8年ぶりに合った彼女が病んでいた件について   作:赤い靴

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6話 数学と科学

 古くから人間には『自由意志』があると哲学者たちは己の人生を掛けて模索していた。

『意志』とは何か?『人間性』とは何か?

 

 その『自由意志』の歴史は、事象が全て決まっているか否か、という「決定論」と「非決定論」の対立であるし、また、人が感じる「自由」と「決定論」の2つが共存できるかどうかの対立も『自由意志』への解明の一歩でもあった。しかし未然として『自由意志』とは謎の存在であった。

 だが科学技術が発展した人類は、「物理学」「生物学」「脳科学」によって『自由意志』の解明が飛躍した。

 と、いっても、飛躍したからといって、その全容が、隅々まで明らかになったわけではない。

 

 だからと言って何も得られていない訳でも無く、僕が愛読する本にはこう書かれていた。

 自由意志とは『親から引き継いだ遺伝子』と『自身の過去・経験』の2つが密接に関係している──と。

 その2つの、言わゆる、()()()()()()()()()()()()は脳に刻まれ、その脳は、()()()()()()()()()のアルゴリズムを導き出す。

 そのアルゴリズムこそが『自由意志』の正体だと唱えた。

 

 では、話を戻そう。

 

 この僕、志紀(しのき) 章文(あきふみ)は今朝のニュース。

 憎き存在である酒井 新(さかい あらた)が何者かに殺された事を知り、真っ先に小学校の頃の友達であり、親友であり、戦友の岸波 和平(きしなみ かずひら)を真っ先に疑った。

 僕のこの『戦友を疑う』という意志とは、僕の『親から引き継いだ遺伝子』と『自身の過去・経験』による脳のアルゴリズムが導き出した、一つの解答だ。この場合『遺伝子による判断』よりも後者の『自身の過去・経験』が最重要だろうと思われる。それ故に『自身の過去・経験』について注目しよう。

 

 小5の夏。学校を休み始め、酒井と岸波に合わぬまま中学時代を過ごし、高校2年の5月、僕は私立能生高校の生徒となった。つまり小5から数えて凡そ6年ぶりに再会した事と、酒井の死によって、状況は一変した。

 

 昨日僕は岸波と出会い、結衣とともに食事をした。彼は『アキフミを一目見たかった』と言っていたが…違う。ヤツはそんな単純な男ではない。

 僕より知的で、僕より賢い岸波は『警察に捕まる前に話をしたかった』などと言う男ではない。

 

 僕は…()()()()()()()()ような気がしてならない。いや…僕は今、彼に試されているんだ。そう断言しよう。

 きっと、このような思考に至ることを、岸波は──知っているハズだ。なんせ僕の戦友だから。

 

 僕らは理数が好きで仲良くなった仲だ。特に僕が算数で、岸波が理科が大の好物であった。よくそれらを用いて持論を主張しあった。

 だから、今回の問い掛けを質問者自身──岸波風にアレンジしよう。数学的に…科学的に……

 あるいは、僕の親父が書くミステリ小説の様に表すとこうなる。

 

 

【問題】

 何故僕は岸波を真っ先に疑い、また彼は、リスクがあるにも掛からわず、僕に顔を合わせたのか、を証明せよ。

 なお、解答に至るまで神学的概念を一切含まれないものとする。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

「オハヨーお兄ちゃんー。ん?どうしたの…?」

 

 長い長いヘアセットを終わらせた妹の千蒼(ちひろ)は、ふわりと髪をなびかせながら椅子に座った。

 そして──

 

「あっ!!このヒト!!お兄ちゃんが小学生だった頃の担任だよね!?ざまぁ見ろ!インガオーホーね!」

 

 とテレビを指して言った。

 正直、千蒼の一言によって救われた。

 酒井の訃報は余りにも突発的で、妥当と感じた。脳内では岸波の姿が充満していたが、妹の五月蠅い声により掻き消された。ところで……

 

 死人にそう言うのは…少なからず失礼だと思うが、僕自身、酒井が亡くなって少し心が軽くなったのは事実だ。

 別に酒井を殺した犯人に対し、手を上げ盛大に喝采を送るだとか、ネットで『良くやった』などの書き込みをしたい、だなんて思っていない。

 ただ──因果応報。千蒼が吐いたその言葉は、僕も共感した。

 

 中学生の頃。確かに僕は友達が居なかったが、他の人の話は耳に自然と入るため、酒井の動向は粗方知っていた。

 なんでも、新たに持ったクラスで一人、亡くなってしまった子が居たそうだ。自殺ではなくて『事故』。下校中、用水路に誤って転落し亡くなった。

 その子が死んだ原因は酒井であると、僕は微かに思ったが……結局うやむやになり時が流れて行った。…その子は僕と岸波と同じく()()()()だと後に知った。

 僕は警察でも無いし、探偵でも無いので、その件についてはこれ以上の情報は知らないし、僕の行き過ぎた思い込みの可能性もある。

 

 それらも加味して僕は、千蒼の兄として言った。

 

「千蒼……現に酒井は亡くなっているんだ。だから…それが本心でも、あまり口にしない方が良いかも知れない」

「でもお兄ちゃん。コイツが、お兄ちゃんを苦しめた…小学校の青春を…潰したんだよ?」

 

 青春って言葉は特に、青年時代を差す言葉らしいが……『小学校の青春』?コイツにとって小学生は、少年少女じゃ無いのか?

 

「だが現にアイツは、先生としての評判は良かった。つまり僕は、少年のときから社会負適合者だったんだろう?」

「もう…!そうやって、いつもいつも自分の責任にして……!!パパはどう思ってるのよ!」

「ブッ…!?え”……俺!?」

 

 親父は千蒼からの予想外のパスにより、口に含んだコーヒーを盛大に吹いた。

 深く腰掛け、机の縁に新聞を器用に立て掛けていた為、吹き出されたコーヒーは新聞紙を薄黒く染め上げた。

 ゴホゴホと咳を数回し、濡れたそれを畳み親父はティッシュで口元を拭い言った。

 

「別に……特に……何も……。章文が健康でいれば十分だろ?…確かに小学校のPTAでは…さんざん親御さん達から不登校について言われたが……章文が中学に上がって対場が逆転したからな。中3の頃なんて、

 どの先生も章文を褒めていたし……。テスト結果はほぼ満点、生徒会長まで完璧にやり遂げたってな」

「おいおい親父ぃ~。僕を褒めたってなにも出ねぇぜ?」

「美味しいコーヒーは出る。と、いうことで宜しく」

 

 そういって親父は、僕に空のマグカップを差し出した。「しょうがねぇなぁ」と椅子から立ち上がり僕は、台所に向かった。

 

「なんでこんなに仲がいいの……!?ちょっと引く…」

「「まぁ親子だしな」」

 

 あら、親父と台詞が被ってしまった。

 千蒼はドン引きの眼差しを僕らに向け、僕の横のシンクで洗い物をする義母は、静かに笑っていた。

 このなんとも言えない空気を破り捨てたのは、末っ子であり、我が家の天使でもある朱音だった。

 

「あかねもパパと仲良くするー!」

「んん?そうかそうか、朱音も仲良くしようなー。よーし、今日はパパと保育園に行こうか?」

「ママがいいー」

「……」

「うふふふ。ママは嬉しいわ~」

 

 魂が抜けた親父の方に、熱々のコーヒーを置き「残念だな」と僕は言った。

 その後、慎重にゆっくりと啜り、液体の(かさ)が減った事を確認し、マグカップを持って立ち上がった。執筆活動にでも移行するのだろうか。

 

「ママ~。今日の夜にお客さんが来るらしいから…。また朱音の送迎が終わったら話すね~」

「そうなの?編集者さん?」

「ん~。俺の…腐れ縁の親友だな。まぁ、また後で」

 

 そう言って親父は、リビングを後に1階の自室に向かってしまった。誰だろう?お客さんって。

 その時であった。『ピコン』と僕のスマホに連絡が届いた。結衣かな~、とやや気分が上がった。だが違った。

 

 親父であった。

 メッセージはとても簡単で『自室へ。そのあと返信して頂戴』と書かれてあった。

 何か、今日くるお客と関係が有るのだろうか?それとも亡くなった酒井の関係なのだろうか?

 

 食事を手短に済まし、妹に怪しまれないように、いつものペースを守って自分の部屋に向かった。

 階段を上がり、2番目のドアを開ける。そして──

 

 僕は親父に返答した。

 

 

 ◇◇

 

 

「部屋に着いたぞ。てか、どうしてそんなに回りくどい事をするんだ」

 

 僕のメッセージは直ぐに既読が着き、30秒もしない間に親父から文が送られた。

 

『俺の腐れ縁の親友から連絡が届いた。今夜、この家を訪ねるそうだ』

「いや、誰だよ」

『前に話した事があるだろう?()()の<五十鈴(いすず) 宗一(そういち)>と言う男だ。時折僕と釣りに行く、あの男』

 

 思い出した。そして肝が冷えた。

 刑事がこのタイミングで会いに来る、と言う事はつまり…酒井を殺した犯人の目星が凡そ分かっている。そう思った。

 

「いやそもそも、警察が訪ねるのに、こうして言いふらして良いの?五十鈴さんって、天然?」

 

 と、僕は至って冷静に、親父に送った。

 

『まぁ五十鈴だしなぁ…。アイツは頭のネジが一本、飛んでるんだよ。昔から』

『どうであれ、いずれにしろ』

 

 数十秒後、新しいメッセージが送られてきた。

 

『俺はお前に確かに伝えた。この後、どうするかはお前次第だ。お前の人生だからな。悔いが無い様にしろ』

 

 まるで僕の心の底を──解っている様な文面だった。僕の心を抉るような文面だった。

 朝、新聞を見て黙っていたのは、僕よりも先に酒井の訃報を知ったからであろう。

 昨日僕は『友達とご飯に行くから』と連絡はしているものの、かつての同級生の岸波の名前は出していないはずだ。

 

 ではどうして?親父はこのような内容を送ってこられる?

 僕が知らずの内に、岸波の名前を出していたのか?それとも……

 いや。ここで考えていても意味が無い。僕にはやるべき事がある。『岸波からの問題を解き、伝える事』。

 刑事がこの街まで迫ってきている。その為、僕に残された時間は少ないと考えた方が良いだろう。もって…あと数日。

 

「なんか良く分からないけど、ありがとう。その刑事さんは何時頃、家にくるの?今、クラスの委員長と放課後に、文化祭の出し物を決めているんだ」

『文化祭?いいな。俺は来れる?』

「一般公開は2日目だそうだ。そこのところは千蒼が詳しいんじゃないか?でさ、何時頃?」

『すまん。五十鈴は18時頃に来るそうだ』

「あーそう?了解」

 

 そう答え、僕は適当にスタンプを一つ親父に送った。

 

 

 ◇◇

 

 

 親父も僕同様にスタンプで締めくくった。

 

 いすず……五十鈴…。あぁそうだ──爽快な性格で、偶に親父を誘拐し、夕方に魚と共に親父を解放する調子の良い男。

 少し痩せ型の高身長で、親父と同じ様な目の下の隈が特徴だ。そして──人形の様な…不気味な美しさを覚えている。

 僕が幼い頃、その五十鈴という刑事に『刑事コロンボ』のモノマネを披露された記憶がある。彼の影響もあり、一時それにドはまりした。

 

 まぁそれはさて置き。登校の時間がやって来た。

 正直学校を休んで、岸波の問いについて考えていたい所だが、そうはいかない。

 今休んでしまえば悪目立ちする。妹にも、親父にも、結衣にも、刑事の五十鈴に対しても──

 

 だから僕は、制服に着替え階段を下りた。妹は既に靴を履き替え、僕を待っていた。

 その最中、親父が顔を出した。見送りに来たのだろうが……先程のやり取りもあり、心臓が跳ね上がった。

 そして親父は──

 

「いってらっしゃい」

 

 手を軽く振り、笑顔を浮かべて言った。

 僕らの日常では、当たり前の出来事なのだが、今日は、その行為が異質に感じた。

 だけど……

 

「いってきます」

 

 違和感はあるが、そう返すのが常だろう。間違ってはいない。

 ごくごく当たり前の返しを、僕と千蒼は親父に返し、ドアを開けた。

 今日の空は、昨日と同じ曇り模様だった。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

「でもさ章文くん。そもそもの話だよ。()()()()()()()()()()()()()じゃん」

 

 僕のクラスの委員長。榎本(えもと) 綾香(あやか)は、僕と彼女しかいない自習室でそう言った。

 放課後──。室内の蛍光灯が、放課後の自習室を照らした。今現在も天気は悪く、外は薄ら暗かった。

 

「……。だが…昨日アイツは──僕に合いに来た。それには意味があるはずだ。岸波は…そんな男だ」

「…そうね」

 

 榎本は椅子から立ち上がり、時計を見た。16時12分。

 今日は水曜日ともあって、授業のコマは少なかった。その為、いつも以上に放課後が長い。

 そして本日も榎本は、先生から鍵を借り『クラスの出し物を決める』という名目の下、この自習室を使っている。

 昨日僕らが使用した部屋と同じ。つまりは、人気が無い別棟(べつむね)と言うアドバンテージを利用し榎本と、岸波が示した問題について話し合っている。

 

 こうなったにも理由がある。

 全ての始まりは僕の妹、千蒼が原因だ。登校時、途中で結衣と合流した僕らは適当に話ながら歩いていた。

 だが、頭のネジが少し足りない妹は、結衣に朝の事件……酒井の訃報と僕の過去を話した。

 じっくりではない。とてもあっさりと。しかしクリティカルに。

 

『お兄ちゃんが小学生だった頃の担任の先生がさぁ、亡くなったんだってさー』

 

 たったこの一言。

 だが、結衣が僕が置かれた状況を理解するのには時間は掛からなかった。余りにも彼女の手元には、綺麗に当て()まるピースが揃っていたからだ。

 それからは早かった。

 

 結衣は、自身では解決できない問題だと判断し、この学年の成績トップの榎本に助けを求めた。だからこの自習室には結衣が居ない。

 それは──彼女なりの僕への配慮なのだろう。それとも、昨日会った『気の合う相手』が殺人の容疑が掛かっている事に恐怖し、立ち去ったのか。

 だがまぁ……結衣の性格を見れば前者であろう。

 

 そして僕と榎本は此処に居る。

 

「じゃあ」

 

 榎本は口を開けた。

 

「章文くんは、岸波くんが犯人だと…本気で思っているんだね」

「にわかに信じ難いが…確信しているんだ」

「でもそれってさ──」

 

 榎本は言った。

 矛盾している、と。

 

「章文くんは、その矛盾した状態で今日一日、岸波くんについて考えていた。それじゃあ、問題は解けないよ」

「確かにそうだな……。僕は未だ…岸波が殺人を起こした事について受け入れられていないんだろう」

「そうね。じゃあ、岸波くんが出題した問題の様に、数学的に考えましょう」

 

 榎本はチョークを取り、慣れた手つきで黒板に文字を書いて行った。

 右端に『よって岸波くんは、犯人である』と書き、左側に『小3の冬。章文くんと岸波くんは出会った』と書いた。

 あぁ…このやり方ならば、おそよ間違えが出ない安定したやり方だろう。

 

「岸波が犯人として、の前提──演繹法(えんえきほう)とは…流石は委員長だな……」

「これが一番手っ取り早いでしょ?これに矛盾があれば、岸波くんは酒井さんを殺していない証明になるんだから」

 

 じゃあ──。榎本は言った。

 転校した小3の冬から、不登校になった小5の夏までの事を──

 

「私に話して」

 

 そして僕は話始めた。

 今まで深く暗い、心の底に置いていた思い出を。

 

 僕が心から敬愛する、アリストテレスの三段論法を活用しよう。

 その場合は、以下の様になる。

 

 大前提:酒井の手によって人生を狂わされた()()()()()『自身の過去・経験』を『岸波』は持っている。

 小前提:『犯人』には()()()()()『自身の過去・経験』を持っている。

 結論 :故に『犯人』は『岸波』である。

 

 この結論が、音を立てて崩れる事を僕は、切に願っている。

 

 

 


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