後今回も短め且つ本編とはあまり関係ない話です。
次から漸く本編に戻れる……。
目的の無い、というか日常会的な話がここまで書けないとは思いませんでした。難しいねんな……
『「「お帰りなさいませ、お嬢様。
いらっしゃいませ、鳥林様」」』
玄関の左右にズラリと並んだ執事とメイド。
相手が主家の者とは言え、年下のメジロアルダンに対し、年上の彼ら、彼女らが心からの礼を尽くして出迎えるその姿は、しかして一般人の鳥林からしてみると非常に不可思議で、非現実的な光景であった。
無論彼は自身の教え子が名家のお嬢様で、それも"あの"メジロ家の血筋であることを頭では理解していたし、言葉使いや身に纏っている装飾品、時たまお出かけの移動にお抱えの運転手を使っていることから実感として育ちの良さも感じている。
とはいえ、メジロアルダン自身が学園における自身の立場をただの一生徒として位置付けていることや、割と気さくであること、加えて鳥林が一番顔を知っているメイドが天利サキであったことにより、何処か彼女とその背景を分けて考えていたことも事実である。
一応家庭訪問で一度だけ訪れたことは有るものの、その時だって精々使用人が一人、目的の部屋まで邸宅の中を案内してくれただけだ。
或いは、彼女が天皇賞の盾を目指す家の柵に縛られる様な子であればまた違ったのかもしれないが、幸か不幸か、彼女の目標は其処に無かったことも大きいだろう。
――そこに来て、目の前の光景である。
加えて、そんな彼等の態度を当然のモノとして受け取り、『ただ今帰りました』と笑顔で応じるメジロアルダン。
(……やべぇ……今更だがアルダンってマジでメジロの血族なんだよな……。
……俺のこれまでの言動とか知られたらワンチャン殺されんじゃねぇの?)
教え子の祝勝会と言うことで嫌がりつつも最終的にはノコノコ連行されて来た鳥林は、しかして玄関を潜ったその先に広がる文化の違いに、彼はもう既に若干帰りたくなって来ていた。
それでも何とか気力で耐え、胃の悲鳴を無視しながら案内されるが儘に祝勝会の会場へと向かう。
通路の途中途中には美しい壺やら絵画やらが飾られていたものの、当然楽しむ余裕など有るはずも無く、寧ろたとえその瞬間地震が起きても体勢を崩さない意識でもってその横を通り抜けた。
そうして、『新バ戦勝利おめでとうございますお嬢様』の言葉と共に始まる祝勝会。
と言ってもお茶会の規模を少し大きくしたような催しでしか無かったし、仕事が有るのか、参加してくれている使用人も入れ替わり立ち代わりで少しせわしなく感じる所は有ったものの、参加者が気兼ねなく無く思い出話に花を咲かせ、近況報告で笑い合えるのであれば、それは些細な事でしか無いだろう。
そんな中、当然と言えば当然だが鳥林にも話は回って来る。なんせ彼はメジロアルダンの――"お嬢様"のトレーナーだ。
今後のローテーションや、世代の力関係、そして――
――ダートとは言え、お嬢様をこんな早い時期にレースに出せるようにしたなんて、どうやって体質を改善したんですか?
なんてことを聞くのに、これほどうってつけの人物もいないだろう。
――もっとも、前二つは兎も角、最後の質問に関しては冗談じゃないと言うのが、鳥林の感想であるのだが。
『してません。時間が解決する問題でも無いと思ったので、勝てるか否かで出走の判断をしました。
怪我をした時、クラシックに向けてリハビリ期間を長く取れるようにとの思いも有りましたが、根本として彼女の足が強靭になったとか、そんな事実は存在しません』
(言えるわけがねぇ…夜道を襲われても文句言えんぞ……)
「……ハハハ……体質の改善はまだまだ途上ですよ(噓偽りのない本音)。
色々と不安も有りましたが、結果に繋がって嬉しい限りです。
慢心せず、今後も結果を残していけるよう頑張って行きたいですね」
――謙遜が過ぎますよ
などと返って来るが、無論全て本音である。
とはいえ向こうもメジロ家に仕えている人間であり、鳥林がその飯の種を易々と話してくれるとは思っていなかったようで。特に追及も無く『今後もお嬢様を頼みます』との言葉と共に、あっさり仕事へと戻って行った。
「すみませんトレーナーさん。
もしかしなくても、私のせいですよね?」
隣に座っていたため会話が聞こえていたのだろう。メジロアルダンが小さな囁き声で謝って来る。
今更ながらに、自身のスタンスが、鳥林が周囲へ――メジロ家は勿論、学園や、今後はファンやマスコミなどへ――出走経緯などの諸々を説明する際の文言を難しくしていることに気が付いたのだろう。
「……まぁ担当した当初から分かっていたことだし、それ込みで君と契約したんだから気にしなくて良い。そもそも幾ら君が走ることを望んだからと言って、秋以降で無く六月に走らせたのは俺の判断だからな。
それでも罪悪感を感じてくれているのなら、四月みたいな予定に無い無茶を止めてくれればそれで十分だ」
「それは――はい、勿論です。
流石にもうあんな我儘は言いません」
「……言っといてなんだが、言うだけは言えよ?我儘。
溜め込まれるのは、それはそれで支障を来すし、案外対応できる場合だってあるかもしれないからな。まぁ基本は却下すると思うが」
「いえ、話を聞いてくれると言うだけでも十分です。……割と本当に」
「そこまでか?
なら良かったが、今は君の祝勝会中だからな。あまり憂う様な顔は見せない様にしろよ?」
その後も何度かひやりとする話題は有ったものの、話題をすり替えたり、勘違いを誘発させたり、何とか無難に着地させていく鳥林と、可能であればそのサポートに回るメジロアルダン。
そんな二人に、最後に声を掛けて来たのは、メジロ家の頭首にして一族の人間から"おばアサマ"……もとい、"おばあさま"と呼ばれる女性だ。
よくもまぁそこまで舌が回るものですね、と。彼女はメジロアルダンの望みや鳥林の入れ込み具合を知っているからか、その声には多分に呆れが含まれている。
「おばあさま、いらして下さったんですね!」
「えぇ、予定が想定していたより早く終わったので何とか顔を見せることが出来ました。
電話では既に一度伝えていますが、改めて、新バ戦勝利、おめでとうございます。これからも弛まず、精進するように」
人によっては厳しいと評する者も居るだろう。中央での新バ戦、或いは未勝利戦の突破は、正直それだけで就活で自慢できるようなことだからだ。
それでもそう言うのは、メジロの家の"格"を重んじるが故か――或いは、メジロアルダンの実力を信じているが故か。
「――そして鳥林トレーナー、貴方も……正直手綱を取れているとは言い辛いようですが、それでもアルダンをここまで導いてくれたことには感謝します……正直六月での新バ戦挑戦は正気を疑いましたが、結果が出ている以上は何も言いません。今後も、我らメジロの者を黙らせ続けてくれることを願うばかりです」
「どうでしょうね。
ただ全力は尽くします」
「……保護者代わりとしては素直に『分かりました』と答えて安心させて欲しかったのですが……まぁそれが貴方なりの誠意だと受け取っておきましょう」
その後、時たま会話していると"おばあさま"から呆れた様な視線が飛んで来ることになったものの、それでも祝勝会はおおむね盛況の内に終わるのであった。