暗い闇の中にそれはいた。
「・・・・・・・・」
いつ頃からこうなのかはもう覚えていない。ただ、生まれた時にはもう闇の暗さを知っていた。
その光のない部屋で影を抱いて闇に潜み、その赤い右目は鈍く光を放っている。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
それが自分の名前だと知っているが、同時にそれがなんの意味も持たない事を理解している。
だが、唯一の例外はあった。教官───織斑千冬に名を呼ばれる時だけは、その響きが特別な意味を持っている気がして、そのたびに僅かな心の高揚を感じていた。
(あの人の存在が・・・その強さが、私の目標であり、存在理由・・・)
それは恒星の光のようであった。
出会ったときに一目でその強さに震えた。恐怖と感動と、歓喜に。心が揺れた。身体が熱くなった。そして願った。
ああ、こうなりたい───と。
こんな存在に私はなりたいと。
自らの師であり、絶対的な力であり、理想の姿。
唯一自らを重ね合わせてみたいと感じた存在。
ならばそれが完全な状態でないことを許せはしない。
(織斑一夏───そしてフロイト・ヴェスパー・・・。教官に汚点を残させた男・・・)
特にフロイト・ヴェスパー。
織斑千冬を相手にし、勝利を勝ち取ったという男。
その存在を認めはしない。
(排除する。どのような手段を使ってでも・・・・)
暗い闘志に火を付け、ラウラは静かに瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
(・・・フロイトはいない、よね?)
簪はよそよそしく周りを見渡しながら廊下を歩いていた。
一昨日、フロイトの肩に自分の身を預けるように寝てしまった簪はあの日から羞恥心でフロイトと顔を合わせていない。
そんな気まずい状態のままで過ごすのは簪も良しと思っていない。だからこそ今日は悪戦苦闘して作ったお弁当を持ってきたのだが、肝心のフロイトは一組の教室に来ていなかった。
(・・・何かあったのかな?)
と、一組の教室を覗く簪の耳に悲鳴に近い会話が聞こえてきた。
「そ、それは本当ですの?」
「う、ウソついてないでしょうね!?」
(・・・なんだろう?)
そう思いながら簪は会話の内容に耳を傾ける。
「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?」
(・・・噂?)
なんの噂なのだろうと気になり、簪は耳をもう少しだけ傾けた。
「月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君と交際でき───」
(あ、どうでもいいヤツだ)
その話にある程度察して簪は興味をなくした。
とその瞬間、一夏が別の扉から入っていくのが見え、取り乱した悲鳴が教室で上がる。
(お昼ご飯の時にフロイトに渡そう)
フロイトが教室にいないのなら仕方ない。
簪は自分の教室に戻ろうとして踵返したその時───
「あッ!!更識さんだよね!?ちょっとだけいい!?」
と、フロイトの同居人であるシャルル・デュノア(女性である)が声をかけてきた。
様子からしてみるにかなり急いで来たのだろう。
少し息が荒い。
「・・・なに?」
素っ気なく答える簪に対し、シャルルは息を整えながら簪に言った。
「フロイトが起きてくれないんだ!もう登校の時間なのに!」
その瞬間、簪は全て察した。
フロイトが教室にいない理由。
それは───
(・・・遅刻でいないだけっ!)
教室の壁を殴りたくなった簪であった。