ガラスの小鳥は轍を刻む   作:昭和のパンサラッサ

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レース描写分かり難かったらごめんね


四話

「メジロアルダン、普段のトレーニング時間を大幅にオーバーしているようだが大丈夫なのか?」

 

 そうあの人が声を掛けて来たのは、選抜レースに向けた錆落としのメニューも大方終わり、後は余裕が有ればやろうと思っていたメニューをどうするか足と相談しながら考えている時でした。

 

 私自身どうしようか迷っていたことと、後は『私が"頑張ろうとすること"に対して彼は何を思うのか』が気になって、彼の考えを聞いてみたのですが、『君の足の事は自分には分からない(要約)』と言う正直さに少し呆れて、でも同時にその正直さには"少し"好感を抱きました。

 

 他のウマ娘と比べると明らかに"外れ値"である私の足。

 脆いことは確かですが、しかし"外れ値だからこそ"何も――それこそ主治医からの診察結果やスマートウォッチで計測したバイタルデータも――知らない方々に頭ごなしトレーニングを止められる謂われは無いと思っていました。

 

 筋肉の付き方や走、歩行時の重心のずれなら兎も角、腫れてもいないなら単に外から眺めるだけで筋肉の発熱、疲労状態が人の目で分かる訳も無し、なのに知った様な口で"頑張ること"を止められる日々。知らぬ間に少しづつフラストレーションが溜まっていたのでしょう。

 

 ――それが、私の体を心配して下さっている故の発言だとは分かっていても。

 

 そんな方達とは対照的に"私の意見"を聞いてくれた彼のことがとても"話の分かる人"に思えてしまって、だからこそ余計にその意見(判断)が聞きたくなりました。

 

 ――もっとも、一般論を語る彼にこちらの事情を多少明かしてまで"意見"を求めたのは少し胸襟を開けすぎたかもしれませんが。

 

 そんな、後から振り返れば相当面倒くさい私の無茶振りに対して、彼は私にこう言ってくれました。

 『"今"を頑張れば道が開けることもある』と。

 

 ――認められたような様な気がしました。このガラスの翼で飛ぶことを。

 

 ――許された様な気がしました。例え翼が灼け落ちようと刹那に輝くことを。

 

 ――示された様な気がしました。墜ちた先にも、道が広がっていることはあるのだと。

 

 きっと本人にそこまでの意味を込めた覚えはなく、なんなら単に機会損失の話を少しドラマチックに語っただけかもしれません。ですが、だとしても、私は確かにその言葉で背中を押された気がしたのです。

 

 ――唯一の不満は、彼のその言葉が"自分がトレーナーにならない事前提の言葉"だったことでしょうか?

 

 あそこまで期待してくれているのに、そこまで私の事を考えてくれているのに、貴方は私と契約する気では無いのですか?――

 

 ――なんてことも思いましたが、ですがそんなの考える迄も無く理由には心当たりが有りました。

 

 私はまだ、彼に"示すべきもの"を示していません。

 これまで、私は彼に対して足に負荷のかからない軽いトレーニングをやってる所しか見せて来なかった。

 それだけで契約を考えるトレーナーが一体何処にいるでしょうか?

 

 足のふくらはぎ辺りを触る。

 一週間、軽めのトレーニングで調整したその足は、お世辞にも『良い状態』とは言えないけれど――

 

 ――だけどその足で走る事に恐怖はありません。

 例え今日私のガラスが砕けたとて、きっと"一人"は私の輝きを覚えていてくれる。そんな確信が有るからです。

 

 

 

                    覚悟など、とうの昔に決めました

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『ゲートイン完了。収まりまして――第18R芝2000m、さぁ!今スタートが切られました!!

各ウマ娘出遅れは有りません。まずまずのスタートと言った所ですが、8番リズミカルリズムがそのまま加速してハナを取って逃げます。二バ身空いて二番手はメジロアルダン、半バ身差の三番手はリーフリーフと言った所でしょうか』

 

(逃げは一人、先行は・・・・私も含めて三人ですか。

・・・・雨のせいか、それとも元々か、今日は後方脚質の方が多いみたいですね)

 

 実のところ、メジロアルダンのスタートは明確に成功していた。

 特段スタートの反応が良かったわけでは無いが、しかし出足――スタート直後の足やターン出口での加速――が良かった。

 

 降り始めたばかりとは言え、既に重に近い稍重のバ場で殆ど足を使わず番手――二番手の事――を取れたのがその証拠。

 

 ただ彼女がその加速を活かして逃げのウマ娘と競り合わ無かったことや、またレースを走るウマ娘の内半数以上が後方脚質を選択したため、実況からはアルダンが上手くやったというより他のウマ娘が下がったお零れに有りつけたように見えたのだ。

 

(この位置ならレースのペースはある程度私の自在。

ただ逃げウマへのちょっかいは自分でやる必要は有りますが・・・・先ずは彼女の維持したい距離を測る事から始めましょうか)

 

 グッと足に力を籠め、開いていた二バ身差を徐々に徐々にと潰していく。

 一気に行かないのは稍重のバ場で急加速して足に疲労を溜めたくないのと、何より目の前を走るリズミカルリズムの嫌うより正確な距離を把握しておきたかったから。

 

 程なくして、彼我の距離が1と3/4バ身程迄縮まった頃だろうか。

 首だけで振り向いたリズミカルリズムと走るメジロアルダンの視線がぶつかり合い、リズミカルリズムが前を向きなおした瞬間から彼女の走行速度が上昇した。

 

(この間合いですか。

なら今は下がりましょう――もっとも、見逃す訳ではありませんが)

 

 スタートから約250m、リズミカルリズムの前方には既にコーナーが有った。 

 そこに加速した状態で突っ込めばどうなるか?

 

「・・・・ッ!」

 

 当然遠心力で外に煽られる訳で、綺麗に内のレーンを回りたいならどうしても減速せざるを得ない。

 

 と言っても加速している状態から最内を回れるベストの速度までスムーズに切り替えるなんてそう簡単に出来る芸当でも無く、また雨の為普段より転倒しやすくなっているコーナーへの恐怖もある。

 

 恐怖からどうしても減速してしまい――

 

 ――その瞬間、彼女の"間合い"に再びメジロアルダンが出現した。

 

 無理に加速してきた訳では無い。純粋なコーナリング技術と、加えて恐怖心を超克しうるだけの覚悟。

 その二つが合わさった結果、稍重のバ場にも拘らず彼女はラチギリギリを直線と同じだけの出力で走行していた。

 

 1コーナーが終わり、2コーナーに入ってもそれは変わらず、気付けばリズミカルリーフとメジロアルダンの距離は一バ身――否、3/4バ身にまで縮んでいる。

 

 堪らず、外に逸れることも気にせず加速してしまうリズミカルリズム。明らかに精彩を欠いていた。

 

(・・・・あと一、二度程間合いに出入りして足を使わせればあの方は終わるでしょう。問題は――)

 

 逃げが終盤潰れることが(ほぼ)確定したこの状況。

 だというのに番手を走るメジロアルダンの消耗は間合いを測るため加速したあの一度きりのみ。

 

 好位を走るウマ娘達の内、走りながら頭を回せる者達の見解は一致した。

 

 ――消耗を強いなければ不味い!

 

 足が弱い弱いと言われようとメジロの血統で四冠の妹。

 良い末脚を持っている可能性は相応に有り、そんな奴に最終直線まで好き勝手走らせるのは誰であっても怖い。

 

 とはいえメジロアルダンから現在好位を牽引しているムシャムシャまでは、メジロアルダンのキチガイコーナリングの影響もあって2バ身半ある。好位の最後尾を走るベラプラテリアからすれば4バ身差だ。

 

 位置取り云々で何かを仕掛けるには遠く、どうあっても足を使って距離を詰める必要がある。

 加えて、あくまでメジロアルダンの作戦は先行だ。ただ距離を詰めたからと言って距離を離すために足を使ってくれるとは限らず、素直に二番手を譲られ体力の回復に徹されると、体力を無駄に消費しただけになってしまう。

 

 確実を期すなら二人以上で行き、囲う"素振り"くらいは見せる必要があるだろう。

 

『向こう正面に入ります!先頭変わらずリズミカルリズムですが、コーナーを大回りしたこともあり既にきつそうか?その一バ身半程後ろ、二番手メジロアルダンから二、三バ身空きまして三番手はムシャムシャ。そのすぐ後ろにリーフリーフ――が、今動きました!!向こう正面でリーフリーフが加速、ムシャムシャを抜いて、メジロアルダンに迫ろうと――おっと、中団からも一人飛び出したか?ゼッケン一番ファスターザンレイが中団から飛び出しました!!』

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 リーフリーフは自分が良以外のバ場が不得意なウマ娘だと自覚していた。

 

 ――だから飛び出した。

 

(どうせこのまま走ってもどうせ凡走は免れない!なら!!)

 

 選抜レースを勝つに越したことは無いが、しかし本当に重要なことは有能なトレーナーを引き当てられるか否かだ。

 勝利して数多の選択肢が与えられたとして、口が上手いだけの能力が不十分なトレーナーを選んでしまえばそれは真に勝利したとは言えないだろう。

 逆にレースには負けても有能なトレーナーの目に留まりスカウトされればそれは紛れも無い勝利であり、リーフリーフはまだ余裕が有る内にその可能性に賭けた。

 

 勝負所で動けるというのはそれなりに重要な素質であり、仮にこれでメジロアルダンが一着を逃すようなことが有れば、リーフリーフ自身が一着で無くとも彼女の手柄首だと判断される可能性は十分にある。

 

 加えて、彼女は知っていた――

 

(ありがとう、やっぱり競り掛けに来てくれたね。ザンレイちゃん!)

 

 ――クラスメイトのファスターザンレイが、自分にライバル意識を持っていることを。

 

 ――ファスターザンレイは、自分が稍重以上のバ場で弱体化するのを知らないことを。

 

(さぁ数は揃った!どうするメジロアルダン!!)

 

『切れて、最後方はハートリーレターが走っていますが――さぁここでリーフリーフがメジロアルダンまで残り1バ身、更にファスターザンレイも来ているぞ!?二人は掛かっているのでしょうか?或いはメジロアルダンを危険と判断した可能性も有ります。メジロアルダンはどう迎え撃つのでしょうか!!』

 

(一人・・・・いえ、後ろから更に一人来てますね)

 

 "消耗なんて気にしていない"ような速度で走るリーフリーフに対し、メジロアルダンの選択は加速せず。

  

 当然そう時間も経たないうちにメジロアルダンはリーフリーフに捕まった。更にその十数秒後、ファスターザンレイがリーフリーフのを追走する形で半バ身後ろに付け、ここに即席の檻が完成する。

 

 ――囚人のいない、檻が。

 

(~~ッ!やられた!!) 

 

 檻の看守リーフリーフは何時の間にか一つ減っていた足音を確認するため振りむき、そして舌打ちをしそうになった。

 

 檻の中に居るはずのメジロアルダンが先行集団まで位置を下げていたせいだ。しかもご丁寧に集団外側を確保することにより囲まれることを未然に防いでもいる。

 

 進路を塞ぐ際、リーフリーフは斜行が取られないようある程度メジロアルダンの前に行く必要があったのだが、視線が切れているその時を狙って彼女はさっさと自分に都合の良い位置まで下がったのだ。

 足を少し休めるだけと思えばそこまで抵抗も無かっただろう。 

 

 無論、手は有る。

 リーフリーフ自身も下がって再度壁になってやればいいのだ。流石に先攻から中団に下がるという選択は番手で走っていたウマ娘が取れる手では無く、つまり同じ対策は使って来れない。

 

(――いや、無理だ)

 

 リーフリーフが横を見るとそこには当然ファスターザンレイが走っている。

 

 ――彼女は、リーフリーフに競り掛けて来たのであってメジロアルダンを捕まえに来た訳では無い。

 

 つまりリーフリーフが下がろうと私の勝ちとばかりに番手を走り続けるのだ。一人で構築した壁なんてコース取り如何で幾らでも抜けられる。

 他の先行集団と連携しようにも外レーンへの出口をメジロアルダンが抑えているので簡単では無く、何よりファスターザンレイの様に日頃から交流が有る訳では無いので、どう動いてくれるかが分からない。

 

 リーフリーフはこの時になって、己の詰みを自覚した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『さぁ各ウマ娘これから第3コーナーに差し掛かろうかという所。

先頭はまだ粘っているリズミカルリズム。1バ身後ろにはリーフリーフ、その外ピッタリファスターザンレイ。二バ身空きまして内ムシャムシャ、外メジロアルダン。ベラプラテリアは少し順位を上げまして今はこの位置、後――』

 

(徹頭徹尾完璧なレース展開・・・・競走馬の時は鞍上があの人――著書:ルドルフの背――故の上手さだったが、その頭脳でも受け継いだか?)

 

 鳥林はレースから目が離せなかった。いや、レースからではない。

 

 ――"メジロアルダン"から目が離せないのだ。

 

 スタート直後の加速、コーナリング技術、躊躇なく番手を捨てる柔軟さ――レースに掛ける覚悟。 

 その全てが輝きとなって今日会場に集った者の目を奪う。

 

 何時かは忘れ去られるとしても、この瞬間だけは。

 

(相変わらずコーナリングの上手さ。

バ場が稍重・・・・重だとしてもミスするとは思えない。なら後はどれだけ切れる末脚を持っているかだが――

 

――んン?」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(・・・・足に、違和感が・・・・)

 

 メジロアルダンがそれに気づいたのは4コーナーの入り口に差し掛かり、さぁ加速し始めようとした時だった。

 

 左足に僅かに感じる"疼き"。幼少の頃より彼女がトレーニングをしていると何度か遭遇したことが有った。

 

 当時大人に報告すればトレーニングは即座に中断され、それが嫌で黙ってトレーニングを続けたこともあったが、その反動として一か月を車椅子生活を含めた二か月にわたる療養期間――トレーニング禁止期間を過ごす事なった苦い記憶が蘇る。

 

 記憶の中に残る病の名は管骨(脛骨)骨膜炎――ウマ娘の足に発生する病気であり、俗称ソエ。

 主に骨がまだ完全に化骨していない本格化前~本格化前半のウマ娘の足が強い負荷を受けた時に発症する骨膜炎の一種である。

 

 ――雨で重くなった芝は、想定以上の負荷を彼女の足に掛けていたのだ。

 

 これが例えば、稍重だと寧ろ走りやすくなるダートであれば、或いは単純に走行距離が1200m程であれば、また違った結果に成ったのかもしれない。

 

 しかし現実は、微かな違和感と痛みが徐々にメジロアルダンの左足を侵食していた。

  

 とはいえ、同時にそれは彼女にとって慣れ親しんだものであり、だからこそ知っている。

 この状態であればアイシングをして後は安全にしていれば大体三日で違和感も痛みも消え去ると。

 

 故にこそ外周に持ち出しながら速度を落として――

 

(生きた証さえ刻めるならッ!) 

 

 ――否、彼女は熔けかけたガラスの足で、ターフに轍を蹴り刻む。 

 

 4コーナー中盤での加速。

 ロングスパートに、観戦していた人々の口から驚きの声が漏れ、スタンドが俄かにざわついた。

 

『仕掛けた、仕掛けましたメジロアルダン!メジロアルダンが早くも仕掛けました。前を走るリーフリーフ、ファスターザンレイとの差が見る見る縮まっていく!釣られて各ウマ娘も一斉に動きましたが、さぁしかし、足はしっかりと溜まっているのでしょうか。この重いバ場でロングスパートをのは中々難しいものが有るはずです。

各ウマ娘達は自分の勝利を思い描けているのでしょうか!!』

 

 4コーナー出口に入る事にはメジロアルダンは前二人を捉えていた。容赦なく外から差し、そして――

 

「先頭、いただきます」

 

 ――己の前を走る最後の一人、リズミカルリズムも斬り捨てる。

 彼女はメジロアルダンを抜かそうとするリーフリーフの無茶な速度に対し律儀に1と3/4バ身を維持していた影響もあり、並ぶ間もなく抜かされた。

 

 そのまま走り続け、残り200mの標識を過ぎた頃、背後から無数の足音が聞こえて来る。

 

(180・・・・・・・・150・・・・・・・・130・・・・・・・・残り、100!)

 

 100mに対してリードおよそ三バ身。

 

 ――十分だった。 

 

 そも後ろのウマ娘達もメジロアルダンのロングスパートに釣られたせいで万全の末脚を発揮できていない。50mを過ぎた辺りで2バ身差迄詰め寄られたものの、諦めたのか体力が尽きたのか、彼女と二着の差は最後はやはり3バ身差となった。




シングレのメジロアルダンかなり策士家なタイプだったしこのくらい行ける行ける。
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