ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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今週も頑張ったので初投稿です。


十一話

『ダート800M新バ戦、10人が収まりまして――ゲートが開いて今スタート!!』

 

 新バ戦だからだろうか。

 ややばらけたようなタイミングで10人がそれぞれゲートから飛び出る中、一際目に付いたスタートを切ったのは最内一番のフジマサマーチと、そして五番のオグリキャップであった。

 

 片方は良い意味で、もう片方は悪い意味で。

 

「しゃあっ!!」

 

「マーチ♡」

 

「さっすがマーチ、笠松の星ぃ!」

 

「あら?……五番の方、思いっきり出遅れたようですね」

 

「ス、スタートの良し悪しなんて誤差だから…こっから余裕で全員捲るからまぁ見とけって……」

 

 スタンドではメジロアルダンが自身のトレーナーに信じられ無い物を見るような目を向ける中、ターフではウマ娘達の位置取り争いが収拾していく。

 

 早々にスタートダッシュを決めたフジマサマーチは三番手の絶好位を確保。対して出遅れたオグリキャップは十番手の最後尾。

 

 五人の注目する二人の序盤戦は、見事に明暗分かれる結果となった。

 

「ははっ、また靴紐がほどけでもしたか?」

 

 その上オグリキャップは何処かぎこちなく走っており、それを見たルディレモーノがそう揶揄するのだが、対して目を凝らしてオグリキャップを見ていた鳥林の眉は次第に険しいものになって行く。

 

歩様足運びがおかしく無いか?

靴紐云々で済むなら笑い話にもなるからまだマシ――いや、どちらにしろ危ないから笑えんのだが」

 

 加えて、オグリキャップの受難はそれだけでは終わらない。

 それは、第三コーナー――800Mの競争なので第一、第二コーナーは存在しない――に差し掛かったところで突如として起こった。

 

『おっと六番ウォークダンサー、コーナーを曲がり切れず外五番オグリキャップに衝突しました。審議です、審議のランプが点灯します』

 

 実況の言う通り、六番のウォークダンサーがコーナーを曲がる遠心力に耐えきれず、外に居たオグリキャップに衝突したのだ。

 

 ――必然、オグリキャップも外に弾き飛ばされてしまう。

 

 対し、フジマサマーチの居る先頭集団は後方のいざこざとは無関係であり、そして第四コーナーのカーブに入る中、既に二番手迄位置を押し上げていたフジマサマーチは、足の鈍り始めた先頭サウスヒロインにぴったりと貼り付いていた。

 

 そして、サウスヒロインが口を割って外によろけた次の瞬間――

 

『フジマサマーチ、スパートをかけた!!

速い速い!並ばず先頭!!フジマサマーチ、先頭に立った!』

 

 ――空いたうちのスペースに上手く切り込み、彼女は先頭を奪取する。

 

「ヤバッ!超早い!」

 

「すっげ…」

 

「がんばえーーー!!」

 

 フジマサマーチのスパート。周りと足色が完全に違うその速度に、ノルンエースはその勇姿を収めるべくスマホの写真機能を起動し始め、ルディレモーノの語彙力が溶け落ちる。ミニーザレディに至っては精神年齢の著しい低下が確認された。

 

 何れにせよ、この日この時会場に居た誰もが彼女の勝利を幻視した、その瞬間――

 

「……来ますね、五番の方――いえ、オグリキャップさん」

 

「ふむ、その心は?」

 

「目の色が変わりましたから。

彼女はまだ、諦めていないようです」

 

 ――ダァァァァァァンン!!!

 

 その爆音は、オグリキャップが直線に侵入した直後に鳴り響いた。

 

 弾け飛び、巻き上げられる砂の雨。

 体を低くした有る種異様な走法で、その足音を轟かせながらオグリキャップが進軍する。

 

 四コーナー出口からゴールまでの直線が僅かに201mしか無い中、それでも残り100mに届く前に彼女はフジマサマーチ以外の全ての走者を撫で切った。

 

『おおっと!!?大外からゼッケン五番!オグリキャップ!!ここで仕掛けて来たぁー!!!』

 

「「「はァーーーーーー!!?」」」

 

「……足は無事で済むと思うか?」

 

「済まなかったとして、それは今気にすることですか?」

 

 今は彼女の輝きを見届けるのを優先すべきでしょう、と。視線をオグリキャップに固定したままメジロアルダンはそう言う。

 

「あぁクソ!!君はそういう娘だったな!

負けるなー、オグリキャップー!!あと怪我もするなー!」  

 

『逃げるフジマサマーチ!追うオグリキャップ!一騎打ちだァー!!』

 

 興奮を隠せない実況の声とともに、フジマサマーチ、オグリキャップの両者は共にもうひと伸びを見せ、そして残り100mの標識に差し掛かる。

 

 とはいえ明らかにオグリキャップのスピードが優勢。フジマサマーチの方は意地だけで抜かせていないような状況であり、しかしどうしてかオグリキャップは今一スピードに乗り切れていない。

 

(――右足をかばう様な走り方……せめて復帰可能な故障であってくれよ!!)

 

 忸怩(じくじ)たる思いの中、それでもオグリキャップを応援して、そして彼女がゴール板に差し掛かろうと言う正にその時―― 

 

 ――ガクン、と。

 これまでとは違い明確に、オグリキャップの速度が一段も二段も急減速した。

 

 ギョッとした視線を向けるのはフジマサマーチ。それでも、彼女は勢いのまま一番初めにゴール板を通過して、そして会場のあちこちから拍手が鳴り響いた。

 

「マーチー!」

 

「やっぱマーチ最強だな!」

 

「泥ウサギめ…驚かせやがって……」

 

 各々の声援を送る笠松トレセンの三人娘。対して、鳥林の表情は非常に悪い。

 無論それは賭け……ミニゲームに負けたことが原因では無く、"あの"オグリキャップが故障しているかもしれない故だ。

 

 まだ決まった訳では無い。

 若しかしたら単につまずいただけとか、彼女の走った場所だけとても足回りが悪かったとか。希望とすら呼べないそれらの可能性に賭けて祈るような気持ちでじっとオグリキャップを見つめ続ける。

 

 何か行動を起こさないのは一応この場において自分がただの一般人であることを理解しているが故。此処は地方、ローカルシリーズであり、中央トレセン学園のトレーナーとは言えおいそれと関係者面をしてスタッフに指示を出すことは躊躇われるのだ。

 

 加えて、彼女のトレーナーがもう既に動いているかもしれない。

 それを考えれば、悪戯に現場を混乱させるような行動は取れなかった。

 

 尚当のオグリキャップはと言えば、何処か呆然とした顔で着順の表示されている掲示板を眺めている。

 握りしめる両の拳は悔しさの表れか、ただ足を痛がっている様子が無いのだけが幸いだろう。

 

 少しして、彼女の方へと駆けて行くミディアムヘアのウマ娘が一人。

 そのウマ娘、ベルノライトツインビーと何事かを話すオグリキャップが、どういう会話の流れか足を上げて見せると、シューズの底がベロンと半ばまで剝がれ落ちた。

 

 その様子を見てオグリキャップの不調の理由を察し、安堵のため息を吐く鳥林と、そしてメジロアルダン。

 

 先程は無事で済まなくても見届けると言った彼女であったが、それでも別に破滅を願っていたわけでも無い。無事で済むならそれに越したことは無い、と安心したのだ。

 

「ふぅ~~にしても、良いもん見たな。アレは間違いなく化けるぞ」

 

「えぇ、私もそう思います。

若しかしたら来年の東海ダービー制覇者は彼女かも知れませんね」

 

「ふん、あんたらも漸くマーチの凄さが分かったか!」

 

「流石マーチ…かっこよすぎ♡」

 

「ま、今更気付いたってあんたの諭吉は返さないがな!」

 

 フジマサマーチの勝利によって得意気な様子を隠しもしない三人。しかし、鳥林とメジロアルダンの頭上にはハテナマークが浮いていた。

 

「あの、何か勘違いしていませんか?

私達が言っているのはオグリキャップさんの事なのですが……ですよね、トレーナーさん?」

 

「そうだな。

フジマサマーチの勝利は素直に祝うべきことだが、それはそれとしてオグリキャップはあの靴であの末脚だ。まぁ真面な見どころは最後の1fしか無かったが、それでも可能性を感じさせるには十分だった。

――あ~気を悪くしたなら悪いが、負けて強しってやつだ。あんな靴で出走したのは自業自得だが、とはいえ道中あれだけの不利が有ってクビ差の二着。今後を楽しみに思っても仕方ないだろう?」

 

「……ッ!それでも勝ったのはマーチでしょ!?てかあんたトレーナーなの!!?」

 

「うん?そう言えば碌に自己紹介もしていなかったか。

俺は中央でトレーナーをやっている鳥林だ。こっちは担当のメジロアルダン」

 

「「「中おッ!?メっ!?!?!?」」」

 

 無論、こんな地方都市であろうとメジロの名は知れ渡っており、加えて再三になるが去年はメジロラモーヌがティアラ三冠を達成している。ウマ娘としてその名が何を意味するか、分からない訳が無かった

 

 ――もっとも、だからと言って、急にへりくだって接するような"育ちの良さ"は持ち合わせていないのだが。

 

 驚愕から立ち直ったノルンエースが質問する。

 

「あんた達が多分凄い人たちだってこと分かったけどさぁ、だったら余計になんでマーチの事軽く視んの?

そりゃあまぁあの泥ウサギが不利な状況な中多少頑張ってたのは認めるけどさ、でもマーチはその泥ウサギに勝ったじゃん。マーチの方が凄いでしょ」

 

「……少し酷な話をするし、信じたく無ければ信じなくても構わんが、今日示したフジマサマーチのあの能力は幼少からの積み重ねが元になっていると見た。

君達同年代が各々好きに遊ぶ中、朝から晩まで走って走って走って走り続けて身に付けた。あれはそう言う走りで――そしてそれ"だけ"の走りだ」

 

「それ"だけ"って……」

 

「"それだけ"は"それだけ"だ。

多少の走る才能と、そして努力の才能が有ったんだろうことを感じられる。そんな走り。

――そしてその程度の才能は、中央なら最低条件として誰もが持っている。故に俺みたいな中央のトレーナーがウマ娘を見る場合、そこにプラスして何を持っているかを重視して、オグリキャップはそれを満たしていた。それだけの話だな」

 

 SP3はこのまま頑張れば、一つ二つ壁を越えればSP2に手が届き、東海ダービーは余程の用意が無ければ獲れず、中央で勝ち上がりたいなら気の狂ったようなトレーニングが必要。

 それが、フジマサマーチに対して、鳥林が下した評価であった。

 

 無論、地方とは言え重賞を勝てると言っているのだからこれはかなり高評価にあたる部類なのだが、当然そんなことをフジマサマーチのファンである三人が認められる筈がない。

 

 無いが……しかし中央のトレーナー相手に反論出来る程説得力の有るナニカを彼女達は持ち合わせていなかった。感情的に何か言うのは意味が無い。向こうは事前に、信じたく無ければ信じなくても良いと言っているのだから。

 

「……あの泥ウサギなら違うって…SP1を制覇したり、中央でも走れるって言うわけ…?」

 

 思わず、お茶を濁した様な言葉が思わず漏れ出る。

 

「……君たちは見ていなかったかもしれないが、オグリキャップは掲示板敗けた証を見て血が滲むまで己の拳を握りしめていた。言い訳をせず本気で悔しがる、あれも一つの才能だろう。

たくさん食べる才能、それを存分に活かしてトレーニングが出来る体、末脚、競技者として結果を有るが儘に受け止め、さらにそこから奮起するメンタル。

これだけのものが揃っていればSP1と言わず東海ダービーは先ず獲れる。とはいえ中央は――来ても空き巣しかさせない」

 

「……は?空き巣?」

 

 急に出て来た意味の分からない単語に、思わず鸚鵡返しするノルンエース。

 

「あぁ空き巣だ。

悲しいことに彼女はうちのメジロアルダンと同世代のようだからな。仮に中央に来てもこの娘と競い合う場合は負けて貰う。とは言えそうでないレースではそれなりに勝つことも有るだろうから、まぁ空き巣しかさせない、と。そう言っているんだ」 

 

 今日鳥林が此処に来たのは、嘗ての世界の一番星と同じ名を持つウマ娘を見に来たのと、そして何よりそのウマ娘が"彼"と遜色ない実力を持っていた場合、潰す挑む覚悟を決めるためだ。

 

 ――そして覚悟は、もう数か月前に決まっていた。

 

「「「…………」」」

 

 これまで好きに遊び惚けて来て、トレーニングなんてそこそこしかやって来なかった三人にその覚悟の伴った言葉はあまりに重くて。何か反論することなど出来ようはずも無く、ただ俯いて沈黙することしか出来なかった。

 

「トレーナーさん、貴方が私のことを将来重賞戦線、いえG1戦線で走る器であると期待していることはよくよく知っています。

その上で"空き巣なら出来る"、なんて。そこまで高評価だとは思いませんでした。

私は精々彼女はオープンに上がれるか、上がれないかくらいだと見ましたが?」

 

「ふむ、俺にバイアスが掛かっているのは認めるが、それでも彼女は並みの重賞くらいは軽く獲るぞ?

――まぁそういう訳だ。これ以上俺たちが此処に居ると君達も楽しめないからもう帰る事にするが、君達が新バ戦で勝利出来ることを祈っているよ。それと渡した一万円は好きに使ってくれ」

 

 それじゃあ帰ろうか、といって自身の担当と共に席を立つ鳥林。

 その光景を見ていると、ミニーザレディは己の財布の中にある一枚の紙きれが、どうしようもなく価値の無いものに思えて仕方なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

~六月某日・東京レース場~

 

『東京ダート1600M、新バ十人が収まって――今、スタートしました!!』




設備とか才能とか色々差異を上げて来たけど、一番の違いはT大の入試より厳しいハードルを越えて来たトレーナーの差だったって話。


――マーチに対して厳しくない?

>>史実の彼の中央挑戦の結果が四戦四敗且つ全レース最下位なので、気遣いとか何もない鳥林に評価させるとこうなります。とは言え坂路地獄に投げ込めばミホノブルボン式させればオープン位は行けるだろうと、全く無理とは言いませんが。
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