本当は12/31か1/1に投稿したかったのですが、書きたいことが取っ散らかってたせいで纏めるのに時間が掛かりました。遅れてすいません。
「う~む……」
六月末の某日。宝塚記念でシニア三年目の古豪、スズパレードが函館記念の勝者、アキツテイオーや、直近の安田記念覇者、フィリップザスノウを下して初のG1戴冠を成し遂げたのもまだ記憶に新しいその日、鳥林は手に入れたトレーナー室の中で難しい顔をして唸っていた。
「どうしたんですか?トレーナーさん。眉間に皺が寄っていますよ」
そう問いかけるのは、一般の授業で出された課題も既に終わらせ、何時の間にか部屋に常備していたティーセットでさも当たり前の様にくつろいでいるメジロアルダン。
足の事情故に長時間のトレーニングが出来ない彼女は、普通にトレーニング後寮に帰るのでは人が誰も居なくて――自身のトレーニング量の少なさに――もどかしくなるからと、メンタルの安定を理由にこの頃は鳥林のトレーナー室に入り浸っている。
「ん、あぁ…君の次走と、以降のローテーションについて迷っていてな。
本人に言うのもどうかと思うがこないだの新バ戦は気持ちの良い勝ちっぷりだっただろう?さりとて足に疲労が残っていたり、悪くした様子は無い。
ジュニア期はプレオープンのレースが少ないのを除いても、次走はオープンか、なんなら重賞に挑戦させても良かったんだが……」
「私は構いませんよ?その方針で」
「まぁ君ならそう言うだろうな。
だけどなぁ……今の時期に積極的に格の高いレースに出たり、強度の高いレースに出るのってのは、価値基準によっては割と無駄なんだよ」
「無駄…ですか……。
私の『メジロラモーヌを超える実績をあげる』という目標を達成するにはG1戦線で結果を残すことが必要で、そのG1戦線に参加するには、ある程度の実績を……生々しい言い方をすれば収得賞金を積み立てて行く必要があると思うのですが?」
「と、思うだろう?
まぁ実際大概のG1レースはその通りだし、君の言うことが丸っきり間違いって訳でも無いんだが、ただジュニアG1や、後クラシック期に入っても皐月賞までは案外そんなことも無くてな。年によって変わるから一概には言えないが、ジュニアG1なら新バ戦の、皐月賞でも新バ戦+プレオープンくらいの実績で格上挑戦したとしても、収得賞金的にはギリギリ抽選枠に潜り込めたりするんだよ」
「そう…なのですか?
もっと(出走する)ハードルは高いものだと思っていたのですが……」
流石に出る選手の収得賞金まで気にしたことは無かったのだろう。興味深そうな様子で感想を述べるメジロアルダン。
とはいえ、例年の出走ウマ娘の収得賞金を調べる事など、普通はそんなこと思いついてもやらないので仕方ないだろう。
雑誌の記者か、ギリギリでの出走を狙うウマ娘と、後はそのトレーナーくらいのものだ。
かくいう鳥林も、担当の同期にヤエノムテキが居るのを思い出したから調べたというのが実情だったりする。
「まぁ故障やらなんやらで出走回避するウマ娘はそれなりに出て来るし、皐月賞は兎も角、ジュニアG1に関しては特段重要視してないウマ娘やトレーナーも多いからなぁ……そういえば、今更なんだが、君はジュニアG1についてはどう思ってるんだ?――出たいか、別に出なくても良いか」
「……出なくても良いと言えば嘘になります。やはり人の記憶に残るには、大きなレースに出て結果を出すのが一番分かりやすいですから。
ただ……クラシック三冠程出たいかと聞かれると、流石に優先度は落ちるというのが実情でしょうか」
「(晩御飯何が良いか聞いて"丼もの"くらい大雑把な答えが帰って来た感……)――まぁ分かった。
出る出ないは十二月の君の様子を見て判断するとして、一応出走に向けて十分体調を整えられる様、次走は九月か、遅くても十月前半を目指す方向で考えておく」
「ではそれでお願いします。
――因みに、何処で走るかはもうある程度決まっているのでしょうか?ダートで走るならその期間に(中央主催で)行われるプレオープン以上のレースはプラタナス賞くらいしか無い様な気がしますが」
「まぁ択の一つではあったな。コースも距離も新バ戦と一緒だし。
ただジュニア期に行われるプレオープン以上のダートレースが6つしか無い関係上、強豪とバッティングする可能性が高い。今回は芝を走らせるつもりをしている」
「……良いのですか?」
「いつも通り何も良く無い――が、だからといって君の足が改善するのを待ってから走らせようとすればそれこそダービーだって出られるか分からないし、後々君の足が多少なりとも改善する事に賭けてこれから休養するとしても、"その時"が大レース――例えば東京優駿――に近い時期だと、そこからその大レースに出るため短いスパンで複数回レースに出すような状況になる可能性も有るだろう?俺はそちらの方が怖い」
なんせ"彼"が三度故障した時のローテーションは、NHK杯→東京優駿、毎日王冠→天皇賞秋、有馬記念→日経新春杯と、何れも"→"の前と後のレースが一月以内の間隔で行われている場合に限られている。
(足の弱さは勿論あるだろうが、加えて疲労が抜けにくい体質だったんだろうな。
あくまで"彼"とアルダンは違う存在だと分かってはいるが、にしたって態々同じ轍を踏む必要も無いだろ)
もっとも、その判断はメジロアルダンを前哨戦で走らせることが出来ない事と同義では有るのだが、幸い向こうの"馬"に比べて此方の"ウマ娘"は格段に頭が良い。
優先出走権は兎も角、コース形態を覚えさせることは有る程度座学でも補えるので、何とかなる範囲だと言うのが鳥林の考えである。
「ただ、それでも負担なんて少なければ少ないほどいいことに変わりはない。故にこそ君の次走は――札幌レース場だ」
「札幌レース場――加えて、函館レース場はこっちのレース場と違って全面洋芝で整備されていると聞きます。洋芝はクッション性が低くて足への負担が小さいとも。
それが、トレーナーさんが札幌を推す理由ですか?」
因みに、ここで函館が上がらない理由は函館で開催されるジュニアのプレオープン以上のレースが函館ジュニアステークスしか無いからだ。
このレースは"七月後半"に行われるため、鳥林が望む九月から十月前半というレースの条件とは合致しない。
「本当に博識だな。正にその通りなんだが、とは言え色々と問題も有る。
先ず距離が1200Mのすずらん賞は距離適性的に不向きだし、とは言え札幌ジュニアステークスは1800Mというこの時期にしては長い距離とレース強度的に結局足への負担が大きくなりそうな気がしないでも無い。
となるとクローバー賞(1500M)が残る訳だが、こっちはこっちで開催日が毎年八月後半。今年は二十八日と遅めだが、それでも残暑がまだ残っていそうな中走らせるのはそれはそれで怖い……まぁこれに関しては八月の北海道の平均気温次第な所はあるがな。
――加えて、一番の問題は洋芝と和芝の違いだ。これまで走って来たダートと同じくパワーが必要だと聞くから応用できるところも多いと思うが、それでも当日行っていきなり走らせて走るのでは流石に博打が過ぎる。だから夏季休暇の間でどこか、北海道へ合宿に行きたいんだが――
「あの、私洋芝ならある程度走れますよ?
なんなら北海道での合宿先にも宛がありますし」
――――マジ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
七月某日。太陽は燦々と輝き、際限なく上昇する気温は、東京を灼熱地獄へと叩きこんでいた。
当然府中にある中央トレセン学園もその例外では無く、走るのが好きなウマ娘達もこの時期ばかりはトレーニングルームやプールでのトレーニング時間が増えるのが常である。ロードワークは勿論、グラウンドでトレーニングするウマ娘すらほとんどいない。
一部、夏ウマ娘と呼ばれる暑さに強いウマ娘を除いて、ウマ娘と言う種族は基本的に暑さへの耐性が低いからだ。
――しかし、だからこそ好機でもある
なにせ環境的な都合とは言え、ライバルたちが『兎と亀』の寓話で言うところの"兎"になってくれているのだ。
"亀"になって、アドバンテージを稼ぐことが出来れば、秋からの戦線でいい成績を残すことも夢では無いだろう。
――もっとも、そう簡単な話でも無いのだが。
(前提条件としてコソ錬が出来る避暑地に宛が有ること。
そんで日帰りで行けるなら兎も角、それが遠方の地となれば当然金がかかる。合宿――それも七月~八月の最大二ヵ月間に渡るような大きいのをしようと思えば猶更な。
ただ暑さがマシなだけでなく、そこにしっかりとしたトレーニング施設……ウマ娘が走れる様な芝かダートのトラックが付随していることを求めれば掛かる金は更に倍ドン。
重賞を複数回勝ってるようなチームのトレーナーや、後は二人三脚でも担当を安定して好走させられる様なトレーナーなら兎も角、金もコネもない一般の出の新人トレーナーには先ず縁のない話だ……話の、筈なんだがなぁ……)
鳥林の目の前には、気候の影響か全面洋芝で、且つ整備の行き届いたトラックが広がっていた。
肌で感じる気温は東京のソレと比べて格段に快適であり、近くに海があるせいか、涼しく吹く風は何処か塩のにおいがする。
ここは北の大地、北海道の伊達市に存在するメジロ家所有の避暑地であり、同時にメジロ家がその財力にモノを言わせて用意したトレーニング施設である。
(――やばいなメジロ家。凄く…凄いです……)
メジロの家の資金力の前に、ただただ語彙力を消失させるしかない鳥林。
一応彼も、これまで溜めて来た給料やメジロアルダンが新バ戦を勝利した時に貰ったボーナス+賞金の一部で私営のトレーニング施設への合宿を計画していたのだが、ここの存在を自身の担当より教えられ、"グーグルマップで"その存在を確認した時にその計画は砕け散った。
自分の存在が如何に矮小かを思い知ったのだ。
「――鳥林トレーナー、今の走りどうでしたか!」
「悪くは無かったよ、メジロパーマー。
だけどまだ"思い切り"が足りないかな。もっともっとペースを上げて、目指すのはただの逃げじゃない、大逃げだ」
さて、そんな吹けば飛ぶ羽虫の如き存在であることを自覚させられた鳥林であるのだが、メジロの避暑地に来て以降、彼は時たまメジロアルダン以外のメジロ家のウマ娘も指導している。
と言うのも、当然と言えば当然だが此処に来ている娘達の中にも選抜レース前と言うことでまだトレーナーが付いていない娘達がおり、そういう娘達にとって何時も早めにメジロアルダンのトレーニングを切り上げ、比較的手が空いてそうに見える鳥林はどう映ったか。
一応そういう娘達を一括で監督する人間――引退した元トレーナー。35歳の働き盛り――も居るには居るのだが、しかし全員に十分なリソースを割いて指導出来ているのかと言えば――
――どうしたって、既に『メジロ三代天皇賞を狙える逸材』と家の内外で有名になりつつあり、且つ姉のメジロデュレンや昨年の菊花賞で血統を証明したメジロマックイーンや、そのマックイーンを超える才能を持つと言われる――実際お遊びとは言え模擬レースでは何度か勝利している――メジロルイスなどの、メジロの中でも特に抜けた才能を持つ娘達が優先されているのが現状だ。
特に何度言っても体を直立させるような走り方を直さない、覚えが悪いと言われているメジロパーマーなどは殊更指導の優先度が低く、一人しょんぼりと走る彼女に対し、彼女の事を妹の様に思っている――別にメジロパーマーだけを妹だと思っている訳では無いが――メジロアルダンがどう思ったか。
――結果として、メジロアルダンとの座学を青空教室でやりつつ、現在の様に監督役のサブトレーナー擬きとして働く鳥林の姿が出来上がった。
(まぁ名家の令嬢に逃げ……どころか大逃げ仕込んでる時点でモノすっごい疑惑の目で見られてるんだがな。
とはいえあの体勢で末脚を武器とした走りが出来るとも思えんし……多分キングヘイローとかも似た感じのフォームで走るんだろうけど、彼……いや、彼女はどうなるんだろ?短距離で直線一気とか無理では?)
「どうかしましたか、トレーナーさん?」
「ん?あぁすまん、メジロパーマーのあの走り方について少し考えていただけだ。
(向こうの"彼"の実績と)切れる足は使えんだろう事から逃げを教えてはいるが、とは言えあのフォームで逃げるのは風圧が凄くて体力使いそうだし…スタミナは勿論必要だろうが、それ以上によっぽどの根性が無いと中々きつそうだな、と」
鳥林のその言葉を聞いて、何処か驚いたような反応をするメジロアルダン。
「根性……ですか?」
「そうだけど……どうかしたか?」
「……昔、なんの機会かは忘れましたが、おばあさまがパーマーに根性を磨くように言っていたのを思い出したもので。
このことを言っていたのかな、と」
胡散臭げな顔でメジロアルダンの事を見る鳥林。
「ほ~ん……因みに、君にもそう言う助言はあったりしたのか?」
「覚悟を磨くように、と」
「………………成る程ね」
的確な助言をした功労者と認めるべきか、適格"過ぎた"助言を恨むべきか。鳥林の表情は非常に微妙なモノになった。
「……話を変えるが、君の次走、クローバー賞では無くて札幌ジュニアステークスにしようと思うんだ」
「初の重賞への挑戦、気合が入りますね」
無理やり変えた話題にしては重要過ぎるその話題に、しかしメジロアルダンは特段驚いた様子も無く、その意気込みだけをただ語る。
「……聞かないのか?何故札幌ジュニアステークスを選んだのか」
「貴方は、ずっと私に期待してくれていますから。
貴方の不安を取り除けば、つまり洋芝での適性を示せば、自ずとその選択に至ると思っていました。
そして私はそれに成功した。疑問など、有ろうはずも有りませんよ」
メジロアルダンは、別段足回りだけが悪い、或いは弱い訳でも無い。
貧血など結構な頻度で起こすし、夏の暑さにだって人一倍弱かった。
故にこそ、夏になれば親戚の中でいの一番に北海道に避暑しに来たし、帰るのだって一番遅かった。
他の親戚達が速度の出る和芝を好んで本州に居たがる中、唯一人北海道の洋芝を走っていた。
それが、巡り巡って花開いた――否、開いている花を見つける人が現れたのだ。
とは言え、余りにも"可愛くない"その言い草に鳥林は何か言い返そうとして、しかし何も言い返せない自分に気が付いた。
――何も間違ってなかったからだ。
洋芝で整備されているトラックを駆ける担当のその姿に、彼はどうしようもなく夢を見た。期待した。
――成る程ね、と。
やっぱり微妙な顔で、先程と同じ言葉を発する彼。
それを聞いた彼女は、クスクスと笑うのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
しかし結果から言えば、この時の判断は甘かったと言わざるを得ないだろう。考えが、予測が足りなかった、と。
――"好事魔多し"。
一般のウマ娘から見た時、メジロアルダンは間違いなく"魔"の側であるのだが、しかしそんな彼女から見ても"魔"と呼べる存在とぶつかる可能性が有るのが重賞レース。
通常どうしようもないその衝突を、しかし鳥林であればそれなりの確率で気が付けた、予測できた筈なのだ。"向こうの世界"を知っている――第19回の函館三歳ステークス記念が"九月後半"に行われた事を知っている彼であれば。
――1988年クラシック世代、俗にオグリキャップ世代と呼ばれるその世代において、しかし1987年にJRA賞最優秀3歳牡馬を獲得したのは、当然ながら当時地方所属馬だったオグリキャップでは無い。
後のダービー馬、サクラチヨノオーに対し、記者投票で112票もの大差を付けての圧勝。その馬の名は――
第19回 函館3歳ステークス (GⅢ)
函館競馬場 芝1200メートル
1987.9.27 曇 重
一着 ディクターランド
二着 チカノパワー
三着 サンエムプライズ
四着 ■■■■■■■
今更ですが、この世界はアプリと史実と妄想の良い所取りで出来ています。多目に見て頂けると幸いです。
それはそうと、本編の引きの後に上記のレース結果で四着とかいう微妙な順位に黒塗り入れないといけない作者の情緒よ。素直に一着に黒塗りさせて欲しかった……