ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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書き溜めが尽きたので初投稿です。

じゃあ俺風呂飯キメて寝るから……


二十話

(流石に最後までこのままのペースって訳にはいかねぇよな)

 

 ペースの上がった馬群の中でディクタストライカはそう嘆息した。

 

 我儘を言えば四コーナーを回ってからヨーイドンのレースが良かったが、当たり前だが誰も彼もが末脚の鋭さに自信を持っている訳では無い。

  

 後ろと差を開けたいと思う誰かしらがその内動き出すことは予想できたし、それによってレースが動くのも当然想定内だ。

 

(だからと言って、今の状況で何が出来るって訳でも無いんだが……)

 

 前には三人並んでいて壁、横にも一人おり。端的に言ってディクタストライカは動き出す場所が無かった。

 別に周りも明確な意思を持って囲んでいる訳では無いのだが、それでも差しや追い込みでレースを進めていればこういう事態は儘ある。

 

 故に焦りはしなかった。

 前のウマ娘達が想定している走路を読み切り、後はコーナリング技術の巧拙や、走ってる速度の違いなんかに注視しておけば、その内人一人分くらいが抜け出せる道が出来ることは知っていたからだ。

 

 大事なのはそう言った抜け穴を見つけた後、如何に他のライバルたちに取られないようにするかだが今日のレースは少頭数であり、すくなくとも取られる方はあまり心配しなくても良い。

 

 後は抜け穴が何処に有るかだが――

 

(――よし、そこだ!)

 

 前を走るエレガンジェネラル、コーラルゴクゴク、デュオプリュウェンの三人の内、八番コーラルゴクゴクは他の二人に比べて行きたがっており、また彼女はコーナリング技術が粗かった。

 

 徐々に外へと寄れて行き、内のエレガンジェネラルとの間にスペースが出来ていく。

 

 未だ人一人がすり抜けるには至らない隙間だが、小柄なディクタストライカであればこそ、半ば強引にその隙間へと体を割り込ませていく。

 

 抜け穴が小さい内から入り込める彼女は、こういった技術が抜群に上手かった。

 

 さぁ後はコーラルゴクゴクがスパートをかければ自然と自分も抜け出せるぞ、と言う段になって、しかしどうしたことか。先程迄行きたがっていた彼女が一向にスパートをかけようとしない。

 

 急に冷静になった日和ったかのように、ペースを元に戻し始めた。

 

 別段それ自体は問題ない。

 あくまでペースを元に戻しただけで、垂れてきた訳では無いのだから。

 

 タイミングになれば、結局道は開くだろう。

 

 問題は――

 

(メジロアルダン、か?)

 

 決して良いとは言えない、寧ろ息苦しさすら感じる視界の中、ディクタストライカは自分よりかなり前の方でコーナーを猛然と走る青髪のウマ娘が見えた様な気がした。

 

(成る程な。アレについて行く自信は無いって所か)

 

 ――妥当な判断だ、と。彼女は前を走るウマ娘達に共感した。

 

 バ群に居る関係上目に入ったのは瞬きの間でしか無かったが、それでも尚、ディクタストライカから見ても、メジロアルダンの走りは破滅的であった。明らかに、最終直線の事を考えていないように見えた。

 

(……なのに、なんでだろうな。

胸騒ぎが収まらないのはワクワクが止まらないのは――)

 

 直感が言っている。

 アレを差せば自分の勝ちだ、と。

 

 それはつまり、差せなければ自分は、否、自分達は敗北するということでもある。

 

 有り得ない、と理性は否定する。  

 早く動け、と野生は警告する。

 

 行ってみたい、と感情が騒ぎ立てる。

 

 しかし現実問題、体力的にも、そしてバ群に揉まれている今の状況的にもまだ動けない。

  

 ディクタストライカは安堵した。

 バ群で道が塞がれていなければ、スパートをかけていた自信が彼女には有ったが故に。

 

 感情と野生を抑えてくれた現実に感謝して――

 

 ――そして次の瞬間、彼女は現実に裏切られた。

 開いたのだ。目の前に、人一人分通れる程の、道が。

 

 偶々コーラルゴクゴクが外に膨れたタイミングで、偶々内のエレガンジェネラルが渾身のコーナリングを決めたが故の道であった。

 

 ――行け!

 

 ――行くな!

 

 ――行きたい!

 

 野生と感情と理性が反発し合う。

 しかし、迷いが許される制限時間は一瞬だ。次の瞬間には道が閉じて、そうなればコーナー出口までまた動けなくなるだろう。

 

(行けば、多分メジロアルダンは差せる。

だけどスタミナが――)

 

 迷っている間に体が動いた。

 二人の間に割り込んで――

 

 ――そして、割り込んだだけであった。

 

(いや、これで良い!

これで自分から仕掛けられる!!)

 

 先程の胸騒ぎワクワクとは違う、言いようの無い"モヤ"を振り払うべく、ディクタストライカは漸く視界が開けた前方を睨み付けた。

 

 前には四人――いや、今この瞬間に大外から飛び出して行ったウマ娘も含めて、五人のウマ娘が走っている。

 

 一番前には、変わらず青い髪が靡いていた。

 

(余裕だな!)

 

 ――自己ベストを、更新すれば。

 

 端的に言って、ディクタストライカの想定以上にメジロアルダンが垂れていなかった。今もまだ、首を上げずに走っている。

 

「フッ!!」

 

 満を持しての、加速。

 競り合う間もなく隣を走っていた二人を突き放し、更に前を走っていた二人を捉える。

 

 自己ベストを更新すれば勝てると言う無理難題を、しかし可能だ、と。

 何か根拠が有る訳でも無いのに、ディクタストライカは自分の事を信じられた。

 

 信じて足を回せた。

 

 三人、四人と抜いて行き、残るはメジロアルダンただ一人。

 

 勢いは誰がどう見てもディクタストライカの方に有った。しかしゴール板はもう目前。

 

(それでも、届く届かせる――) 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 突然だが、この世界においてメジロモンスニーは高松宮記念を勝つことは無かった。

 

 当然だ。

 なんせ彼女の適距離は中距離であり、そんな彼女では短距離のG1を勝てる道理が――というかそもそも出走する道理が無い。

 

 代わりに七夕賞を勝っていたようだが、しかしそんな重賞の勝利数がどうのこうのと言った戦績より遥かに興味深い戦績を彼女が有している。

 

 皐月賞二着。

 そして、日本ダービー二着。

 

 因みに、負けた相手はミスターシービー――そう、あの三冠バ、ミスターシービーである。

 

 そのあまりに興味深い戦績に、アルダンの祝勝会で彼女と遭遇した俺は色々質問したくなる気持ちを抑えることが出来なかった。

  

 無論不躾であることは理解していたのだが、しかしクラシック三冠を実際に走った経験や、真後ろから見たミスターシービー絶対強者への感想、加えて怪我に悩まされたキャリアなど、何というか……メジロモンスニーはアルダンを担当するに当たって参考にしたい所しかない競走人生を歩んでいるのだ。話の一つや二つ、聞きたくなっても致し方ないだろう。

 

 幸い彼女はその競走人生を人に聞かせることを苦にしていなかったようで、長話にならない程度に自身の経験を語ってくれたのだが、その話の中で"特に"興味深い話が一つあった無論すべて大変参考になる話だったが

 

 それは、日本ダービーでの話だ。

 

 皐月賞での敗北を受け、彼女は戦略を転換し、ミスターシービーを外からマークすることを選択した。

 

 純粋な末脚勝負では分が悪いとみて、進路を無くすことによりその末脚の威力を弱体化させるためだ。

 

 スタートから三コーナーまで、作戦は有効に働いていたと言う。彼女はミスターシービーに何もさせなかった。

 

 しかし、結局そのマークは途中で途切れる事になる。

 

 ――他ならぬ、メジロモンスニー自身がミスターシービーに見切りを付ける形で。

 

 と言うのも三コーナーの中盤、ミスターシービーは中団のバ群に突っ込んでいったのだ。 

  

 ――勝った。

 そう思ったと彼女は語る。マークして進路を塞いだことにより、相手は無理筋の手を打ったのだ、と。

 

 それが故にマークを切り、彼女はその後、追い込みのマニュアル通り最後の直線に賭けるレースを選択した。

 

 そして最終直線――

 

 ――四コーナー出口を過ぎた時"何故かミスターシービーは先頭を走っていた"。

 

 対するメジロモンスニーは外から追い込みをかけるも広がったウマ娘達に二度ほど進路を塞がれ、何とか抜け出して差し切りを狙うも――まぁ結果は知っての通りだ。

 

『あの時――バ群に突っ込んでいった時、シービーさんに何が見えていたのか私には今も分かりません。

或いは、何も見えていなかったのかもしれませんが――』

 

 ――ただ一つ言えることとして、アレは無理筋の暴走などではなく、【勇者の走り】だったと言うことです。

 

 日本ダービーは一生に一度の晴れ舞台だ。

 そんな大舞台で、進路の定かでないバ群の中に活路を見出し、実際にそれを実行しようとする者が居たならば――なるほど確かにそれは勇者と呼ぶに相応しい。  

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「勇者の走り、ねぇ……」

 

 レースの格も、戦略も、何もかも似ても付かない状況の筈なのに、何故か鳥林は数か月前、メジロモンスニーから聞いた話を思い出していた。

 

「…勇気だけで勝てるものかとも思っていたが……成る程、今思い出すって事は、"勇気だけじゃあ無かった"んだろうな」

 

 もっとも、だからと行って自分からバ群に突っ込んで行って無事突破する方法など彼には皆目見当もつかなかったが。

 

 ――だが、このレースの勝敗の分かれ目なら俺でも分かる。

 

「最終直線に出た瞬間、一番荒れてないレーンを選んだアルダンに対し、ディクタストライカは出たままの場所を走る事を選んだ。

少頭数が故、走る場所なんて好きに選べた筈なのに」

 

 走っていたバ場の差。

 それこそが最後の最後、ディクタストライカの猛攻がメジロアルダンに届かなかった理由であった。

 

(この11Rにおいて、まだ綺麗な芝の道が残ってたのはどう考えても運でしか無い。

運でしか無いが……とは言えその幸運を拾い上げたのはアルダンの勝利への執念が有ってこそだ。

よくぞ見つけた、と褒めるしか無いわなぁ)

 

 メジロアルダンがコーナーを出て来た時、そのリードに鳥林は勝利を確信したものの、同時に最後は垂れるだろうと踏んでいた。残り100Mに入ってか、或いは残り50Mまで粘ってか何れにせよ、垂れるだろうと。

 

 だからこそ、ディクタストライカが直線で予想以上の末脚を繰り出してきたときは明確に負けを意識した。"昔の様に"止まれと叫び、よれろと祈ってみたりもした。

 

 必要無かった。

 

 メジロアルダンは、最後まで垂れなかったのだから。

 

 口を割り、そして明らかに足の回転数が落ちていたのにも関わらず、それでも洋芝から受けられる僅かな反発で足を前に送っている彼女の姿を見て、気付けば鳥林はディクタストライカへの呪詛を止め、自身の担当を応援していた。

 

 ――頑張れ。

 ――頑張ってくれ。

 

 ――勝て。

 ――勝ってくれ。

 

 僅か数秒の間に、何度叫んだことだろう。

 

 

 

 そして今、掲示板の一着には『5』の文字が輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「罅入ってますね、これは」




そらそうよ
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