目の前にいるシロコは一体何者なのか。偽物、幻覚の類か?
「シロコちゃんは目の前にいるけど?」
ホシノがヒマリに言った。
「え、そ、そんな。これは、そちらにもシロコさんが表示されて。第四エンジンと第三エンジンにシロコさんが? まさかそんなこと、同じ人が二人いるなんて。この私がもしかして計算ミスを?」
ヒマリは理解が追い付いてない様子だ。一方でホシノは落ち着いた様子で、むしろこの状況を理解したかのように表情を崩した。
「そういうことだね。よく分かった。てっきりおじさんは色彩のせいでシロコちゃんが変わっちゃったと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね」
ホシノは答え合わせを求めるようにシロコを見た。しかし、彼女は何も言わずにホシノを見つめ返している。
「アレは私の知ってるシロコちゃんじゃない」
「え?」
「な、何を言ってるの? あれがシロコ先輩じゃない?」
他の人たちは困惑しているようだ。かくいう私もよく分かっていない。あれがシロコではない。私がシロコと会ったのは一度だけだし、姿もよく覚えていない。だとしてもあれがシロコでは無いというのは一体どういうことか。
果たしてホシノの回答が正解だったのか不正解だったのか、それは分からないけどもシロコは答える代わりに銃を構えた。それを見て私たちも戦闘態勢に入った。
シロコが呼んできたのか、敵の集団が私たちを取り囲んだ。戦闘はにらみ合う間もなく始まった。
エンジンを破壊する役目は私に任された。ホシノたちは私たちを止めようとしてくる集団の対処を担った。本当ならこれぐらいの数、飛び越えてエンジンを破壊しに行きたいのだがシロコがいるせいでそうもいかない。また思わぬ方法で無力化されても困る。彼女は私でも知らないようなACの弱点を知っている。
私たちはジリジリとエンジンに近づいた。同時にシロコも発砲しながらこちらへ近づいている。狙いは私にばかり向いて、照準も頭に向けられている。私はカメラを手で守りながら近づいた。すでにレンズにヒビが入っている。遠くからでも十分割られる。
『くそ、またカメラばかり狙って来やがって』
「シロコちゃんは任せて」
ホシノがシロコと一対一で撃ち合い始めた。シロコは私を撃つのをやめてホシノとの戦闘を始めた。ホシノは盾を構えて防御しながら戦っているのに対し、シロコは時折被弾しながらもダメージを全く感じさせない立ち振る舞いで応戦している。
『射程内に入った。撃つ』
私は少し遠目から撃った。少しでも早く終わらせたかったので気持ちが少々焦ってしまった。一発では破壊しきれなかった。リロード中は何もできない。せいぜいドローンを排出するぐらいだ。一度に五つまで出せるドローンはレーザーを撃つ。撃ち切れば敵に向かって特攻する。
一つのドローンが排出されてから特攻するまでを見届ける前にリロードが終わった。私は間髪入れずに撃った。二発目で次元エンジンは破壊された。
「次元エンジンの破壊を確認しました!」
エンジンが破壊されると、やはりシロコはすぐに逃げようとした。ホシノが彼女に近づこうとするも、残党がそれを邪魔する。
「ぐっ、ま、待って、君は一体」
ホシノが声をかけるも、シロコは聞く耳を持たずに虚空に消えてしまった。
「ホシノ先輩、さっきのって一体」
「シロコちゃんじゃないってどういうことですか?」
「シロコちゃんはあんな目をしない、あれは――」
「次元エンジンを破壊したおかげで第四エリアの映像をハッキング出来たわ!」
ホシノが何か言いかけたところにユウカが割って入ってしまった。
「第四エリアって」
「ええ、彼女の信号を捕らえた場所よ。今映像を映すから待って頂戴」
ユウカが映したのは第四エリアの次元エンジン付近と思われる場所。そこには覆面を被った生徒がこそこそ歩き回っていた。
「シロコ! 大丈夫!?」
「ん、先生?」
先生が思わず声をかけたが、どうやら声も通っているらしい。彼女が本物のシロコで間違いなさそうだ。さっきまで戦っていたシロコと比べるとまるで全然違うが。
「怪我はない?」
「ん、大丈夫。自転車に乗ってたら拉致されただけ。人質になるのはセリカみたいな子だと思ってたから油断してた」
「ちょっと、シロコ先輩! それどういう意味!?」
自転車に乗ってて拉致された、はあまり大丈夫には思えない。それにしても拉致された割には元気だな。なんか箱舟の中で金品を探していたとか言ってるし。そういえばアビドスの五人って覆面水着団なんだったか。この状況でも金目の物を探すとはたくましいな。だが、ホシノはそんなシロコを嗜めた。この方法で金を得ていてはいずれ慣れて、意識せずともやってしまうようになると。シロコはそれを聞いて物色を止めた。
私はすっかり人を殺して金を得る方法に慣れたな。人の死体を見てないからあまり殺したという実感はないが、逆にいえばACやMTが爆発して生き残る人などいない。死体など消し飛んでいるだろう。
「積もる話もあるけど、それは再開してからね。本当シロコちゃんがいない間にたくさんのことがあったんだよ。涙なしでは語れないような話がたくさん」
「ん、ホシノ先輩、みんな、先生、待ってる」
ホシノとの通信はそこで切れた。
「シロコちゃん……」
「シロコ先輩、待ってて……今行くから!」
「先生、早く第四エリアに行こう」
「うん。レイヴン頼んだよ」
『はいはい』
私は先生たちを回収し、すぐに第四エリアに向かった。
道中で、オペレーターたちから第四エリアの説明を受けた。どうやら、第四エリアは箱舟の中心にあるせいか他のエリアのように一筋縄ではいかないようだ。まず第四エリアに向かうために、上部にある特別エリアの破壊が必要らしい。さらに特別エリアはハッキングの影響を受けないらしく、直接向かって破壊する必要があるらしい。その特別エリアの破壊には対策委員会がすぐに名乗り出た。
「ま、それなら私たちの出番かな。先生とレイヴンはその間にエンジンの破壊を頼むよ」
『あなたたちがシロコを出迎えなくていいの?』
「そうしたいのはやまやまだけど、エンジンを破壊するのにレイヴンが適任だからね。私たちは私たちでちゃんと仕事をするよ。シロコちゃんを出迎える前にまずは周りを掃除しないと」
『そう、なら頼んだ』
「先生も頼むよ」
「もちろん」
スマホに地図が送られてきた。私は今見れないので先生に説明を頼んだ。どうやら特別エリアと第四エリアに分かれる道が、丁度このすぐ先にあるらしい。その道は私にも見えていた。分かれ道で止まり、ホシノたち三人を下した。
「んじゃ、私たちは特別エリアに向かうから」
「了解。みんな、頼んだよ」
「はい。お任せください」
「先生も、次元エンジンを頼むわよ」
そうして私たちは分かれた。
第四エリアの入口まで来た。そこは事前の説明通り隔壁が下りており、先に進めない。私はそこで止まりホシノたちからの連絡を待った。
時間が無いのに待たされているこの状況、否応無く気持ちが急かされる。その気持ちがACの挙動にも表れていたのか、先生から落ち着くように諭された。
「落ち着いて、レイヴン。焦ってると大事な時に失敗してしまうよ。安心して、ここまで僕たちはうまく行ってる」
『そうだね。思いのほかうまく行ってる。敵の抵抗もそこまでじゃない。ありがとう先生、少し落ち着くよ』
私は深く深呼吸した。嗅ぎなれたコックピットの匂いがする。おかげで落ち着いた。そうだ私たちはうまく行ってる。もうすぐ箱舟のシステムを全て掌握することが出来る。大丈夫、私たちは今勝っている。
ホシノからメッセージが来た。特別エリアを破壊した、と。それと同時に目の前にあった隔壁が上がった。モモトークにはこのまま第四エリアに向かうと書いていた。
『ホシノは私たちのところまで来るみたい』
「そうみたいだね」
『彼女たちが来る前に終わらせておこう』
私は第四エリアへと足を踏み入れた。
第四エリアの次元エンジンは、私がエリアに侵入した入口から近いところにあった。そこではすでにシロコが待ち構えている。
時間は駆けない。最高速度で突っ込めばシロコも手は出せないだろう、多分。私は一抹の望みをかけてアサルトブーストを使用した。比較的狭い船内を疾走すると、敵は私の体当たりで消滅していく。幸い、シロコもアサルトブーストで正面から突っ込んでくるACを止める術は知らないらしい。衝突する寸前で彼女は虚空に逃げた。
無防備になったエンジンに、ブレードを振り下ろした。エンジンは簡単に破壊された。
柱の陰に人影を見つけた。レーダーにも映っている。ただ敵を表す赤色ではない。確認してみると、それは一人の少女、先ほど映像で見た本物のシロコだった。
「先生? それと」
「シロコ、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。先生、このロボットは」
「レイヴンだよ。二人で助けに来た」
「ん、思い出した。トリニティの古聖堂で見た覚えがある。先生、話したいことが沢山あるけど、今はとりあえず行かないとだよね」
「うん。詳しい話はあとで聞くから」
「シロコ先輩! 大丈夫ですか?」
アヤネがシロコの安否を聞いた。
「ん、私は大丈夫。先生たちと一緒に行くから道案内お願い」
「はい。えっと、そ、それでは船がある第一エリアまで来てくれますか?」
「ん、分かった。先生、いこう」
「うん。レイヴン、頼んだよ」
『任せて』
シロコと先生を乗せた私は箱舟の中を走っていた。道中に敵は一人もいない。途中でホシノのことを思い出し行き違いになってしまったかもしれないと思ったが、アヤネ曰くウトナピシュティムの方へ戻ったそうで。どうやら防衛の手伝いだとか。
道中は静かだった。次元エンジンを破壊する過程で箱舟内の敵を全て倒してしまったのかもしれない。
ふと箱舟の窓を見た時、私は思わず立ち止まった。
「レイヴン?」
先生が心配そうに声をかけた。
『空が、赤くなってる』
私の言葉に先生も驚いた様子で窓の外を見た。外は何時しかの、虚妄のサンクトゥムが現れた時と同じように真っ赤に染められていた。まさか虚妄のサンクトゥムが復活してしまったのか。だがしかし、復活までまだ時間があったはずなのだが。
「そんな、どうして。エンジンは全て破壊したのに」
「すみません。やられました」先生の疑問に答えたのはヒマリだった。「私たちが箱舟の占領を進めている間に、敵はウトナピシュティムの掌握を進めていたようです。今、本船の制御権は敵にあります」
「そんな、一体どうして。船の掌握だなんて内部からの物理的な接触が必要よ? 誰も内部に何て――」
ユウカがそう言った瞬間私は思い出した。ただ一人だけ、船の内部に入った人物がいる。爆発に気を取られていたが、シロコがあの時に船の内部に侵入していた。
「まさか、あの時に!?」
「現在、船の自爆シーケンスが始まっています」
「それはもしかして」
「はい。先生のご想像通り、私たちはまだ脱出の準備が出来ていません。敵は私たちもろとも自爆する気です」
「それじゃ、私たちはもうおしまいってこと?」
「いや、まだ終わったわけじゃない」絶望的な状況にチヒロが割って入る。「ハッキング位置を特定したけど、第四エリアの多次元解釈エンジン管制室、ナムラ・シンの玉座――ここから船をハッキングしてる」
「つまり、そこにいるハッキングの主を止めればまだ何とかなるってこと?」
「そういう事だね。とはいえ一度体勢を立て直してから――」
「先生、すぐ行こう」
「シロコ?」
「そこにいるやつを止めれば何とかなる。ん、とても簡単な話」
「そうだね。僕たちにはレイヴンもいる。諦めるにはまだ早い。レイヴン、一緒に行こう」
『分かった。ナムラ・シンの玉座だっけ? 変わった名前だ』
しかしおかげですぐに場所が分かった。第四エリアの中央にある部屋らしい。私は方向転換して再び第四エリアへと向かった。
「なあ、レイヴン。少しいいか」第四エリアに向かっている途中、ウタハから声をかけられた。「私は今ヴェリタスを手伝ってハッキングに対処しているんだけど、バックドアに使われたものを見つけたんでそれを解析してるんだ。それでなんだが、まずこれはエンジニア部とレイヴンだけしか聞いてない」
『なに、やけに秘密にしたがるね』
「正直に答えてほしいんだが、レイヴン。君船のシステムを何か弄ったかい?」
『何言ってんの。私は何も弄ってないよ。私が弄ってどうするの』
「そう、だよな。うん。当たり前だ。君が犯人じゃなくてよかった……いやどうだろう。この場合はもっと大変なことになったのかもしれない」
『何。私に何が言いたいの』
「実は、シロコが投げ込んだバックドアを組み込んでいた装置なんだが……コーラルが検出されたんだ」
『は、え、何。それがどうかしたの』
「シロコがバックドアを設置したのは彼女がレイヴンと接触する前だから、コーラルが付着することも無い。だから偶然と言うことはあり得ないんだ。確か、君の話ではコーラルは万能な物質だと言っていたね。エネルギーにもなるし、薬物のようにもなる。情報伝達媒体にもなり得ると。もしかしてコーラルを使ってハッキングも可能だったりするのかい?」
私はウタハが何を言いたいのかだんだん分かってきた。だとしてもそれを簡単に認めたくはなかった。
『コーラルが含まれているものなら可能ではある。私自身は出来ないけど、それができる人は知ってる。でも彼女が船をハッキングするなんてありえない』
それは機体の中にいる彼女だ。彼女はコーラルが含まれるこの機体を自由に動かすことが出来る。しかし、彼女が船をハッキングするなんてありえない。動機が不明だ。なぜ自爆させる必要がある。
もう一人、私には心当たりがあった。しかしそちらは更にありえない。だって彼女は、彼女はすでに消滅した。この手で殺したし、コーラルも焼き払った。万が一でも彼女がキヴォトスに来ている可能性なんてない。
「君がそれだけ信頼してるなら、その人が犯人ではないのだろう。だがしかし、もしかしたらこの箱舟には君と同じようにルビコンからキヴォトスにやって来た人が居るのかもしれない。いや、君や君の知っている人が犯人でないならそれは確実だ。そしてその人はコーラルを用いたハッキングが可能だ。場合によってはACと戦う羽目になるかもしれない。十分気を付けてくれよ」
周りの音が遠くなり、目線が正面で固定された。頭の中で思考が巡る。
まさか、ありえない。箱舟に乗っている? まさかそんな、どうやって。ありえない。万が一も無い。だって、消えた。彼女は消えた。私が消したんだ。どうやって生き残った。そうだ。キヴォトスにはコーラルがある。だから技研のジェネレーターも動いてる。キヴォトスで彼女が存在することは可能だ。だからか? なぜ、どうして。復讐なのか。私に復讐に来たのか?
ウタハの話を私は話半分で聞いていた。途中から集中できなかった。何を話しているのか分からなくなった。最後の言葉に生返事で返した。
焦燥感を胸に宿らせながら私は第四エリア、ナムラ・シンの玉座へ向かった。
さて、お話は急展開を向かえそうですね。