書いてて思ったんですが、何時になったらチヨちゃん出せるんだろう……
(……ん?)
九月も終わりに近づいたとある日の朝。
その日も朝練で軽く汗を流してから登校して来たディクタストライカは、教室に入ったところで言いようの無い違和感に襲われた。
何か、ここ最近見慣れたモノが消えたようなその感覚に、しかし特段寂しさを抱くようなことが有るでもなく。
とは言え全く気にならない訳でも無いのでその場でグルリと教室を一望してみた彼女は、少ししてその原因に思い至った。
「よぉ、オジョウサマ。
今日は何時もの"トレーナーさん"は一緒じゃねぇのかよ」
――あら、ディクタさん。おはようございます。
数週間前に行われた札幌ジュニアステークス。そこで己を負かしたメジロアルダンは、特段ディクタストライカの皮肉を気にした様子も無くそう答える。
「残念ながら『もう必要ないだろう』、と言われてしまって。
本当は毎日でもついて来てくれて良かったのですが」
言いながら見せる足には昨日まであった物々しいギプスやサポーターが無くなっていて。それはつまり、彼女の足が元通り――とは言わずとも、怪我自体はもう完治したことを――そしてそれによりもう補助無しで生活しても問題ないことを表していた。
「ハッ、お前はそうでも向こうは違ったって事だろ。
なんなら、寧ろ安堵すらしてるかもな」
――いやマジで
なんせ件の"トレーナーさん"――つまりは鳥林は、毎朝メジロアルダンを車椅子でこの教室まで送迎してきた後、それだけならまだしも当のメジロアルダン本人から勉強を教えて欲しいだのなんだのと、結構な時間引き留められ続けていたのだ。
当然登校して来た生徒から色々奇異や興味の視線を向けられるわけで、重賞トレーナーとは言えまだ新人の彼が非常に居心地悪そうだったのをディクタストライカは覚えている。
パッと見の印象ほど粗野でも粗暴でも無い彼女としては、自分を負かした憎き怨敵の一人とは言え同情の視線を向けざるを得なかった。
「まぁトレーナーさんにとって甚だ不本意な事だったかもしれないことは否定はしませんが、ですが何やら私の故障で私とトレーナーさんが不仲になったのではないか、と探りを入れて来る方も多かったので。
そう言った懸念を払拭して差し上げるためにもアレは必要な事でした」
無論その懸念は純粋に両者の仲を心配したが故のモノでは無い。
メジロアルダンは足の脆さを明らかにした。
――しかし重賞を勝利することで自身の実力を証明した。
鳥林は担当の限界を見誤った。
――それでもアルダンが勝てるだけの作戦を導き出した。
金欲か、名誉欲か、何れにせよ実績の欲しいトレーナーにとってメジロアルダンは是非とも担当したいウマ娘として記憶されたし、外では色々賛否ある鳥林とて、足が壊れてでも一勝が欲しいと願う様なウマ娘からすれば垂涎のトレーナーだ。
メジロアルダンに故障が生じた今であれば何かしら付け入る隙もあるのではないかと考え、アクションを起こすかどうか判断するためにも両者に探りを入れて来た者はそれなりに居た。
(――もっとも、それだけがトレーナーさんを拘束していた理由と言う訳ではありませんが…)
メジロ家の世代が下の子達から半ば姉の様に思われていた自分が、純粋に年下の少女として扱われて勉強を教えてくれたり、話を聞いてくれることが嬉しくなかったかと聞かれると……まぁ彼女自身が妹であると言うことが答えである。
「ハッ、独占欲がお強いことで。
引かれて本当に逃げられなきゃ良いけどな」
「…………」
「あ?なんだよその鳩が豆鉄砲くらった様な顔は」
「いえ、少し驚いたと言いますか……」
似たような言葉をここ数週間何度も言われて来たメジロアルダンだからこそ分かった。
――この方、口調に反して割と本心から私の事を心配している、と。
(素直じゃない人、とチヨノオーさんはディクタさんの事を評していましたが、こういう事…なのでしょうか?)
もっとも、本人にそれを聞いたとして否定しか返って来ない事は想像に難くなかったが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「にしても、罅とは言え骨折には違い無かったんだろ?
たった…とは言えねぇかもしれねぇけど、三週間くらいで治るものなのかよ?」
「一応目安としては一か月程を提示されましたよ?
ですがまぁ金銭には困っていないので、酸素カプセルを利用させていただきました。
他にも主食を玄米に変えたり、魚を多く取ったり……その辺りが治療期間の短縮に繋がったのではないでしょうか?」
「ふ~ん……――」
聞いた割にあんまり興味が無さそうなのはこれまでの人生においてディクタストライカが健康そのものだったが故か――或いは、他にもっと気になることが有ったが故か。
「まぁ何はともあれ、早期に治ったのはめでたいことだよな。
――今からトレーニングを再開するなら、ジュニアG1にだって出れんじゃねぇの?」
――次こそは勝つ。
何より雄弁に、その金色の瞳は物語っていた。
(……ギラギラですね、ディクタさん
――まぁ嫌いではありませんが)
とはいえ、ソレが気になるのはディクタストライカだけでは無かったようで。メジロアルダンは、教室中の耳目が自分達に向いていることに気が付いた。
ジュニアG1は、他のG1程重要視されていないとは言え、それでも格はG1なのだ。
出たいと思うウマ娘はそこらの重賞の比ではなく――否、寧ろそこらのG1よりも出たいと願うウマ娘は多い。
なんせ他のG1と比べてオープンにさえ勝っていればほぼ確定で出られるのだ。
重賞に勝つのは難しくとも、それでも偶々メンバーが揃わない新バ戦を勝ちぬくことは有り得ない話では無く、そしてアクシデントが発生して偶々展開の妙でオープン戦を勝ち抜くことも……まぁ有り得ない話だとは言えないだろう。
つまるところたった二度の幸運が重なれば、それだけでもう目に見える所にG1の大舞台が現れるのだ。
入学以来己の自信をベッコベコにされて来たような娘であっても、『若しかしたら』を夢見てしまう。それこそがジュニアG1である。
全てが同時期に開催されるため複数を走る娘は先ず居らず、席が四十八とかなりの数用意されていることもポイントだろう。
その一席が、埋まるか否か。
或いは、勝利を目指すものにとっては強敵が増えるのか否か。
気になる者が多くても、何ら不思議は存在しない。
「さぁ、どうでしょう?
一応トレーナーさんは私のトレーニングの様子を見ながら考えると仰っていましたけれど……」
もっとも、そんな周囲の熱気に対し、メジロアルダンの口から発せられたのは余りにも冷静な玉虫色の回答であったのだが。
とは言え事が事だけに仕方ないか、と周囲の耳目が薄れていく中、誰にも聞こえないようディクタストライカの耳元に口を近づけたメジロアルダンが囁いた。
――だけど今度こそは、私のファンの前で躍るなんて屈辱、貴女に味わわせはしませんよ、と。
レース後跛行を見咎められてウイニングライブを欠席する事になった彼女に代わり、二着にも関わらずセンターで踊る羽目になったディクタストライカに対して、それはこれ以上ないほど明確な宣戦布告であった。
「――ギラギラじゃねぇか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――ということが、今朝ありました」
「えぇ……」
放課後、何時ものトレーナー室にて。
その困惑を含んだ声は、部屋の主、鳥林の口から漏れたものだった。
「……君それ出るか出れるか分からない人間がする発言じゃないからな?
あぁは言ったけど、正直俺は出したくない寄りだし……明日の朝か、何なら今日の夜にでも謝っといた方が良いんじゃないか?」
「……無理、でしょうか?(ジュニアG1への)出走は」
「無理と言うかなぁ……。
ん~、スポーツ選手にとってのリハビリと普通の人が考えるリハビリが違うことは分かるか?」
「戻す必要があるのが筋肉量だけではない、という話でしょうか?」
悩む間もなく答えたメジロアルダンに、鳥林もこの時ばかりは彼女の優秀さを称賛することは出来なかった。その知識が、実際の体験に基づくものだと言うことが容易に想像が付いたからだ。
「まぁ……そうだな。
スポーツを嗜んでいない人の場合、骨折をしても痛みが引いて、後は日常生活に支障が出ない程度に筋肉が戻ればそれで良いと考える方が殆どだ。
だがスポーツ選手の場合はそこまで行っても半分以下。そこから以前のパフォーマンスを発揮するための"戻し作業"が必要で、そしてその戻し作業は、肉だけ戻しても完了しない場合がある」
分かりやすいのは精神的なものだろう。
当たり前だが『痛いのは怖い』。故障時の過度な痛みが脳に刷り込まれてしまい、本能レベルの恐怖から頭で思い描いた通りの動きが出来なくなるなんて飽きる程に聞く話だ。
「――それが無くたって故障前と故障後で肉体のバランスが違うことも問題になって来る。
なんせ故障してる間に消えて行った筋肉って言うのは長い時間をかけて積み上げて行った、謂わば"最適化した筋肉"だ。急造の、筋肉量を戻す為だけに搭載した用途不明筋とは訳が違う。
以前の筋肉に戻すには相応の時間と、何より前の自分をどれだけ頭の中で思い浮かべながら走れるかが重要になって来る。
こんな事も有ろうかと君の走りは今年の二月からずっと撮って保存してあるから暗中模索ってことにはならないと思うが、それでもやっぱり"適応した筋肉"を作るには時間が必要だ」
そして、今言ったそれらをすべてクリアしてもそれは"以前に戻っただけ"でしかない。
「そこから、あのディクタストライカを相手どってG1で勝ち負けを狙うって言うならトレーニングはある程度厳しい――いや、かなり厳しいモノを熟していく必要がある。
普段のトレーニング時間すら短くせざるを得なくて、レースに出す体作りをするだけでも割と負担がかかる君の体に更に今まで以上の負荷っていうのは……まぁ現実的じゃない。
俺が経験の浅いトレーナーだってことを差し引いても、トレーニング中の故障は覚悟して然るべきだろうな」
シナシナと、メジロアルダンの尻尾と耳が垂れていく。
それを見て鳥林も何とかしてあげたいとは思うものの、それでもリハビリが何時までかかるか分からず、更にディクタストライカに勝つためのトレーニング強度が許容範囲を超えている以上、彼としては意見を覆すことは出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
久しぶりの一人での帰路。
一抹の寂しさを胸に、メジロアルダンは鳥林から言われたことを反芻していた。
リハビリが難しいこと。
ディクタストライカが強く、対抗するためには危険なレベルのトレーニングが必要なこと。
そして、それは許容できないこと。
全て納得の行く話だ。
リハビリが上手くいけば、と思わないでも無いモノの、それでもディクタストライカと戦うために無茶をして、その道中で自身が故障すれば彼女はどう思うだろうか?
あの素直じゃない優しさを持つ栗毛のウマ娘が、『オレが焚き付けたせいで……』なんてことを考える姿を、メジロアルダンは容易に想像することが出来た。
(――それは、私とて望むことではありません)
ただ、だからと言ってディクタストライカの挑戦から逃げるのは、退くのは、それはそれで自身の主義に反する。
『退くことを一度でも覚えてしまった脚は、勝負を決めるその一瞬においても前進を躊躇う』
それこそがメジロアルダンの考えで有り、そして彼女の覚悟の根底であるが故に。
流石に今の状況で退いたからと言って即座に覚悟が鈍るような脆い精神構造はしていないものの、それでも逃げたくは無かった。
堂々巡りの思考の中、何の気なしにウマホを取り出してみて、そこでURAのウマッター公式アカウントからとある呟きが出ている事に気が付いた。
――そしてそれは、次回のドリームリーグレースが、10月半ばに行われるという内容であった。
ウマ娘シンデレラグレイ二巻、五十二頁より
ベルノライト「シシシ…シンボリルドルフさんが来てます!!」
キタハラ「うおおー!!マジだ!!ホンモノ!?」
ベルノライト「週末のレースの為に先乗りしたんでしょうか!?」
当たり前ですが史実のシンボリルドルフはこの時期に中京を走ったりしていません。
なのでドリームリーグ関連で走るのだと予想が付きますが、ドリームリーグであるなら、そこに誰を出しても構わないですよねって話。
ただまぁ……描写は今のところカットを考えています。
書いても出したキャラ全員の格を下げて終わりそうなだけですし……というか何時までジュニア級の話やってんだって話ですし……一応書いてみて、出来が良ければ投稿、悪ければカットって感じですかね