ライン生命生態課所属e分類の1番隔離指定研究対象   作:e-2

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実験基地の廊下

 

 

 ノックの音がした。

 返事をする間もなく見慣れた白衣を纏った金髪の職員が入ってきて、にっこりと微笑む。

 

「やっほー、ジズ。調子はどうかな」

 

 クロージャに似たノリの軽さでクリップボードへとペンを入れる。どこへ行っても、こういう人は案外いるらしい。あまりパルヴィスが好む性質のようには思えないが。

 

「採血ばっかりで貧血気味なんじゃない? 顔色悪いよ、三食しっかり栄養を摂るようにね」

 

「採血をやめる選択肢はないのか?」

 

「それは無理な相談。ボクが必死になって言っても主任は聞く耳持たないだろうし、そもそもそんな気はないからね」

 

 サイレンス、アルベ、ラミー。彼女らは構造課の所属でありながらパルヴィスとは全く違う考え方をしている。

 しかし、目の前の彼女やレオのように、そうではないことの方が多い。更にホルハイヤが控えているとなれば、逃げ出すことは不可能に近い。

 もっとも、逃げ出すつもりはないが。

 

 原作が変化している。ホルハイヤが国防軍に潜入していないのであれば、ここから逃げ帰ったところで、ミュルジスがホルハイヤに狙われることはおよそありえない。

 ホルハイヤの所属が原作から変わっていなかったとして、俺にできることはない。

 

 だったら、ここで情報を集めておくべきだろう。パルヴィス周りの事情から、変化したストーリーを読み取って動く。

 それがドクターとミュルジスを引き合わせるための重要な鍵になってくれるはずだ。

 

「ああ、それから。このあと主任の研究室に行ってもらうよ。スケジュールの都合はどうかな」

 

「それは皮肉だよな?」

 

「小粋なジョークに決まってるじゃないか。どうやら通じなかったみたいだけど。おかしいな、これでも主任を笑わせたりしてるんだよ?」

 

 賑やかな人だな。ただ接している限りでは善人のように見えて、ここが構造課であることを疑わしく思ってしまう。

 

 俺に価値を見出しているのはパルヴィスだけだ。同じカテゴリーに入れるのは癪だから、ミュルジスは俺に価値ではなく意味を見つけている、という前提を置いた上での話だが。

 ここは構造課だ。

 目の前にいる彼女だって、倫理的には悪人なのだろう。

 

「さあ、行こうぜ。ボクは時間の無駄が嫌いなんだ。君だってそうだろう、ジズ」

 

「ああ、分かってる。案内してくれるんだよな」

 

「もちろん!」

 

 サイレンスのような研究者がいる。

 それが俺の判断を鈍らせているのかもしれない。

 相対している人間にそれなりの良心を期待してしまうのは、きっと、切り捨てなくてはいけない悪癖だ。

 

 彼女に連れられて部屋を出る。

 何人かの職員とすれ違いながらも廊下を歩いていく。

 

 初めは、どうやって原作を修復しようかと考えていたせいで気がつかなかった。それをただ視界に捉えていただけで。

 やがて結論に至り、これから柔軟に対応するしかないのだと毒にも薬にもならない回答を得られたところで、それに気がついた。

 

 角を曲がると、前を歩く彼女があたりを素早く見回す。その視線は少しだけ上を向いている。進行方向だけではない。まるで何かを警戒しているかのように。

 ただの癖だろうか。

 俺にはそう思えなかった。

 

「美術館問題を知ってるかな」

 

 アークナイツの用語だろうか。記憶を探ってみたが答えは出ない。彼女は何故そんな話を始めたのか。それもやはり分からなかった。

 

「トリマウンツの話か?」

 

「数学の問題だよ。障害物のない美術館を隈なく監視できる警備員の最小数を求めるものさ」

 

 なるほど。何も分からなかった。

 

「そういうものを聞くと頭痛がするんだ。雑談ならもっと頭を使わないような話題を選んでくれないか」

 

「あはは、そのまま聞いてよ。これはとっても簡単だからさ。何せ、壁の総数を三で割れば答えが出るんだよ。証明を抜きにすれば、初等部教育だけで簡単に解ける」

 

「……それは、さっきから監視カメラを警戒していることに関係があるのか?」

 

 彼女は答えなかった。

 ただ一定のペースで歩いている。

 

「実際の物事には優先順位がある。美術館に警備員を立たせる時、スタッフルームまで監視させるはずはないからね。価値あるものを守るためには、定位置を決めて、そこを重点的に守るのが一番効率的だ」

 

 ただ架空を引き合いに出したかっただけなら、現実に置き換えることは比喩以上の価値を持たない。

 

「過度な一般化はよろしくないかな。それはいつの間にか常識に変わって、突然現れる例外を前に淡く崩れ落ちる」

 

 でも、と言って、彼女は一歩踏み込む。

 

「構造課は例に漏れなかったみたいだ」

 

 監視カメラが見当たらない通路の真ん中で、彼女は白衣を靡かせてくるりと回った。肩のあたりで切り揃えられた金髪がふらりと揺れる。

 

「主任にとってのそれは、研究室だったり、君に割り当てられた休憩室だったりかな。だから廊下に警備員は立ってない。何を話しても聞こえることはない」

 

 彼女はそこで言葉を切った。

 少し歩くと、角の向こうから足音が近づいてくる。

 平静を装った素振りで職員とすれ違い、少し経ってから、彼女は廊下に並んだドアを一つ開いた。

 源石灯は光っていない。

 暗がりの中には機材を並べた棚や開きかけの段ボールが置いてある。

 

「構造課に似つかわしくない人だとは思ってたよ」

 

「本当? だったら大正解だね。この二年間で誰かにバレたことなんてなかったし、五ポイントくらいあげてもいいよ」

 

 それは何に使えるポイントなんだよ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

「君はいったい誰だ」

 

 鮮やかなボブの金髪を揺らし、演技がかった口調で格好つける。

 

「ボクはしがない構造課所属の研究員、というのは表の顔。マイレンダー基金のエージェントであり、普段は赤心社って所で医者をやってる――ヴァレリア。ヴァレリア・エイブラムスさ」

 

 どうぞよろしく、と手を差し出される。

 きっと本当に悪い人ではない、ないのだろうが、俺はつい顔を顰めてしまった。

 握手に応じながらも表情のコントロールができない。

 

 ああ、どうしよう。

 また原作破壊要素がやってきやがった。

 

「……うん、あの、えっと。ボクって一応助けに来たわけだから、その、顰めっ面はやめない?」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 研究園には四つの区画がある。

 それらはセキュリティレベルによって分かれ、客人であるドクターらが出入りを許されているのはレベル1まで。植物を観覧することしか許されていない。

 もっとも、それはアナスタシアが持つようなIDカードがなかった場合の話だが。

 

 カードリーダーの認証音とともに扉が開く。

 中は応接間のようだった。

 

「いいのか? 彼女はこちらを随分と目の敵にしているようだったが」

 

 出された珈琲の湯気を眺めながら、Mechanistが言った。

 

「飲み物でもとおっしゃっていたのは主任ですから。まさかホールのベンチに座って話すことでもありませんし。とは言え、サリア主任――ではなく、サリア元主任の判断にお任せしますが」

 

「確認するにはまずテーブルに着かせなければならない。恐らくは不可能だ。だが、彼について広く知られることをミュルジスは望まないだろう」

 

【『機密』に関することか。】

 

 四つ目のカップを置いて、アナスタシアが椅子を引く。

 

「どうぞお座りください。何から何までご説明することはできませんが、……いえ、私が知っている限りのことをお伝えします」

 

「まずはミュルジスについてだ。以前はああまで拗れていなかっただろう」

 

 サリアの疑問はもっともだ。

 ロドスに移ってからというもの、ミュルジスとは連絡を断っていた。イフリータやサイレンスとのトラブルは勿論、マイレンダー基金や統括課の動向に注目し、その上でオペレーターとして業務をこなしていたのだから。

 

 最も新しい記憶は、炎魔事件が起こったあの日のことだ。

 黒煙を吐き出す構造課の研究棟に頭から水を被って突っ込んでいった、無謀なほど勇敢な後ろ姿。それが頭の中に残っていたミュルジスの像だった。

 

「主任は、三度変わったように思います」

 

 アナスタシアは滔々と語る。

 

 今では降ろされてしまった主任補佐の立場で出会い、パルヴィスとの邂逅を見守った一ヶ月を。すべての始まりであり、ミュルジスが初めて彼を疑った、その顛末を。

 

 そして次は、己の罪だ。

 左腕を這う黒い結晶に心を折られて、彼の手を弾いて、それでも引き戻してくれたあの頃の記憶を。ミュルジスがアナスタシアを信じられなくなったことを。

 

【彼は医者なのか?】

 

「いいえ。彼はただの管理人です。……発作を起こした私を助けてくれた、というのは、主観が混じっていますよ。何分、私が当事者となって救われたものですから」

 

 アナスタシアは平然と話している。

 それでも、態度の中に僅かな揺れを感じた。

 

 構造課に捧げられたジズという男がただの管理人だったなら、こうも繰り返し攫われるものだろうか。

 触れる者すべてを傷つけるような、棘だらけのミュルジス。

 彼女の逆鱗を踏みつけてまでパルヴィスという研究者は何がしたいのだろう。

 

 進歩、機密。

 成功を搾取する土壌。

 

 トリマウンツという土地柄によってか、どうやら邪推が混じってしまったようだ。

 ドクターは珈琲を一口嚥下する。

 

 彼がイフリータの言う『アイツ』であるとは考えがたい。

 第一に、イフリータの知り合いは――サリアを除いて――誰もが構造課の職員だ。人体実験を大っぴらに行うはずはないし、構造課で完結していたと見ていいだろう。生態課所属の彼が関わることはできない。

 第二に、鉱石病に手を加えられる人物が施設の管理人という小さな立場に収まっているはずはない。彼自身が望まずともライン生命の中枢へと巻き込まれていくはずだ。

 

 一度箇条書きに記述してしまえば、どんなに無関係な事柄であっても共通項が見つかってしまう。頭から結びつけて考えるというのは果てなく危険な行いだ。

 

 誰かが感染者を殴りつけたからと言って、差別意識があるとは限らない。憎んでいたからと言って、愛していなかったとは限らない。

 直感的に、直接的に、直線的に、線を引くべきではない。

 拉致された職員と、『アイツ』。頭の隅に留めていた事柄と試しに線を結んでみる。まさかありえない。いや、本当に? 珈琲が舌の上で転がっている。

 

「ドクター。そんなに苦かったなら、シロップを足せばいいだろう」

 

 Mechanistの声に思考が引き戻される。

 気がつけば、三人の視線がドクターに集中していた。

 

「話を続けてもよろしいですか?」

 

 頷いておく。

 一通りの話が終わってからでいい。

 検討は後回しだ。

 

 そうして語られた炎魔事件についての経緯からドクターが読み取ったことは――もはや語るまでもないことだ。

 

 バイザーに隠された目が一つの真実を捉える中、論題はやがてアナスタシアの手によって帰着した。

 

「下手人は確定的です。繰り返しジズは狙われているのですから。しかし、だからこそ、どこへ攫ったかは分かるはずがない。これが全く知り得ない未知の第三者による犯行であれば物事は簡単でしたが。

 

 最も解決されにくい事件は()()()だ。

 動機は犯人像と密接に関係している。犯人の特定は突発的で不特定な事件であるほど時間がかかる。

 つまり、まずは目星をつけることが肝要なのだ。事件のあらましを掴むには、ある程度の見当をつけ、直接の実行記録となるものを身辺から洗い出す――それが定石だろう。

 

 ここまでが警察の論理だ。

 

 ジズを取り返すのであれば、捕まえるのでは足りない。

 ミュルジスやアナスタシアが望んでいる解決は一足飛びでなければならない。彼らが隠したいものは、それが彼ら自身でないという理由から、隠しやすい。見えないように隠すということと、見られないように隠れるということは、全く異なるのだから。

 記録を抹消するだけでいとも容易く断絶できる。

 それも、組織だっての犯行であれば猶更だ。

 

 仮にこの事件が構造課の手によらないものであれば、記録を残さないことよりも実行したことの隠匿が優先されたはずだ。

 誰もがそうだろう。裁判に勝つより、裁判所まで連行されないことを第一に考えて動く。探偵が推理するようなトリックなど用意することはない。

 

 それが、構造課は違う。

 明け透けに自らの犯行だと明かした上で、証拠不十分を盾にしている。

 

【他に手がかりがないならお手上げだ。】

 

「……いや、ライン生命の手口には察しがつく。五年前とそう変わりはないだろう、構造課が抱え込んでいる下請けを調べる」

 

「五年前と言えば、例の事件か」

 

 ハイドン製薬と似たような研究所は幾つもある。

 資料を漁ったところで分からないこともあるだろうが、分かることがあるかもしれない。

 

 ただ、とサリアが考え込む。

 やがて顔を上げた。

 

「アナスタシア。ミュルジスはどれほど動いていない?」

 

「え、ええっと、事が起きたのは昨晩ですから、それから十五時間以上は。ただ、休んでいらっしゃる様子は見られませんでした」

 

「そうか。ドクター、ミュルジスについては引き続いて頼むとしよう。提携している研究所のリストをお前に見せるわけにもいかないからな」

 

【 ……。】

 

 ドクターは沈黙を答える。

 事情を知らないロドスであっても、サリアが予感した内容くらいなら察している。

 だから示しているのだ。

 動く必要があるだろうか、と。

 

「恐らくはお前の予想通りに、ミュルジスは独自で手がかりを掴んでいるのだろう。人手が必要なようであれば手を貸してやればいい。――しかし、これは経験則だが、ああなった頑固者は梃子でも己一つでやってのけようとするはずだ」

 

「頑固者、か。君がそれを言うとはな」

 

「だから言っただろう。()()()だと」

 

 炎魔事件の真相を探る上で、ミュルジスには助けられた。そして、彼を助けることはできなかった。サリアには力があり、その力を振るう立場に立っていながらのことだった。

 借りを返さなくてはならない。

 ドクターを介して、サリアはミュルジスを助けてやる。

 片割れを失った朝露は、太陽が沈む頃には消えてしまうだろうから。

 

 しかし、ドクターは門外漢だ。

 そのような事情を知るはずもなく、伸ばした手を弾かれたという事実だけが頭の中に居座っている。

 

【開拓基地で何が起こっているのか。】

 

【クリステンはどこにいるのか。】

 

【残された手がかりの所在は奈辺か。】

 

【――概して、これほど迂遠な手段は必要か。】

 

 サリアを信頼している。

 そして、気がついている。

 ジズという男について秘匿された機密情報がただの事件では終わらせない影響力を持っているのではないか、と。

 

 彼が持つものはロドスにとっての利益かもしれない。

 ただ、時機を誤れば抗えない流れに巻き込まれてしまうこともある。

 これがそうではない保証などない。

 サリアはそのリスクを承知しているのか。

 

 そんな意味を込めた問いかけだったのだが。

 

「必要だ」

 

 サリアはキッパリと答えてみせる。

 

「私が権限を持たない元主任として働きかけられる範囲は限られている。それは人脈であり、権限を持つ者と手を結ぶための情報だ」

 

「仮にジズという男が帰ったとして、彼女は私たちのために権限を行使するか?」

 

「彼が危険に曝されたとなれば黙っていられる気性ではない。それに、彼が頼めば相応に返すことだろう」

 

【『彼』は信頼に値するのか?】

 

 一番に反応を表したのはアナスタシアだった。

 口を開きかけて、止まる。

 

 期待されているのはサリアの返答だ。

 たとえ彼がアナスタシアを助けた過去を持つからと言って、ドクターらに手を貸すとは限らない。

 

 そして、アナスタシアの目に映る彼らもまた協力者などではない。

 ジズを取り戻すために利用し、ライン生命を止めるために利用される。これから築かれるだろう関係は、友情を必要としないのだから。

 

「さあな」

 

 サリアが答えた。

 

「職員を不当に拘束しているのなら、その行いは咎められるべきだ。……加えて、これまで少なからず公に許可を取っていた構造課が線引きを超えたということは、ジズは計画に必要な欠片(ピース)と見ていいだろう」

 

「身柄を奪還することに意味がある、ということか」

 

 ドクターやMechanistは信じていない。

 クルビアが貸与した足場と、自らが握っている情報の確からしさを、彼らは信用しない。言伝の噂など、とても真贋を見極められるものではないからだ。

 

 だからサリアの判断を信用する他に選択肢はない。

 

 ひとまず、Mechanistは納得しておくことに決めた。

 前だけを向いて歩くのでは足を引っ掛けられてしまうかもしれないが、下だけを向いて歩いたとしても、どこかで壁にぶつかってしまう。

 暗闇の中では前を歩く仲間の袖を掴んでおくのがよい。

 

「結論が出たようですね」

 

 空になった器を四つ片付けて、アナスタシアはもう一度頭を下げる。

 

「主任を、ジズを、お願いします」

 

 小さく頷き、サリアは部屋を後にする。

 残されたドクターやMechanistはどのように答えるべきか迷っていた。

 正直な所、進歩を求めるがあまり性急に過ぎるトリマウンツの科学者たちの手に渡ってしまった彼が無事であるとは言えなかった。

 確証がない、と言えば曖昧だが、保証がない、と向き合うのも躊躇われる。

 

 切実な言葉には慣れている。

 だが、それに正しい言葉を返せるほど無責任ではない。

 アナスタシアは気休めなど欲していないのだから、「きっと」を答えてはならない。

 

 結果、ドクターは一度視線を逸らして、それから向かい合うことに決めた。

 

【もう一度話がしたい。】

 

 少しでも期待に応えるため、進んでみよう。

 分かりあえない相手ではないはずだ。

 

 アナスタシアは首肯した。

 

「分かりました。少々お待ちください、きっと主任には普段通りの業務をこなしていられるほどの余裕はありませんから、すぐに都合をつけられると思います」

 

 そう言って部屋を出ようとして、阻まれる。

 鎧のような服を着た大柄な男だった。

 

「警備はどうしたのかしら、ストラウス」

 

「俺が受け持ってる警備対象はどっか行っちまったからなァ。それに大ホールでサリア主任の幻覚を見たから茶でも入れて休憩しようかと。って、ご客人か」

 

 尊敬する上司と数年振りの再会、の機会をジャックは幻覚として処理したらしい。

 何ともまあ間の抜けた感じの抜けきらない忠犬だが、普段からジズの護衛をしているのだから、顔を通しておかないわけにはいかないだろう。

 

「ドクター様、Mechanist様。こちらはジャック・ストラウス。生態課の警備部に所属していて、私と主任を除けばジズには最も近しい職員です」

 

 それから。

 

「ジャック、こちらはロドス・アイランド製薬の皆様よ。これからミュルジス主任との時間を取る予定で……何かしら、ハトが鉛弾でも喰らったような顔をして」

 

「そいつはどうにも苦しそうな顔だな。いや、気のせいならいいんだが、ミュルジス主任ならさっき研究園を出ていったぜ? すぐ帰ってくるようには見えなかったがな」

 

「――どこへ行くか、聞いたのよね?」

 

「はァ? そりゃまあ、本部とかじゃねェのか?」

 

 アナスタシアは小さく息を吐いた。

 

 それから、くるりとその場で回転し、大きく勢いをつけた右足でジャックの脇腹を蹴り抜いた。

 部屋の隅に置かれていたゴミ箱と重装備が衝突する。

 

「この状況で主任が出かける先なんて決まっているでしょう! ああ、もう、他に気がついたことは!」

 

「……通話中だった。荒れてたが、恐らくは……エンジニア課だな。いてて……そういや、今朝の通話相手もそうなんじゃねェかな……」

 

「早く立ちなさい。それからもっとハキハキ話しなさい」

 

「お前が蹴りやがったんだろう!?」

 

「できるじゃない、最初からそうして」

 

 生態課の面々は何とも癖が強いらしい。

 

「見苦しい所をお見せしました。主任を追いましょう。エンジニア課を訪ねて、それからここに帰ってくるとも限りませんから」

 

 ジャックの足を踏みつけながらニッコリと笑うアナスタシアに、ドクターは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 




 
研究が忙しい……!
 
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