体の中に、熱があった。
地中奥深く眠る溶岩の様に、はたまた怒りを秘めた獅子の様に。
走っているから――だけではない。
その熱は、私が産まれた時から持っていたモノだ。
自己顕示欲、或いは承認欲求。
幼き時分は『熱』の赴くまま、全てを捻じ伏せようとし、制御する方法も必要も感じず、多くの人に迷惑を掛けた事を覚えている。
見かねた祖父から金剛八重垣流と共に理性や礼節を教え込まれ、またトレセン学園に入学して以降はトレーナーから競技者として感情をコントロールする術を学んでいるが、しかしそれでも人の本質とはそうそう変わるものでは無い。
臨界が、近かった。
目の前には、ここまで張り付き続けて弱らせた馳走と、長く長く、何処までも駆けて行けそうな程続く府中の直線。
――喰らえ、と。
――勝ち奪れ、と。
心に秘めていた筈の怪物が、軛を壊し、もうそこまで出かかっていた。
視界に、赫が混じる。
血圧の急上昇によって幻視したその景色は、まるで炎の中に居るようで――
燃える――垂れて来たユービートウゲイが。
燃える――外を回ったシンボリマンタルが。
燃える――横を走っていた筈のトウショウマリオが。
そうして最後に、前を走っていた、桜の花びらにも火が灯る。
さぁ、悉く焼き尽くしてしまおうか――
――悪夢の様だと、そう思った。
悉くを燃やして尚赤に染まるその焦土は、きっとあり得たかもしれない己の心象風景。
乱暴者や、或いは化物ですら無く、災害の如き気性を撒き散らす私に、きっともう手を差し伸べてくれる者は居ないのだろう。
でも、そうはならなかった。
祖父を始めとした多くの先達、或いは敬愛すべき友人に導かれ、私は今このターフを走る。
襲い来る焔は、しかして八重垣流の拳の前には、ただ揺らぐだけの陽炎に同じ。
本質は変わらない、けれど人は成長できる生き物だ。
さぁ目に焼き付けろ、これぞ奥義!
紅葉舞う秋景色の夜空。
幼き日祖父が見せてくれた演舞を思い出しながら舞う。
じいちゃん、これが今の私に出来る精一杯の恩返し――
「領域ご指導、有難く」
――気付けば横に、藍が居た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
競技者が極度の集中の果て、辿り着く境地を『ゾーン』と呼ぶが、ウマ娘レースの界隈にはその一段上の段階として、『領域』なるものが有るらしい。
何分傍から見ているだけでは足が速くなる、或いは無尽蔵にスタミナが溢れ出すなど、実力以上のモノが出せたんだろうな、ということしか分からない代物であり、また到達した者が少ない関係上今一本当にあるのかどうかあやふやな話ではあるのだが、しかし同時に、その発現を直に見た観客や、対戦したウマ娘の多くは口を揃えて確かに存在していると言う。
かつてTTGの有マ記念を現地で観戦していた鳥林もその一人だ。
しかし、彼は別段、メジロアルダンへソレを求めたことは無い。
過ぎたるスピードがウマ娘を壊しかねない事を知っており、加えてそもそも指導法が分からなかったからだ。
短時間のトレーニングでも脚に熱が宿ったかつてのメジロアルダンでは、領域発現の為の試行錯誤も、或いは使えるようになったとして解禁を許すことも考えられなかっただろう。
しかしその一方、領域の対策に関しては思索を止めることは無かった。
曰く、時代を作るウマ娘は必ず入ると言われる領域。
同世代に使えるようになるであろうウマ娘の心当たりが、一人いたからだ。
――前提として、適応できなければ話にならない。
領域は発動時に心の原風景とも言うべきものが展開されるのだが、マルゼンスキーのトンネルは兎も角、ミスターシービーの畦道の如き野原、シンボリルドルフの雷降りそそぐ王城、何よりトウショウボーイの青空という凡そ本人以外走るに適していない心象風景を見た鳥林の、それが忌避なき意見だった。
無論、本当に景色そのままに現実が改変されている訳では無いので、領域をくらったウマ娘も一歩分の硬直の後、走り出すのだが、しかしただでさえ速度の向こう側に行かんとしている相手に、その硬直は当然致命的だ。
――後は道中のレース展開で貯金作って、最後に今ある分の末脚を発揮しきれれば四分六分…いや、勝負の土台くらいには立てる……のか?
少なくともカツラギエースはそうしてシンボリルドルフに勝っていた。
彼女の場合シンボリルドルフの展開した心象風景よりも更に前におり、降り注ぐ雷を無視して走れたと言うのは有るだろうが、だとしてもレース展開と実力で以ってシンボリルドルフを退けたのは事実だ(尤もその後、有マ記念で怒れるシンボリルドルフに対個人特化領域を使われ射殺されるのだが)。
さて、この内レース展開と実力は事前研究と日々の積み重ねで習得できるから良いとして、しかし領域発動時の心象風景など早々慣れることの出来るものでは無い。
オグリキャップと戦うまでには何とかしたいと考えていた鳥林の元に降って湧いたのが、メジロアルダンの姉、メジロラモーヌとの並走の話だった。
負けるにしても何かしら成果が欲しかった鳥林は、レースにおける超現象との遭遇とそれに対しての心構え、加えて叶うなら『領域』とは言わずとも『ゾーン』には入れるような集中力、及び精神状態の学習をメジロアルダンに課した訳だが、領域を使わせた以上一先ずこれは成功したと言っても良いだろう。
と言うより、失敗を判断するにしても領域に対しての心構えなど早々確かめられるものでも無い。
VR機器を装着してのドレッドミルランニングでそれっぽい訓練は出来るものの、使われるかどうかも不明な異能力擬きの為に普段のトレーニングの能率を下げてしまうのでは本末転倒も良い所だろう。
『ゾーン』に関しても同じくトレーニングで発動する様なモノではない。
また、悉く理詰めのレースで勝って来たメジロアルダンの場合、極度の集中状態と、それによるパフォーマンスの超上昇は必要が無かった。
或いは、そこに至る前に抜き去られて負けた。
変わる必要に迫られたのは、前走、ペガサスステークスでオグリキャップと対峙した時だ。
スタミナ切れが狙いとは言え、自分と同等か、それ以上の末脚を持つ相手に前を行かせるという挑戦。
もしあの末脚が持続するならば、負けるかもしれないと言うストレス。
少女は今の己に進化の必要性を認め、そして姉から受け取ったものを存分に活用した。
――結果、圧勝。
進化は成り、それを見た鳥林はこれで皐月賞は勝ち確、将来どこぞの芦毛が領域を使ってきても余程走りにくい心象風景――極彩色に全てを溶かすどこぞの姉なる者の心象風景より酷いと言うことは無いだろうが――でもお出しされない限り勝負にはなると安堵した。
――メジロアルダンは、その先を願った。
姉と同じ領域に立ちたい。
史に蹄跡を残したい。
或いは、永遠を――――
とはいえ、願ったからといって早々領域など至れるものでは無い。
仰ぎ見て、目指し、しかし道半ばで立ち往生するのが必然だ。
しかし偶然にも、彼女は目にすることになる――領域に至らんとする者の過程を、その真後ろで。
ライバルを焼き、ターフを焼き、今まさにヤエノムテキすら焼き尽くさんとするその烈火に、しかしてメジロアルダンは怯まず、突っ込んでいく。
その先に、己の原風景が見えると信じて――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――領域ご指導、有難く」
色とりどりの花が咲き誇り、青く澄む湖を一望出来るその庭園は、しかし炎に巻かれた。
ガーデンテーブルの上に置かれたガラス細工の小鳥は、周りの火を反射して煌々と輝いている。
不完全で歪な心象風景。
他人の領域に無理やり便乗したせいだろう。
――それでも少女は気負うことなく小鳥を空へと飛ばした。
日に灼かれ墜ちる覚悟など、疾うの昔からできているが故に。
『ヤエノムテキ先頭!ヤエノムテキ先頭!
しかしメジロアルダンが並びかけて来る!
外からマカミエイト、ディクターランドも突っ込んで来るが!しかし粘るサクラチヨノオーを抜かせない!!
一着は前の二人だ!ヤエノムテキとメジロアルダン!ヤエノムテキとメジロアルダン!
両者一歩も譲らない叩きあいだ!』
不完全が故か、或いは元からそう言う仕様なのか。
スタミナは元より、闘志も、酸素も、思考も、そして筋繊維も、これまで積み上げて来た全てが急速に燃え尽きていく。
若しかしたらダービーに出れないかもしれない。
或いは、そもそもレース自体これが最後になるかもしれない。
そんな疑問すら燃え尽きたその先で――
『ヤエノムテキ!メジロアルダン!揃ってゴールイン!!
僅かに内のメジロアルダンが有利でしょうか――』
――少女は、栄光を掴んだのだ。
鳥林「なにあれ知らん、こわ……」
オグリにクラシック走らせるのは?
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あり
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なし
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原作なぞるだけなら二次創作なんて書くな