フロイトの溜め込んだ請求書に発狂しかけた千冬に対し、山田真耶は教室にいた。
「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達してISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性に優れていて、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、銃弾は受け止めることはできても衝撃までは吸収できません」
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから。・・・って、や、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「や、山ぴー?」
入学から大体二ヶ月。山田先生には八つほど愛称がついていた。
そんな彼女は困った様子で生徒達に言う。
「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと・・・」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「まーやんは真面目っ子だなぁ」
「うう・・・ヴェスパー君といい、誰も先生と言ってくれません」
そもそもフロイトに至っては呼び捨てである。
と、そんな中、教室の扉がガラッと音を立てながら開かれた。
教室にいた何人かがそちらへと視線を向ける。そして教室に入ってきたのはフロイトだった。
「・・・・・」
フロイトは挨拶もしないまま教室へと入り、そのまま自分の席へと向かう。
その途中で何人かフロイトに挨拶をする生徒がいたが、フロイトはああ、おう、っといった短い返事を返すのみ。
そして自分の席に鞄を置くと同時、一夏を見て珍しく話かけてきた。
「よう千冬の弟。昨日、食堂であった以来だな」
「・・・ああ」
嫌そうな顔をする一夏にフロイトは笑う。
「おいおい、嫌そうな顔をするなよ?これでもお前のことはかっているんだ。仲良くしようぜ?」
「俺はお前のことは嫌いだって言った」
そんな嫌な空気の中、ガラガラと教室の扉が再び開かれた。
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
嫌な空気が充満していた空気が一気に霧散し、一瞬でぴしっとした礼儀正しい整列に変わる。
一組担任の織斑千冬の登場なのだが、今の織斑千冬はどこか疲れた様子だった。
「あのー織斑先生?どうかしましたか?」
山田先生が織斑先生に声をかける。
そんな質問に千冬は答えた。
「そこにいる問題児の件で頭を悩ませていただけだ」
苦悩で溜め息を吐く織斑先生に皆がああと納得する。
フロイトの授業態度はとにかく悪いの一言に尽きる。居眠りするわ、授業をサボる時はあるわ、先生達を困らせるわでよりどりみどりだ。だが、そんなフロイトに強く言えないのはその成績だ。
授業を殆ど聞いていないにも関わらず、成績トップ。抜き打ちテストもほぼ満点。
授業態度が悪い以外は常に最高水準の結果を叩きだしているので強く言えないのが理由だった。
「まあいい。山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
千冬はもう一度溜め息をついて山田先生にホームルームをバトンタッチする。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」
「え・・・・」
「「ええええええっ!?」」
いきなりの転校生の紹介にフロイトを除くクラス中が一気にざわつく。
一夏も驚きで目を見開いていた。
それはそうだ。普通は他のクラスに分散させるものなのだが、事情を知っている千冬達にとっては今回の件は例外中の例外である。
そんな中、教室のドアが開いた。
「失礼します」
「・・・・・・・」
それはそうだ。何故ならそのうちの一人が───男子だったのだから。
◇◇◇◇◇
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
転校生の一人、シャルルはにこやかな顔でそう告げて一礼する。
あっけにとられたのはフロイトや先生達を除く、一夏を含めてクラス全員がそうだった。
「お、男・・・・?」
誰かがそう呟いた。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を───」
人懐っこそうな顔。礼儀正しい立ち居振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪を首の後ろで丁寧に束ねている。身体はともすれば華奢に思えるくらいスマートで、スラリと伸びた脚が格好よく見える。
「きゃ・・・・」
「はい?」
「きゃああああああああ───っ!」
クラスの中心を起点にその歓喜の叫びがあっという間に教室中を伝播する。
「男子!三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!織斑君やヴェスパー君とは違う守ってあげたくなる系の!」
やかましい歓喜の叫びに千冬は言う。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
面倒くさそうに千冬は鬱陶しいといった様子でボヤく。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜!」
そう叫ぶ山田先生に、教室の喧騒が大人しくなった。
そしてもう一人の転校生に目を向ける。
輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを腰近くまで長くおろしている。きれいではあるが整えている風はなく、ただ伸ばしっぱなしという印象のそれ。そして左目に眼帯。医療用のものではなく、戦争映画や海賊映画などに出てくるソレに近い。
そして開いている方の右目は赤色だが、その目の温度は限りなくゼロに近く、冷たい印象だった。
印象はいうまでもなく『軍人』。
誰も知らないことだが、フロイトも元アーキバス強化人間実動部隊『ヴェスパー』の首席という一応は企業が抱える軍人という立場だったが、等の本人は企業や自身の立場にも一切関心が無かったせいでそれらしさが全くない。
「・・・・・」
彼女は未だに口を開かず、背に腕を組んだ状態で教室の女子達を下らなそうに見ている。しかしそれも僅かなことで、今はもう視線をある一点・・・織斑千冬だけに向けられていた。
「・・・挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そう言ってラウラは手を体の真横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばす。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「・・・・・・」
沈黙する教室。そして当人は名前を口にしたらまた口を閉ざしてしまった。
「あ、あの、以上・・・・ですか?」
「以上だ」
空気にいたたまれなかった山田先生が出来る限りの笑顔でラウラに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答だった。
と、そんな中で一夏とラウラの目が合う。
「貴様が───」
「へ?」
呆然とする一夏に転校生がいきなり平手打ちした。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
クラス中がポカンとしている中、一夏は叫ぶ。
「いきなり何しやがる!」
「ふん・・・・」
スタスタと一夏の前から立ち去るラウラ。そしてその光景を端から見ていたフロイトは───
「なるほど。これは退屈しなさそうだ」
ただ一人、笑っていた。