ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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パンサラッサがJCに出走登録したので初投稿です


一話

 ――馬券を買うのがとんでもなく下手だった。

 

 競馬との出会いはありきたりだが会社の先輩に勧められてだ。

 最初は『賭け事なんて・・・・』と食わず嫌いをしていたものの、気付けば休日に上司からかかって来る電話を無視して競馬場や場外馬券売り場――ウインズ――に入り浸る日々。

 

 好きな馬以外は見えなくて、応援してる騎手以外は買えなくて。専ら買うのは単勝馬券。

 複勝なんて"狡(こす)い"真似はなんだか『想い』が鈍るような気がして、精々好きな馬が同じレースに二頭以上出て来た時のみ馬単や馬連の馬券を買う程度。

 

 当然収支はマイナス方面に突き抜けて、件の先輩には買った馬券を見せる度に散々に笑われることが多くなったわけだが、先輩だって、いや、世間の人々の大半が日々ソシャゲの課金や、或いは他の事で金をドブに捨てていることを思えば、所詮は人間なんて脳内麻薬に飼いならされた猿擬きでしかないのだと笑って受け流してやることも出来た。

 

 兎に角自分は馬券を買うのが下手で、自分の『好き』に見切りを付けることが下手で――

 

 ――そしてどうやら、死んで輪廻を巡る事すらも下手らしい。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おぉー、あれが未来のダービー馬・・・・ダービーウマ娘か。

まだ本格化が始まったばかりの時期だっていうのに既に頭一つ・・・・いや、三つ四つは抜けた実力だな」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 

 通称トレセン学園と呼ばれる全国のウマ娘たちの憧れのその学園のグランドで、今日は本格化を迎えたウマ娘達による選抜レースが行なわれていた。

 

 勝ってその場で契約が決まる者、負けてその場を後にする者。

 勝者と敗者、そして未出走者が入り乱れるその会場で、今し方行われた第19レース。

 

 芝2000で行われるその勝負を制した勝者の名は『サクラチヨノオー』。薄っすらとピンク掛かった髪色と、犬っぽい愛嬌のある雰囲気が特徴的なウマ娘であり――

 

 ――そして、何処か遠くの世界で1988年第55回東京優駿を制した競走馬と同じ名前を持つ者である。

 

 そんな彼女は現在新人から中堅、ベテランまで大勢のトレーナーに群がられており、その性格故か渡されるままに突き返す事も出来ず現在進行形でその両手を名刺で埋めていっている。

 

「あの様子だと、流石に新人の俺にチャンスは無さそうか・・・・。

・・・・ヤエノムテキは勿論、ディクタストライカサッカーボーイも似たような感じだったし、スーパークリークは元々仮契約していたトレーナーと本契約・・・・結局、88世代クラシック三冠を獲った娘は全員スカウトすることも出来なかったわけだが・・・・いっそダイサンゲンダイユウサクでもスカウトしてみるか?

 

(――というかオグリキャップは何処だよ!!?)」

 

 さて、サクラチヨノオーを相手に勧誘合戦が行われている賑やかな一団からは一転、トレーナー集う観戦エリアの片隅に独り言をブツブツと呟く不審な男が一人いた。

 

 とは言え言動こそ怪しいものの男の身元は新品のスーツの胸元に光るそのトレーナーバッジが証明しており、鳥林樹(とりばやし いつき)と言う名の彼は、今年からトレセン学園に正式に配属される新人トレーナーの一人である。

 

(・・・・にしても先輩方の相マ眼は外れないな。

ウマ娘の方がしっかりその才を示してるのっては勿論あるが、それでも全然未来のG1馬――の名前を持った娘を見逃してくれ無いのは流石の一言に尽きる。

・・・・オグリが居ても結局似た様な結果だったんじゃ・・・・いやまぁその場合は俺の本気度もまた変わるか。自分の手に余るんじゃないのかって気持ちも無くは無いが、だとしても彼――この世界では"彼女"だろうが――を見逃す無欲な生き方が出来る程悟って無いし老成もしてない・・・・まぁそもそも居ないからどうしようも無いんだがな)

 

 はぁ~~、と。自分ですら気付かぬ間にため息を吐くのは未だに一人のウマ娘も勧誘できていないが故か、或いは、『とても楽しみにしていた誰かの走り』を見ることが出来無かった故か。

 とは言え新人トレーナーが勧誘合戦に敗北して落ち込むのはある意味この時期の風物詩でもあり、まさか一度も勧誘しに行かずにこのザマになっているとは思いもしない周囲の人間は、陰鬱なマイナスオーラを垂れ流す彼のことを不審とは言え特段気にも留めなかった。

 

 もっとも、重賞レベルを飛ばしてG1レベルのウマ娘しか眼中に無かった事実を知れば、間違いなくその背中を蹴っ飛ばしてもっと他のウマ娘にも目を向けろとお叱りの言葉を口にしていただろうが。

 

 とはいえ、事前の評判や体付き以外はまだデビュー前故全てのウマ娘が横並びにしか見えないこの状況で、しかし何の因果か彼だけはその先に至る未来の一つ・・・・の様なものを知っている状態なのだ。色眼鏡越しにしかレースを見れなくても仕方ない部分はあるだろう。

 

 ――まぁトレーナーとして褒められた姿勢じゃない事実に変わりはないのだが。

 

(残っている俺が知ってるこの世代の競走馬と言えば・・・・スーパークリークやヤエノムテキと比べれば見劣りするが重賞二勝、宝塚二着のミスターシクレノン、ダービー馬のブライアンズタイム、G17勝のグッバイヘイロー(尚後者二頭は海外馬)、後は・・・・あぁそう言えばあの子がいたな)

 

 思い描くは見事な黒鹿毛と500kg超の大きな馬体が特徴の重戦車・メジロアルダン。

 

(結果としてG1タイトルに手が届くことこそ無かったものの十分にG1級。"色々問題はあるだろうとはいえ"ミスターシクレノンよりは今後台頭する平成三強――オグリキャップ(未確認)、スーパークリーク(さっき走ってた)、イナリワン(最近大井の新バ戦に出てたのは知ってる)――に対して勝ち目が有る。

・・・・とはいえ前の世界だと幼少期の馬体自体は良かったらしいし、何よりこの世界では一馬産家を飛び越えて日本を代表する名家、『メジロ家』の娘、且つ"四"冠(トリプルティアラ+エリザベス女王杯)メジロラモーヌの妹だからなぁ・・・・絶対注目度と、あとは競争率半端ないよなぁ・・・・)

 

 などと考えている鳥林を他所に、選抜レースのプログラムは特にアクシデントも無く順調に進行していく。

 

 とはいえサクラチヨノオーやヤエノムテキをスカウトするつもりだった彼が並みのウマ娘の走りを目にしてスカウト迄決心を固められる筈も無く、段々脳内で大真面目に最強ダイサンゲンダイユウサク育成計画を練り始めた頃、レース場にとあるアナウンスが鳴り響いた。

 

 内容としてはどうも第28Rに出走予定だったメジロアルダンが体調不良を理由に出走を回避したらしい。

 

(・・・・まぁ居ることは分かっただけオグリよりはましか。

何処にいるのかねぇ、あの怪物英雄は・・・・やっぱ笠松?)

 

 なんて、現在進行形でオグリ不在の衝撃が継続している樹自身は特に重く受け止めるようなことも無かったのだが、しかしどうやら周りのトレーナーはそうでは無かったらしい。

 

「う~ん、姉があのメジロラモーヌだから見ておきたかったんですが、どうも"ガラスの足"って噂は本当のようですね」

 

「あぁ、なんでも合同練習――担当するトレーナーがいないウマ娘の為の合同トレーニング会――のトレーニングにすら耐えられない程足が弱いらしく、参加はしても直ぐに練習を抜けるらしい」

 

「聞きました聞きました。

とはいえ一応才能自体は有るみたいなんですが・・・・練習にすら耐えられ無いとなるとその才能も磨きようが有りませんし・・・・メジロの血統、メジロラモーヌの妹であることを差し引いても正直スカウトは躊躇します」

 

「レースで無理する云々以前の問題だからなぁ・・・・」

 

 そう噂するトレーナーは一人や二人では無い。

 配属されたばかりの新人トレーナーを除けばかなりの数のトレーナーが知っていたようで、特段彼女の発走辞退に驚いた様子も無く、各々が知っている噂に付いて話し合っている。

 

(マジか・・・・仮にもダービー二着だぞ?それも(一着と)差の無い)

 

 なんて思っていてもそれを誰かに共有出来る筈も無く、気付けば第28Rは彼が名前を知らないウマ娘の勝利で終わっていた。

 

 ――しかし、鳥林にとってそんなことはもうどうでも良かった。

 

(メジロアルダン・・・・昨年姉のラモーヌが四冠を取ったことも有って競争率ヤバそうだと思っていたんだが・・・・案外ねらい目か?)

 

 続々と発走される29R、30Rを見ることも無く、彼はただただ記憶の彼方にある黒い重戦車の姿を思い出す。

 

(問題点は・・・・まぁ考える迄も無く体の弱さを俺がカバーしきれるか・・・・後は単純に実績のない俺を向こうが受け入れてくれるか。

他のトレーナーが嫌がろうと、この世界のメジロ家なら札束で殴って名義を借りたり、後はトレーニングを見て貰わなくてもメニューの作成くらいは依頼できそうだからな・・・・。

『他に居ないだろうしトレーナーになってやる』なんて大上段からスカウトしても逃げられるのは目に見えているし・・・・なんならメジロの権力で閑職に追いやられるかもしれないし・・・・。

どうやって契約成立に漕ぎ着ける?)

 

「――いや、先ずは本人を知る所からか」

 

 結局、此処でうだうだ何かを考えようとそれは何処か遠くの世界のメジロアルダンを基にした考えでしかなく、この世界のメジロアルダンの情報から導き出される思考では無い。全くの無駄では無いだろうものの、しかし本人の情報を知ってから導いた結論に比べれば差は歴然だろう。

 

 ――スカウトするにせよ、しないにせよ、だ。

 

(合同練習の様子や個人でトレーニングしてる所は当然覗くとして、問題はどう話しかけるか、だよなぁ・・・・前世も今生も年齢=彼女いない歴の人間に現役女学生とコミュニケーション取れって地獄かよ。

まぁ言っても事務的な感じで接すれば最低限何とかなるか・・・)

 

「はぁ・・・・」

 

 ため息を一つ吐いた後、鳥林は熱気溢れる選抜レースの会場を後にした。




明日の朝に次話投稿します
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