閃光を超えて行け   作:フッ軽布教女サッチ

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バベル事変、三日目。


鐘の交差する地






三日目

気づけば、真っ白な空間に立っていた。

正面にはいつも通り真っ黒な外套を着た≪C≫がいて、二人でぎゅうと手を握っていた。

リンネがそれに気がついた途端、大きな手はするりするりとリンネの硬い手で遊び始める。

声を出そうとしても出せず、いろんな繋ぎ方をして遊ぶ≪C≫を止められない。つつ、と手のひらの皺をなぞられ、リンネの背筋がぞわ、と泡立った。

 

────ちょっと、やめてよ。

────いきなりどうしたの、気味悪いなぁ……

 

動かない体の中で数少ない動く器官である目を動かして《C》を見上げれば、フードの奥から紅色の瞳が優しくこちらを見下ろしている。

どうやら≪C≫は動けるらしく、ひとしきり手を弄んだ後、ゆっくりとリンネへと近づいて……

ひ、と声が引き攣った。綺麗な顔がどんどんと視界を埋め尽くしていく。

思わず狙いを定められた唇をきゅうと引き締め、ぎゅうと目を瞑る。

 

しかし、いつまで経っても喰われる感触はない。

ぱ、と目を開ければ、いつのまにか≪C≫の背中がずっと遠くに見えていた。隣にいるのは、弟弟子と魔女だった。

 

────待ってよ、ねぇ、≪C≫!!

 

ようやく動くようになった足で駆け出す。

剣聖の全速力でも追いつけない背中。幸せそうなライバルはずんずん遠くへ行ってしまう。

必死に走って、走って、走って。

無様に転んで、砂も何もない白い床をぎり、と引っ掻いた。

もうとっくに背中は見えなくなっていた。

 

「……置いてかないでよ……」

 

動いた声帯が空気を震わせる。

涙で引き攣れた息を止めようと丸くなり、必死に呼吸を止める。

ふと、うずくまる少女に誰かが影をかけた。

 

涙に濡れた瞳を開けたその先で、うっそりと細められた紅玉が、リンネを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロスベルかぁ、久々に来たわね」

「へぇ、来たことあるのか」

 

そりゃ、大陸全土を股にかけるA級遊撃士だし。

クロスベルの朗らかな陽気の下、リンネは伸びをしながらスウィンの問いかけに答えた。

紅蓮のジャケットを握りしめるラピスの頭をそっと撫でて、街の中心へと続く道を指差す。

 

「で、どうするんですか?」

『ふむ……まずは軽く街を回って聞き込みをするとしようか』

「わかった。じゃあ、とりあえず中央広場かな……支援課ビルもあっちの方だったし。まずはあの辺で聞き込みだね」

「はぁ〜い」

 

ナーディアのふんわりとした返事を合図に、一行はゾロゾロと歩き出す。

一見、少年少女とそれを引率する女性の団体観光客である。その中に一人怪しい黒衣の成人男性も混じっているが、その姿はステルス機能によって隠されている。

 

「できれば遊撃士協会にも顔出しときたいけど……」

「流石に無理じゃないか? 一番警戒されてるだろ」

「そうだよねぇ」

 

アリオスさんと合流できればよかったんだけど、と小さく呟き、気を取り直して周囲を見渡す。

中央広場はいつも通り賑わっているが、心なしか出歩く人も少ないようだ。

 

(……このまま北に行けば、彼女が居たはず)

 

クロスベルの北出口からマインツ山道に出てすぐ右手。クロスベル大聖堂と呼ばれるそこには、≪C≫の大バカと違って大戦が終わってすぐに連絡を入れてくれた≪S≫────スカーレットが滞在しているはずだ。

何度か会いに行ったが、随分充実した生活を送っているようだ。テロリスト時代よりもずっと顔色が良くなったし、幸せそうで……見ているとなんだか嬉しくなってくる。

場合によっては頼りに行ってもいいかもしれない。もっとも、彼女が居るかどうかはわからないが。

 

「ねぇ、リンネ。あれなぁに?」

 

マインツ山道方面に釘付けになっていたリンネの袖をくい、と引っ張ったラピスが風船屋台を指差す。

幼子が好きそうなものに食いついたな、と苦笑しつつ、屋台の正体を教える。

 

「あれはね、風船屋台よ」

「フウ、セン?周りについてる、色んな色のやつ?」

「そ。あのお兄さんは風船を売るお仕事をしてるのよ」

「はいはーい!なーちゃん、風船欲しいで〜す!」

 

おねがぁい、と甘えた声を出すナーディアに便乗して、ラピスも風船を指差して買って買ってと飛び跳ねる。

唯一スウィンだけが頭を抱えていたが、まぁしょうがないだろうとA級遊撃士の無駄に溜まった貯蓄を切り崩すことにした。

 

「すみません、風船5つ」

「おや、団体さんかい?」

「待て。俺はいらないからな」

「いいじゃん。まだまだ子供なんだから持ってなさい」

「なーちゃんピンクの!」「紫がいいわ!」

「スウィン青ね。あたし赤と黒」

 

好き勝手する女達へのツッコミに疲れたらしいスウィンは、こめかみを抑えて項垂れた。

リンネは5こ分の風船の代金を支払い、ふと思いついたように口を開いた。

 

「そういえばお兄さん、あたしたち今日旅行から帰ってきたんだけど、新総統様ってどうなの?」

「総統閣下か? そりゃあ素晴らしい人さ。あの人ならきっと大陸統一を成し遂げてくれる!」

 

男性がペラペラと話す内容を微笑みながら聞き取り、手元の使い込まれた手帳にササっと書き記す。

ようやく男性の一人語りが終わった頃、リンネはパッと口を開いた。

 

「へぇ、そりゃ凄いわね。今のクロスベルで暮らすの、ちょっと不安だったけど……」

「不安を持つ必要はないって! これからクロスベルはどんどんもっと発展していくんだからな!」

「あはは、それもそっか。ありがとね、また風船買いにくるわ」

 

まいど、と一行をニコニコ笑顔で見送る風船屋の青年の姿が見えなくなってから、ナーディアがリンネの脇腹をつつく。

 

「リンネさん、口上手いねぇ」

「遊撃士だもの、当然よ」

『どちらかといえば諜報員のそれだとは思うがね』

「うっさい!……もう少し話を聞いてみましょうか」

 

手帳をポケットへと入れ、ちゃっかり黒の風船をルーファスに持たせた後、次のターゲットを見つけたのか、ササっと歩いて行く熟練の遊撃士の背を見て、少年少女+保護者はその後をゆっくりとついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、様子見がてら一度情報を整理するわよ」

 

歓楽街、裏通り入り口。

カラフルな風船を持った奇妙な一行は道の端に固まり、その中心に差し出されたびっしりと書き込んだ手帳を眺めている。

 

「流石A級遊撃士、マメだな」

「でも字、結構汚いね〜」

「仕方ないでしょう、走り書きなんだから」

 

あたしが読めれば良いのよ、と告げたリンネは、その次のページに今度は丁寧な文字で箇条書きを足していく。

 

「とにかく、クロスベル住民の状態についてね」

「いろんな人がいたけど……何人か、少し怖い人もいたわ」

『帝国の呪いのように洗脳を仕掛けていると考えて良いだろう』

「症状を見る感じ段階わけできそうだよね〜」

 

ナーディアの言葉に、全員が頷く。

症状が軽い人間は、まだ新総統に疑念を強く抱いている。逆に重い人間は、深く新総統を支持し、盲信している。

住民に話を聞く限り、階段のように盲信度が増している。つまり……

 

「何か、洗脳するトリガーがある」

 

そう言うと同時に、リンネは視線を歓楽街の中心に置かれた映像トラックへと向ける。

目の前でステルスを使用している人間と全く同じ顔がトラックに映っているという光景は、どこか妙な感覚を一行に覚えさせた。

 

「……一番怪しいのはアレか」

『定期的に演説を流しているようだね』

「試しに一回見に行ってみる〜 ?」

 

何もわかっていないラピスをよそに、ルーファスは全員にもステルスをかけた。

 

『このステルス、ちゃんと風船にまでかかってるのか』

『細かいよね〜。共和国テクノロジーってやつ〜?』

 

そして、配信用のトラックへと近づいた、その時。

 

奇妙な音楽と共に、画面にアルカンシェル、それもまっさらな状態の舞台が大きく映し出された。

中心にいるのは、仮面を被った銀髪の踊り子。彼女は恭しくお辞儀をした後、流れ出した曲に合わせて悠々と舞い始めた。

無垢な舞台は彼女の踊りを引き立て、視線を吸い込んで離さない。専門家に見せれば間違いなく絶賛されるであろうその艶やかで華やかな踊りは、誰一人、例外なくその場にいた人間を釘付けにしていた。

 

『……ルーファス?みんな?』

 

そう、人間は、例外なく。

 

『スウィン!ナーディア! リンネ!どうしちゃったのよ!』

 

両脇にいたスウィンとナーディアを手で揺する、この場でただ一人人間でないラピスは、遠くから歩いてくる黒の衛士を見つけ、ヒヤリと背筋が冷えた。

四人の手から風船が放され、空へと舞い上がっていく。慌てて取ろうと手を伸ばすも、既に風船はラピスの手よりもずっと遠くへ行ってしまっていた。

 

『……う、ぐ……』

『! リンネ!』

『≪C≫……違う、ラピス……?そうか、これは……」

 

パッと解けたステルス。近づく衛士。

そんな中、ラピスを認識したらしいリンネが腰から刀を引き抜き────何かを斬った。

蒼天の瞳に光が戻り、ラピスの頭を優しく撫でる。

 

「こっちよ!」

 

明らかにこちらを呼んだ、少女の声。

先ほどまで一行が溜まっていた裏通りの入り口には、菫色の髪の少女が手招きしていた。

それを認めた瞬間、リンネはスウィンを抱え、ルーファスの手を引いた。

 

「ラピス、ナーディアを!」

「わ、わかった……!」

 

導きに従って走り出す一行を見つけた者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

「レキュリアで洗脳って治るものなんだね」

「どちらかといえば魅了よ。それなら状態異常だもの。……久しぶりね、リンネお姉さん」

 

裏通り、イメルダ老の店。

周囲を珍しそうに見渡すラピスの隣で、たちんぼの3人にレキュリアをかける菫髪の少女に、リンネは迷わず話しかけた。

 

「久しぶり、レン。カシウス叔父さんは元気?」

「そりゃあもう。バリバリ軍隊で働いてるわよ」

「し、知り合いなの……?」

 

リンネを盾にするラピスが恐る恐る尋ねれば、少女────レンはクスクス笑って「殺し合った仲よ」となんともないようにサラリと告げ、改めてリンネへと向き直る。ラピスはあまりにあっさりとした物騒発言に怯えてリンネのジャケットを引っ掴んで後ろに隠れた。

 

「正しくは義理の従妹になるんだけど……」

「まぁ良いじゃない、事実だもの。それより今は共和国にいるって聞いていたけれど」

「帰省がてら意味のない墓参りに来たら巻き込まれてさ」

「あら、クロウお兄さんったらついにバレたのね」

 

知ってたんだ、と従妹を睨めば、彼女は余裕の表情でクスクスと笑う。

 

「それと。エステルが通信繋がらないって心配していたわ」

「あ、着信オフにしてたかも」

 

懐からRAMDAを取り出し、着信通知をオンにして、着信履歴を確認する。

エステルから4件、ティータから2件、スカーレットから5件……エレインから20件。

思わずサア、と顔を青くした。

導力波は圏外。返すこともできない。

 

「帝国にいる間に確認しておけばよかった……」

「フフ、A級の最年少記録を塗り替えてもおっちょこちょいな所は変わらないのね」

「これがあたしだから、しょうがないネ……レキュリア!」

 

開き直ったリンネはそのまま詠唱を開始し、レンの回復魔法に重ねるようにさらに回復魔法を三人へとかける。

あの一瞬でどれだけ深く刻み込まれたのだろう。数回かけてようやく、三人はハッキリとした意識を取り戻し、周囲を見渡した。

 

「……ここは……」

「なーちゃんたち、たしか演説を聞いてたんじゃ……」

「スウィン、ナーディア!ルーファスっ!!」

 

目に光を取り戻したルーファスへ、ラピスがガバリと抱きつく。

ルーファスも心配をかけたと理解したのか、ラピスの銀髪をそっと優しく撫で、「すまない」と呟いた。

 

「どうやら助けられたようだね。まずは礼を言っておこうか、《殲滅天使》」

「どういたしまして、《翡翠の城将》さん」

 

まずは情報交換といきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気になるかね?」

 

マインツ山道、中腹。

あれからラピスについて調べるために、生まれた場所であるローゼンベルグ工房を目指して、山道をずっと登っていた。

 

ふと立ち止まって、大聖堂の方向を見下ろすリンネに、ルーファスは静かに問いかけた。

数秒黙り込んでから、リンネは顔を上げ、振り向き、小さく首を振った。

 

「大聖堂の前を通った時もなんとなく探ってみたけど……山道に彼女の気配がない。多分、上司に頼まれて動いてるんだと思う」

 

市内でも見かけなかったし、全くどこに居るんだか。

安否不明の友人が居れば、流石の剣聖もソワソワと落ち着かない。彼女のことだ、きっと無事だろうけれど。

他にもいくつか気になる気配がある。これはマインツ方面だろうか……

 

「山道全体の気配を探るとか化け物かよ……」

「なんだか超人具合がカシウスおじさまに似てきたわね」

 

スウィンとレンの感想を「うるさいわね」の一言で黙らせつつ、改めて安否不明な友人の数を思い出し、ため息をつく。

エステルとヨシュアは勿論、ルーファスから聞いた話だが、結婚したばかりのオリビエとシェラザードまで行方不明らしい。

二人とも強いし、そもそもそんな事態、ミュラーが放っておくわけがないとは思うが────

 

「……ルーファスさん。懐のそれ、何?」

 

突如何かに共鳴し始めた金属音に集中が乱される。

きょとんとしたルーファスが懐を探ると────鏡を綺麗に切断したような破片がごろりと出てきた。

 

「不思議なデザインね……」

「元々は円形だったのかな。勾玉型なんて持ってるヒト、老師以外で初めて見た」

「へ〜、ボスってそういうのがシュミなんだ〜」

「結構可愛いじゃない!」

 

口々に好き勝手言う女子達に「これは私の私物ではない」とピシャリと言い放ち、ルーファスは鏡を覗き込んだ。

不思議な鏡だが、これと言っておかしな所はない。

あまりにも怪しい物質。さて、いっそこの場で叩き割ってしまおうか、と考えた……その時。

 

 

 

──────新たな因果が紡がれた。

──────そなたらも、邂逅の地へと至るべし……

 

 

 

 

 

 

「オレは無視かよ!? おいリンネ!!」「あたしサラ先輩と過ごすので忙しいからっ」「あいつどこ行きやがった!?」「わかんない、わかんないよ……」「あぁ大切だよ。復讐の意味を無くした今、この世の何よりもな」「なんで会いに来てくれなかったのって悲しみが止まらないんだと思う」「オレにとって、リンネは……」「あたしにとって、《C》は……」

 

 

 

 

 

 

「……ぇ……」

 

思わず息が詰まった。

何か、大切なことがあった。あったのに、“思い出せない”。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。絶対に思い出さなければならないのに。

 

「ゔ……おえ゛っ」

 

吐き気と共に襲いくる痛みで頭が割れそうで、思わずその場に蹲る。

 

「……今のは……」

「……リンネさん?ねぇ、大丈夫!?」

「お姉さん、しっかり! 今回復魔法を、」

 

ARCUSを取り出したレンを手で制し、揺さぶってくるナーディアを落ち着かせるように頭を撫でた。

今だに吐き気は落ち着かない。が、立てないほどではない。この程度でアーツを使っては、EPがもったいないだろう。

 

「だい、じょうぶ……出るとしても胃液だけだと思う」

「あ、そっか。まだ朝ごはん食べてないものね」

「まずは落ち着いて水を飲みたまえ」

 

ルーファスが差し出した水筒を受け取り、思い切り煽る。冷たい水が喉を通るにつれて吐き気は治り、リンネはふうと息を吐いた。

一体なんだったのだろうか。未だにリンネの記憶は曇り掠れており、薄気味悪さは続いている。

 

「……少々惜しいが、やはり叩き割ってしまうか」

「待って待って、この程度別に大丈夫ですから!!」

 

振り上げたルーファスの手から鏡を奪い、その服のポケットに思い切って突っ込む。

……すこしミヂッと嫌な音がしたが、聞こえないふりをした。

そうして子供達に聞こえぬように耳元で小さく呟く。

 

「今の一瞬で“成長した”。そうでしょう?」

「ふむ、やはりか。剣聖となった君が言うならば間違いないだろう」

「えぇ。ただでさえ時間がない弾丸旅行なんだから、手放すのは惜しいわ」

 

耳元から離れ、ふぅとため息をつく。

吐き気はある程度おさまった。さっさと行こうと、剣聖は子供達の背を押した。

 

「はぁ、朝ごはん食べてないの思い出したらお腹すいちゃった」

「ふっふーん、なーちゃんに抜かりなし! ちゃんとパンを買ってきているのだ〜!」

「あら、それなら見晴らしのいいところへ案内しましょうか」

「なんだか俺たち、本当にピクニック隊になってきてないか……?」

 

レンの先導で一行は動き出す。

相変わらず感じ取ることができない《S》の気配を探しながら、リンネはもう一度遠く連なる山々を見つめた。

 

クロスベル。帝国解放戦線の一人、《G》が死んだ地。

計画通りに行動しろとか、小娘が邪魔をするなだとか、いつも小うるさく仲間達とリンネを叱っていた。それでいてなんだかんだ面倒見が良くて、遺跡なんかで出会った時には戦う前に歴史の授業をしてくれた。

墓は作れなかったそうだ。だから《S》は、いつも彼が死んだオルキスタワーに向かって手を合わせている。

 

(……敵かつ死者にお願いするのもヘンな感じだけど、見守っててくれると嬉しいな)

 

「リンネさ〜ん!早く〜!」

「はいはい、今行く!」

 

ウキウキと鞄からパンを取り出したナーディアに呼ばれ、リンネは一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で。ヨルグ老はいつからこんなに悪趣味になったの?」

「……少なくとも前来た時は普通だったのだけれど」

 

リンネの問いかけに、レンは肩をすくめて答えた。

機械仕掛けの人形兵器たちが徘徊する工房内。あちこちにレーザー光線が張り巡らされ、床のカーペットや壁の金属を焼いているせいで、焦げた臭いがそこら中に広がっている。

前訪れた時は入口まで迎えに来た人形を追っていかないと迷って工房まで辿り着けないような仕様だったはずだが。

 

「明らかに触っちゃダメな光線だね〜。当たったら焼き切られちゃうかも」

「放たれている人形兵器も厄介そうだ……気をつけて進むぞ」

 

そう言ってスウィンとナーディアがそれぞれの武器を構える。さて自分も行くかと刀を引き抜き、右後ろに流すように握った。

 

さて、人形兵器を一体二体ほど破壊した後、進んでいた廊下が早くも終点を迎える。

奥の部屋には大きな端末とロックの掛かった自動ドアが存在しており、いくら叩いても切っても開く気配がない。

扉を物理で開こうと四苦八苦していたルーファス、スウィン、リンネの三人はびくともしないそれに顔を見合わせ、肩を落とした。

 

「やっぱりその端末でどうにかするしかないのか……」

「レンちゃん、どう? 開きそう?」

「ダメね。導力ネットを介して強力なプロテクトがかかっているわ」

 

どうやらプログラムも入念に暗号化されているようで、ハッキングでこじ開けることもできないと言う。

かつてクロスベルを騒がせた凄腕ハッカーが言うのだ、間違いないだろう。

 

「どこか全く別の建物に連動する装置があるみたいね。サーバーのログは……見つけた」

「やだ、あたしの従妹ってば超天才」

「もっと褒めていいわよ♡」

 

そっと菫色の髪を撫でれば、少女は嬉しそうにくふくふと笑う。それでも端末のキーボードを叩く手は止めないのだから、相変わらず物凄い情報処理能力だ。

 

「むう……なーちゃんも褒めてもらいたい! レンちゃん、ログの解析手伝うよっ」

「わたしもわたしもー!」

「動機が不純ね……まぁ良いわ。ナーディアはそっち、ラピスはそれをお願いできる?」

 

まかせろー、と飛び出した二人を、扉をこじ開けようとした力仕事三人組は眺めることしかできなかった。

 

「……ルーファス、リンネ。わかるか?」

「生憎私の学生時代には導力ネットが存在していなくてね」

「あたしもこればっかりは……」

 

戦術導力器のいじり方ならピカイチなのだが。

エレイン曰くRAMDAでもある程度はハッキングや情報解析もできるらしいが、そっち方面には疎いのだ。

どうやらルーファスも同じらしく、アナログじゃないと頭に入らないとぼやいている。

 

「見つけた! サーバーに別端末からアクセスした痕跡っ!」

「でかしたわラピス! そのログ、こっちに送れる?」

「えっと……やり方わかんない!」

「ふふん、ここでなーちゃんの出番! ぽちっとな〜」

 

ラピスの背中から二人羽織のように被さったナーディアがササっと操作し、レンが弄る端末へと情報を送る。

そのまま天才少女は素早く端末を操作し、いくつかの数字の羅列を表示した。

 

「わ〜い、出た〜! リンネさん褒めて褒めて〜!」

「褒めてーっ!」

「っと……ふふ、凄いね二人とも。偉い! 大天才!!」

「「えへへ〜っ」」

 

二人はそう言ってリンネの胸に飛び込んだ。

そのまま仕方がないなと抱きしめ、頭を撫でる。嬉しそうな子供達に、いつからこんなに懐かれたのかと不思議な気持ちになった。

しばらく数字の解析を進めていたらしいレンが振り向き、ルーファスを見上げる。

 

「アドレス、その他もろもろを割り出せたから……通信できるけれど、どうする?」

「多少のリスクは仕方あるまい。交渉は……リンネくんに任せても?」

「え、あたし?」

 

突然指名されたリンネは胸に顔を埋めるナーディアの頭を撫でながら、目を丸くした。

 

「この中で最も社会的立場がしっかりしているのは君だろう」

「脱獄した大罪人に元殺し屋が二人、人形といち学生だからな」

「だから今紋章持ってないんだけど……ま、どうせ端末越しならわかんないか」

 

リンネは後頭部のリボンをしっかりと結び直し、ナーディアをそっと身体から離して端末の前に立った。

せっかくリンネのふわふわを堪能していたのに引き剥がされ、不服そうなナーディアは今度はラピスを抱きしめ、ゆらゆらと揺らす。

レンは従姉と視線を合わせ、頷き、端末のエンターキーをぱちんと押した。

 

数回コール音が鳴った後、ぶち、と音がして、繋がったことを示すアイコンが画面に表示される。

遊撃士は息を整え、意を決して声を出した。

 

「も、もしもーし……誰か居ますか? 聞こえたらお返事をお願いしまーす」

 

緊張しているのか震えた声に隣でレンとルーファスが吹き出し笑う。

レンにはデコピンを、ルーファスにはノールック破甲拳(素殴り)をお見舞いし、改めて端末へと向き直った。

 

『その声……リンネさん!?』

 

向こうから聞こえた声に、デコピンを喰らった額を抑えたレンが息を呑んだ。

そうきたか、と額に手を当て、リンネは端末の向こうへ返事を返す。

 

「ティータちゃん!? よかった、無事だったのね!」

『それはこっちのセリフだ、ったく……つまりこの端末は共和国にまで繋がってるってことかよ』

「アガットさんまで……ってことは、エステル達は!?」

 

思わず身を乗り出し、声を張り上げる。

二人なら一緒にいるかもしれない。そんな淡い期待を込めて。

 

『ううん、クロスベルでは会ったけど、今どこにいるかはわたしたちもわからなくて』

「そう……いきなり大声をあげてごめんなさい。あとアガットさん、あたしも今クロスベルに来てるの」

『んだと? ……いや、お前の性格を考えたら飛び込んでくるに決まってるか』

「そういうこと。エレインには止められたけど、放っておけないから」

 

端末の向こう側でアガットがわざとらしく大きなため息をつく。

 

『とにかく、お前が相手なら話は早ぇ。ティータ』

『はいっ。リンネさん、操作はわかりますか?』

「うーん、やっぱり機械はからっきし……だけど、レンも一緒だから大丈夫よ」

『え……』

「ちょっと、お姉さん……!?」

 

焦るレンの肩をそっと引き寄せ、端末に促す。ただ大罪人に同行しているだけでは親友同士の再会を邪魔する理由にはならない。今は向こうにはA級遊撃士 リンネ・アルストロの協力者としてしか伝わらないのだから。

 

『レンちゃん、 リンネさんと一緒だったんだ!』

「……えぇ。久しぶりね、ティータ」

『えへへ、うん! 久しぶり! レンちゃんが居れば百人力だよっ』

 

嬉しそうなティータの声に当てられてか、レンもゆるりと笑顔を見せる。

そのまま少しだけ雑談を済ませた二人は、一斉に扉のロック解除へ取り掛かり────見事解除する。

 

「開いたわ……!」

『こっちも解除成功しましたっ』

「流石の連携ね、二人とも」

『あぁ、見事なもんだ。……所で《紅蓮》の、そっちはお前とレン二人だけか? こっちは特務支援課にラインフォルトのお嬢さんと一緒なんだが』

 

アガットの問いかけに、一瞬でルーファスとアイコンタクトを取る。

彼が首を横に振ったので、リンネは即座に取り繕い、会話を続ける。

 

「うん、二人だけよ。あんなことがあったから、ヨルグ老が心配だってレンが言い出してね。可愛い従妹を放っては置けないもん」

「どうやら留守にしているみたいで一安心……だけど、工房の中がとんでもない魔改造をされていたのよ。だからお掃除しないと」

『掃除って……事情はこっちと同じみてぇだが、簡単に言いやがるぜ』

『でもでも、リンネさんとレンちゃんなら安心ですねっ。 探知したらこの先もいくつか同じ仕掛けがあるみたいですから、連携していきましょう!』

「了解。ひとまず切るから、そっちも気をつけて!」

 

ブツ、とスピーカーから通信が切れたことを示すノイズが聞こえた。

二人は仕事を終えて息を吐き、画面ばかり見ていて凝り固まった肩をゴリゴリと回してほぐした。

 

「すごいすご〜い! 一切怪しまれずに解除できちゃった〜!」

「知り合いだったのか?」

「えぇ、私の親友とその彼氏よ。とりあえず無事みたいでよかったわ」

 

スウィンの問いかけに答えたレンは壁に立てかけていた大鎌を握り、手に馴染ませるようにくるりと回す。

 

「さ、ティータを待たせないためにも急ぎましょう」

「よ〜し、新生帝国ピクニック隊、しゅっぱ〜つ!」

「しゅっぱーつ!」

「気が抜けるなぁ……」

 

気合いを入れた子供達が開いた扉の先へと足を踏み入れる。それを追うように、リンネとルーファスはそれぞれが子供たちの後ろから警戒しつつ進む。

 

道中、一人だけRAMDA使いが故に戦術リンクが結べないリンネは、腹いせのように弐ノ型でコイン型の人形兵器を破壊していく。

美しい断面を晒す人形兵器に何度かラピスが怯えはしたが、殲滅速度が速くなる分には問題はない。癖になっているのか、血もついていないのに血振りをしてから鞘に刀をしまうリンネの隣で、スウィンがじとりと遊撃士を見上げた。

 

「専門外の型でもこれかよ」

「老師に叩き込まれたからね。これくらいならスウィンもできると思うけれど」

「え、俺?」

「うん……そうね、足腰もスピード型の弐ノ型向きだわ。掃除がてら覚えてみる?」

 

思わぬ飛び火だな、とスウィンは口端を引き攣らせた。

どうやらこの剣聖はもう教える気満々らしい。すでに「見てなさい」と告げ、ぐっと踏み込んで、とんでもない速度で正面を陣取っていた人形兵器を半分ほどバラす。

 

「剣の動かし方は変わるでしょうけど、足捌きなら再現できるわよね?」

「そのオレの観察眼への信頼は一体なんなんだよ」

「ほら、もう半分やっちゃって!」

「聞いてないし……あぁもう、ヤケだ!!」

 

先ほど紅蓮の裾が靡く下で披露されたモノをなるべく忠実に再現し、思い切り踏み込む。

そうして、一気に身体のバネを利用して飛びかかり、刻印つけがてら双剣で一発づつ人形兵器を切り付けていき────

 

「そらっ!!」

 

────剣を合体させ、大きく振りかぶり、一気に人形兵器を切り付けて刻印を起爆させた。

人形兵器が全て爆発し綺麗になった廊下を、満足そうなリンネを戦闘に仲間達がゆったりと歩いてくる。

 

「うん、悪くないわ。あと数回練習すれば人間や魔獣相手にも通用しそうね」

「すーちゃんすご〜いっ! 新技開発だね〜!」

 

満面の笑みで飛び込んできたナーディアを受け止め、くるりと回す。くふくふと笑う彼女にヤケでやったらできてしまった、なんて言えない。

 

「うーん、アリオスさんが居ればよかったのだけれど」

「風の剣聖になにさせる気だよ……」

「案外面倒見良いのよ、あの人。若い子育てるの好きだし」

 

微笑みながらそう語る剣聖は、今度はノールックで緋空斬を放ち、背後にいた人形兵器を一気に燃やし尽くす。

この2日間ですっかり彼女のトンデモ具合にも慣れてしまった。そんな人に戦い方を教えてもらえるのは、なんだかどことなく現実味がない。

だってスウィンとナーディアは元殺し屋。A級遊撃士であり《紅蓮の剣聖》たるリンネとは正反対に位置する人間だからだろう。

 

「リンネくん、端末だ!」

「はいはい、今そっち行きます! ほら、二人とも行くわよ」

 

人形兵器の残骸が山のように連なる向こうで、雇い主が大声をあげた。

少年少女の肩に剣聖の手が添えられる。炎のように暖かなその手に、二人は顔を見合わせ、クスリと笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……死んじゃった。《C》が、しんじゃった』

 

あの日、イーディス支部にたまたま訪れたアガットが見たのは、いつもの元気が嘘のように萎んだ少女の姿だった。

 

『《C》が……嘘よ、そんなの嘘……嘘ったら嘘なの……!』

 

現実を受け入れようとせずに栗毛を振り乱し、半狂乱になった彼女の姿は到底見れたものではなく。

 

 

『何が遊撃士よ……何も、何も守れてないじゃないッ!!』

 

 

その日から、リンネ・アルストロの陽だまりには影が落ちるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いローブに、フードの奥に潜む紅玉。その裾から覗く、綺麗な銀髪。

記憶の中そのままの《C》が、リンネに手を差し伸べていた。

は、と息が止まる。勝手に涙がぽろりと溢れる。

違う、あいつは生きていた。生きて、成長しているじゃないか。

 

差し出された手を、思い切り弾いた。震える手を刀の柄に添え、混乱する頭に無理やり警報を鳴らす。

潮の香りは、しない。するのは僅かな歯車の音と、《C》からは絶対しないはずのオイルの匂いだけだ。

 

「リンネ」

 

あぁ、声は同じなのか。サンプリングでもしたのだろうか。

涙が止まらない。ずび、と鼻を啜って、無理やり袖で涙を拭った。

 

「リンネ」

「違う、あんたは、違うっ」

「リンネ」

「あたしの名を呼ぶな、偽物ッ!!」

 

ぎち、と刀を握る力が強くなる。

フードの下の紅玉が穏やかに細められ、かつての日々を彷彿とさせる表情が象られる。リンネは泣いているせいで不規則な呼吸を必死に安定させ、ガタガタと音を鳴らしながら刀を引き抜いた。

 

「偽物なんて言うなよ。ひでぇな」

「はぁっ……はぁっ……」

 

定まらない切先を《C》に突きつける。

死んだ。《C》は死んだ。誰がなんと言おうと、あの男は死んで、紅蓮の剣聖とはなんの関係もない、クロウ・アームブラストという別の人間として生まれ変わったのだ。

だから、だから、だから。

 

「……あ……あぁっ……」

 

あぁ、駄目だ。

からん、と刀を取り落とし、がくんとその場に崩れ落ちる。

 

どうして。どうして、死んでしまったの。

どうしてあたしを置いていくの。

必死に願う。ただ一つの願いを。

 

「もう、これ以上、置いていかないで……」

 

ぼろぼろと地面に向かって涙をこぼし続ける少女に、黒い外套がそっと近づいた。

 

「なら、一緒に逝こう」

 

頭上に、ナイフが振り翳された。

 

 

 

 

「逝くのは貴方だけよ」

 

次の瞬間、《C》の頭が吹き飛んだ。

がしゃり、と明らかに人ではない音を立てて《C》の肉体が崩れ落ちる。

涙でぐちゃぐちゃの顔を上げれば、そこにはレンが立っていた。

《C》の生首を弄び、可愛らしく年相応に笑っている。

 

「おはよう、お姉さん」

「……れん……」

「えぇ、あなたの大好きなレンよ」

 

レンは機械の断面が見える生首を投げ捨て、へたり込むリンネの涙をレースのハンカチでそっと拭う。

 

「もう、本当にクロウお兄さんに弱いわね」

「……ごめん。遊撃士失格ね」

「本当よ。偽物ってわかってたんでしょう?ならさっさと切り捨てちゃえばよかったじゃない」

 

レンの言葉に、リンネはぎゅうと紅蓮のジャケットの裾を握りしめた。

 

「……あの見た目じゃなかったら、切り捨てられたよ」

 

リンネの記憶からそのまま出てきたかのような、そんな姿じゃなければ。

あの日、守れなかったと涙した時に想起した姿じゃなければ。長年想い続けた姿じゃなければ。

 

リンネを置いてずっと遠くへ行ってしまった、今の姿ならば。

 

紅蓮の剣は、迷いなく人形を叩き切っていただろう。

 

「ふぅん。リンネお姉さんはショタコン、と……」

「ち・が・う。昔の初恋が忘れられないなんて良くある話でしょ」

 

立ち上がり、刀を鞘へと納めるリンネは、すっかり元の調子を取り戻したように見えた。

……まだ、手は震えている。震えを隠して、年下の従妹に格好悪いところを見せないように。

 

「さて、お姉さん。わかっていると思うけど、博士の仕業よ」

「でしょうね。相変わらず趣味が最悪。腹立ってきたわ」

 

ころんと落ちた《C》の偽物の生首を拾い上げ、別れを告げるようにそっと部屋の隅へと転がした。

さて、行かねば。剣聖は耳を澄ませて、感覚を研ぎ澄ませ、気配を探る。

 

「……うん、全員無事ね。このまま進めば合流できそう」

「そうと決まれば早く行きましょう。レンは慣れているから良いけれど、ナーディアとラピスが心配だわ」

「賛成。あと一人称戻ってる」

 

……きっとレンも大切な人を斬ったのだろう。小さな、本当に小さな心の傷を負っているようだ。はっと口を抑えるレンの頭を撫でて、そっと抱き寄せた。

そのまま数回、形のいい後頭部を撫でれば、わずかな震えが止まったレンがリンネの胸を押して離れた。

 

「……こほん。行きましょう」

「ふふ、そうだね」

 

そうして二人はしばらくただの廊下を進み、ナーディア達の気配がする部屋の前までやってきた。

蒼天と金色が交わり、互いに頷き、リンネは刀に手をかける。

 

「惨ノ型────」

 

そして、鞘から気が溢れ、ごうと炎が吹き出すと同時に、レンが扉を開き……

 

「龍炎疾風!!!!」

「なっ……!?」

 

スウィンとナーディアに襲いかかっていた敵を、龍の形をした炎が襲った。

金色の甲冑と杖、そして宝玉のようなものを握った敵。どうやら古代遺物のようだ。

スウィン達の表情からして、因縁のある相手らしい。ならば彼らの手で決着をつけさせてやったほうが良いだろうか。

 

(まぁ、あたしもムシャクシャしてるし、ある程度は相手をしてもらいましょうか……!)

 

「緋空────斬ッ!!」

「小癪なッ……!!」

 

宙でひっくり返りながら緋空斬を放ち、古代遺物の力で飛んできた瓦礫を一つ一つ丁寧に切り裂く。なるべくスウィン達に当たらないように。

何やら結社の博士とレンが喋っているが、それよりも。

 

「貴様、《紅蓮の剣聖》か!!」

「だったら何!? 黙ってストレス発散に付き合いなさい、よッ!!」

 

すれ違い様に紅葉切りをお見舞いし、そのまま流れるように疾風を撃ち込むための姿勢に切り替える。

どうやら古代遺物は重力を操るものらしく、なんだか体が重いが……この程度で剣聖を止められると思っては困る。

 

「リンネさん、すご〜……」

「この重力下で、疾風を……!?」

『ふむ、彼女を煽ったのは失敗だったようだね』

 

スウィンもしっかり見ているようだ。丁度良いだろう。

サクッと分け身を作り上げ、見様見真似で兄弟子の技を再現しようと試みる。

 

「たしか……こうだったかしらッ!!」

 

裏疾風、双。

兄弟子のそれよりも少し動きは劣るが、なかなか上手く再現できたようだ。

次の攻撃に移るまでのコンマ数秒、スウィンに視線を送れば、げ、と嫌そうに眉を顰められる。

 

「また見て覚えろって言うのかよ!?」

「フフ、すっかり弟子判定されたようだね」

「できたらカッコいいよ〜、すーちゃん!」

 

ナーディアに煽てられるスウィンの声を聞きながら、リンネは微笑んでぼうと刀を燃やす。

そうして刀を上段へと構え、炎が龍の形を型取られると、思い切り男の金兜に向かって振り下ろした。

が、すんでのところで杖を差し込まれ、結局鍔迫り合いに陥る。

男は随分焦っているようだ。まさか剣聖がついてきているとは思っていなかったのだろう。

 

「ぐっ……貴様のような正道の者が、なぜあのような人間のなり損ないを庇う!?」

「なり損ない? あぁ、あの子達が《庭園》の出身って話?」

 

赤い光の中で蒼天が煌めき、ごう、と炎が勢いを増す。

《四の庭園》。共和国を主戦場としているリンネにとっては聞きなれたワードだ。何度か小さな暗殺者達を退けもしたし、何人かは保護だってした。

おそらくこの男があの小さな子供たちを利用して暗殺家業をする元締め、管理人といったところだろうか。

 

「元々人を殺す道具、ねぇ」

「っそうだ! 人殺しと言うだけで、貴様らは大抵嫌悪するだろう!?」

「ふふ、甘いわね」

 

龍の首が二股に別れ、男の首を狙って大きく口を開け、咆哮をあげた。

ひゅ、と息を呑んだ男はリンネに思い切り重力をかけ、ようやくの思いで引き剥がす。

無様に落ちることもなく、難なく受け身を取り、ふわりと着地した剣聖は、刀を鞘へと仕舞い、スウィンとナーディアの頭にぽんと手を置いた。

 

「あたしの初恋はテロリストよ。正道なんかとっくの昔に踏み外してるわ」

「何回聞いても嘘みたいな話だな……」

 

正道?笑わせてくれる。 そんなものとっくに見失っているに決まっているだろう。

準遊撃士時代は四六時中どうすれば《C》達が執行猶予だけで許されるか考えていたのだから。正義の味方とは程遠い。

 

リンネ・アルストロは、手の届く範囲の、大切な人たちが笑ってくれるならば、国家を守る程度お茶の子さいさいなだけの、器の狭い人間だ。

 

「ふふ、そうね。レンたちも他人にどうこう言えるほど温かい人生を送ってはいないわ」

「あぁ。この身が背負う大罪と比べれば、殺し屋など些細な事だろう」

「人間の価値基準がどうかは知らないけれど、わたしには関係のない事だもの!」

 

続けてレン、ルーファス、ラピスが男に自分の答えを叩きつける。

男は歯噛みし「不愉快だ」と小さく呟いた。

 

「有象無象に興味などなかったが、我の邪魔をすると言うならば……貴様ら全員、ここで終わらせてくれる!!」

 

「終わるのはあなたよ」

 

男が吠えた直後、ナーディアが凛と声を張った。

そうして顔を上げた少女は、いつも通りにへ、と気の抜けた笑顔を浮かべ、クマ男爵の手をぴょこぴょこ動かす。

 

「解析完了〜! オリジナルとの差異、古代遺物の最大出力……オマケにバケモノみたいなリンネさんの機動力・パワー出力も、全部計算済み!」

「え、あたしも?」

「ふふん、おかげで勝率もぐんと上がって120%だよ〜!」

 

つ・ま・り。

 

「あなたの勝機は────今、跡形もなく、消えた!」

 

チャキ、と鯉口を切る。

構え直された双剣。ぶおんと風を切って振り回される戦斧と大鎌。

宮廷剣術の構えを取り、男へと突きつけられた片手剣。

 

 

それぞれがナーディアの計算通りに動き出し、男に襲いかかったのだった。

 

 

 

 

 







「スウィン。ナーディアにラピスも」
「あぁ、今お前が一緒に行動してるらしいっつー」
「ふふ、そうよ。改めて紹介するわね、あたしの……あー……」
「オイ。なんでそこで言い淀むんだよ」
「……あたしたちの関係ってなんなんだろ?」
「…………言われてみれば、なんだろうな。オレたちって……」
「あ、わかった。腐れ縁よ、腐れ縁!」
「いやそこはライバルとかにしてくれよ」
「ライバルかぁ……今はあたしの方が強いから一方的に叩きのめしちゃうかも……」
「なっ……言ったなお前!! 表出ろ!! 久しぶりに叩きのめしてやる!!」
「はぁ!? いいわ、望むところよ!! ここのちょっと特殊な床の味をしっかり味わうことね!!」



「すごいね〜、びっくりするくらい色気がないよあの二人」
「来た時のあの騒ぎといい、両思いなのは確からしいんだが……」
「? 仲良しで良いじゃない」
「それはそうなんだけどね〜……焦ったいなぁ、なーちゃんがやらしい雰囲気にしてきます!」
「やめとけ。巻き込まれて怪我するのがオチだぞ」



─創まりの円庭 ◼︎◼︎◼︎とリンネの会話より─
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