ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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fgoレイドが美味すぎるので初投稿です。
本当は日曜日に投稿するつもりだったのに気付いたら大晦日になっていました。

今年最後の投稿になりますが、楽しんでいただけたら幸いです。


三十八話

 駆ける。駆ける。駆ける。

 イメージするのは皐月賞、ヤエノムテキを差し切ったあの瞬間。

 世界が遅くなり、遠のいていくあの感覚。

 

 何をすれば良いかは分かっていた。二度見れば既に十分だった。

 

 足音聴覚ターフのにおい嗅覚を意識から消し、吹き付ける風触覚流れる景色視覚より早く走る全て閉じる

 褪せて、灰に塗られた世界とはそれ即ち専心の窮。そうして出来上がったキャンバスに、都合の良い心象を夢想する。

 

 連なる山嶺。青碧の湖。一望の丘には純白のガーデンチェアとティーテーブル。

 硝子の小鳥に想い込め――しかし飛ばすには、懸ける想いが余りに足りない。

 

 実際のレースで無く、加えてルーティン領域発動条件も無視していたせいだろう。

 

 心象の風景は容易く消えて、世界は元の色を取り戻す。

 一周して辿り着いたスタート地点。そこには呆然と、何か悪い夢でも見たかの様な表情を浮かべる鳥林の姿があった。

 

「…領域は再現性が低く、成功体験に囚われると才能と選手生命を棒に振る事もある。一応、そういう風に聞いてたんだがなぁ…」

 

 皐月賞の翌日、メジロラモーヌのトレーナーから賛辞と共に伝えられた警句だった。

 その戦績において領域発動率十割のウマ娘を担当するトレーナーが言っても説得力低くないかとも思ったが、とは言え前走G1を領域によって圧勝しながら、しかし次走以降叩きの前哨戦ですら不思議と力を出しきれず負けるウマ娘というのは鳥林にも覚えがある。

 

 なるほどと一定の理を認め、ならば皐月賞を獲ったからと言って慢心せず、領域に頼らずともダービーを獲ってみせますと宣言したのだが、あの宣言はさてどうしたものかと、宛もない考えが頭を過った。

 

「別に私も何時でも自在に使えるという訳では有りませんよ?単に走るというより精神的な部分に偏った技術にはなりますので、雑念があれば多分それだけで失敗します。今はペガサスステークス、皐月賞と連勝して自分でも自覚出来る位には調子が良いですから。恐らくそのお陰でしょう」

 

 何でもないことのようにそういうメジロアルダンに、しかし鳥林は呆れたように言葉を返す。

 

「だとしても驚異的だ。要は今後前哨戦から勝って流れを作っていけば、本番で120%をぶつけられるって事だろう?足元の事もあるから何処を走るのかだけは慎重に選ぶ必要はあるだろうが、他のウマ娘からしたらたまったもんじゃ無いだろうさ」

 

 仮にディクタストライカが確定で領域を使って来るようになったら如何思うかを考えてみろと言われ、確かにそれは多少どころで無く厄介だと納得するメジロアルダン。

 

「…修正点を見つけても安易にもう一回と走り出して行かない行けない。コースを一周するという、たったそれだけのことさえ貴重な機会と捉え、大事に、丁寧に自分の走りに向き合い続けた。そんな君だからこそ出来る芸当なんだろうな」

 

「えっとその…ありがとうございます…」

 

 唐突に真っ直ぐ褒められてメジロアルダンの頬に朱色が宿る。

 幸い走ったばかりであり、そろそろ初夏の季節ということで変に思われることはなかったが、しかし真顔でそんなことを言えてしまう鳥林のことを少しずるいと彼女は感じた。

 

 皐月賞からこれまで、同じような機会が増えたように感じるのはきっと気のせいでは無いのだろう。

 

「それはそうと足は本当に大丈夫なのか?事前に領域の再現だけなら大した負荷は掛からないと言っていたが…」

 

「はい、所詮は真似事ですから。領域に入るための加速でこそ多少足を使う必要がありましたが、入ってもルーティンをクリアしてその恩恵を受けなければただ過集中で走ってるのと何も変わりません。疲れは感じますが足に違和感はありませんよ」

 

 そう言うものかと思いつつも、鳥林は許可を取ってメジロアルダンの足を触診する。

 

 特段過度に熱を持っている訳でも無く、また強張っていたり痙攣していたりする様子もないことを確認して、鳥林は知らず詰めていた息をホッと吐き出した。

 大丈夫だとは言われていても、それでも皐月賞後の疲労を誰よりも近くゼロ距離で感じていた身としては心配せざるを得なかったのだ。

 

(あの時は体温が高さが尋常じゃ無かった…本人の意地と気力でウイニングライブまでやり遂げたが、正直こっちとしては気が気じゃ無かったからな……)

 

 幸いただの――と言って良いのかは不明だが――疲労性発熱であったため、2日程で快復したのだが、それでも筋肉痛やら何やらでコンディションは悪く、本格的なトレーニングが出来るようになったのはつい最近、四月が終わってからだ。

 

 今日のこの領域の真似事も、本当はトレーニング再開と同時に出来るかもしれないと伝えられたのだが、しかし体調面の様子を見るため今日まで延期していたのが実情である。

 

「それで、どうでしょう。使って構いませんか?ダービーで」

 

(まぁ問題はそこだよなぁ…)

 

 発動が不安定なら何も言うつもりは無かった。

 

 それで領域に入ってしまったなら、それは前提としてどうしようもなく勝ちたがっている闘争心が存在するからだ。

 危険だからと禁止するのは無用の迷い、躊躇いを植え付けることにしかならず、そして凡その場合においてそれは後悔へと繋がる敗北へと繋がるだろう。

 

 体を守れても心を守れないのであれば片手落ち甚だしく、特にウマ娘は一度気持ちが切れるとそこから信じられない程パフォーマンスを落とす非常に繊細な種族だ。

 切れた気持ちを次走以降に引きずる事も珍し無く、それまで連勝していたのが一転、惨敗を繰り返し、そのままターフを去った少女たちの人数を考えれば、半端に迷いや躊躇いを生む指示を出すべきでないことは明らかで。なんならただ回って来いとだけ言ってやる方が有用かもしれない。

 

(だけどこの子は…)

 

 自在に使えると言い、そして実際にやってみせた。つまりは当然のように使わない選択肢も取れるのだろう。

 並走ですらない単走でさえ領域が使えるのだ。そのメンタルコントロール技術を逆用し、レースでは闘争心を抑えてしまえば良い。

 机上論だが、しかし出来ないとは思えなかった。だからこそ鳥林としては悩ましいのだが。

 

「………皐月賞であの消耗度だ。今の君が400メートル距離の伸びるダービーで領域を使えば、先ず無事ではいられないと言うのが俺の私見で、言うまでも無いが府中の最終直線で君が倒れ伏すような姿を俺は見たくない。仮にそれが掲示板の一番上に君の枠番が輝いた後でもな」

 

「……」

 

「それでも次はダービー、出し惜しむなんて許されない一生に一度の晴れ舞台だ。担当の君に『あの時あぁしていたら』何て後悔させるような真似はしたく無いし、教え子の才を、漠然と、ただ危険だからと言う理由で封じるような事もしたく無い。必勝の策を禁じるなら、せめて代わりの必勝を用意しておくのが道理だと俺は思う」

 

「あるのですか?」

 

 そう問いかけて来るアルダンに、しかし鳥林は頭を振った。

 

「なんせまぁ日本ダービーだからな。勝ち方なんて微塵も分からんし、それが領域以上の必勝法ともなれば尚更だ」

 

「ならやはり領域を――」

 

「だから、俺に時間をくれ。もうダービーまで一月ないことは分かってる。だけど、それでも怪我なく君を勝たせるチャンスをくれ。怪我に沈む君も、後悔に沈む君も見たくないが、それ以上に俺はまた君がウイニングライブのセンターで踊る姿を見たい――頼む」

 

 頭を下げる鳥林。

 正直人の良いメジロアルダンに酷な真似をしているという自覚はあったが、それでも担当を満足に走らせてやれない自分が情けなくて。目を見て頼むなんて、とてもそんなことは出来なかった。

 

「と、トレーナーさん!?」

 

「……」

 

「トレーナーさんのことは信じていますし、別に結論を待つくらい幾らでも……」

 

 居心地悪そうに返答するメジロアルダンに、しかし鳥林は否を突き付ける。

 

「一週間、いや、三日で良い。それで代案を出せなかった場合は君の体を領域の発動に耐え得るよう仕上げることに全力を注ぐ。だからあと三日だけ俺に時間をくれ」

 

「……無理はしないで下さいね?」

 

 ――例え非才の身であっても、彼女の信頼を裏切るような真似をしてはならない。

 

 鳥林の瞳に、確かな決意が宿っていた。

 

◆◆◆◆◆

 

「――よぉ、連戦だってのに調子良さそうじゃねぇか」

 

 同日、東京レース場の地下バ道。

 コンクリートに囲まれた、何処か物悲しさを感じるその空間では、今二人のウマ娘が相対していた。

 

「君は……」

 

 片やセーラー風の白いジャケットに身を包んだ芦毛のウマ娘。名をオグリキャップと言い、地方を走って十二戦十勝、二着二回。中央に来て尚重賞連勝中の、正に地方の怪物。

 

「ディクタストライカ、名前くらいは知ってんだろ」

 

 片や黄色のパーカーに身を包んだ栗毛のウマ娘、ディクタストライカ。昨年の最優秀ジュニアウマ娘も選ばれた実績を持ち、先月開催された皐月賞の覇者、メジロアルダンに唯一土をつけたことのある、通称栗毛の弾丸。

 

「あぁ、ろっぺいに聞いた。多分今日のレースの一番の強敵だろうって」

 

 二人に宿るウマソウルは共にマイルG1を二勝した記憶を持っている。即ち稀代のマイラーであり、そして今此処に立つ二人も、既にその片鱗は十分過ぎるほど証明して来ていた。

 

「あ?人伝て?幾ら地方出身だからってどんだけ世間知らずなんだよ」

 

 露骨に不機嫌さを見せるディクタストライカ。

 

 自分とて決して対戦相手を詳しく調べるような性質ではないのだが、それはそうと此方が意識しているのに向こうがなんとも思っていないような態度なのは頂けない。

 

 ならどうすれば良いのか。

 

 ディクタストライカは、オグリキャップ、ブラッキーエールの両名と同じクラスであり、だからこそその答えを既に知っていた。

 

「なぁ、今日のNHKマイル。なんでもお前の地元の笠松でもライブビューイングされてるんだってな。ローカルシリーズ活性化の一環として」

 

「……?そうか、それは良いことだな」

 

 ライブビューイングなる単語の意味はよくわからなかったが、それでも地元の笠松で何かイベントがあるならそれは喜ばしいことだと同意しておくオグリキャップ。

 

 地元の話になると多少興味を示すその姿に、ディクタストライカはニヤリと嗤った。

 

「はっ、どうだか…要はお前に寄生する方が自力でレース開くより集客が良くなるって公言してるようなもんだろ?下っ端根性丸出しの、まるっきり雑魚の思考じゃねぇか」

 

「……」

 

 なんの話をしているかいまいち分からない部分もあった。それでも、目の前のウマ娘が己の地元を馬鹿にしたことだけは確かに感じた。

 

「おいおい睨むなよ、オレはただ事実を言っただけじゃねぇか」

 

「間違っている、笠松のみんなは雑魚でも下っ端でもない。訂正してくれ」

 

「十二戦して十勝してる奴に言われても微塵も説得力を感じねぇが……まぁ良いぜ、今日、お前が俺に勝てたら訂正してやるよ」

 

 チリチリと、産毛が逆立つのをディクタストライカは感じた。

 気付けば地下バ道は尋常ならざる緊迫感に満ちていて。その元凶たる目の前の芦毛は、間違いなく此方を『敵』と認識したようだった。

 

 ――そうだ、この気迫が欲しかった!

 

 今の中央に、ディクタストライカとガチでやり合おうという気概の娘は存外少なく、だからこそ彼女は高揚を隠せない。

 

 第○○回NHKマイルカップ。

 その発走は、もう直ぐそこまで迫っていた。




ウマ娘のサポカガチャ、アルダンも会長も全然出てくれない…
1/2からはリナシータ行くので明日辺りには出てくれると良いんですけど…

それでは良い年を~

オグリにクラシック走らせるのは?

  • あり
  • なし
  • 原作なぞるだけなら二次創作なんて書くな
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