ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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卒論の推敲が全然終わらないので初投稿です。
多分こんなことしてるので終わらないんだと思います。


十二話

 

 ダートは芝の二軍である。

 誰かが明確にそう言った訳では無いし、アメリカなんかでは寧ろダートの方が芝のレースより活気があると聞くが、だとしても日本では、そして中央では、確かにダートは芝の二軍だと、そう言う認識が出来ていた。

 

 理由としては、やはり東京優駿やオークス、天皇賞やジャパンカップと言った中央の主要なG1レースが芝で開催される点や、同グレードの重賞レースにおいても芝のレースの方が賞金額が高い点、他に観客の興味も芝の方に偏っている点などが挙げられ、要は芝の方が環境が整っているのだ。

 

 名誉。賞金。称賛。

 この三つが芝にある以上必然的に世代の中でも才の有るウマ娘達は芝に流れるし、仮にその三つに興味が無かったとしても、ダートに有るものは大抵芝にも有るので態々好んでダートを走る意味が無い。

 

 結果として、ダートは選手の層が薄くなり、何処か"出涸らし"感が、つまり"二軍"感が漂っているのだ。

 

 無論、ダートの適性が高く、ダートでこそ本領を発揮できるからこそダートを走っている、そういう娘も居るだろう。

 ダートを盛り上げたいだとか、ダートに"も"共に走りたい"ウマ娘ちゃん"が居るからとか、或いは単に、芝より勝利が近いからとダートを走っている娘も居るかもしれない。

 

 だとしても、この世の大半のウマ娘達がそうであるように、多くのダートを走るウマ娘達もまた、心の何処かではこう思っている筈なのだ。

 

 ――ダービーに出たかったと

 

 ――天皇賞を獲りたかったと

 

 ――有馬記念で一番人気に推されたかったと

 

 しかしその夢を諦めて、毎年少なく無い数のウマ娘が芝を諦めてダート路線に舵を切る。各々が各々の理由で、だ。

 

 無念が有っただろう。悲しみが有っただろう。

 

 ダート路線に舵を切った後、ダートでも並みの成績か、それ以下しか残せなかったのであればまだ諦めも付くのだろうが、しかし勝ち続けた場合、増えていく自身の収得賞金を眺めるその勝者の胸中には、如何ほどの想いが渦巻いているのだろうか?

 

 それでも、自分に与えられたが選んだステージを、自分に配られた手札で勝負するしか走るしか無いのがこの世界ウマ娘のレースであり、そして芝で走るには重すぎる筋肉を持つ者達の、芝で走るには切れる足が無い者達の居場所こそがダートなのだ。

 

 ――だからこそ、腹立たしい。

 

 芝で走れる素質を持ちながら、新バ戦だけダートで済ませる奴らのことが。

 特に思い入れも無い癖に、足掛け程度にダートを走る奴らのことが

 

 ――稍重の、一番走りやすい時だけダートでトレーニングをしに来て、バ場が重以上の時は私達が泥だらけの時は他のトレーニングに逃げる奴らのことが!

 

 そんな奴らに、ウイニングライブで堂々センターを明け渡すなんて、そんな屈辱が許されて良い筈がない。

 

 ――だから、メジロアルダン。

 ――覚悟しろ、ここは私の私達の戦場だ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――」

 

(気を張っているんじゃない、自分の意識に没入している。

正しく集中出来ていると言える状態だ)

 

 東京レース場の与えられた控室の中、自身の担当、メジロアルダンを見て、鳥林は内心既に今日の勝利を確信していた。

 

(能力的に一つ飛び抜けているこの娘が慢心も何も無く本気で――死力を尽くして走ろうとしているんだ。他の娘達はご愁傷さまとしか言えんな) 

 

 一応の懸念点としてはダートへの適応だが、彼はそれに関してももう十分克服させることが出来たと見ていた。

 鳥林は一週間程前からメジロアルダンに本番用の蹄鉄を解禁させてトレーニングを行わせていたのだが、その際、メジロアルダンが足裏と足首を上手く使って、ダートでも申し分無く推力を地面に伝えて走っていたのを確認しているからだ。

 

(流石に本職と同じレベルでは無いし、そういう奴等の集うリステッド準重賞以上のレベルに出すとなれば厳しい勝負を強いられることもあるだろうが、今日のような新バ戦や……なんならプレオープン一勝~三勝クラスレベルまでであれば何の問題も無い)

 

 後は故障だけが不安材料では有るものの、芝と比べれば対戦相手の実力が高くなりにくく、また速度が出にくく負担のかかりにくいダートでなら、まだ本格化しきっていない――したからと言って体が強くなるとは限らないが――メジロアルダンの体でも十分生還は可能だと。そう鳥林は分析していた。

 

(……最悪、故障するにしても、それがレースで勝った後なら問題ない。

故障の程度によるが、今はまだ六月。皐月賞は若干怪しいかもしれんが、来年のクラシック戦線には十分に間に合う――能力低下が怖い所では有るがな)

 

「――トレーナーさん」

 

 期待と、そして一抹の不安が共存する胸中で、その不安をどうにかしようとウダウダ言い訳を並べる中、しかしその思考は、メジロアルダンの静かな声に搔き消された。

 

「ハハッ……なんて――」

 

(――頼もしい……)

 

 そう思えるほど、気迫が違った。

 

 別に集中力や気迫の有無でバ体に差が出る、或いは輝いたりする訳では無い――無いのだが、それでも鳥林は、レースの後、自身の担当がウイニングライブのセンターで元気に踊っている姿を確かに幻視した。

 

「トレーナーさん?」 

 

「あぁいや、何でもない。調子、良さそうだな」

 

「貴方のお陰です。

今日まで私を鍛え上げてくれて、我儘にも付き合ってくれました。

――必ずやレースでお見せしましょう、今の私を」

 

「そう気合を入れても他の子の心を折るだけになると思うんだが……まぁ言って止まる君でも無いか。見届けるよ」

 

「それでは――行って参ります」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「今日の新バ戦に出場するメジロアルダン。なんでも話によるとあのメジロラモーヌの妹らしい」

 

「どうした急に」

 

「昨年、有馬記念では九着と惨敗したものの、それでもシニア期の活躍が期待されていた彼女は、今年に入って突如としてドリームリーグへの移籍を発表した。

引退でこそ無いものの、今後間違いなく表に顔を出す機会が減るであろう彼女を思って気落ちしていたファン達にとって、姉と交代するように現れたメジロアルダンの存在は一番星の生まれ変わりに等しい。間違いなく挙って応援するだろう――実力が伴っていれば、という但し書きが付くけどな」

 

「今日の走りはその試金石、と言うことか……」

 

No,it won'tいいえ、そうはなりません!

アルダンお嬢様は誰かの代替品で収まるような小さな器では有りませんから!

今後のトゥインクルシリーズの主役はお嬢様で決まりです!」

 

 観客席でどこぞのメイドが一般の――妙に印象に残るがあくまで一般の――観客に絡んで行く中、メジロアルダンはターフの"芝"を踏みしめていた。

 

 東京ダート1600Mは少し特殊なコースをしている。

 スタート地点が向正面右側の芝ポケットからスタートするのだ。

 

(……これがレース場。

二月前、いいえ、これまでも何度も来ている筈なのに、こんなに違うなんて……)

 

 ターフの感触、匂い、吹き抜ける風。

 それら全てが、これまでとは一変して感じられた。

 

 加えて――

 

(――敵意、でしょうか?

突き刺さるような視線が多いように感じます……)

 

 『一番人気だから』では済まないほどの敵意。

 新バ戦ゆえウマ娘同士の力関係がはっきりしておらず、他に誰をマークすれば良いのかまだ曖昧なこともあり、今日このレースに出場する大半のウマ娘達の意識は、"自身の勝利"と、そして"余所者の排除"に割かれていた。

 

 ――しかし、それらの敵意も、レース場の緊張感も、メジロアルダンはその全てを己が輝くため内にて燃やす燃料へと変換する……変換出来てしまう。

 

 麗しき、静謐なるその第一印象とは裏腹に、彼女もまた、姉と同じくレースに取り憑かれたウマ娘であるが故に。

 

(――血沸き、肉躍るとはこのことを言うのでしょうか。

抑えようとしても、抑えきれないこの衝動――あぁいえ、抑える必要なんてもう無いんですよね)

 

 抑える必要は無いと、メイクデビューだろうが全力で走って良いと、そう言ってくれた言ってしまった鳥林の顔を彼女は思い出す。

 自然とこぼれた笑顔は、何故か周囲のウマ娘達を怯えさせる結果となった。

 

 そんな一幕が有りつつも恙無くゲート入りは終わり、そして――

 

『東京ダート1600M、新バ十人が収まって――今、スタートしました!!』

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 全員がまずまずのスタートを見せ、二頭の逃げウマ娘、四番オレンジシュシュと九番ディスティネイトがハナを主張し合う中、先行以下のウマ娘達は位置取り争いを――始めなかった。

 

 理由としては、スタートから最初のコーナーまで約640M続く非常に長い直線が有る事と、そして内のレーンより外のレーンの方が芝の部分が長く続くため、内に寄らない方が速度を出しやすいという事情が挙げられる。端的に言って、位置取り争いの為とは言え初っ端から内に寄って行く意義が非常に薄いのだ。

 

 まだある。

 この640M続く長い直線の内、スタートから最初は下り坂が400M程続いているのだが、当然その下り坂によって全体のペースは速くなる。そんなペースの中で、斜行を取られないよう内に切り込んで行こうと思えば、よっぽど速度を出してハナ付近まで位置を上げてから内に切り込むか、或いは逆に、速度を落として位置を下げつつ内に寄せていくしかない。

 無論、そこまでしなくても隣と脚質が違えばそのレーンが空くことは有るだろう。その時はその時で内のレーンへと寄って行けば良いのだが、しかし移動したレーンの、その隣のレーンまで都合よく空いてくれるとは限らない。

 

 結果としてこのコースにおけるバ群の形成は他のコースと比べて著しく遅れる傾向が有るのだが、当然今回のレースでもその現象が再現され、そして――

 

 ――一番人気のメジロアルダンが、まさかのドフリーのまま序盤を走り切る事態が発生する。

 

 彼女を邪魔者だと思っているウマ娘は確かに居た。

 囲ってやろうとも、そして前を走って砂をかけてやろうとも思っているウマ娘も確かに居た。

 

 寧ろ殆どのウマ娘達はそう思っていたし、なんならメジロアルダンは三枠発走と非常に囲みやすい内枠からの発走であった。

 

 しかしその妨害を、『展開の中で機会が有ればやる』のと、『コースの攻略法を捨てて意図的にやりに行く』のでは、余りに必要な意識レベルが違ってくる。

 

 仮に自分が高い意識レベルでメジロアルダンをマークしに行こう、進路を塞ぎに行こうとしたとして、隣のレーンを走るウマ娘の意識レベルが低ければ、その娘が自分の走りを第一に考えるタイプであれば、早々マークまで漕ぎ着けることも、進路を塞ぐ位置まで辿り着くことも出来ないのだ。

 

 それが、メジロアルダンが包囲網とはとても呼べないその囲いの中を、誰憚ることなく自身のペースで駆けている"しかけ"であった。

 

(ここまではトレーナーさんの術中。ありがたいことです――)

 

 無論、鳥林はダートウマ娘達の怒りまで読めた訳では無い。

 それでも、皆が皆メジロラモーヌの妹を警戒することくらいは流石に読めるし、その警戒に対して対策の一つや二つを用意する程度の知識はある。

 

 結果として、当初の意図とは多少違う部分は有るものの、それでも作戦は正しく機能していた。

 

(――しかし此処からは、私の力が試される場面)

 

 スタートから400Mほど続いた下り坂は終わり、眼前には入れ替わるように上り坂が立ち塞がっている。

 流石にこの頃になるとバ群も形成されてきており、そしてそのバ群は、当然の様にメジロアルダンを中心としたものであった。

 

 無論、登りで斜行なんてすれば走行距離の関係で無駄に体力を使う為、まだ本格的に彼女に寄せて来る人物はいないものの、しかし登り坂は100M程の距離しか無い。

 あとほんの数秒もすれば、坂を登り切った者から順に内に切り込んで来ることは想像に容易いだろう。

 

 選択肢は二つ。

 今この瞬間にも足を使い、進路が塞がれる前に位置取りを上げれるだけ上げるか。或いは何もせずこのまま囚われるか。

 

 後者は一見不利を喰らうだけの様な選択肢にも見えるが、しかし東京ダート1600Mは足を溜めることが非常に重要なコースだ。終盤のバ群捌きに自信が有るなら、寧ろコースの正攻法と言える選択肢だろう。

 

(……姉様の勇名は何時までも逃げ切れるものではありません。

であれば此処で、一度しっかり対峙しておくことも必要でしょう)

 

 数秒後、前は閉ざされ、横にも後ろにもぴったりとウマ娘が張り付く中――

 

 ――それでもメジロアルダンは、自身の勝利に少しの疑いも抱かなかった。

 




メジロアルダンがこんな戦闘狂みたいなキャラな訳ないだろ!

>>『血が沸く』とは実際アプリで言ってますし、シングレでもオグリに対して『私を楽しませてくれるかしら』と独白しています。なので私の解釈としては割と戦闘狂な面も有ると思っています。


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