ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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シングレが休載に入ったので初投稿です。

書き溜め放出第一弾。二弾と三弾は一時~六時の何処かで出します。




十八話

 突然だが、この世界においてメジロアルダンが"彼"のキャリアにおいて唯一の重賞勝鞍である高松宮記念を優勝する可能性は絶無に近い。

 

 高松宮記念は中距離のG2競走では無く、短距離のG1競走であるからだ。出したとして、のナリタブライアンと同じ結果になるのがオチだろう。

 

 そして、この世界ではディクタストライカサッカーボーイが函館ジュニア三歳Sで四着になる事も有り得ない。

 

 なんせ七月の後半にはもう終わっているのだ。当時未デビューウマ娘であった"彼女"が参加できる道理が無い。

 

 では、史実でのローテーションを取れなくなった彼女は次は何処を走るのだろうか?

 

 彼女の新バ戦のあの日、俺は同距離の重賞、小倉ジュニアステークスや、同距離同芝のオープン競走、すずらん賞を挙げてみたが、しかしよくよく考えてみれば中三週のローテーションだ。

 改めて動画で確認した限り新バ戦の最後は流して走っていたので疲労自体は其処迄問題にはならないかもしれないが、しかし言ってはなんだが所詮はジュニア級の重賞とオープンレース。日本ダービーでもあるまいし、そこまで躍起になって出る程の何かがある訳でも無し、ここを逃せばもう二度と勝ち上がれない程実力が低いわけでも無し。

 

 何れにせよ、担当であるアルダンの次走には関係の無い相手だと――

 

 ――そう思っていたのだ。

 学園の始業式の数日後に発表された、札幌ジュニアステークスの出バ表を確認するまでは。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「難しい顔をしていますね、トレーナーさん」

 

 札幌レース場の控室にて。

 これから人生で初めての重賞に挑戦するメジロアルダンは、しかして別に緊張した様子も無く。鳥林に対し、何時も通りの声色でそう問いかけた。

 

「んー……まぁ、そうだな。

ディクタストライカの倒し方難しいことを考えているからな」

 

 そう返す彼の顔には、彼女の言葉通り何処か皺が寄っている。

 

「作戦なら既に昨日の内に確認した筈ですけれど……何か不安でも?」

 

「……君の足の事は勿論として、昨日も散々言ったがディクタストライカの参戦が予想外過ぎた。

仮にも重賞なんだから強いウマ娘が集まるのは当然と言われればそれまでなんだが、それでも中三週、距離大幅延長、格上挑戦と"買えない"……ゴホン…凡走する要素がこれでもかと揃っている。小内トレーナーか本人か、どっちの考えかは知らんが、怖いもの知らずにも程があるぞ」

 

 とは言え、"向こうの世界の彼"は函館記念2000Mをレコード勝ちして有馬記念2500Mを好走している。クラシック期序盤の弥生賞2000Mですら上がり最速の末脚を繰り出して三着だ。

 

 それを思えば"此方の彼女"が今の時期から1800Mを走れても不思議は無く。今回のレース、ディクタストライカ陣営からすれば「挑戦」では無く「勝負」である可能性も十分以上に考えられた。

 

「――それに、何と言っても重賞への初挑戦のその当日だ。

『実際には走る訳でも無い癖に』と思われるかもしれないが、やはり緊張してしまってな。泰然自若としている君と比べて、情けない限りだよ」

 

「そんなこと考えもしませんし、無論情けないとも思いませんけれど……。

そもそも私が今こうして平常でレースに挑めるのだって、トレーナーさんのメンタルマネジメントやコンディション調整が有ってこそです。

私が心に不安や、そして戸惑いを抱えていたら貴方は直ぐに気が付いて、そして相談にのったり、励ましてくれた……謂わば"澱み"を肩代わりし続けてくれた貴方を、たとえレース当日に緊張しているからと言って、どうして下に見ることが出来るでしょうか」

 

 ――優しい子だ。

 

 最後の最後で弱みを見せてしまった未熟な自分を、それでも信頼してくれる彼女を見て、必然鳥林はそう思った。

 

 ――だからこそ勝って、栄光を掴んで欲しいとも。

 

「……そう言ってくれるならトレーナー冥利につきる限りだな」

 

 強くて、品格が有って、賢くて、代わりに大分頑固で、でも優しくて。

 

(未熟な俺にはもったいない限りだ……まぁ、手放す気なんて更々無いが)

 

 気付けば心は晴れていて。

 ポン、と彼は彼女の肩に手を置いた。

 

「勝ってこい」

 

 送り出す夢を託す言葉は、きっとそれで十分だ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

十一番大外ディクタストライカ、収まって全バゲートイン完了――――スタートしました!っと、三番ステイシャーリーン遅れたか、好スタートは六番ノワールグリモア。並んで五番メジロアルダンも前に行きます――』

 

 ――良し、と。

 思わず心の声が口に漏れてしまう程の好スタート。

 

 今回のレース、元々逃げるつもりであったノワールグリモアにとってそのスタートは正に吉兆で、発走前は緊張で動きが固くなっていたのも何のその。高揚を胸に、彼女は目の前に広がる誰も居ないターフに向かって駆けだした。

 

 流れる景色と響く歓声。

 

 幼い頃より憧れてきたトゥインクルシリーズの重賞で、一時とは言え先頭を走っている現実は彼女に或る種の無敵感すら与えたが、しかしそれは長くは続かなかった。

 力強い一つの足音が、直ぐ近くの内側から聞こえて来たからだ。

 

 ――よりにもよって!!

 ノワールグリモアはそんな感情に包まれた。

 

 これが例えば、外のレーンから聞こえて来たのであれば彼女も焦りはしなかっただろう。競り合いつつ内に切り込んでいけばそれで良い。

 

 しかし内側に相手がいるならそうはいかない。一度しっかり距離を取るか、或いは明確に速度差を付けてから内に寄せるのでなければ斜行妨害を取られてしまう。

 

 とは言え、札幌1800Mというコースはスタートから最初のコーナーまでが180Mしかない。なんなら現在位置からすればもう100M程でコーナーだ。位置取り争いに執着して無理に速度を上げるとそのままコーナーを曲がり切れず、結局大外で回る羽目になる。

 

 仕方なくある程度外を回されることは割り切り、代わりにハナ先頭だけは維持しようと考えた彼女であったが、しかしコーナーを目前にしてある異変に気が付く。

 

 ――後ろの子メジロアルダン、全然内に行く気配が無い!

 

 もうすぐそこにコーナーの入り口があるのに、他に後ろから誰かが来ている気配も無いのに。

 

 なのに何故か追跡者は内に行く様子を見せず、当然そうなるとノワールグリモアも出たままのレーン馬場の真ん中を走り続けるしか無い。

 

 ――競り合ってる場合じゃないでしょ!さっさと内に行って!

 そんな想いを胸に、そこで漸く背後を振り返った彼女は、しかしその視線の先で、一人の淡い髪色のウマ娘が酷く意志の強い瞳で自身を観察している事に気が付いた。

 

 ――メジロアルダン!スタミナには自信が有るってこと!?

 

 単に掛かって周りが見えていないだけ、とは思わなかった。

 前走、メジロアルダンは中団からの差しで勝利していたが、しかし一瞬だけ交わした目線には確かな理性を感じたからだ。

 

 そう、彼女は確かな理性で以って自分の事を潰しに来ている。多少自分が不利を受けても、それ以上の不利を私に押し付けるつもりだ、と。 

 

 最初の高揚は何処へやら、気付けばノワールグリモアはハナを譲ってしまっていた。

 過去に四度、3200Mの天皇賞を勝利したメジロ家のブランドを前に、彼女はスタミナで勝てる気がしなかったからだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(……あら?)

 

 ズルズルと下がって行くノワールグリモアを横目で見ながら、ハナを取り切ったメジロアルダンは困惑していた。

 

 何故明らかに逃げる雰囲気を醸し出していた貴女がハナを譲っているんですか、と。

 

 というのも今回のレース、メジロアルダンは別に逃げる気など無く"番手"でレースを運ぶつもりであったのだ。

 

 予想外だったのは隣のゲートのウマ娘が余りにもいいスタートを決めた事と、そしてそのウマ娘がそのまま逃げて行こうとしたこと。なにより、その姿が堂に入っていてたこと。

 

 余りに気持ち良さそうに走るその姿は、序盤から積極的に仕掛けていく必要性をメジロアルダンに感じさせた。

 

 だから一先ず足を使って並びかける事により内に入れないようにして、そして来るコーナーを使ってチキンレースを仕掛けることにした。

 

 近付いて来るコーナーを前に内に入れないことへの、苛つきの誘発やペース配分の確認、競り合うかどうかなど、心理的負担をかけられると思っての事だ。加えてコーナーのカーブにも自信があった。現在のレーンからであってもコーナーの入り口で鋭角に切り込むことで、殆どロスなく最内に移行できる――その技術を自分は持っている。

 

 その自負から彼女はノワールグリモアに最後の最後まで張り付き続け、そしてその作戦はノワールグリモアの心を屈服させてしまった。

 

 端的に言って、やり過ぎてしまったのだ。

 

 とは言え、ハナを譲ったノワールグリモアを誰が責めることが出来るだろう。

 メジロアルダンはことレースとなると、常人が理解できないレベルで覚悟を決めてしまうウマ娘だ。そんな相手にチキンレースを仕掛けられて、平常の判断を下せと言う方が難しい。

 

 最後、ノワールグリモアはメジロアルダンが"メジロ"であることを理由に下がったが、しかし"シンボリ"アルダンであろうと"ナリタ"アルダンであろうと、彼女が彼女アルダンがアルダンである限り、この結末は変わらなかっただろう。

 

~閑話休題~

 

(……一先ず一人、勝負から下ろせたのならそれでよしとしましょう

後は先頭でも焦らずかからずペースを維持して、後ろからの仕掛けには……まぁ即興で何とかするしかありませんね)

 

 事前の作戦が幾つか駄目になるのを感じながらも、しかしてメジロアルダンは慌てなかった。

 

 というのも、札幌1800Mは平坦且つ直線が短いコースであるため前残りしやすく、終盤にどの程度足を残しているかにもよるが、今の位置は決して悪くは無い。

 

 番手でレースを運びたいと言うのも、要は先行集団の先頭でペースを握ることが目的であり、なんなら今の状況は逃げウマ娘を削る仕事がなくなるだけ有利に運べていると考える事も出来た。

 

(――と、思うのは少し楽観的……でも無さそうですね?)

 

 当たり前だが、先頭のウマ娘を楽逃げさせれば困るのは後続のウマ娘だ。

 

 考えてみて欲しい。

 仮にレースを走るウマ娘の(末脚の)最高速度が全員同じだとして、隊列の一番先頭を走るウマ娘が一番初めにスパートをかけ、そしてそのままゴールまで最高速度を維持し続ければ、必然その後に後続のウマ娘達が仕掛けても、どうやったって誰も追いつけない。

 

 だからこそ二番手以降のウマ娘は前を走るウマ娘が楽をしていればスタミナや足を使わせるよう、何かしら仕掛けていく必要が有るのだが、しかしどうしたことか、第二コーナーを曲がり切った今の段になっても、メジロアルダンに並びかけてくるような者は居なかった。

 

(嘗められている、とは流石に思いたくありませんが、だとすれば、温存策といった所でしょうか?)

 

 コーナーのカーブを利用して後ろの状況を確認して見れば、成る程、どうやら中団以降でバ群が形成されているらしい。

 

 先行集団に居るのはメジロアルダン自身を含めても四名。

 うち一名は先程屈服させたノワールグリモアであり、一先ず目が合ったので睨んで威圧しておく。

 

(他二人は……流石に読めませんね。

私の作るペースで納得しているから仕掛けて来ないのか、或いはこれから仕掛けて来るのか……)

 

『札幌1800Mは先行して前残りを狙うことが常道だが、しかし対抗するために早目に仕掛けての"まくり"も頻発する。

今回はジュニア期の1800Mと言うことでスタミナに不安を持ち、序盤は後ろからのレースを選択するウマ娘もそれなりにいるだろう。若しかしたら、案外そっちまくりの方が多いかもしれないな』

 

 作戦会議にて、一つの可能性としてそんなことを言っていた自身のトレーナーを思い出すメジロアルダン。どうも今回はそういう事らしかった。

 

 惜しむらくは、低い可能性だと判断してその場合の戦略を余り考えてきてなかった事だろう。

 

 とは言え今それを気にしても仕方がない。展開の激化が見込まれる中盤戦に向け、メジロアルダンは気持ちを切り替えた。

 




勿論皆さん徹夜で待機してくれますよね?
俺もやるんだからさ(試験勉強追い込み)
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