クズの惑星   作:聖成 家康

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一章 壊れ合うから、動けない
一話 そこはクズのほし


 固唾を呑む程に分厚い、鼠色に染まった空。

 惑星〈ゲヘナ〉特有の空で、これから大雨が降ることを示す予兆でもある。

 

 こういう時は大概、良くない事が起こる。

 

 深々と生い茂る木々の大地から隔てた場所に聳える、小高い丘の上。

 一人の少女が空色の長い髪を風に靡かせながら、森の様子を伺っていた。

 

「……嫌な空気」

 

 少女――リアは、その翡翠のような輝かしい瞳を細めながら、苦虫を噛み潰したように呟いた。

 もう、この星に来て一年が経つ。

 地球とは違って、多少は自然の豊かさが残ってはいるが争いのせいでそれも失われつつある。

 

「これで借金返せたりしないかな……」

 

 彼女の仕事は高給だ。

 庶民臭い表現をするならば、一月働いただけで毎日外食に行けるほど。

 

 でも、借金は利子で増える一方だし、そんな美味しい仕事に彼女は気乗りしていない様子であった。

 

 

 頭を悩ませていたリアを、びくん!! と飛び上がらせたのは、空を劈くように轟いた凄まじい爆発音であった。

 その後に真っ黒な狼煙が上がり、それを機に鉛玉が空気を駆ける音が度重なって鳴り響いた。

 

「…………」

 

 リアはジト目になりながらため息をついた。

 

 

 

 ――惑星ゲヘナ。

 またの名を()()()()()()()()

 

 人型搭乗兵器〈ストライフ 〉に乗って、戦うことしかできない"クズ"が集まる星。

 

 

  

「……リア・レガリア。これより発進します」

 

 耳に付けた無線機に掠れた声で告げ、灰色のパイロットスーツに包まれたリアはヘルメットを着用した。

 

 

 ――リアの仕事は、そんな"クズ"共を殺すことである。

 

 

 ◇

 

 

 生い茂っていた恵みの木々が、無造作に力無く倒れてゆく。

 砂埃が舞い散り、灰色の空すら地上からは見えなくなってしまった。

 

 砂埃を切り裂き、駆け抜けてゆく影が一つ。

 

 ――鉄の巨人。

 そう形容するに相応しい姿だった。

 全長は十二メートル。黒い合金装甲が胸や腰を覆い、手には身体相応の大きさのビームライフルが握られている。

 兜を纏った兵士を思わせる頭部のゴーグル型複眼が鈍く輝いた。

 

 人型搭乗兵器 ストライフ。その中でも、この機体は《センジャー》と呼ばれる量産機だ。

 

 

『クソ、クソがッ!! さっさと死にやがれ!!』

 

 砂埃を切り裂き出現したセンジャー。大地を削りながら振り向き、それと同時にビームライフルをぶっ放した。

 

 一〇〇mmのビームが砂埃に穴を開ける。

 そこから晴れてゆく視界より、もう一機のセンジャーが降臨する。

 

 対装甲ナイフを両手に携えた黒き巨人は、スラスターによる噴射で猛推進し、矛先を敵機に振り下ろす。

 

 されど相手も阿呆では無く、比較的厚い腕部装甲でガード。

 懐へライフルを忍ばせ、トリガーを引いた。

 

 腸を抉るビーム。赤熱した装甲がどろりと溶けてゆく。

 軽破したセンジャーは後退し、ナイフを投げ捨てた。

 すかさず背中のサブマシンガンへと持ち替え、銃口を向けるや否やぶっ放す。

 

 実弾の雨に晒されたセンジャーは、三十ミリの鉛弾の数々を諸に喰らった。

 

『わりぃな!! こっちも借金があるんでな!!』

『お、俺だって!! クソみたいな母親の介護費稼がなきゃなんねぇんだよ!! てめぇの持ってるアダマン鉱石全部寄越せ!!』

 

 センジャーのパイロット達は、戦闘中にも関わらず無線通信でお喋りをした。

 クズだと分かる会話だ。経緯がどうであれ、やってる事がクズならクズ――”底辺“なのだ。

 

 再び激化しようとする戦場に、天空から降り注ぐ一縷の光線。

 眩い閃光を撒き散らし、両者の動きを僅かに封じた。

 

 

 刹那、天から舞い降りてくる一機のストライフ。

 

 砂埃と震動を生みながら、その機体は大地に降り立った。

 

『な、なんだ……!?』

 

 赤いゴーグル複眼が捉えた姿。

 

 腕と脚は黒、頭は白の装甲に包まれ、胴体は真紅のアーマーによって構成されている。そのスタイリッシュな風貌はヒーローに似た(おもむき)であった。

 

『嘘だろ……』

『で、〈ディヴィ〉が来るとか聞いてねぇよ……!!』

 

 

(二機か……)

 

 紅き鋼の戦士 《プライド》の操縦桿を握るリアは、光学モニターに映る二機の量産機を見て安堵する。

 敵の数は少なければ少ないほどいい。そのほうが”楽“であるからだ。

 

『クソっ……こんなとこで死んでたまるかよ!!』

 

 ライフル持ちセンジャーが動いた。

 真紅の装甲に向け放たれる粒子の線が空気を灼く。

 

 しかし、その攻撃が当たることは無く、背後の木々を根こそぎ焼き払うのみであった。

 

『早……!』

 

 スラスターユニットから蒼炎を噴出しつつ、《プライド》はビームを回避。腿の装甲を展開し、収納された対装甲ナイフを構えた。

 

 敵は現在、どちらも銃を携えている。

 こういう状況こそ《プライド》の真価が発揮されると、リアは理解していた。

 

 操縦桿を捻れば《プライド》が駆け出し、敵機の元へと急速接近。

 対装甲ナイフは小回りが効く分火力が無いことが難点であるが、それは量産機の話だ。

 彼女の機体は特別。故に、ナイフ一振りであれ火力は一味も二味も違う。

 

 放たれたレーザーをひょい、と避けて《プライド》は対装甲ナイフの矛先を突き立てた。

 高周波を放つ刃と合金製の装甲が不協和音を奏で、やがて凄まじい量の火花が生まれる。

 

 装甲を貫通すれば、ドス黒い煙を吹かしながら敵機はあっという間に大破。木々を薙ぎ倒しながら力無く横たわった。

 

「もう一機……」

 

 リアがヘルメットの中で微かな息を吐いた。

 人を殺めた。何度もやってきた事だが、未だに実行する時は現実味が無い。

 

 漁夫の利を成功させようとする《プライド》に、ナイフを拾い上げたセンジャーが迫りくる。

 

『邪魔すんなよぉぉぉっ!!!!』

 

 汚い怒号を無線に撒き散らし、センジャーは二対のナイフを十字に構え突撃してくる。

 

 揺れるコックピットと全身に奔る衝撃が、鉄塊が激突してきた事を是が非でも伝えてきた。

 ギシギシと軋む関節系統と擦れあう合金製装甲が、リアにとって不快な音を掻き立てる。

 

「くっ……!!」

 

 ストライフは量産機であれど侮れない。元々は宇宙開拓用の工業機だったのだ、質量だけはどんな機体も半端じゃない。

 

  

 この機体――センジャーは特に、である。

 

 

 片方の光学センサーを敵機の矛先が貫いた。

 モニターにノイズが走り、次第に視界の確保もままならなくなる。

 耳に障るアラートが鳴り響き、リアは自らの額から冷や汗が垂れるのを感じた。

 

『潰れろぉぉ!!』

 

 赤くなるコックピットで、リアは必死に思考を巡らせた。

『SHUTDOWN』の字が浮かぶ黒いモニターに、先程まで写っていた景色を投影させる。

 

 森林のど真ん中に切り開かれた戦地。

 そこには、無数の木の亡骸が――。

 

「一かバチか……!!」

 

 歯を食いしばるリア。

 揺れるコックピットに並ぶ機器の中から、半分まで倒されているレバーを全力で押し倒す。

 

 《プライド》のスラスターユニットが、大地を焼き払う火力を誇る蒼炎を迸らせた。

 それはやがて倒れた木々へと引火。瞬く間に紅蓮の焔が灼熱の海を作り上げる。

 

 機内の熱が上昇したのだろう。混乱した敵機は、攻撃の手を止めて後退しようとした。

 度胸だけは一丁前だがイレギュラーに対応できないあたり、やはり素人らしい。

 

 ――好機。

 

「逃がすかっ!!」

 

 滲み出る汗を舐めとり、リアは神経を集中させる。

 右腕に構えた対装甲ナイフ。それを限界まで振りかぶり、空気を叩き割るように投擲した。

 

 鉄刃が熱を帯びた空気を裂いて宙を駆ける。

 

 黒い装甲をいとも容易く貫通し、コックピットを射抜いた対装甲ナイフ。

 それを腹に刺したまま、センジャーは骸の如く倒れた。

 

 暑さに絶えられず、《プライド》をスラスター噴射で跳躍させて戦線を直ちに離脱する。

 戦闘が終わった事に安堵していると、本社のものではない無線が入ってきて身構えた。

 

『この”クズ“が……!! 人の心はねぇのか……!!』

 

 さっき倒したどちらかのパイロットの物だろう。こんな事を吐く気力だけは辛うじてあるようだ。

 ノイズとアラートを聞くに、もう長くはなさそうではあるが。

 

「……黙ってよ」

 

 リアは壁を殴りつけながら、険悪の表情で吐き捨てる。

 

 お前を殺さないと生きられない。仕事は達成できず、給料も貰えない。

 これは仕方のない事なんだ。

 

 

 ヘルメットを脱いで少し湿った、空に似た色の髪を圧縮から解放する。

 散り散りになって垂れてゆく、艷やかな髪の束。

 そのうちの一つを指に絡めながら、リアはコックピットで身体を丸めた。

 

 

「私だって、ここで死ぬ訳にはいかないんだよ……!!」

 

 

 嘔吐するよう、そう吐き捨てるリア。

 

 彼女の乗る赤き戦士(プライド)を、空から降り注ぐ無数の雨粒が力強く打ち付けていた。

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