんとなく目を閉じた。気づけば私は眠りに落ちていた。
眠りから覚めるのを自覚した。いつの間にか眠っていたらしい。寝る前より部屋が暗くなっており、赤みを帯びている。嫌な予感がして隣の窓を見て見るが、そこにあったのは青い空にオレンジ色のフィルターをかけたような色、つまりはただの夕焼けだった。スマホの画面を見て見れば、なるほど確かに夕方と言うには丁度いい時間だった。
医務室の扉を誰かが開けた。セリナに挨拶をする声で先生だと分かった。先生はセリナとしばらく何か話していたようだが、やがて私の元にやって来た。
「レイヴン、大丈夫」
『大丈夫だよ』
「良かった。怪我をしてるって言うから慌てたよ」
『その割にはもう夕方だけどね』
「あはは……色々とね」
『まあ、大方後処理とかあったんでしょ。別に見舞いが遅いとかとやかく言うつもりは無いよ。それで、これでもうキヴォトスが終焉を迎えることも無くなったね』
私がそういうと、途端に先生の顔は暗くなった。私はそんな先生の顔に違和感を覚えた。私が聞く前に先生の方から先に話してくれた。
「実はね……最後の虚妄のサンクトゥムを破壊した後、また虚妄のサンクトゥムが復活しそうなんだ」
『は、何それ。今までの攻撃全部無駄だったってこと?』
「全てが無駄と言うわけでは無いよ。虚妄のサンクトゥムを発生させている根源が分かった」
果たしてそれだけのためにあんなに苦労したのは割に合うだろうか。だがわざわざそれを聞くのは野暮なことだ。私は先生にその根源とやらを聞いた。
「どうやら空の上にあるみたいで」
私はその言葉を聞いて窓を覗いてみた。しかし綺麗な夕焼け空がある以外に何も見えない。
『何も浮かんでないけど?』
「多分地上からじゃ見えないと思う。何せそれは七万五千メートル上空にあるらしいんだ」
『七万五千ってどれくらい高いの?』
「ほとんど宇宙かな」
『ACは宇宙でも動けるけど、流石に自力で宇宙までは行けないよ』
「まさか。ちゃんと手段は用意してるんだ」
『手段って何?』
「僕も詳しくは知らないけど、話によればアドビスにそれはあるらしいんだ」
『アドビス? 知らない自治区だ』
「そっか。レイヴンはまだアドビスに行ったことが無いんだっけ」
『アドビスってどんな所?』
「うーん、そうだね……町と砂漠が隣接してる所、かな」
『へえ、砂漠。つまり先生をそのアドビスまで連れて行けばいいんだね。出発はいつ?』
「明日早速向かうんだ。でもレイヴンは」
先生はチラッと後ろを見た。そこにはセリナの姿があった。彼女は一つため息をついて言った。
「はあ、本当はあともう数日様子を見ておきたいんですけど、幸いこれと言った怪我はないですし、脳波も正常です。だから動いても問題はないですけど、あまり無理はしないでくださいよ。特に頭を強く振るようなことはしないように」
「ありがとう、セリナ。助かるよ」
私は起き上がろうとした。いい加減寝転がるのに飽きた。天井を見るのも飽きた。私が起き上がろうとすると、先生が手伝ってくれた。
上半身を起こすと、ベッドの上にぬいぐるみが二つ置かれていた。これはペロロと、確か……スカルマンだった気がする。
「ヒフミさんとアズサさんがレイヴンさんが眠っている間にお見舞いに来て、そのぬいぐるみを置かれていったんです。名前は……何でしたっけ。ぺろぺろ様、だったような?」
『そうなの、今度お礼言わなきゃね』
私はペロロのぬいぐるみを手に取った。新品のような質感だった。これもヒフミのコレクションの一つだろうか。それとも布教用の一つだろうか。
先生はその後もしばらく医務室にいて、私と他愛ない話をして戻っていった。
翌日のこと、私はアドビスに行く準備をしていた。とは言ってもただ起き上がるだけなのだが。あとはセリナに包帯を変えてもらうぐらいだろう。このペロロとスカルマンはどうしようか。うーん……まあいいや。しばらく持っていよう。
私は車椅子に乗ろうとして気付いた。車椅子が無い。はて、なぜか。そういえば私はどうやってここまで運ばれたか。確か救急車に乗って、シャーレに着いた後はずっと寝かされたから、担架か。ということはつまり車椅子はここには無く、さらに言えば機体もあの場所に置きっぱなしというわけだ。
アビドスに行く前に機体を回収しに行かないといけないなと思いながらセリナに包帯を変えてもらっていると、先生が医務室に入って来た。
「レイヴン? 準備できてる?」
「ま、待ってください!」
先生が私のベッドを覗こうとした時、セリナが慌てて待ったをかけた。
「どうかしたの?」
「今レイヴンさんの包帯を変えてるのでちょっと待っててください!」
「え? なんか見ちゃいけない物でもあるの? 傷口ぐらいなら別に」
そう言いながら先生はセリナの制止を聞かず、私のベッドを覗きこんだ。
セリナの言う通り、私は包帯を付け替えて貰っていた。頭もそうだが、全身の包帯も付け替えて貰っている。今は丁度胴体の包帯を付け替えているときで、言ってしまえば私は上裸だった。
先生は私の上裸が目に入ると慌てて目を隠してのけ反った。
「わ、わああああ!? ご、ごめん! 付け替えてるってそういう事だったんだね!?」
「な、何見てるんですか先生!? は、早くどっか行ってください!」
セリナが私以上に恥ずかしがって先生に怒鳴っている。先生は目を覆ったまま後ろに下がり、棚に頭をぶつけた。「あいたっ!?」という短い悲鳴を上げると、おずおずと医務室を出て行った。
「まったく」
『私は別に先生に見られたって構わないんだけど』
「な、なな、何を言ってるんですかレイヴンさん!? だ、だめですよ年頃の女の子がそんなことを言ったら……も、もしかしてレイヴンさんは先生とそんな深い関係になってるとでも言うんですか? だから見られても構わないと? あ、だから先日の会議でさりげなく先生のお膝に乗せてもらえたんですね。先生もレイヴンさんも全く恥じらわずにさも当たり前のように……ひゃ、ひゃー」
『いや、別にそんなことはないんだけど。ただ私が気にしてないだけ』
セリナは顔を赤くさせて言葉をまくしたてる。目が泳ぎまくっているが、包帯を巻く手が止まることはなく、順調に巻かれまくっている。多分私のメッセージには気づいてないだろう。
結局セリナは包帯を巻き終わるまで、それどころか巻き終わった後も自論を語り続けた。
セリナが外で待っている先生に声をかけたことでようやく、中に入って来た。その際入って来たのは先生だけでなく、連邦生徒会の三人も後ろについて来た。
「さ、さっきはごめんね」
先生は気まずそうに話しかけてきた。
『いいよ、別に。私は気にしてない。それよりも後ろの三人は一体?』
「ああ、リンちゃんたちもアドビスに一緒に行くんだ」
「先生」
「あはは、リンちゃんだって」
「も、モモカちゃん」
『そう。それで、アドビスに行く話なんだけど、一つ問題がある』
「え、もしかして傷が痛むとか?」
『違う。機体があの場所に置きっぱなし。しかも私はあそこが何処か覚えていない』
「それなら――」
「それなら心配はありません」先生の言葉に被せるようにしてリンが話し出した。「レイヴンさんの機体が何処にあるのかはすでに把握済みです。そこまで向かう車両も用意していますので今すぐにでも出発できます」
準備がいいな。流石連邦生徒会長を代理しているだけある。
『じゃあ行こうか』
私は先生に両腕を差し出した。抱き上げてほしいという合図だ。先生はすぐに意図を読み取り私を抱き上げた。そのまま医務室を出ようとしてセリナに止められた。
「あ、あの車椅子がありますし、こちらに座られた方が……ほ、ほら先生もそちらの方が楽だろうし」
『機体がある場所に向かうだけだし、どっちみち乗せてもらうのに先生に手伝ってもらわないといけないからこのままでいいよ』
「ありがとうセリナ。僕は大丈夫だから」
「そ、そうですか」
私たちはセリナの申し出を断り、医務室を出た。
シャーレを出る前から入口の目の前に車両が見えた。あれが用意したという車両だろう。運転席の側にはカンナが立っていた。
「おまたせ、カンナ」
「いえ、気にするほどでもありません。レイヴンさんも元気そうで何よりです。それでは行きましょうか」
カンナがドアを開けてくれた。先生が礼を言って私と一緒に後部座席に座った。その後にモモカとアユムが乗り込んだ。リンは助手席に座った。最後にカンナが運転席に座った。
「それじゃ、出発しますよ」
カンナが一声かけ、私たちを乗せた車両はACに向かって発車した。
何だか前回と比べると随分静かになってしまいましたね。文章だけでこんなに静かに感じるとは。
それはそれとして、全く先生はうらやまけしからん。