ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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気付けば結構お気に入りが増えていたので初投稿です。
ウレシイ……ウレシイ……

それはそれとして誤字報告確認する時は穴があったら入りたくなります。


十三話

「――楽なレース展開にはしなかったか…」

 

 バ群の中に消えた自身の担当から視線を切って、鳥林はそんなことを呟いた。

 ターフビジョンの方を確認してみれば、そこには前方から飛んで来る砂にも負けず、我慢強く走っているメジロアルダンの姿が映っている。

 

(無理に足を使わなかったのは俺としては有難いが、さて吉と出るか凶と出るか……)

「うぅー!あんなにも露骨にお嬢様を囲って来るなんて!

お嬢様ー!今は忍耐の時ですよー!! 」

 

 鳥林の隣で、そう声援を送る女性の名前は天利サキ。

 メジロアルダンの専属メイドである事は確かなのだが、とは言え何故かレース場にまでメイド服で来るほど奇特な人物であり、またドジっ子感と残念美人感が滲み出ている。表情の豊かさとシイタケお目目が特徴だ。

 

 一応二人は今年の一月、メジロアルダンが一時期入院していた際お見舞いに来た鳥林が、生活用品を持ってきた天利と遭遇する形で顔を合わせており、その時以来見れば挨拶を交わすくらいの関係に――鳥林は収めようとしている。

 

 如何せん天利のハイテンションとコミュ力陽キャ力、何よりお嬢様自慢のせいで上手くいっていないのだが。

 

(マシンガントークだけならまだしも、知らぬ間に背後を取ってくるからちょっと怖いんだよな…この人……)

 

 今日も一般人に絡んでいるところを見かけ、それなら後で挨拶すれば良いだろうと離れた撤退した所を、気付けば背後から声を掛けられ捕まっている。

 

「トレーナー様!あんなに囲まれて、お嬢様は大丈夫なんですか!?」

 

「さぁ?」

 

「――さぁ、って……えぇ!?分からないんですか!!?」

 

「一応バ群で揉まれる訓練は積ませましたよ?トレーナー居ない子にちょっと走り方見てやるからって声かけて集めて。ただあそこまでガチガチなのはやらせて無かったですからね。

あの程度でアルダンの気力と集中力を削り切れるとは思いませんが、とはいえ華麗にバ群から抜け出せるかって聞かれたら『分からない』としか答えようがない」

 

 じゃあどうすれば、とアワアワし出す天利。

 そそっかしいその姿に、鳥林は溜息を吐きながら言葉を続けることにした。

 

「……まぁ大丈夫じゃ無くてもバ群を抜け出せなくても問題ありません。このレースに出ているのは"未勝利バ"では無く、あくまで"新バ"なので。

まだ自分達の勝利を、そして実力を"疑えない"彼女達では、終盤の勝負所で必ず『よくばりの犬』になってしまう。アルダンを前にして、その隙はあまりに致命的だ」

 

 『よくばりの犬』とはイソップ寓話に登場する物語であり、書いてある内容としては『二兎追う者は一兎も得ず』が近しいだろうか。

 

「つまり今アルダンお嬢様を囲っている彼女達も、最終直線に入ればその役目を捨てて各々ゴールに一目散と。そう言うことですね!」

 

「そう言うことですし、それを咎めるための東京ダート1600M、最終直線525Mです。

最後に純然たる実力勝負を強要するこのコースにおいて、紛れは有りません」

 

 言い切る鳥林の姿にキラキラしたシイタケお目目を向ける天利。 

 "普段の言動はどうあれ"美人の子にそんな目を向けられて何も思わないはずも無く、ニヤ付きそうになる顔を何とか保つ鳥林は、しかしその内心で同時にこうも思っていた。

 

 ――こんな保険、君には必要無いだろう?と。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『さて、一度前から振り返って行きましょう。

先頭を走るのは四番オレンジシュシュ、その外追走九番ディスティネイト。

この二人が逃げる中、一バ身離れて六番ゴージャスパルフェ、更に一馬身差七番ジュエルアズライト、その直ぐ後ろ、内に一番ダウンハングアウト、外に十番ビロンギングスが走ります。

さぁそして!一番人気、三番メジロアルダンはここに居ました七、八番手。

外を走る八番アルベドベラドンナと後ろを走る五番キーカードとの距離が近いことも有り、一見囲まれている様にも見えますが、これは大丈夫なのでしょうか?

最後方は二番ヴィオラリズムです。 

第三コーナーに入ってバ群が中段に集中して来たようにも見えますが、さてここからどう言ったレース展開が繰り広げられるのか――』

 

「フゥー」

 

 前から砂が飛んで来る中、それを吸わないようにして、メジロアルダンは一度大きく息を入れた。

 

 コーナーだから、と言う理由も勿論有るが、それ以上に一呼吸置いて自身の意識を切り替えるためだ。

 

(これほどの囲い、無為に藻掻いても体力を消費するだけでしょう。

加えて、仮に無理に抜け出してもその先のプランが無ければまた捕まるだけでしょう。

先ずは落ち着いて、気力の消費を抑えつつ呼吸の回復に努めます)

 

 無論、今回で言えばマイルの、しかも新バ戦だ。

 無理くり抜け出して、その後他のウマ娘との能力差に任せたロングスパートでゴールすることも、まぁ出来なくは無いだろう。

 

 しかしそれは戦前メジロアルダンが彼女のトレーナーに見せると言った『今の私』では無い。

 彼女は、何時も自分に寄り添い、期待してくれている鳥林に対して、彼の期待に応えたいと――否、越えたいと思っていた。

 

 ただ勝利するだけでは不足なのだ。 

 期待を超えて、観客の彼の心に忘れられぬ軌跡を刻んでこそ意味が有る。寧ろそうでなければ意味が無い、と。彼女はそう考えている。

 

(内…空いてきましたね……)

 

 東京ダート1600Mの3,4コーナーは非常に大きなワンターンのコースだ。

 故に極端にペースを落とさなくても、しっかりコーナリング出来るのだが、しかしメジロアルダンの前を走る一番、ダウンハングアウトは"妙に砂を飛ばす"走り方をしているようで、それ故か、力と、そして体が外に滑っていた。 

 

 レースは先頭を走るオレンジシュシュが第四コーナーの出口に差し掛かったところであり、もう間もなく終盤の直線勝負に入ろうかという所。

 

 ダン!と地面を踏みしめて。

 

 音に反応し、慌てて内を絞めるダウンハングアウトの、その"外"からメジロアルダンの進出は始まった。

 

 なんでそっち側から出られるの!?とダウンハングアウトの顔が驚愕と混乱に塗り潰されるが、別に難しい話では無い。

 コーナーと言う特性上、彼女が蹴って巻き上げた砂は進行方向に対し"斜め"に飛んでおり、そしてメジロアルダンの横に付けていた八番アルベドベラドンナがそれを嫌がった。ただそれだけの話ではあるのだが、しかしコーナーは、外に逸れたいという願いを余りにも簡単に叶えてくれる。本人が意図しない程に、だ。

 

(だけど、まだバ群から抜け出たわけじゃ――)

 

 それは誰の心の声だったのか。或いは、今の光景を"見ていた"ウマ娘全員が同じことを考えていたのかもしれないが。

 

 とはいえその思考願いは、余りにも希望を持ち過ぎていると言わざるを得ない。

 なぜなら現状メジロアルダンの前を走る七番ジュエルアズライトは、誰が自分の後ろを走っているか分かっていないのだ。

 

 無論足音から自分の後ろに誰かが来たことは分かっている。分かっているが、レース終盤、先行で走って来て自分のスタミナを考えながら直線で何処に出て、そして何時スパートをかけるかを問われているこの場面コーナー出口

 

 これがメイクデビューだと言うことを差し引いても、態々後ろを振り向いて確認したがるウマ娘は中々いない。

 

 ――一番人気が、未だ檻に囚われていると信じているのなら猶更。

 

 自分の前を走る六番ゴージャスパルフェが、逃げ二人が何時垂れても良い様外に持ち出すのに合わせて更に自分も外に進路を取る中、其処に居るはずの無い、居て良い筈の無い人物が自分の内から抜け出して来る光景を見て、彼女はその時何を思ったのだろう。

 

 確かなことは、余りにも驚きすぎてしまい横に寄れ、ついその居て良い筈のない人物にレーンを譲る余地を与えてしまったと言うことだ。

 

 レース巧者のメジロアルダンがそれを見逃すはずも無く、そして――

 

 ――誰も居ない、ただ黒々と続くダートだけが、彼女の目の前には存在していた。 

 

 スタンドから聞こえる万雷の喝采が彼女の体を打つ。

 吹き抜ける風は、まるで彼女の背中を押しているようで。 

 

 もう抑えなど聞くはずも無く、メジロアルダンは気付けばスパートをかけていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あ、折れたな」

 

「えぇ!?!?!?」

 

 いきなりの不穏な言葉に、天利は思わず自身の主から視線を外して隣を見る。

 

「そ、それは一体……」

 

 恐る恐る聞く彼女の声色に反して、しかし鳥林の声色はいつもと変わらない平坦なものだった。

 

「あぁいや、他の選手のメンタルの事です。

まぁあんだけ綺麗に抜けられて、その上あんな速度で坂上っていかれたら仕方ないのかもしれませんが……にしてもこれは――」

 

 実況が速い速いと叫ぶ中、みる間に後続とメジロアルダンの差が開いていく。

 差し、追い込みのウマ娘達が此処まで溜めた足を開放して走っているものの、しかしその顔には追いつこうと言う気概が見えない。

 

 追いつける未来を、彼女達自身が思い描けていないからだ。

 

(――これが、メジロアルダンの今。十数年、故障と隣り合わせの中でも歩き続けて来たその成果。成る程確かに――)

 

 ――輝いている。

 

 最後は六バ身差の差を付けてメジロアルダンがゴール板を横切ったその時、鳥林は思わずと言った様子で感嘆のため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

「お疲れ、今日は最後まで見ていたが……良い走りだったな」 

 

 鳥林がスタンドから控室に戻ると、既にそこにはメジロアルダンが待機していた。

 

「……トレーナーさん、ありがとうございます。

お陰で今の私を全て出し切る事が出来ました」

 

 そう言うメジロアルダンの声と、そして表情は、しかし言葉に反して何処か元気がない。

 

「ふむ……とても勝者の顔には見えないが……負けた子からなんぞ嫌味でも言われでもしたか?」

 

「……いえ、確かに恨めしい視線は感じましたがそれだけです。

そうではなく……この会場にいらっしゃる方々に私を刻み付けるにはまだ足りなかったようで……」

 

「あ~~それなぁ……」

 

 鳥林のその反応は如実に心当たりが有る事を示していた。

 というのも彼はこの部屋に来るまで、レース場のあちらこちらで『メジロラモーヌの妹が』という声を聞いていたからだ。 

 無論メジロアルダン自身を称える声も有ったのだが、とはいえこういうのは嫌な声程よく聞こえるモノ。

 一部の声なんて無視しておけ、と言ってもそう簡単にはいかないだろう。

 

「私の輝きは、今はまだ私を経て姉様の威光を思い出すのみに留まっている――それが少し、悔しいんです」

 

「……成る程。なら君はどうすれば良いと思う?どうすれば、その悔しさが消えると思う?」

 

「――超えます、姉様を。

クラシックのG1制覇でも、シニアのG1制覇でも――或いは凱旋門制覇でもBC制覇でも、あの人の出来なかったことを為して、私は皆様に私自身を刻みこむ」

 

(……これは、どうだ?)

 

 もう昔の事の様に感じる半年ほど前、鳥林は彼女に目標か、或いは夢を持てとそう指示した。全力とやけくそを混同しない様にと。

 

(少なくとも、メジロラモーヌを明確に超えたと言えるまでは大丈夫、か?)

 

 有難いことに、メジロラモーヌはG1を四勝したウマ娘だ。

 それもただの四勝では無くティアラ四冠であり、単純にG1を五勝したからと言って超えたと言えるようなものでも無い。

 

(つまり何かの間違いで凱旋門制覇とかしない限りは、早々間違いは"起こせなく"なる)

 

 もっともこの世界で凱旋門制覇などやらかせば、仮にメジロアルダンがやけくそを起こして故障したとして、無限にクラファンとURAから資金を引っ張って来るパワープレイで完治までこぎつけられそうな気がしないでも無いのだが。

 

「――分かった、それなら俺も応援できる。明日からはその目標に向かって頑張って行こうか」 

 

 分かりました、と。鳥林の言に了承したメジロアルダンの表情は、漸く何時もの穏やかなモノに戻って――

 

「――あぁそれと、改めてメイクデビュー勝利おめでとう。

自分の担当が勝つことがこんなにも出資馬が勝つこと以上に嬉しいことだとは思わなかった」

 

「ふぇ……?」

 

「今日の君の輝きを、俺は今後一生忘れない。本当にありがとう」

 

 ――控室から出た二人が天利と合流するまでの間、彼女の顔はずっと真っ赤に染まっていた。




当然の様に一口馬主にも手を出していた鳥林。尚出資馬が勝つこと以上にとかルビ振ってますが、結果はお察しです。
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