開かれたハッチ。
そこから伸びる鉄板目掛けて、〈プライド〉は滑るように発進。
スラスターユニットから噴き出る蒼炎が、荒野を覆う乾いた空間へ微かな蜃気楼を生み出しながら、赤き鉄の戦士が風を裂いて飛び立った。
凄まじい重力は、中に居るリアにもしかと伝わってきた。内臓が押し潰されそうになっても、この刹那の苦しみを堪える。
腰部に携えたビームライフルを構え、大地を轟かせながら着地。
舞い上がった砂埃の影から、降り立つ〈プライド〉の複眼が勇ましく光り輝く。
『オペレーターより〈プライド〉へ、現在、敵性反応はありません。十分に警戒を』
光学モニターに映る、どこまでも続く荒地をリアは見据えた。
背後に先程見た掘削施設が聳え立っていて、遠くには森林地帯が伺える。
平坦過ぎる。防御兵装が皆無な近接戦特化の〈プライド〉からすれば、良くもあり、悪くもある地形だ。
(これで何円貰えるのか……)
相変わらず、心臓が締め付けられるような緊張に襲われる。
この仕事はいつ死ぬか分からない。
だが、これを辞めたら生きられないほど高給だし、自分から始めたことだから辞める訳にもいかない。
「やってやる……!」
操縦桿を固く握り、リアは掠れた声で呟いた。
やる気を出す時はいつも、一年前初めてフレームに乗った日のことを思い出す。
『熱源確認。数は三!』
アジンの声で、すかさず〈プライド〉を繰る。
ビームライフルを熱源の接近する方へ向ける。
砂塵舞うその先に、確かな機影を捉えることができた。
陣形を崩さず、スラスター噴射で急接近してくるフレーム。
見飽きたその風貌はまさに、分厚い装甲に包まれた鉄巨人。敵機の正体はセンジャーだった。
両サイドの二機に目立った武装は見られない。
だが、中心に立つ機体の武装を見て、リアの全身が震え上がる。
「っ……!」
分が悪い。
それでも、一度戦場に出たら後戻りはできない。
覚悟を決めた者に繰られる《プライド》は、牽制としてビームライフルの引き金を引いた。
空気を焼き払う六十ミリの光線。
それにより敵機は散開。
ゲヘナの荒野特有の濃い砂塵に紛れ、その姿を晦ました。
銃を構え、敵を迎え撃たんとした矢先に、砂塵を切り裂いてセンジャーが突撃。
振り下ろされた対装甲ナイフを機関銃で受けてしまい、使い物にならなくなる。
「うわぁぁっ……! 給料線引される……!」
すぐさま対装甲ナイフで、敵の脇腹を突く。
しかし相手にとって深手にはならず、後退されてしまった。
『ディヴィってのも大した事ねぇな!! ただの赤い骸骨じゃねぇか!』
敵パイロットの煽りが無線から聞こえる。
この機体《プライド》の設計コンセプトは"討たれる前に討つ"。
極めて素早い機動と攻撃ができるよう、余計な装甲は限りなく削がれている。
対するセンジャーは、宇宙のデブリをも防ぐ強固な装甲を持つ。
――彼女の乗るディヴィは、耐久に優れたセンジャーが蔓延る
『リア、〈ヴァード〉を使いなさい。分が悪すぎるわ』
「あ……あれをですか……!」
アジンの提案に、リアは顔を蒼くする。
唸りながら悩みに悩み、苦渋の末にその提案を飲んだ。
「デュエルをお願いします……」
『十秒持ち堪えて』
《プライド》はゴミになった機関銃を投げ捨て、蒼炎を吹かしながら後退する。
それをセンジャーは逃さない。
さながら一兎を追う狩人の如く、二対のナイフを鈍く輝かせ追求した。
『逃げんじゃねえよ! 骸骨野郎!』
その怒号と共に、左方向に熱源を感知。
瞬時に操縦桿を捻り、踵で円月を描きながら回避。
もう一機のナイフによる奇襲を、間一髪で避けることに成功した。
『オレたちの仕事はアダマン鉱石の確保! 加えてディヴィっていう大物を殺せば、給料上乗せ! くひひ! 最高!』
「うるさい! ぺちゃくちゃ喋るな!」
つい一蹴してしまった。
『女ぁ!? こいつはぁ予定変更だな!』
『殺すには惜しいぜ!』
――あぁ、とリアは急に冷静になる。
しゃがれた声で言う様。顔も見た目も見えないが、後先を何も考えていない事が言葉から分かった。
奴らは正真正銘の"クズ"なのに、自分の現在の境遇はこいつらと同じということも。
「……私は……」
操縦桿を持つ手が小刻みに痙攣する。
ふつふつと煮え滾る熱さをぐっと呑み込み、レーダーが捉えた熱源の元へ《プライド》を向かわせた。
光学モニターに映った空を舞う影を、リアは確かに目視する。
それは、一機の戦闘機。
白銀の機体で、両翼の下にはフレームの武装らしき物を携えていた。
戦闘機――〈ヴァード〉は急降下し、両腕を広げた赤きディヴィと影を重ねる。
〈ヴァード〉の機体は半分に割れ、各々がフレームの腕に合うよう変形した。
分断した戦闘機とドッキングした《プライド》の複眼が、美しい蒼の輝きを魅せる。
『んな……! なんだありゃあ!』
『なんつー換装の仕方だ……!』
鋼の装甲を纏った《プライド》は、ぶん、と腕を振るう。
すると、装甲の隙間からビームサーベルが伸びてきて周辺の空気を灼いた。
「絶対殺す……! 殺して……私が生き残る!」
荒野を踏みしめた《プライド》。
砂を硝子へと変える勢いで地面を蹴り上げて、蒼炎の推進力と共に駆け出した。
あまりの速さに対応できないセンジャー。
対策を模索する間も無く接近され、左腕部のビームサーベルでコックピットを一息で貫かれた。
『うがァァッ!!!!』
悲鳴を掻き消すよう、焼け爛れた装甲を引き剥がして、円盤投げの要領で背後の敵機に投擲。
複眼に命中。動きを封じたセンジャーへ一気に接近し、上半身と下半身を分断。
融解した鉄をその身に浴びながら、《プライド》は撃沈する機体を見据えた。
激しい駆動で、瞬く間に息が上がってしまったリア。
それでも、敵はあと一機残っている。
レーザーが急接近する熱源を感知。
それにいち早く気づき、《プライド》を操ったリアは、砂塵を切り裂き放たれた榴弾を回避できた。
『これが《プライド》……なるほど、やはり恐ろしい機体だな』
砂塵が晴れると、歪な形状のセンジャーが姿を現した。
散開前の陣形を見るに、奴がリーダー格なのは間違いない。
『早めに駆除するに限る! それがパーフェクトゲーム!』
二対の榴弾砲が閃光を孕む。
放たれた二つの榴弾は、空気を捻じ曲げながら《プライド》を貫かんとしてくる。
姿勢を低くし、スラスター噴射で回避。
対装甲ナイフを素早く取り出して、ブーメランの要領で投げた。
片方の砲台に掠めるも、痛手にはならない。
それを良いことに、敵機は後退しながら再び弾丸を放った。
対を成す榴弾の間を掻い潜り疾走。
接近と同時に身体を捻って、光の刃を振るった。
片方の砲台を両断することに成功するも、もう片方が照準を定めているのを見てリアは戦慄する。
至近距離でぶっ放された榴弾。
回避行動を取った《プライド》の左肩部を根こそぎ削り取って、砂塵の中へと消えていった。
舞い散る鉄屑が荒野に散らばった。
短いアラートが鳴り、機体の損傷率を彼女に伝えてくる。
左のサーベルは、あと一振りが限界。
対等な状況に追い込まれ、リアの神経が極限まで研ぎ澄まされた。
『貴様を殺れれば、ザラ社の戦力は大幅に下がる。そうすれば我がアスハ社に覇権が近づく!』
相手も警備会社。商売敵を潰したいのが本望のようだ。
ただし状況は劣勢。エネルギーは有り余る程あるが、それを覆せる程の戦術がリアには思いつかなかった。
左腕は今にも折れそうで、敵機の砲台を諸に喰らえば即死。
(せめて援護があれば……!)
僅かな望みに賭けて、右腕部ビームサーベルの出力を上げる。
左の刃は消え、エネルギーは右腕部へと集中し、業火のような勢いを見せた。
「やってやる……! 死ぬよりマシだ……!」
リアは覚悟を決めた。
そして操縦桿を握り直した時、レーダーが新たな熱源を捉える。
「新手――いや、違う……味方……?」
識別コードは《BRAVE》。
どこかで聞いた名前だった。
みるみる内に近づいてくる熱源の正体は、空から舞い降りしフレームの物だった。
その機体は着地の寸前でスラスターを噴射し、華麗に降り立つ。
光学モニターに映されし全貌。
片手には赤と黄色の対ビームシールド、もう片方には高周波ランスが握られている。
その姿はまさに"蒼き《プライド》"だった。
『やっほーリア!! 苦戦中?』
無線に入ってくる弾むような声。
それを聞いて、現状をようやく把握した。
「アッシュ……!」
《プライド》と似ているようで違う、蒼き鉄の巨人。その機体の名を《ブレイヴ》。
『アッシュ・スルト、《ブレイヴ》。援護に来たよ』