一機のACが私の前に立った。それに続いて天井の穴から次々とACが下りてきて私を庇うように立った。全てが同じではなく二脚や逆足、四つ足やタンクなどそれぞれ違うアセンの機体がいる。
「な、なにこのAC。なんでキヴォトスにこんなにACが?」
「そんな、これは……ありえない!?」
「どうしたのエア、何かあった?」
「この五機のACの識別コードは全てレイヴンです!」
「は、え? どういうこと? 私が五人もいるってこと? そんなはずは、いやありえない! 何もかもありえない! それってつまり私が六人もいるってことで……いや、一緒なのは機体コードだけで中身が私とは限らない。どうせ中はキヴォトスの誰かだろ。それなら素人同然、数が増えたところで私たちの敵じゃない」
「で、ですが五機全てに生体反応がありません。これらは全て無人機体です!」
「どういうことだ。理解できない。一体何が起きてるの!?」
ビジターは混乱で後ずさった。五機のACは微動だにせず彼女の機体に顔を向けている。
「おしゃべりは済んだかな」
脳内に声が響いた。Cパルス変異波形、エアと話すとき独特の脳に直接響く聞こえ方だ。それでいてエアとは違う声だ。
「これはエアと同じ? だ、誰だ! 誰なんだお前は!?」
「分かんないのか。まあいいや声違うしね。私はあなただよ、レイヴン」
「わ、私?」
「レイヴンがこの場に三人? それも私と同じCパルス変異波形だなんて……本当にあなたはレイヴン何ですか」
「そうだよ、エア。あなたと同じCパルス変異波形だ」
「なんでここにいる。何でこの時間軸には私が二人もいるんだ。私の時間軸にはいなかったぞ!?」
「私は特異な存在だからね。法則に捕らわれなかったんだよ。コーラルさえあれば私は存在できるから好きな世界線に飛ぶことが出来たんだ」
「そうか……そうなんだな。いまいち理解できないことも多いけど、とりあえずあなたが私であることは分かった。それなら協力してくれないかな。私なら協力してくれるでしょ? 私は癪だけどシロコの言うことを聞かないといけない。早くそいつを始末してシロコの援護に行かなきゃいけないんだ。ほら、あんなに劣勢で数的不利だ」
「ああ、この状況で察せなかったんだ。わざわざ言うの残酷だな」
「レイヴン、この状況は――」
「言うな。分かってる。でも五機同時に相手でなんて骨が折れるな。だから希望を見出してみたかったんだけど」
「申し訳ないけど、私はあなたの敵として立ちふさがらせてもらう。彼女を死なせたくないからね」
一機のACが私の体を持ち上げて後方に下がった。壁の辺りまで引きずるともたれ掛けさせてまた定位置に戻っていった。
「二つ、聞いてもいいかな」
ビジターは言った。
「いいよ」
「なんであいつの味方をするの?」
「まあ中立でもよかったんだけど、私にだって人としての感情は残ってるんだ。そりゃ世界を滅ぼそうとする人に加担したくは無いよね」
「そう、分かったよ。確かにごもっともな意見だ。ただあなたがそれを言うのはおかしいね。まあいいや。もう一つなんだけど、どうしてあなたはCパルス変異体になったのかな。私の知る限りそんな選択肢は無かったはず」
「コーラルリリースだよ。私はエアと一緒にコーラルの向う側に行ったんだ」
「コーラルリリース? そうか、分かった。分かったぞ、お前三週目だろ。そうなんだろ?」
「周回の概念を知ってたんだ? まあ、彼女が一週目であることは知っていたみたいだしあなたはさしずめ二週目ってところか。どこで自覚したのか気になるところだけど。その話をする余裕はないみたいだね?」
箱舟内から爆発音が聞こえだした。それは一つではない。連鎖するかのように至る所から聞こえてくる。やがて玉座内も揺れだして小さな瓦礫が落ち始めている。
先生達の方ではいつの間にか色彩のシロコは膝をついている。プレナパテス、別の時間軸の先生が彼女を庇うように前に出ようとしていた。
「そんな、先生!」
ビジターは反転して先生の元に向かおうとしたが、その瞬間四脚が肩のSONGBIRDSを撃った。
「レイヴン!」
「くっ!?」
SONGBIRDSの弾道は間違いなくビジターの機体を捕らえていたが、エアの警告によって彼女は間一髪被弾を避けた。
「焦りは禁物だよ。言ったでしょ。私はあなたと敵対してる。目の前に敵がいるのにみすみす見逃すとでも?」
「くそ!」
ビジターは反転して彼女に接近した。それを迎撃するかのようにハンドミサイルを持った機体がビジターに向けてミサイルを放った。
「これぐらい、避けれる!」
「おや、避けるんだ。あなたの先生に当たってしまうかもしれないよ」
「先生にはシッテムの箱がある。先生にはいかなる攻撃も当たりやしない!」
「でも今は生徒の攻撃を受けているように見えるけどね。流れ弾がシロコに当たるのを防ぐためかな? まあ私は向こうの先生に当たろうが何だろうが別にいいんだ。こっちの先生にさえ当たらなければ。久々にまともなAC戦だ。楽しませてもらおうじゃないの」
彼女はそう言いながら、五機すべてにビジターを迎撃させた。
「んな!? くそ、くそくそくそ!」
ビジターは排熱機構を開けてアサルトアーマーを展開した。彼女を迎撃するための攻撃は全てかき消されてしまった。
「さんしゅうめえええぇぇぇぇぇぇぇ!」
ビジターは怒り狂ったかのように突撃する。狙いは五機の内一番前に立っていた、ほとんどシュナイダーの機体だ。恐らく彼女がメインで使うはずの機体だ。しかし、シュナイダー機体の前にタンクと重量二脚の機体が出た。ミニガンとミサイルの弾幕がビジターを襲う。
「レイヴン! 避けてください!」
「ぐっ!?」
ビジターはどっちに回避するか一瞬悩んだようだ。下手に避ければ先生に当たってしまう。一瞬迷った末に真上へ逃げた。そしてそのまま穴から外へ逃げていった。その様子を見ていた彼女は黙ってビジターを追った。他の四機も次々と上に上がっていく。
私は僅かに見える穴から戦況を確認しようとしたが、当然何も分からない。ただ痛みに耐えながらこの状況が何らかの終わりを迎えるのを待っていた。
爆発はよりひどくなり、玉座内の崩壊も始まった。先生たちは未だプレナパテスに銃撃を続けている。彼は一切の反撃を行わずにただ攻撃に耐えていた。
「アトラ・ハシースの箱舟が崩壊を始めています! 我々も順次脱出しますのでレイヴンさんも脱出の準備をしておいてください!」
アヤネから通信が入っていた。私は右腕で返事を書いた。文字を打ったコンソールは血に濡れてしまった。出血が止まらない。抉られて傷が深くなってしまったせいだ。失血で意識がもうろうとし始めている。今にも意識を失いそうだ。幸い、私が意識を失おうとオートパイロットがある。無事に地上まで送り届けてくれるだろう。しかし、先生の安否を確認せずに意識を手放したくはない。せめて安全が確保されてから。
「くそ! なんでこんなことになるんだ!」
機体内からビジターの声が聞こえる。これだけ離れていても声は届くらしい。
「あなたが世界を滅ぼそうなんて考えるからだよ」
「好きで滅ぼすわけじゃない! 私だってこんなことはしたくなかった! なんでルビコンを救った私がキヴォトスを滅ぼさなきゃいけなかったんだ!? なんであいつがこの時間軸にいるんだ。ルビコンを滅ぼしたあいつがキヴォトスを守るだなんてこんなにおかしい話は無いんじゃないか? なんであいつがいる時間軸は成功したんだ。ルビコンの最後で違う選択をしたとしてもキヴォトスじゃ同じ選択をしたはずだ。ミレニアムの廃墟で目覚めて、出会った日にゲーム開発部に協力した。トリニティで補習授業部と一緒に勉強した。一緒にミカの野望を食い止めた。同じ選択をあいつもしたはずだ! なのにどうして……あいつと私で何が違った。 エデン条約? あの時私がミサイルを食い止めなかったから? 私は体を張ってでもミサイルを食い止めるべきだった? でもそうすれば機体がもたない。キヴォトスには代えの機体なんてないんだ。機体が無ければヘイローのない私は誰よりも弱い。ねえ、教えてよ。私はどうするべきだった? どうすればこんな未来を選ばずに済んだの?」
「レイヴン、今は戦闘に集中を!」
「私は自分の力を把握していなかったんだ。運命を捻じ曲げることが出来るほどだとは思っていなかった。元来から私たちC4-621はここにいるはずのない存在。本当なら自分を生かすのであればあなたの選択が最善だった。キヴォトスにとって最善を選べばあなたの命は無かったはず。先生とあなたが同時に存在できる世界線なんて元から無かったんだ。でも私が彼女に介入してしまったせいでその運命を捻じ曲げてしまった。先生と彼女が同時に存在できる世界線を生んでしまった。だからあなたがどれだけ選択しようと両者にとっての最善なんて生まれなかったんだ」
「じゃあ、これ以上の最善なんて最初から私には存在しなかったってこと?」
「そういう事」
「私はこの蟠りを何にぶつければいい。ずっと後悔していた選択が最も最善だったんてそんなふざけた話があるか。もういい。お前のせいだ。そうなんだろ? お前のせいで私は後悔を失ったんだ」
「そうだね」
「もう分からない。もう面倒だ。何を選択してもこれ以上良くならないなんて、努力する意味も無い。未来を考える意味も無い。何を考えればいい。私はどう考えればいい。もう面倒だ。今すべきことしか見えない。今すべきことさえすれば何かしらの選択が為されるんだ」
「かもしれないね」
「今私がすべきなのはお前を殺すことだ。そうすれば先生を守りに行ける。先生を守ればそれでいいんだ!」
私はじっと二人の会話を聞いていた。まるで考えがまとまらないが、乃ち私は幸運だったという事だろう。彼女のおかげで今まで生きることが出来た。ビジターには申し訳ないが、彼女には運が無かったという事だ。最初から、今も。AC五機を同時に相手して勝てるわけがない。彼女に残された命もあと僅かだろう。
少しでも苦痛から逃れようとじっとしていた。体を動かさず、ゆっくり息を吐いたり息を止めたりしてみた。しかし苦痛からは逃れられない。いつ意識を失ってもいいほどの傷だが、皮肉にも意識を失わずに済んでいるのはこの傷による激痛のおかげでもあった。
私には周りに意識を向けるほどの余裕はもはや無い。だからまた勝手に光の大剣が動き出していることも気づかなかったし、気づいていたとしても私は無視していただろう。
『死ぬかもしれないな、この傷は。でも死にたくないな』
死を近くに感じて本能的に死を恐れ始めたが慌てることはできなかった。今の私はもはや苦痛に悶えるただの人間だ。ルビコンにいたころならこれぐらいの傷でも動けたが、キヴォトスにきてすっかりだれてしまったのかもしれない。平和ボケしてしまったんだ。
キヴォトスでの思い出が走馬灯のように浮かび上がってくる。初めてキヴォトスに来てから今日までの様々な思いで、ほとんどが大変な思いをした思い出ばかりだが時には楽しいこともあったものだ。
『まずいな。こりゃ本格的に死ぬかもしれない』
私はそう思いながら口角が上がった。今まで何度も死にかけたことはあったが結局死にはしなかった。ACに乗ってて死にかけるだなんてその全てが跡形もなく消えかかるわけだから今みたいにゆっくり失血死していくなんて初めての経験だった。ゆっくり死に向かっていくなんて恐ろしいことが起こっているのに私は意外と落ち着いていた。いざ死が目の前までやってくると案外信じられないのだ。本当に私はこのまま死ぬのか疑問に思ってきた。
『あれ、光の大剣が。どうして』
私はようやく光の大剣が動き出し、勝手にチャージされていることに気づいた。既にチャージは終わっておりいつでも発射できる状態だ。その時、天井からACが三機積み重なって落ちて来た。一番下にいるのはビジターだ。私を圧倒していた彼女は逆に圧倒され、今の私と同じぐらいボロボロになっている。
落ちて来たビジターは一緒に落ちて来た重量二脚と逆足の機体の下敷きになって身動きが取れない。
「くそ! 一体何のつもりだ! エア、早くこいつらを退かして!」
「駄目です! セキュリティが高すぎて制御権を奪えません!」
「よくやった方だと思うよ。二機もやられるとは思ってなかった」
そう言って彼女は穴からゆっくり降りてきた。夢で見たのとはまた少し違う機体だった。
「何のつもりだ。時間稼ぎでもしているつもりか? 私を止めたところで計画は止まらないぞ」
「違う。確実に殺すためだ。こうやって身を挺してまで抑えないと当たらないからね」
「一体何を――」
ビジターが辺りを見回し、やがて私と目が合った。彼女の声はすぐに震えだした。
「待て、待って何をするつもり。まさかあれで私を消し飛ばそうっていうの!?」
「ご名答」
「レイヴン! 早く脱出を! 今ならまだ間に合います!」
「くそ、くそくそ。あれで消し炭とか冗談じゃない……そんな、脱出装置が動かない!? さっきの衝撃で壊れちゃった!? まって、やだ、いやだ死にたくない。死にたくない! 助けて! お願い! 何でもするから! 殺さないで!」
ビジターは涙声で命乞いを始めた。しかし三週目の私は遠くから静かに見つめるだけで何もしようとしない。心なしか私は彼女がにやけながらビジターを見つめているように見えた。
彼女が光の大剣をチャージしていたのはこのためだった。丁度射線上にビジターの機体が落ちて来た。
「やだ! やだやだやだ! あああああああああああああ!」
ビジターの絶叫に交じって何かを叩く音が聞こえてきた。恐らくそれは彼女が必死に機体の中を叩いている音だろう。そんなことで開くはずがないが、彼女はもう錯乱状態だ。
三週目の私はカウントダウンも何もせず、静かに光の大剣を発射した。青い光がビジター目掛けて飛んでいく。ビジターは直撃する寸前まで喚いていたが、最後に言葉を発した。
「助けてエア――」
青い光が通り過ぎた後にはビジターの機体も、彼女を押さえ付けていた二機の機体も何もかもまるで最初から無かったかのように消えていた。
そろそろ完結が近いです。