無理だと思った。他の道に進むのは。
トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラス。
世間からはTTGなんて呼ばれ方をする"彼女"達が集った有馬記念。
序盤からトウショウボーイとテンポイントが戯れるように先頭を奪いあい、最後の直線は突っ込んで来たグリーングラスも併せてデッドヒート。正に死闘。
あれほどの輝きを見ておいて、どうして他の道など選べようか。
その灼熱の輝きの生む影によって、他の道はもう暗く見えないものになっていた。
――もっとも、自分は人間の男であるからしてレースに出られることは無いのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一週間後、鳥林は合同練習での教官役や、後はトレーニングルームと室内プールの監視員を務める事により――聞くところによると足が特別弱いらしいので学園外でのロードワークや通常の芝コースでの走り込みは最小限にするだろうと当たりを付けた――メジロアルダンというウマ娘についてその容姿や言動、大まかな競争能力程度は知ることが出来ていた。
――つまり表面上の情報しか得られず、『レースにかける意気込み』や『トレーナーに何を求めているか』、『競争生活においての夢』などと言った、スカウトする上で必要な情報はなにも分かっていないということである。
そんなわけで今日も今日とて他のウマ娘に走りを教える傍らメジロアルダンへと目を向ける彼であったが、しかしとある理由により遅々として進まない情報収集に何処か手詰まり感を感じていた。
(思ってた以上に練習時間が短い・・・・。
何処かで隠れてトレーニングしている様子も無いし・・・・まぁ短いトレーニング時間の中集中してメニューを熟しているのは評価するが、だからと言ってそう簡単にトレーニング時間の差は埋まらない。
・・・・本当にあれだけしかトレーニング出来ないのか?だとすれば、仮に才能が姉のメジロラモーヌクラスだったとしてもダービー二着すら怪しい様な気がするんだが・・・・)
病み上がりだから運動を控えている可能性、専属のトレーナーがいない故に安全マージンを多く取っている可能性、或いは本格化が始まったばかりのこの時期に体を壊して成長を阻害することを気にしている可能性。
色々と考えられる理由は有ったが、しかしそこでネックになって来るのはやはりメジロアルダンの練習時間の短さだった。
観察しようにも、他の子を指導している間に気付けば練習を終えてクールダウンしているのが彼女の常だ。得られる情報など雀の涙に等しい。
(彼女が通ってる病院の診察結果でも見れれば話は早いんだが・・・・なんて、流石に彼女のトレーナーでも無い内からそんなことは言えないよなぁ・・・・)
なんせそれを見た上でメジロアルダンを切って他の子をスカウトすれば、彼女からしたらただ自分の不利な情報を知られただけになってしまう。見せてくれる訳が無いし、そもそも踏み込むだけ踏み込んでおいて何とか出来そうに無ければ切るなど、鳥林自身そんな巫山戯た真似はしたく無かった。
(じゃあどうする?今からダイサンゲンをスカウトしに行くか?或いはもうこの際前世の記憶なんて気にせず自分で良さげだと思ったウマ娘に声をかけてみるとか?
――メジロアルダンを差し置いて?)
もう一度言うが、この一週間で鳥林が彼女に関して知り得た情報など大したものでは無く、なんならルーズリーフ数枚に纏められる程度の量しかない。
が、それでも尚、彼女が他とは隔絶した才気を持っている――"だけでは無い"ことを感じることは可能だった。
容易く他者を突き放す加速力。洗練された走行フォーム。外に逸れないコーナリング。
加速力は兎も角、後者二つは努力しなければ早々手に入らないものであり、つまりは積み上げて来たのだ。日毎に僅かしか取れない練習時間を、恐らくは幼少期から。
(そうだ。
そんな彼女をスカウトすることに躊躇うならば、それは彼女に問題があるんじゃない。
彼女を支えきれる自信のない、俺自身が問題だ)
鳥林とてこれまでトレセン学園でトレーナーになるため努力をして来た自負がある。
しかし前世ではメジロラモーヌを三冠に導いた熟練の調教師の元で育成されてさえその競馬生活の中で三度足を悪くし、最後には繋靭帯炎でターフを去ったのがメジロアルダンという"存在"であり、その道筋を辿る可能性のある"彼女"を、彼には到底己がこれまで積んできた努力云々でどうにか出来るとは思えなかった。
(諦める・・・・しかないか。
幸い今ならまだ誰に迷惑を掛けたということも無い。
これからは心を入れ替えて、『ボクのかんがえた最強ダイサンゲン』を育てればいい)
どこら辺が入れ替わったのか今一分からない新たな決意を胸に刻んだ鳥林であったが、しかしそこで彼はふとある事に気が付いた。
(――そういえば、今日のメジロアルダンはまだトレーニングを続けているな。
もう何時もより30分は長いし、だというのに特段止める気配も無い・・・・。体が本格化に合わせて強くなった・・・・なんてのは都合が良すぎるか)
とはいえ彼は考える迄も無く大方の予想を付けることが出来ていた。
――明日、再び選抜レースが行われるのだ。
それを思えばトレーニングに熱が入るのも然して不思議なことでは無い。
(・・・・とはいえ逆効果だ。
テストの一夜漬けじゃあるまいし、今日一日だけ頑張って身に付くプラスよりも明日に残る疲労のマイナスの方が大きい筈・・・・彼女の様な体の弱いウマ娘は特に。
自己管理は得意そうに見えたんだが・・・・いや、いくらそう見えてもまだ子供。大事な一戦を前にしては普段の自制心も効きが悪いか)
であればここは大人が制止を呼び掛ける場面だろう、と。鳥林はメジロアルダンに近づいていく。
もう専属トレーナーになる気は既に無かったが、とはいえ現在教官(代理)としてこの場に居る以上はその職務を熟すことに否は無い。
「メジロアルダン、普段の――と言ってもここ一週間程度の練習風景しか知らないが――トレーニング時間を大幅にオーバーしているようだが大丈夫なのか?」
「あら?これは鳥林トレーナー、御心配いただいてありがとう御座います。
確かに仰る通りなのですが・・・・でも明日の選抜レースの事を思えばどうしても熱が入ってしまって・・・・鳥林トレーナーから見て、私はもうトレーニングを止めた方が宜しいですか?」
「・・・・難しい質問だ。
君が相手でなければ『まだ大丈夫』と即答できる練習時間だし、君自身も体力的なことを言えばまだ余裕があるように見える。
とはいえ普段から体力に余裕が有ろうと早めに練習を引き上げる様子から察するに、恐らく君の足からしてみればそうでは無いんだろう?
それを考えれば制止を呼び掛ける場面だが、しかし俺は君の足の限界なんて知らないし、だから当然今の君の足が後どれくらいで不味い状態になるのかも分からない。
――その自己判断を促す為に『大丈夫なのか?』と聞いたんだが?」
「フフ、言われてみるとその通りですね。やはり質問に質問で返すのは良くありません。
――ですが、所感位は教えてくれても良いのではないですか?判断材料にいたしますから」
(・・・・なんだ?試されているのか?
それとも自分でも判断が付かないから委ねてきているだけ?何れにせよ初対面の俺では役不足も甚だしいと思うが・・・・)
しかし、教官としてこの場を監督している以上はウマ娘が何かトレーニングで悩んでいるなら相談に乗ってやるのが望ましいし、またメジロアルダンは鳥林の意見を鵜吞みにすると言ってるわけでも無く、あくまで参考にし、その上で自分で判断すると言ってるのだ。
であるならばここは意見を渋る場面でも無い、と彼は判断した。
「そうだな・・・・そもそも論としてだが、今更ドタバタして明日に疲れを残すのは馬鹿らしいと思う。
フィジカルなんて一朝一夕で急激に増すものでも無いし、テクニックだって今日一日で弄るには君の場合十分完成している。
であるならば明日をマックスコンディションで迎えるため、もう今日は休むべき、って言うのが俺の意見だ。
――実際今日に限って言えば早上がりは勿論、そもそも休んでいる娘も少なからず居るだろう?」
「・・・・そうですね、それも正しい意見でしょう。
ですが、私の場合は普段から足を気にして運動量をセーブしていますから、レースに出るとなれば前日の内にその錆落としをする必要が有る、と考えています。
――まぁ前回は過度にやり過ぎてしまい、出走を辞退する羽目になったのですが」
「・・・・レース一日前にすることでは無いと思うが?」
「仰る通りなのですが、昨日までは主治医から過度な運動の許可が出なかったもので・・・・」
あぁ成程、と納得する鳥林。
一瞬、では普段はもう少し長い事練習時間を取っているのだろうか?とも思いかけたが、しかし彼女の早退を前にした他ウマ娘達の特段気にした様子も無い反応を思い出し、現実とは儘ならないものだと思い直した。
「そうか、まぁそう言うことなら止めはしない。
一応君に注意を向けながら監督するようには気を付けるが、程々にな」
「・・・・止めないん、ですか?」
メジロアルダンが驚いたようにそう呟く。
「・・・・正直に言えば無理せず第三回の選抜レースに合わせて体を作ることを勧めたい所だが――選抜レースなんて言うのは良いウマ娘の取り合いであると同時に、良いトレーナーの取り合いでもあると俺は認識している。
君が第三回のレースに万全で挑み、そこで鮮烈な勝ち方をしたとて、有能なトレーナーが既に掃けていればその勝利の価値はどうしても落ちてしまう。
・・・・要は、未来を見据えるのも時に寄りけりだと思う訳だ。案外、今苦しい状況でも頑張り続けることで開ける道もあるかもしれない」
「今を頑張って開ける道、ですか。
・・・・とr・・・・"トレーナーさん"は、随分と面白い考え方をするんですね」
そういう彼女の表情は何処か嬉しそうで。その表情を見れば、彼女が別に皮肉やお世辞でそう言っている訳では無いのは一目瞭然だろう。
「そうか、まぁそう言ってくれるなら話した甲斐もある――」
「えぇ、貴重なご意見でした。
――なので、今日はもう寮に戻って体調を整えることにします」
「――は?」
「フフ、御免なさい。
実はトレーナーさんが話かけて来てくれた時には予定していたメニューも殆ど終わっていたんです。
――ただ少し、ここ最近見かけることが多い貴方のことが気になったから問答の真似事なんてしてみました。不快でしたか?」
「・・・いや、別にこのくらいでどうこう思うほど狭量でも無いつもりだが・・・・。
だが上がるならクールダウンは入念に・・・・なんて言葉、もう君には耳タコか?」
「否定はしませんが、とはいえ明日に疲労を残しても事です。仰る通り今日はいつも以上に入念にしますね――それではトレーナーさん、また明日選抜レースでお会いしましょう」
そう言い残すと、メジロアルダンはクールダウンの為かスローペースで駆けて行く。
そんな彼女の後姿を見て、鳥林は宛ても無く呟いた。
「・・・・・・・・気に入られた?
いや、まさかな。社交辞令の類だろ」
※アルダンが走る選抜レースはダの1200mじゃありません。まだ余裕がある時期と言うのも有り態々そんな謎過ぎるレースを選ぶ理由が無いので