ライン生命生態課所属e分類の1番隔離指定研究対象   作:e-2

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不定期更新と言ったので、本日は二本立てです。
前話を読んでからどうぞ。
 


科学者の資質

 

 

 

 思い描いていた通りだ。

 3週間の節目を迎え、俺は白紙の計画書を前に伸びをしていた。

 

 俺なりにやっていたつもりだった。全力で頭を回していたつもりだった。それなのに、あの通信を終えてから何一つだって良いアイデアを思いつかなかった。

 ホライズンアーク計画のような、不可能な計画書さえ作れなかったんだ。

 

 頭の中は晴れやかだった。道が一つしかないことを理解できたからだろう。俺はただそれに向かって進めばいい。態々難しいことをしなくても許される。

 そして、ミュルジスの役に立てる。デメリットをコラテラルダメージだと言い張ることができる。それは随分と俺の精神を守ってくれた。

 

 そんなことを取り留めもなく考えていると、部屋にアナスタシアが入ってきた。

 

「ここにいたんですか。主任はもうすぐいらっしゃるみたいですよ」

 

「もうそんな時間になったのか。分かった。ターシアは同席するのか?」

 

「勿論です」

 

「ライドは……」

 

「放っておきましょう。不真面目な研究員を見せるのは生態課の恥になりますから」

 

 相変わらずの毒舌に苦笑しながらも玄関口に向かう。既に到着していたらしく、老年のキャプリニーが落ち着いた様子でホールを眺めていた。

 小走りになった俺たちに気が付くと、彼はそう急がなくてもいいと手で示した。

 

「やあ、君がジズくんだね。噂は聞いているよ」

 

「それがどういった噂なのかは分かりませんけど、ライン生命の入社を目指す身としては、とにかく光栄です」

 

「雨の日によくミュルジスと出かけているだろう? 彼女は主任で、更には美人だ。広まるのは早かったよ」

 

「ああ、そういう……」

 

 あまり聞きたくない類の噂だった。

 苦笑いを努めて愛想良くしようと口の端を吊り上げながら彼を応接スペースに案内する。

 

「さて。私の自己紹介がまだだったね。私はアーレンツ・パルヴィス、構造課の主任をしている者だ。ここには興味深い実験の計画があると聞いて足を伸ばしたんだが、本当だろうね?」

 

「少なくとも、提出した草案に関して偽ったことはありません。期限が今から一週間だということ、全責任をこちらが負うこと、そして——手段を問わないこと」

 

 パルヴィスは穏やかな双眸を真っ直ぐ寄越した。威圧感はなく、ただ品定めされている不快感があった。

 

 少し不気味に思う。恐らく、腹黒狸だと分かっていなければ不快とは感じなかっただろう。パルヴィスにはそれほどの落ち着きがあって、安心さえ感じられる。

 頭の中でどんな計算が行われているのか分からず、眼鏡の奥に吸い寄せられていくような錯覚を感じた。

 

「君は科学者に向かないようだ」

 

 突然、パルヴィスはそんなことを言った。

 

「原動力が探究心ではない。これは然したる問題ではないね。ただの羽がお守りになるように、単なる事故が大きな発見に繋がることもあるように、探究心だけが科学を発展させたわけではないからだ」

 

 どうやら俺がここに至るまでの過程を調べたらしい。彼の目には小さな失望が灯っているようだった。

 

「基礎的な知識が足りない。これも然したる問題ではない。泥臭い努力だけが道を切り開くなら教科書に偉人の名前は載らないだろう。それに、君には他より時間があるようだからね」

 

 そう言ってため息をつく。

 

 俺はその隙に頭をフル回転させて考えた。

 パルヴィスの協力が得られなかった時のプランを用意してはいるが、大本命はここだ。彼が何を言いたいのか、それを記憶の中から掘り当てなければ。

 

「君は、科学者が一番に考えなくてはならないことは何だと思う?」

 

 ……ああ、助かった。

 その言葉で思い出した。

 

 孤星の前半でサイレンスとパルヴィスが問答していた時に、その答えは言及されていた。

 

「手段でしょう」

 

 パルヴィスは何も言わずに片眉を上げた。

 

「動機、目的、倫理、コスト、そんなものは科学の発展に関係ない。主体が誰か、いつやるのか、どの研究所で行われたのか、それらもまた関係ない。必要なのは手段を考えること。どのようにして目標を達成するか、それに悩むこと。そうですよね?」

 

「驚いたね。君は私が思っていたよりよく理解しているらしい」

 

 パルヴィスが伝えたかったことは、研究の主眼。それを俺が蔑ろにしていたから説こうしたわけだろう。そして研究者として基本が出来ていない俺の手は取れないと言いたかったわけだ。

 

 だったら開き直ってしまえばいい。

 

「俺が提出した案には『手段を問わない』と書かれている。つまり俺は科学者の本懐を放棄している。それは分かりました。けど、それに何の意味がありますか?」

 

 パルヴィスは黙って聞いていた。

 

「ミュルジスから聞きましたよ。構造課は俺で実験しようと何度か打診していたらしいですね」

 

 これは嘘だ。研究資料が入っているタブレットを触った時に読んだだけで、俺までその打診が届いたことは一度もない。

 感謝しなければいけない。俺という研究対象の価値を今まで守ってくれたことに。

 

 

 俺がパルヴィスに提出した計画案は、俺を被験者とした源石生態学的臨床試験だ。

 

 発端はとある資料を覗いたことにある。エルフの身体は源石に対して極端に弱く、シャーレに収まるようなサンプルではデータが取れないと書かれていた。

 俺がサンプルを提供してどれだけ進むかはわからない。ただ、俺が直接の被験者になった時の成果がそれを確実に上回る。

 得られるのは貴重なエルフのデータ。希望的観測だが、エルフが何故源石に弱いのか分かるだけでなく、どうして俺が源石に特別強いのか、ということまで分かる可能性だってある。

 

 

 その実験結果はミュルジスが長年追求しているエルフの楽園作りに貢献できるデータで間違いない。

 たとえばエルフ全体が俺のようになれば、鉱石病による死を先延ばしに出来るはずだ。一ヶ月なんて短い余命とはおさらばだ。

 鉱石病を何とかできると思えるほど思い上がってはいない。だが、エルフの生理的耐性が僅かでも向上するのなら意味はある。

 

「パルヴィス主任、あなたが頭を悩ませた『どうやって俺からデータを取るか』という問題に解決の道が示されたんです。あとはサインするだけだ。目に見えた『前進』を前にして、まさか竦んでいるわけにはいかないでしょう?」

 

 俺が研究者に相応しくないことが、科学の歩みを止めていい理由になるだろうか。いいや、ならないはずだ。パルヴィスなら特に。

 

「……やはり、君は研究者に向かない。そこまで結論が出ているのなら、自ずと答えは分かるだろうに」

 

 残念だと言いつつパルヴィスは懐からペンを取り出した。アナスタシアが出した計画書にサインをすると、にこやかに笑う。

 

「初めから拒むつもりはなかったんだよ。関係のない説教じみた話で勘違いさせてしまってすまないね。一週間の付き合いだが、よろしく頼むよ」

 

 隣のアナスタシアがやりましたね、と微笑んだ。

 外部の者に、全責任をこちらが持った状態で人体実験、もとい臨床試験を主導してもらう。それに関してアナスタシアは強く反発していたが、パルヴィスを前にして安心してしまったらしい。

 今だけはそれに感謝しよう。その人柄のおかげで、俺はアナスタシアを説得する必要がなくなった。

 もうすぐ空論は現実になる。

 

 パルヴィスと今後のスケジューリングについて詰めながら、そういえば、と思案する。

 

 ライドはこの計画をどう思うだろうか。俺を生き急ぐ馬鹿だと非難するのか、それとも理解できないと思うのか。いずれにせよ肯定的な反応は返ってこないだろうが、相談に乗ってもらった身だ。後で報告することにしよう。

 

 

 

 

 

 

「こんな臨床試験、許可できませんよ」

 

 構造課との話し合いで取り決めた実験プランの資料を前に、ライドはそう吐き捨てた。確かに肯定こそされないだろうと思ったが、まさかここまで否定されるとは。

 

「いえ、私もどうかとは思いますよ。あのパルヴィス主任が主導すると聞いていなければ、止めるべきだと思います」

 

「実験に使用する薬剤のほぼ全てが経過を見て投与量を調節するもので、実験の数も内容も被験者を無視しているとしか思えない。これは非常識を超えて暴力的と言えるほどの資料ですよ」

 

 そう強く否定されてはたまらない。俺にはこれしか残っていなかったんだから。

 スケジュールが詰まっている理由だってこちら側にある。一週間で終えなければいけないし、すぐに結果を出したいと思ったのは俺の我儘だ。

 

 更に言えば、計画書は示された最低限の形だ。

 俺はこの実験を思いつくことにそう意味を感じていない。これは実行に移して初めて価値のある実験だ。恐らくサリアもそう思うだろうし、やっておく必要がある。

 それに、ミュルジスがストップをかけるだろうと分かっていて、更にそれが歪められたものだと分かっているから、今のうちにやっておきたいと思ったんだ。本来俺の試みは止められるべきではないから。

 

「アナスタシア、お前言ってたよな。ミュルジス主任を尊敬するのは主任だからではなく実績を残しているからだって。それならこのお粗末な実験は何だ? これを見てどうして相手方を敬えたんだ、教えてくれよ」

 

「……実績があるから、信じたのよ」

 

「こんな現実を見て、まだそんなことが言えたのか? どうやら脳味噌が小さいのは俺じゃなくてお前の方だったみたいだな!」

 

「ああ、もう、うるさいわね! それなら実際にパルヴィス主任と話してみなさいよ! ずっと研究園の奥に引きこもっていたあなたにそんなこと言われたくないわよ!」

 

「話したって変わらないだろ、この資料は非常識だ! 安全性のカケラもない! 全くの未知に足を踏み込むと言うのに全くもって慎重じゃない!」

 

 ピリピリした雰囲気が部屋に満ちていく。

 剣幕に押されていたが、本来窘めるべきは俺だろう。

 

「ライド、アナスタシア、大丈夫だ。何と言ったってパルヴィス主任は設立当初からいる古参の主任だからな。感覚的にしか分からないことがあるんだろう」

 

「それで後遺症でも残ったらどうするんですか。こちらに責任を追及する権利はないんですよね?」

 

 ライドは尚もイライラしている。

 

「その時は受け入れるだけだ。この実験でその可能性があるのは俺だけで、その俺が分かった上で頷いてるんだから、いいだろ」

 

「そんなことは関係ないでしょう。安全性を確保して実験を行うのは最低条件です!」

 

 ライドが声を荒らげる。

 

 どうしてこう噛み付いてくるのか。

 アドバイスこそ貰ったが、この実験はライドとそう深い関係はない。自分が被害を受けるわけでもないのに、何がそう気に入らないのか。

 

「それを言うのは警備課の仕事だな。構造課の方で何とかしてくれるらしい」

 

 投げやりにそう言った。

 ライドはそれで、本当に抑えが効かなくなったらしい。

 

「この……っ! そういうヤツらが居るから、俺みたいな真面目にやってる人間が割を食うんだ! 迷惑かけてることくらい分かれよ!」

 

「ウォーカー、落ち着きなさい」

 

「落ち着いていられるか! 警備課が何のために存在しているのか考えてから物を言ってみろよ! 軽々に規則を破ることが進歩に繋がると本当に思ってるなら、自分のラボを建てて、そこでやってくれよ!」

 

 正しいことを言っている。そして、今までにその経験があるからこその言葉なんだろう。怒声はどこか悲痛に感じられた。

 

 俺のことを理解せずにライドが踏み込んできたように、俺だってライドを理解せずに言葉を放ってしまったんだろう。

 ああ、それならライドは俺のことを未だに愚か者だと思っている。俺の言葉に納得していなかっただろう。何故なら、ライドの言葉を聞いた俺が、その言葉に納得せず、それでも退いてほしいと思ってしまっているからだ。

 

「ライド、正しくないのは分かってる。それでも止めるわけにはいかないんだ」

 

「どうしてそう拘るんだ!」

 

「分かってくれ、大事な実験なんだよ」

 

 俺がそう言うと、ライドは口を開けて呆けた。

 

 理解できないと言うように頭を抱え、髪がぐしゃぐしゃになるまで頭を掻きむしって、泣きそうな顔で俺を見る。

 

「なあ、大事って……分かってるのか? この実験で死ぬ確率だってゼロじゃないんだ。お前が今まで石になって死んでないのはただの奇跡かもしれない。俺にしてみれば、お前が死ぬ確率は高く思えるくらいだ」

 

 そうなったら困る。ミュルジスが歪められたまま進んでしまえば、孤星の結末だって変わる可能性がある。それは申し訳が立たない。

 その一方で、俺が歪めるだけ歪めて、更には孤星を原作通りに進められない未来の可能性は消える。そう思えば、最悪ではないのかもしれない。

 

「それでも、いい」

 

「……はぁ? なんだよ、それ」

 

「それでもいいんだよ」

 

「……本気で、本気で……言ってるのか?」

 

 力なく壁を叩いたかと思えば、ライドは俺の胸ぐらを掴んで引っ張った。至近距離に怒りで満ちた顔があって、それでも、俺は意見を変える気にはなれなかった。

 

「お前が死ねば、主任はどれだけ悲しむと思ってる? お前が阿保みたいに死んで、それで悲しんでくれる人がいるのに、どうしてそれを分かってないんだ?」

 

「分かってないわけ、ないだろ」

 

「だったら、どうして……どうして、そんな世迷言を吐いていられるんだ! お前の身勝手で主任を傷付けて、そんな実験のどこが大事だって? ふざけるのも大概にしろよ!」

 

 そう言われて、俺も収まりがつかなくなった。

 

「——俺だって、半端な考えで言ってるわけじゃない! これしかないんだ、これしかないからこうなってるんだ! ミュルジスを傷付けることになるって分かってるんだよ、分かってても他にないんだから仕方ないだろ!」

 

 ライドは俺のことを理解できない。いや、ミュルジスだって理解していない。転生しているとか、チートを持っているとか、それは俺だけが知っている。

 理解を示されるとは思っていなかった。俺が話していないのに伝わるなんて、そんな都合の良いことが起こるはずもない。

 

 それでも、俺がミュルジスを傷付ける選択を自分から選んでいるような言い方は、腹に据えかねた。

 俺は確かにミュルジスが求めるデータを取りたいと思った。研究者としてのミュルジスを優先した。だが、目の前のミュルジスを傷付けたいなんて、そんなことは小粒ほどだって思っていないんだ。

 

「仕方ない、だって……?」

 

 ライドが俺を突き飛ばした。

 バランスを崩しそうになったが、幸いアナスタシアが支えてくれた。

 

「お前は、お前は……大切な人を亡くしたことがないからそう言えるんだ。身近な人を失うことが、遺された人間にとってどれだけ辛いのか分かってないから、そんなことが言えるんだ」

 

 どうしてか、前世の親の顔が脳裏に過ぎった。

 

「……もう、いい。好きにすればいい。お前が死のうと、主任が悲しもうと、俺には関係ない。全部他人事だ。それでいいんだろ」

 

 ライドは俺を心底軽蔑したようだった。

 ドアを開けると、彼は小さく言葉を残した。

 

「採用されることを願ってるよ」

 

 冷たい声だ。

 

「お前は、ライン生命に向いてるからな」

 

 殴りつけるように、ライドはドアを閉じた。

 部屋の内側には、俺とアナスタシアと、そしてライドが残した静かな熱だけが存在していた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 妹が居た。かつての自分には。

 

 苛立ちが上手く消化されないままオフィスの廊下を歩いていると、向こうから大柄な男が歩いてくる。

 

「よう、ライド。調子はどうだ?」

 

「……お前に関係あるのか?」

 

「いいや、ないな。ただ、興味があるんだよ。お前が研究園で何をしてるのか。陰気臭い顔でいつも数字を弄ってるお前が、研究園でやることなんざないだろう?」

 

 ちっ。舌打ちすると、男はいよいよ上機嫌になった。アナスタシアには及ばないが、エリートコースを進む彼にとってライドとは路傍の石ころですらない。

 

「噂になってるヤツほど顔は良くないし、実務能力は俺未満。なあ、何やってるんだよ、教えてくれよ。……何もやってないから言えないのか! こりゃ参ったな!」

 

 妹は何を考えているのか分からない子供だった。

 一つ下の自分よりずっと頭の出来が良くて、得意な数学くらいしか教えられなかった。

 唯一の欠点と言えるものは、活性源石を乗せたトラックの事故に巻き込まれたことにより、足に石が生えていることだけだった。

 

「それで、仕事終わりに向かう先は……事務課? なんだなんだ、もう元の仕事に戻りたいってか? とうとう根性までなくなったか!」

 

 遠巻きに見られている。男の大声をうるさく思っているんだろう。その中に義憤を燃やすような職員はいない。ライドのことを見下していない職員は、どこにも見つからない。

 

「ホワイト、事務はまだ仕事中だ。少し静かにしてくれ。それでウォーカー、何の用だね?」

 

 ぺらぺらの紙切れ一枚を取り出した。

 勢いのままに書き殴った退職届を彼は驚くこともなく受け取った。こうなることが分かっていたのだろうか。

 

「おいおいウォーカー、辞めるのかよ! やっとここがお前みたいなミミズの住処じゃないって分かっ——い、ってぇなこの野郎!」

 

 初めて人を殴った。

 手には虚しい痛みが残った。

 

「癪だから言っておくが、俺はお前に恐れを成したわけじゃないし、陰口で精神を病んだわけでもない」

 

 医師を恨んでいた。

 感染者だからと妹を軽く扱った医師を恨み、その考えが蔓延しているトリマウンツを恨み、そして最後には何も残らなかった。

 

 何を憎めばいいか分からなかった。

 道行く全ての人が羨ましかった。

 

「俺には向いてなかっただけだ」

 

 そう言って背を向けた。

 ようやく、諦められた気がした。

 

 恵まれている人間と、恵まれていない人間の格差を、ようやく受け入れられた気がした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それを感じるのは何度目だろうか。

 答えは分からない。最後に感じたのは——トリマウンツに来てすぐのことだったから、もう十年以上前になるのか。

 

 死が這い寄ってくる感覚。

 

 意識が肉体から剥がれたように浮いていて、体が自分のものではないように感じる。死を最も近くに感じた急性発作はもっと痛かったから、まだ限界ではない。

 

「追加の活性源石の用意を。出力を上げようか。ジズ、調子はどうだい?」

 

「……頭が、ぐるぐるして、爆発しそうなくらいに熱が溜まってるような、気がします。データは取れてますか」

 

 アナスタシアだけではなく見知らぬ研究員もまた駆け回っている。パルヴィスはただ結果を追及しているだけであって、実験体に必要以上の負荷をかけることは避けたいのだろう。

 

「パルヴィス主任、融合率が合計1%上昇しました。実験を中断します」

 

「続けなさい」

 

「ですが、これ以上は重大な後遺症を招く恐れがあります」

 

「時にリスクを受け入れなければいけない時もあるだろう。それに、実験に反対するなら相手は私ではなく彼だ」

 

「……まだ、大丈夫です」

 

 意識はまだコントロール下にある。失神の気配がないなら、まだまだ軽症だ。俺の体にかかれば、ただの風邪ですらこれ以上に重い症状が出るものだ。今中止しては実験の意味がない。

 

「凝固剤の投与準備を」

 

 見知らぬ研究員Aは躊躇いながらも指示に従った。俺が望むデータのために俺から持ちかけたのに、半端な所で中断するわけがないだろう。

 

「あ、ああ、ぐぅ、ああぁ……!」

 

 強い神経痛に思わず力んでしまう。俺を抑えてくれた拘束具に感謝しなければいけない。

 どれだけ痛みに慣れていても、声は出てしまうものだ。視界にアナスタシアの心配そうな顔が映っている。

 くらくらした頭ではよく考えられず、安心させるような言葉もかけられなかった。今自分が何をしているのか、時々頭から抜け落ちてしまう。

 

「潮時だ。溶液と活性剤の追加投与を」

 

「——認められない。それ以上は被験者の体を著しく傷付ける可能性が高い」

 

 凛とした声がどこからか聞こえた。

 

「おや、遅かったね」

 

「安全面で警備課の許可を得ていない臨床実験は認められない。即座に中止しろ」

 

「ふむ、どうやら真っ直ぐここまで来たようだね。次からは、少し寄り道することを覚えるといい」

 

 サリア、だろうか。銀髪の女性がパルヴィスから紙を受け取っている。

 

「……クリステンの許可だと?」

 

「彼女は我々構造課と前途ある科学者の判断を尊重してくれたらしいね。これはとても独自的で価値のある実験なんだ」

 

 止められそうになっているのだろうか。耳鳴りが酷くて、よく聞こえない。パルヴィスは手立てがあると言っていたが、上手くいかなかったのかもしれない。

 

「続けてください、パルヴィス主任。まだ、やれます」

 

 頭だけでなく身体中を熱が巡っていた。度重なる薬剤投与で神経がおかしくなったのか、頭の中がヒリヒリと痒い。

 まともに受ければ耐えられない痛みだって、どこか乖離した意識で感じたなら耐えられる。ふわりと幽体離脱したような感覚で、フィルター越しの鈍痛を受け入れる。

 

 もう、落とされたっていい。

 ミュルジスのためになるデータを残せるなら、それだけでも大きな成果だ。

 

 絡まって解けない思考の糸。

 大輪の花が咲いたようなミュルジスの笑顔を想像して、俺は小さく笑っていた。

 

 

 

 

 

「——森魔、か」

 

 

 

 

 




 
二本立ての理由は、筆が思ったより乗ったことと、ミュルジスが出てこないからです。
評価、感想、よろしくお願いします。
 
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