ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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眠気に負けそうなので初投稿です。

コーヒーだけで行けるやろとか思ってましたが、デカビタとかレッドブルとか用意しとけばよかった……


十九話

 

 ――トレーナー、次は重賞挑戦だ。

 

 八月九日、オレディクタストライカが新バ戦を勝利したあの日。

 ウイニングライブも終わって泊っているホテルへ移動しているその道中、オレは担当してくれている小内トレーナーに向かってそう言った。

 

 オープン戦を飛ばした理由は、よっぽど巡り合わせが良くない限り今日と同じ結果に成ると思ったからだ。そしてそれは、つまらない、とも。

 

 ……一応言っておくと、全てが全て詰まらなかった訳では無い。

 スタンドから聞こえる歓声は心地よかったし、一着でゴール板を駆け抜けるのも悪い気分では無かった。

 

 ただオレにとってあのレースは単なるフィジカルのごり押しでしかなくて、これは酷く抽象的な表現になってしまうが、『何も示していない走り』だった。

 

 ――オレには、あれ以上の走りがある。強さを、証明できる。

 

 オレにとって一番重要なのは"そこ"で、そして"そこ"が未達成だったが故に、オレは勝利したにもかかわらず不完全燃焼つまらなさを感じたのだ。

 

 トレーナーは『傲慢ですね』と言いつつもオレに幾つかの道を示してくれた。

 

 小倉ジュニアステークス、サウジアラビアロイヤルカップ、アルテミスステークス、ファンタジーステークス、京王杯ジュニアステークス――

 

 ――そして、札幌ジュニアステークス。

 

 明らかにトレーナーが非推奨であったそのレースを選んだ理由は二つ。

 

 一つ目は"燃え残り"を消してしまいたかったから。

 不完全燃焼が故、新バ戦の為に高めて行った気持ちが中々平常に戻らないのだが、これがまた微妙に気疲れするし奥歯に物が挟まった様で気持ち悪い。

 

 当然トレーナーはレース間隔が中三週であることを気にしていたが、あの程度の走りであれば身体的疲労自体は問題にならないと説得した。

 

 二つ目は"脅かしたかった"から。

 新バ戦が強い勝ち方だったことも有り、同期の中でオレはそれなりに名が知られるようになったのだが、例えば食堂なんかでオレの話題が出た時、中距離以上を適性とするウマ娘は決まってこんなことを言う。

 

 ――でもクラシック三冠では当たらないでしょ、なんて。

 

 ……まぁオレだって菊花賞に出るつもりは更々無いし、なんなら日本ダービーだって正直NHKマイルと悩んでいる所は有る。

 

 だから別に、ソイツ等が間違っている事を言っている訳では無いのだが、ただ自分達の適性を盾に慢心しているソイツ等を見ていると無性に証明したくなってくるのだ。

 

 ――中距離でもオレは強いぞ、と。

 

 とは言え実際問題、現状2000Mだと最後はスタミナ切れに陥るし、そもそも2000M以上のジュニア級重賞は十一月後半の京都ジュニアステークスのみ。

 間隔が遠いことに加え、出るつもりであるジュニアG1とのレース間隔を考えると流石に見送らざるを得ない。

 

 結果として、選んだのが札幌ジュニアステークスだった。

 ほぼ直近の重賞で、且つマイルの最高距離と言うことで距離延長の可能性を示すことが出来る。

 

 そう言った諸々を伝えると、トレーナーはいつも通り不景気な面で、それでもオレのためにトレーニングメニューを考えてくれた。

 

 来る日も来る日もスタミナを付けるため、プールと坂路を行き来する毎日。

 

 プールは兎も角として、炎天下の中で坂路を上り下りするのは自分で言いだしたことだとは言え正直かなりきつかった。

 

「さァてと、度肝を抜いてやるとするか」

 

 なんて。

 

 はっきり言えば、一か月間の努力なんてものは所詮"付け焼刃"でしかない。

 例えばレースがハイペースで流れるようなことが有れば、たったそれだけでもオレにとっては厳しい展開になるだろう。

 

 それでも。オレが選んだ戦場で、オレが望んだ証明だ。

 

 ――全霊の走りを見せてやる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  

 

『向こう正面の中ほどに差し掛かりました。

前からステイシャーリーン、一バ身離れてメジロアルダン、そのすぐ後ろ、内はノワールグリモア、外ソワールセレステ。

切れて、内エレガンジェネラル、真ん中コーラルゴクゴク、外にデュオプリュウェン。スピーチレスハックト、ディクタストライカと続いて、中団かなり固まっています。

最後尾はピッコラバリアント――』

 

「……にしても自信家が多いんだな。

ディクタストライカとヨーイドンの勝負をしようだなんて」

 

 ――それとも、仕掛けのタイミングによっぽど自信が有るのか。

 

 二番手の位置を走る自身の担当から約四~五バ身。巨大スクリーンに映る窮屈そうなバ群を見て、鳥林はそんなことを呟いた。

 

 何方も彼が中団からの差しを諦めざるを得なかった理由であったからだ。

 

 本来、鳥林はメジロアルダンに先行などさせたくなかった。なんせ展開次第では序盤から終盤まで足を休める暇が無いかもしれないのだ。

 最後の最後だけ足を使って、ハナ差だけ勝てればそれでよし。脚への負担を考えれば、そういうレースをさせるのが理想だ。

 

(――ディクタストライカサッカーボーイさえいなけりゃ、それで良かったんだがなぁ……) 

  

 第二十四回函館記念。或いは第五回マイルCS。

 そこでの"彼"を見てしまえばそれも中々難しい――なんせあんまりにも強すぎたから。

 

 三コーナー半ばで捲り上げて行って、四コーナー出口ではもう先団。

 後は一頭レベルの違う末脚を繰り出して対戦相手全員を置き去りだ。

 

 無論、幾ら同じ名前であろうと、ジュニア期のウマ娘があんな真似出来るはずも無いのだが、それでも例えばメジロアルダンが現状でもしっかり頭を使ったレース運びが出来るよう、仕掛けのタイミングだけであれば向こうも完璧な回答を示して来るかも知れない。

 

 決して賢そうなタイプには見えなかったが、しかし"勘"の良さそうなタイプには見えたが故に。

 

 だからこそ鳥林は番手を取ってペースを握るように指示を出した。

 コースの恩恵を受けられることに加えて、自身の担当であればその位置でレースをコントロール出来るだけの実力が有ると判断しての事だ。

 

(実際、ここまでアルダンはよくやっている。

序盤から幾つか想定外があったようだが、それでも中盤、向こう正面に入った所で競り掛けられた場面でアルダンはよく我慢した。

ハナこそ譲ったが、それだって見方によっては当初の作戦通りの形に持って行ったとも見れる。

表情を見る限りスタミナが切れた様子も無い)

 

 ――間違いなく、アルダンは勝利を手に出来る位置に居る。

 

 しかし双眼鏡をずらして最後尾付近を確認して見れば、其処には獰猛で、不敵で、そして何より楽しそうな表情のディクタストライカが走っていた。

 それは、鳥林の様な彼女の敵対者からしてみれば、心底から不吉に思える表情で――

 

 ――まさか、もう来るのか!!?

 

 背筋に氷柱をぶち込まれた様な感覚の中、鳥林はディクタストライカを注視する。

 

 ドクン、ドクン、と。

 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる中、一秒が経ち、二秒が経ち、三秒が経ち――

 

「――来ないのか?いや、来るわけが無いか……」

 

 今漸く1000Mを通過して、まだ残りは800Mも有る。

 加えて、現状はもう第三コーナーに差し掛かっている。この状態で仕掛けるには大外を回るか、或いは眼前のバ群に突っ込んでいくしかない。

 

 幾ら距離延長が上手くいっていて、スタミナに余裕が有ろうと、流石にそれは無理筋だ。

 仮に自身の担当であるメジロアルダンが同じことをすれば、何をしているんだとばかりに手に持っている応援バ券――当たるとウイニングライブの会場に優先的に入場出来る。複数買いを防ぐため利益を上げるため割と高い――を地面に叩きつけたことだろう。或いは空に投げ上げたかもしれない。

 

 だから――

 

(こんなことを思うのは、きっと俺が可笑しいんだろうな)

 

 ――"無難"だな、なんて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――ここですね、と。

 

 三番、ステイシャーリーンがハナを取り切り、息を入れようと減速した瞬間にメジロアルダンは仕掛けて行った。それも、息を吐き切ったタイミングで。

 

 無論、焦って反応してくるが、減速したタイミングで、且つステイシャーリーンは体の動かすための酸素を消費しきっている。

 

 動き出すには、先ず息を吸って血中に酸素を取り込む必要がある。

 

(十分すぎる程の『隙』!)

 

 レース序盤、かなりスローなペースでレースを運んだ。中盤も、たとえ仕掛けられても、無理ない速度を守り続けた。

 

 三コーナー中盤から、残り600M~700Mでのロングスパート。

 

 ――走り切る自信が、明確にあった。

 

 その様子を見て、不味い、と感じたのはステイシャーリーンだけでは無かった。

 近くで見ていた先行集団のウマ娘達も各自スパートをかけて行き、それについて行く形で中団以降も俄かに騒がしくなり始める。

 

 必然、スローペースだった前半からは一転し、ハイペースなレースへと推移した。

 

(最善は、無理筋だと判断されて見逃して貰う事でしたが……流石にそう甘くはありませんか!)   

 

 ならばとばかりに、コーナーであるにも関わらず、メジロアルダンは更になる加速を見せ付ける。

 

 ――コーナーで差を付けろ、と。

 何処かで聞いたことの有るフレーズで自身のトレーナーから指示を出されていたからだ。

 

『最終直線で差を付けることは難しい。

なんせ皆が皆、持てる全てを振り絞って走ってる。

無論コース取りなんかの要素も有るとはいえ、純粋なフィジカルをぶつけ合う場所こそが最終直線だ』

 

 ――だが、最終コーナーはどうだ?

 

 外に膨れたくない。足を温存したい。直線でバ場の良い所に出たい。

 

 ――皆余計なことを考える。全力を、出し渋る。

 

『他のウマ娘達が足を竦めるその時間は、正に君にとってのボーナスタイムだ。

なんせ君には――』  

 

(えぇその通りです、トレーナーさん。私には――)

 

 ――迷いが無い覚悟がある

 

 無論、そんな簡単な理論が通るほどウマ娘のレースは甘くない。

 そもそも幾らコーナーが上手くともどうしたって最高速度は出し切れないし、コーナーで足を使い過ぎれば直線で捕まるのが常。

 

 しかし、札幌レース場のコーナーは非常に大きく丸みがあり、三コーナー~四コーナー間が約550Mも有る。対して最終直線は約260M。

 

 "積める"区間が長く、"吐き出す"区間が短い。

 

 何て言う理論すら、メジロアルダンの中では些事だった。

 信頼するトレーナーがやれと言った。それで勝てると教えてくれた。

 

 ――だから、やる。

 

 そこに、他の思考が入り込む余地は存在しない。

 それはいっそ破滅すら感じさせる程で、それが故に、二番手、ステイシャーリーン以下のウマ娘達は付いて行こうとはしなかった。

 

 程々の距離を保って、直線で垂れて来た所を差せば良い、と。 

 彼女達にとってそれは真っ当な判断で、そして正道の攻略法であったのだが、しかしメジロアルダンと、そして鳥林からすればまるで違った。

 

 ――日和ってくれて、ありがたい限りだ。

 

 聞こえて来たその幻聴呟きに、メジロアルダンは口角を吊り上げた。

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