ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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三連休大増量版
土曜の朝から書き始めて漸く終われた。

尚推敲まだだから誤字脱字酷いかも。




三十一話

 オグリキャップというサラブレッドの競走人生を一つの物語に見立てた時、序盤の山場と言えばやはりタマモクロスとの激突だろう。

 

 初のG1挑戦、舞台は日本一を決める天皇賞(秋)。

 立ち塞がるのはG1二勝を含む重賞五連勝中のタマモクロス。

 同じ芦毛、偏見を越えて来た先達にして、紛う事無き当時の最強。

 

 芦毛対決と謳われたこの戦いは結果タマモクロスが制し、オグリキャップは二着に敗れるのだが、しかし二頭の戦いはこの一度だけでは終わらない。

 

 続くJCでは外国から来た伏兵に敗れるも二着と三着に付けてその存在感を示し、そしてタマモクロスの引退レースと定められた同年の有馬記念、勝ち逃げされるか否か、その瀬戸際で遂にオグリキャップはタマモクロスを破り、雪辱を果たすことになる。

 

 余りにも少年漫画、或いはスポ根漫画に流用し易そうな展開だというのはさておいて、ここから翌年の対平成三強篇、翌々年の挫折と栄光篇に続いて行くわけなのだが、しかしちょっと待って欲しい。

 

 先程序盤の山場としてタマモクロスとの激突を挙げたわけだが、よく考えなくてもこれは異常である。

 

 なんせ前述した通り、タマモクロスは――当代の、という前置きは付くが――“最強”だ。

 G1二勝で?と思う人もいるかもしれないが、前提として当時の日本競馬において古馬春季のG1は長距離最強を決める天皇賞(春)、短距離最強を決める安田記念、グランプリホースを決める宝塚記念の三レースしか存在しない。

 

 それはつまり現代のように強い馬達が各々異なる路線に散って行くのでなく一つのレースに集結することを意味し、そんな中で重賞を三勝しつつ天皇賞(春)と宝塚記念を制したのであれば、これは中長距離において他の古馬たちは誰一人タマモクロスに敵わなかったということになる。

 

 最強と呼ぶことに何の憚りもなく、またこれで当時のタマモクロスが、言ってしまえばRPGのラスボスポジションに居るよう存在である事は理解して貰えただろう。

 

 若く、地方から出て来たばかりのRPG序盤のオグリキャップが挑むには、余りにも格の違い過ぎる強敵――と言う訳では決してない。

 

 なにせオグリキャップはもう既にこの時期から『怪物』と呼ばれており、またその渾名に足る戦績を刻んできている。

 

 ――中央移籍後のGⅢ三連勝。

 ――初のGⅡNZTトロフィーでの七馬身差の圧勝。

 ――古馬混合高松宮記念でのレコード勝利。

 ――GⅠ馬集うスーパーGⅡ毎日王冠での大外撫で斬り。

 

 分かるだろうか?

 タマモクロスが古馬たちを下してきたのと同様、オグリキャップもまた同年代の馬達を歯牙にもかけず、そして古馬たちを蹴散らしてきた。

 彼はタマモクロスと戦う前の時点で既に日本二位……とは言わずとも、頂点を狙える資格が有る事を示していた――示すだけの強さを持っていたのだ。

 

 ある程度の早熟性は勿論、飛び切り――などという言葉では収まらない怪物染みた才能を持っていたことは間違い無いだろう。

 

(…先々月の走りを見る限り、それは同じ名を持つあの娘も同様。

対してうちのアルダンはその体の弱さからどうしたって育成に時間が掛かる晩成型……というには戦績が多少どころでなく立派過ぎるが、まぁ一応は晩成型。

クラシック期に限定すれば彼我の相性は間違いなく相手が有利――なんて思ってんのは俺だけだろうな……こんな結果を出した以上、余計に)

 

 

 

『強い強い強ーーい!!

期待に応えてメジロアルダン圧勝!皐月賞に向けて力を示しました!!

二着にはオグリキャップ、三着には――』

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 まだ何処か肌寒さを感じる三月六日、阪神レース場にて。

 時計は午後三時を回り、もう間もなく本日のメインレース、ペガサスステークスが始まろうかという時間であったが、しかし今一客の入りが悪いように思えるのは、やはり裏(というより表)で行われている弥生賞のメンバーの豪華さ故だろうか。

 

 二人のジュニア王者+αが集うとあって、関西在住であろうと、熱心なウマ娘レースのファンは軒並み東京の方へと出張って行ってしまっている。

 重賞の日は基本満員御礼な観客席も、この日ばかりはちらほら空席が目についた。

 

 そんな阪神レース場のパドックで、何処か気だるげにウマ娘を撮影していく男が一人。

 名を藤井泉助と言い、フリーライターを生業とする人物だ。

 

(ほんまは僕も東京の方見に行きたかったんやけどなぁ……)

 

 なんてことを思う藤井であったが、しかし注目度が高く、各出版社のエースが出張っている弥生賞で記事を書いても大して売れない事は分かりきっている。

 彼が態々注目度の低いペガサスステークスを取材に来たのは、詰まるところおまんまのためが理由だった。

 

 ――とはいえ、だ。

 

 別に注目度が低いからと言って、これから始まるレース自体に見る価値が無いとは彼も思っていない。

 そも注目度が低いというのも弥生賞と比較しての話であり、地方重賞バも合わせれば重賞バが三人揃った今回のレースは――クラシック序盤の重賞としては――寧ろそれなり以上のレベルの戦いが予想される――

 

(ってのは流石にオグリキャップ地方重賞バに期待しすぎやな。

十二戦十勝ってのはそりゃ字面だけ見れば立派やけど、地方と中央じゃレベルが違う…益してやそれが重賞ともなれば猶更や……っと、本命様のお出ましか)

 

 四番人気、ワンダフルカイザーの次に現れたメジロアルダン。

 何処か儚げな雰囲気の有る青髪の麗人が胸に手を当て一礼すると、それだけでパドックは歓声に包まれた。

 

(血統良し、ビジュアル良し、性格良しに実力良し。ま、こんだけ人気すんのも納得のスター性やな。

朝日杯の時に比べて迫力が足りん気もするけどまぁGⅠと前哨戦を比べんのも変な話か…敗戦を引きずってる様子も無さそうやし、一先ず減点要素は無しっと……)

 

 続いて二番人気、ブラッキーエールが現れる。

 真黒の毛色に目つきの悪い吊り目。見た者に狂犬染みた印象を抱かせる彼女が上のジャージを豪快に天へと投げ飛ばせば、此方も負けず劣らずの歓声が鳴り響いた。

 

(この歓声……ファンに“は” 優しいって噂も強ち本当なんかもな。

調子は…まぁ四連勝中のウマ娘が悪い訳も無いか。ぱっと見のオーラとしてはなんならメジロアルダンより良い気もするけど、ただ地力の差がなぁ……。

抑えめ調整なメジロアルダンを、何処まで勢いで押しきれるか。お手並み拝見やね)

 

 トリを飾るのはオグリキャップ。

 無表情な彼女が唐突に上のジャージを地面に叩きつけると、当然ながら困惑の感情が観客の間に広がった。

 

(緊張でもしとるんか?の割には硬くなってるようにも見えんが…。

中央初戦で重賞に殴りこんできたあたり相当な自信家やと思ってたが、何方かと言うと不思議系か?

結構図太そうなタイプにも見えるし、メンタルが原因で惨敗ってことは無さそうかもな…勝利は……まぁよっぽど運が良ければ?)

 

 そんなことを考えながら藤井はスタンドへと移動する。

 発走の時は、もう間もなく迄迫って来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――ガシャコン!

 

『スタートしました!――っと一人出遅れたか!?

先頭は三番シュガースティール!四番オグリキャップも良いスタート――しかし行かない、これは控える作戦か?

大外から飛び出して行ったのは十一番ブラッキーエール――』

 

「どォォりゃァァァ!」

 

 吠えながら駆けるブラッキーエール。

 本来無駄でしか無い筈のその咆哮は、しかし本人の見た目や気性も相まって立派な“威圧”へと変化する。

 

 そうして他のウマ娘が萎縮している間に、好位置、あわよくば番手を奪取するのが彼女のこれまでの常套手段だった。

 

 無論頭のいい方法とはとても言えない。

 叫ぶという行為は存外馬鹿に出来ないエネルギーを消費するし、気迫を演出するための無理な加速と合わせればエネルギーの消費は更に倍。

 

 ポジション争いが幾ら大事とは言え、明らかにメリットとデメリットが釣り合っていない。

 無尽蔵のスタミナが有るならまだ理解出来なくも無い作戦だが、しかし当然そんな特別な才能を持っている訳も無く……。 

 

 ――それでも彼女は、この方法で勝利を掴んで来たのだ。

 結果を出し、重賞にまで手を届かせたその愚行、誰がバ鹿だと笑えるだろう。

 

 そうして今日も、当然と言わんばかりに咆哮し、そして吶喊するブラッキーエールであったが、しかし彼女には懸念が有った。

 

 朝日杯二着のメジロアルダン、GⅠの舞台を経験し、またその大舞台で二着に喰いこんだ実績を持つ彼女に、ただ咆哮するだけの威圧がどれ程効くのかと言う点だ。

 

 枠順が良かったり、或いは脚質別々だったりすれば特段悩む必要も無いのだが、しかしお互い好位置からのレースが得意であり、そして枠順はあちらの方が内となればそう言う訳にもいかないだろう。

 

 ――それでも、たとえ足を使うことになってもみすみす好位をくれてやるものかよ!

 

 そう思っていたからこそブラッキーエールは吠えながら、しかし一方ではメジロアルダンの動向に注視していた。

 

 競って来るのか、或いは妨害して来るのか。

 競り合いになれば絶対に引かない覚悟を決めていたし、また内への進路をブロックされても足を使って振り切るつもりでいた。

 

 余人が聞けば多くはその非効率さに呆れるだろうが、しかしそうして呆れられた分だけ自分の意思が通る事を彼女は知っていた。

 

 ――来るなら来い!とことんまで相手になってやる!!

 そう思いながら振り返って――そして、見た。

 

 特段競る様子も無く、大人しく中段に位置するメジロアルダン。

 

 その凛とした顔を見れば自分に萎縮している訳では無い事はすぐ分かった――相手にされていない事も。

 

 何故中団に控えるのか?なぜ今日に限って態々脚質を変更するのか?

 

 メジロアルダンが後ろに視線を向ける。

 その先に居たのは――

 

(……あぁクソが!二番人気を差し置いて、その田舎者三番人気の方が怖いってかぁ!?)

 

 目の前に広がる400М超えの直線。

 普段から抑えて走るようなタイプで無かったことが災いし、気付けば箍が外れていた。

 

 苛立ちを叩きつけるようにターフを蹴る。

 先頭を走るシュガースティールには直ぐ追い付いた。

 

 ――なんで急にハナ取りに来たの?

 

 理解できないものを見る目をブラッキーエールに向けるシュガースティールであったが、しかし競り掛けられた以上逃げの彼女としては更に加速してハナを取り返すしかない。

 

 苛立ちを止める気も無いブラッキーエール。

 ただ自分の脚質で走りたいだけのシュガースティール。

 

 普通ならスタミナ切れになることを見越してさよならバイバイされる二人の競り合いであったが、しかし競り合っている片方が二番人気となれば話は別。

 

 当然鈴を付けに行くウマ娘も出てくるわけで、気付けばバ群は縦長になり、レースもかなりのハイペースで進んでいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(……そんなに掛かりますか、普通?)

 

 メジロアルダンにとって、ブラッキーエールは眼中にもない存在だった――等と言う事実は存在しない。

 仮にも二番人気、相応に注目はしていたし、同様に警戒もしていた。

 

 ゴールドジュニアでその脅威を直接的に見せ付けられたが故に意識がオグリキャップの方に寄っていたことは認めるが、しかしそこにブラッキーエールを侮る気持ちは欠片も無かった(尚鳥林)。 

 

 だからこそ ・ ・ ・ ・ ・、彼女はブラッキーエールを歯牙にもかけていない“ふり”をしたのだ。

 

(『噛み合わせるな』、ですよね。トレーナーさん)

 

 思い出すのは朝日杯の反省会。

 レースの内容そのものには殆ど何も言わなかった鳥林であったが、しかし彼は一つだけメジロアルダンに注意したことがあった。

 

 曰く『相手の気持ちを真正面から受け止め過ぎだ』、と。

 

『まぁ傍から見てる分には面白いから良いんだが、とは言え当事者として勝ちを狙うとなればその素直さ、実直さは時として仇となる。

透かして、ずらして、躱して――相手の嫌がる事をしてこそ勝利は近付く。

友達付き合いや、或いは君自身が良い影響を受ける場合も有るだろうから一概にディスコミュニケーションを連発しろとも言わんが、相手のメンタルを削りたい時にでも試してみてくれ』

 

 そうして今日、ブラッキーエールがオグリキャップを見下し、敵視する反面、己を警戒すべき強敵として見ていることに気付いたメジロアルダンは思った。

 

 ――この状況、使えますね、と。

 

 とはいえ態々相手を嫌な気持ちにさせるような真似、普通は多少なりとも躊躇を覚えるものであるが、しかし鳥林が失念していたことが一つある。

 

 ――彼女は、レースに出るためなら両親の想いを無下に出来る人間なのだ。

 

 加えてこれ迄散々他者の走りに干渉して来たことを考えれば、寧ろ直接的に何か妨害をするわけでも無い今回の仕掛けは寧ろハードルが低い部類ですらあった、が――。

 

(…流石にあそこ迄効果が覿面だと多少悪い気もしてきますね。

とはいえ今更なかったことには出来ませんし……まぁしっかり勝ち切ってそれを手向けとしましょうか)

 

 そのために必要なピースを確認するため、メジロアルダンはペースを落とすことにした位置取りを下げることにした

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「む……」

 

 オグリキャップが気付いた時には、棚引く青い後ろ髪が前方三馬身の位置まで迫って来ていた。

 ちらりと此方を振り返ったそのウマ娘と視線が交錯する。

 

 ――レースで昂っているが故だろうか? 

 普段は鈍い筈の感性が、しかしこの時ばかりは相手側に確かな敵意が有る事を伝えてきた。

 

(そういえば…ゼッケン八番には近付くなと言われた気がする……)

 

 誰に?

 無論ろっぺい六平トレーナーに。

 

 曰く相手のペースを乱したり、或いは進路を妨害するのが抜群に上手いらしい。

 ペースを乱す、というのは今一分からなかったが、しかし進路妨害が面倒くさいことは並走の際、先輩であるメイクンツカサとクラフトユニヴァに嫌というほど教えられた。

 

(あれは嫌いだ…頭を押さえつけられてるような気分になる) 

 

 しかしだからこそその対処法も知っている。

 

 ――的確な指示が、彼女には既に与えられていた。

 

 スッと、力を抜いて減速し、彼我の距離を一定に保つ。ただそれだけ。

 

 しかしそれだけで――

 

(なるほど、届きませんね……)

 

 ブロッキングが効力を発揮するのはどれだけ技術を磨いても精々が2バ身…いや、1.5バ身程度、3バ身差を保たれてはどうしようもない。

 

(それにしてもああも躊躇なく減速しますか…どうやら相当自信家のようで)

 

 レースにおいて減速と言う行為は基本的に不利の付く行動だ。

 なんせ減速した分だけ時計がかかるようになり、また他のウマ娘と差が開く差が詰まるのだからこれは当然だろう。

 

 無論体力を温存する、回復させるという目的で減速を選ぶことも有るが、しかしそれにしたって何とか位置取りは維持しようとするのが常識である。

 

 益してやただライバルから離れる為だけに位置取りを下げるなど、それは余程己の末脚に自信が無いと出来無い事だ。

 

 なので大人しく捕まるか、仮に離れるにしたって精々が外のレーンに退避する程度のものだと言うのがメジロアルダンの大方の予想だった。

 

 そうなれば精々大外まで案内して、体力の消費を狙うつもりだったのだが、しかしここまで素直に下がられると中々追いかけることも難しい。

 前がガンガン飛ばしている現状で今以上に位置取りを下げると、流石に先行勢との距離が空き過ぎるからだ。

 

 オグリキャップより先着しようと、それで他の娘に逃げ切られていては本末転倒も甚だしいだろう。

 

 つまり“現状”、アルダンには打てる手がなくなってしまったわけだが、しかしそれは悲観する理由にならなかった。

 

 なんせレースとは何処まで行っても足を動かす競技であり、知恵を絞っての丁々発止も確かに側面として存在するが、しかしそれは本質ではない。

 

(――さて、確認したいことはもう見れたわけですが……)

 

 ならば後は、普通に走って、普通に勝つ。

 レースとは結局、それだけ出来れば事足りるのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「にしてもアルダンは見事に避けられてんなぁ…」

 

 鳥林のその呟きは何もオグリキャップだけを差した言葉ではない。

 周囲を走るウマ娘達も、揃ってメジロアルダンに対して一定の距離を保っているからだ。

 

(いや囲えよ…こちとら一番人気なんだぞ。

バ群中団で足溜めて、そんでそのまま囲われる心配も無いって…流石にそんなの負ける方が難しいが?) 

 

 なんて思う鳥林であったが、しかしてこうして周囲から遠巻きにされる展開はある程度予想していたことでもあった。

 というのも、どうも昨年の朝日杯で散々前を煽ってレースのペースをぶっ壊したのが印象深かったらしく、加えて彼女の勝負服が暗色系だと言うこともあり、度々マスコミでメジロアルダン=腹黒のイメージがピックアップされることがあったからだ。 

 

 非常に失礼な話だとは思ったものの、しかし根も葉もあって、なんなら今後花も咲かせる予定がある以上、否定するには余りに材料が足りなさすぎる。

 

 まぁ勝ち続ければその内ヒール扱いも無くなるだろうと一度は放置することを決めた鳥林であったが、しかしある時彼はこの噂を利用した一つの作戦を思いつく。

 

 つまり、メジロアルダンをバ群に放り込んでも、腫物扱いして手を出してこないんじゃないか、という案だ。

 

 元々今年は皐月、ダービーが東京レース場で行われるということで、コースに適した脚質、つまりは後方脚質に転向……とまでは行かずとも、差し足を残した走りが出来るようにしたいとは思っていたのだ。

 

 とはいえ、所詮は幾つかの出版社が話の種として扱っているだけの噂話。

 

 皐月やダービーといった本番でいきなり実行するには余りにリスクが高い作戦。場合によってはただ囲まれて沈むだけになるかもしれない。

 

 その確認も兼ねて今日は中団から走らせたわけなのだが――

 

(中央に来たばっかのオグリキャップにまで避けられるのは流石に想定外だぞ…

いやまぁビビッてくれるならそれはそれで良いんだけどさぁ……あんな清楚な娘を捕まえて悪役令嬢呼ばわりって…そこまで畏れられる様なことしたか?)

 

 腑に落ちない想いを募らせながらターフビジョンに映った己の担当を見守る鳥林。

 

 そこには、笠松から来た田舎娘をいじめる紛うことなきメジロの悪役令嬢の姿が映りこんでいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 

 

 ダンッ!と、二つの音が一つに聞こえる程同じタイミングでメジロアルダンとオグリキャップは大外に飛び出した。

 

(なんだ、今の…偶然か?)

 

 そう疑問に思うオグリキャップであったが、無論必然である。

 

(中央初戦のあなたが教科書通りのラスト3Fでスパートをかけることは読めていました)

 

 潜在的な才能は優にオグリキャップが上回っているが、しかし後方から仕掛けた彼女と中団から仕掛けたメジロアルダンでは先ずそもそもからして距離がある。

 

 詰め寄ろうと足を動かすオグリキャップであったが、しかし一向に縮まらない。

 “足の回転はいつもより早い”位なのに何故――

 

(重心が…前に寄っている?)

 

 ――答えは坂道の下り方。

 直線の大部分を下り坂が占めているこの阪神レース場の最終直線は、当然普通に駆けるより前傾姿勢を心がけた方が速く走ることが出来る。 

 

 朝日杯の時、散々コース研究をし尽くしたメジロアルダンにとってそれは当然押さえるべき事柄であったが、しかし中央初戦、どころか中央に移籍してまだ二週間しか経っていないオグリキャップがそんなことを知っているはずも無い――

 

 ――が、下り坂を走る際は前傾姿勢の方が良いことくらいは何となくだが知っている。

 そもオグリキャップの十八番は過度な前傾姿勢から繰り出される二段目のスパートだ。

 

 気付いてしまえば話は早い。

 他者より30cm以上は頭の位置を深く下げ、獣が這うかのような姿勢で大地を駆ける。

 

 即座に詰まっていく彼我の距離。

 

 瞬きの間に目の前からは人が消え――

 

 

 

 ――そして聳える、絶望。

 

「…上り…坂?」

 

(掛かりましたね)

 

 残り300Мという、明らかに早すぎる段階で二弾目のスパートをかけたオグリキャップ。

 これから始まる100Мの上り坂を、しかし彼女はもう上れない――そも上り方すら知らない。

 

 それでもスパートさえ取っておけば或いは対抗出来る目も有ったのだろうが、とは言え笠松レース場の200メートルしかない最終直線に慣れた……慣れ過ぎたオグリキャップが、負けている状況で、前傾姿勢が有効だと知って、スパートを我慢できるだろうか?

 

 否、我慢させないために大外に飛び出して、標識を意識させないようにしたのだ。

 

 そんなもしもは存在せず、そして無慈悲にも反転する彼我の距離。

 

 最初にゴール版を駆け抜けた彼女の名は―― 

 

『強い強い強ーーい!!

期待に応えてメジロアルダン圧勝!皐月賞に向けて力を示しました!!

二着にはオグリキャップ、三着には――』

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(まぁ前哨戦としては完ぺきな内容だったよな)

 

 怪我なく走り切って、勝ち星も積めて、新しい手札も試せて、連勝中のライバルも蹴落として――そして、有り得たかもしれない雑音の可能性を消せた。

 

(ただ――)

 

「――なぁアルダン、足は大丈夫なのか?」

 

 メジロ所有のリムジンにて。

 聊か以上近い距離に座る教え子に対し、鳥林はそう問いかけた。

 

「足…ですか?

いえ、特段気になるような兆候はありませんが、トレーナーさんから見て何か違和感が有りましたでしょうか?」

 

「違和感って訳じゃあ無いんだが――」

 

 思い出すのは坂を上り切った後の最後の100М。

 そこで見た末脚は、これまでのトレーニングでは見たことの無い鋭さだった。

 

(――一年前に蒔いた種が、ようやく芽を出したって事かねぇ)

 

「……まぁ違和感がないなら別に良いんだ。

それはそれとして、もうちょっと離れてくれないか?

流石にこの距離は色々不味い気がしなくも無いからさ」

 

 自分の心の内の葛藤を何とか沈めながらそう言う鳥林。

 その葛藤が何なのかは、努めて知らないふりをした。

 

「……フフ!」

 

「いやあの、笑ってないで離れてくれたら――っと」

 

 何を言うでも無く微笑んで、鳥林の肩を枕代わりにし始めるメジロアルダン。

 寝てない事など分かっているのに、結局鳥林が彼女を振り払えたのは、車を降りてからだった。




史実オグリキャップの転厩は一月二十八日。
対してシングレオグリの転校日は、転校初日の時点でブラッキーエールが五勝してたことから二月二十日以降だと推察できる。

そして作中でも書いた通りペガサスステークスの日程は3/6…まぁ幾らでも隙が有るよねって話。

オグリにクラシック走らせるのは?

  • あり
  • なし
  • 原作なぞるだけなら二次創作なんて書くな
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