一ヶ月が経過した。灯織も283事務所に慣れてきて、櫻木真乃と八宮めぐるの三人とユニットを組むようになった。
とはいえ、まだまだ新米アイドル。雑誌の撮影やラジオ、トークショーなどの地道な活動をしなければならない。
さて、そんな新しい日々の中で、明日からはまた新しい日々が始まろうとしていた。
同じことを思っためぐるが、着替えながらそんなことを呟いた。
「そういえばさ、みんな明日から学校じゃない?」
そう、明日から学校である。いや、まぁそんなに浮かれるほどの事でもないが。ていうか、浮かれている場合ではない。
「ほわっ……そ、そういえばそうだね」
「明日はお休みなんだっけ?」
「うん、そうだよ」
アイドルになった以上、普通の高校生のような生活が出来るわけではない。自覚を持たなければ。
明日はプロデューサーが「入学式は出た方が良い」と融通を聞かせてくれたが、今後も文化祭や修学旅行といったイベントは休む必要があることも念頭に置かなくては。
そして……そこまで多忙になれるように、アイドルとして精進する。
「めぐるちゃんの高校はここから近いの?」
「普通かなー。真乃は?」
「わ、私も普通かな……でも、近くにお昼寝するのにちょうど良い公園があってね。ぽかぽかして気持ち良いんだよ」
「良いなー。私も一緒にお昼寝したい」
「じ、じゃあ……今度しよっか」
いや、ダメでしょ。と頭の中でツッコミを入れる。アイドルでなくても、こんなに可愛くてスタイルが良い女子高生が二人で、公園でお昼寝なんてしてしまえば何が起こるか分からないのだから。
「灯織ちゃんも一緒にどうかな……?」
「えっ?」
まだ少しだけ馴染めていない灯織は、思わず呆けた返事をしてしまった。なんで答えたら良いのだろう? とも思ったけれど、むしろついて行った方が良いのは間違いない。二人の面倒を見るという意味で。
なので断る理由はなかった。
「う、うん。じゃあ今度、ご一緒しようかな……」
「三人でお昼寝ー!」
いや自分は昼寝はしないけど。
……しかし、まだ上手く会話できていない自分を誘ってくれるなんて、やはり二人は良い人だ。ちょっと自分には勿体無い気もする、なんて思ってしまう程。
顔も可愛くてスタイルも良くて、その上性格も良いなんて、ちょっと羨ましい。
早く自分も馴染めるようにならないとな……なんて思ってしまっている間に、さらにめぐるご質問してきた。
「そういえば、灯織は休みの日、何してるの?」
「……えっ?」
聞かれて少し冷や汗。休みの日に何をしているのか、それは知り合って間もない人と最初にする会話だ。
それは別に良い。良いのだが……果たして、言ってしまった良いものなのだろうか? あと一日で女子高生になる女の子が、休みの日はワンピースを読み耽っています、なんて。
あのワンピースカードを拾ってあげた日以来、ワンピースにハマってしまった。それはもう、父親に相談して1〜30巻までとりあえずまとめ買いしてもらってしまったほど。
正直、語りたい。ワンピースについて語れる友達が欲しいところだが、中学の時の友達はみんな「え、いや興味ないし。てかこれからJKになんのにワンピースって……」と、呆れていた。
だから、二人にも言って良いものなのか迷ってしまう。だって二人とも絶対彼氏いそうだし。
「……灯織?」
「えっ? あ、あー……」
しまった、長いこと黙り過ぎていたらしい。なんて答えようかしばらく頭の中で考え込むが、答えは出て来ない。
漫画だとバレなくて、それでも嘘ではない表現を交えなくては。つまり、自分はワンピースをどういうつもりで読んでいるのか。
やはり、冒険。だが、それだけではない。あのルフィの真っ直ぐさと、仲間の為に命を賭ける度胸や人情、そして真っ直ぐな表現によって仲間にも勇気を与えるコミュニケーション能力……そういった面だ。
これらを漫画と悟られずに伝えなければ。
「……ど、度胸や器量、会話力を磨いてる、かな……」
「へー! 灯織、休みの日までそんなに頑張ってるなんて……頑張り屋さんなんだね!」
「ほわっ……私も見習わないと」
「……」
何故だろう……何故か、嘘をついているような罪悪感が胸を締め付ける。
「……いや、なんかごめん」
「ほわ? 何が?」
「どうかした?」
「……なんでもない」
ダメだ。やはりルフィのように何もかもを直球で言うのは難しい。自分も「お前の声なら、おれ達に聞こえてる‼︎」くらいのことを言ってのけたいものだ。あのセリフ、実を言うと灯織的に今のところ、ワンピースで一番好きなセリフだ。
「……はぁ」
もう少し上手に話せるようになりたい、そう思いながら着替えを終えた。
×××
翌日、入学式の日。八宮めぐるは浮いていた。金髪、ハーフ、巨乳と三拍子揃った目立って当たり前の理由があるわけだが、本人には全くわかっていなかった。
校門前を通り過ぎた辺りでやたらと視線は感じるものの、何故かは分からずにめぐるはクラス分け表でクラスを把握してから、自分の教室に向かった。
まぁ、とりあえず教室に着いてからいろんな人に話しかけてみようかな、と決めて、気にせずに歩く。
教室に到着したので席に座り、ふと隣を見ると……隣の席の男の子は、何故か机の上にギターを持った骸骨のフィギュアを置いていた。
「……」
めぐるともあろう者が、絶句してしまった。なんだろう、あのフィギュア。てか何をしているんだろう、この子? と。今まで周囲の生徒達はめぐるの方を凝視してきていたのに、この子はその骸骨から目を離さない。
思わず気になったので声をかけてしまった。
「そ、それ何?」
「? ブルックだけど?」
「……ブロック?」
「ブルック。麦わら海賊団九人目の仲間の」
「麦わら海賊団……?」
「え、知らない? ワンピース」
それを聞いてようやくピンと来た。
「あー! ワンピース!」
「そう、ワンピース。知ってる?」
「知ってるー! アレだよね、ゴムゴムのピストル!」
「そうそれ」
それしか知らないけれど、ルフィの名前と能力だけ知っている。ゴムゴムの実を食べたゴム人間らしい。
めぐるのセリフに満足げに頷いた少年は、少し嬉しそうな顔で声をかけてきた。
「え、好き? ワンピース」
「うーん、読んだ事はないかな。読んでみたいなーとは思うけどね」
本当に機会があれば、という感覚ではあるが、長く続いているし面白いって聞くし興味がないわけではない。まぁ、長すぎてやっぱりちょっと途中で飽きそうではあるけど。
本当にそんなスタンスではあったのだが、隣の少年は目をキラキラと輝かせてしまった。
「ホント⁉︎」
「え? まぁ、うん。きっかけがあればね?」
それを聞いた直後、少年は鞄の中を漁る。そして、その後に続いて中から出したのは……ワンピース第1巻の単行本。
「ロビン、お前の口からまだ聞いてねェぞッ!」
「え? いや私めぐる……」
「読みたいと、言えッ‼︎」
「……」
急に大きな声を出されてビックリしたが……ていうか、この子入学初日から漫画とフィギュアを持ってきているのは何なのだろうか? もしかして、めぐるより遥かに浮いている?
まぁなんにしても……機会があれば、と言って機会を作ってもらってしまったので、お言葉に甘えるしかない。
「あ、ありがとう」
「うん」
「で、そのブルックは何なの?」
「今日、ブルックの誕生日だから」
「うん。……で?」
「お祝いに持ち歩いてんの」
「……」
普通の人ならばドン引きするところだろう。ていうか、めぐるもちょっと引いている。
だが、アメリカ帰りの帰国子女という経験と、めぐる本人の明るい性格とコミュニケーション能力が火を吹いた。
つまり、一周回ってこの子が面白い子に見えた。
「すごいね!」
「だろ? ちなみに、明日はしらほしのフィギュア持ってくるよ」
「へー! どんな子なの? 見たい見たい!」
「おーう良いとも。明日を楽しみに待ってな」
なんか盛り上がっていた。
×××
入学式が終わった。放課後はどうしようか、とめぐるは考え込む。今日はプロデューサーの計らいでお休み。
せっかくだし、みんなで遊びに行きたいんだけど……不思議なことに、友達は一人しかできなかった。それもワンピースオタクの友達だけ。
まぁ自分から声を掛ければよかったんだけど、ちょっと隣の男の子とワンピースの話で盛り上がっていてそんな隙はなかった。
ま、それならその男の子と出かければ良いだけの話だ。
「ね、真央。今日暇?」
真央とは彼の名前だ。日吉真央が本名。お互いに自己紹介は済ませておいた。
「や、そうでもない」
「あー、そっかー……」
「これからワンピースカード買いに行く」
「それ暇じゃん!」
いや、期間限定の何かとか、数量限定のものを買うとか、それなら暇じゃないというのも分かるが、カードは流石に暇判定だろう。
「お昼食べて帰ろうよ」
この「帰りに買い食いして帰る」というのがなんだか高校生っぽい……と、小さく笑みが溢れる。今更思う事ではないが、女子高生になったのだ。
「良いけど、何処で?」
「うーん……じゃあ、マック」
安いし、早く食べられるし、でもゆっくりも出来るファストフードといえばここだろう。
「良いよ」
「やったー! じゃあ行こっか」
当然のことながら「入学初日から男女マンツーマンで飯……?」「手が速いなあいつ……」「いや女の子の方から誘ってなかった……?」などと周囲の視線は突き刺さるが、とにかくそのまま学校を出た。
「そういえば、ワンピース読んだ?」
「まだだよ。ていうか読める暇なかったじゃん」
「入学式中に読めば良いじゃん」
「いやいや、流石に読めないよー」
「俺は読んでたよ。頭の中でワンピースの45巻」
「……えっ、どういうこと?」
「頭の中でコマとセリフを頭から順番に思い出すの」
「すごいね! そんなこと出来るんだ⁉︎」
この人、もしかして勉強とか得意なのかもしれない。記憶力が良すぎる。
「良いなー……私、暗記は苦手でさー」
「暗記だと思うから覚えられねーんだよ。重要な核になる部分を押さえれば、後は何故そうなったかを思い出せば覚えられる」
「おおー、なんか頭良さげ」
「ルフィだって、バカのくせに『クロコダイルを倒さないとアラバスタは救われない』っていう目的地をちゃんと押さえてただろ? 要はそういうことだ」
「ごめんね、ちょっと分からない」
まだそこまで読んでいないから。……でも、そういうを学べるということは、もしかしてワンピースは読めば頭が良くなるとかそういうことだろうか?
「わ、私もちょっとワンピースを読んでみようかな……」
「うちに全巻あるから。今日、良かったら読んで行くか?」
「ほんとに⁉︎ 行くー!」
仮にも思春期の男の子と女の子のはずだが、何一つ引っ掛かることなくそんな予定を立てていた。
さて、そうこうしているうちにマックに到着。スマホを出してクーポンを用意した。
「今、何か安くなってる奴あるかなー」
「クーポン、店ごとに変わったからね」
「あーね。そういえば、真央は何が好きなの?」
「侍」
「ああ〜……ちょっと高くない?」
有名な奴だ。日本にしかないし食べてみたかったが、まだ食べたことがない。値段が値段だから。
「いや、俺も一回しか食べたことないんだけどさ、炙り醤油がすごいの。あれは値段の価値あるよ」
「へ〜……今度、食べてみよっかな……」
アイドルも始めたし、もしかしたらそれくらいの贅沢が出来るくらいになれるかもしれない。友達が勝手に申し込んで、なんか流れでなってしまったけれど、やるからにはちゃんとやる。
「それに、侍と言われるとゾロやワノ国を思い出して読み返したくなるからな」
「ゾロ?」
「さっき貸した表紙の緑色の頭のヤツ」
「あー、マリモみたいな人?」
言った直後、横からキッと視線を向けられる。それにより、思わずハッとした。そういえばワンピース好きなのに、今の外見だけで別称をつけてしまったのはまずかったのかも……と、冷や汗を流す。
「あ、あの……ごめっ」
「なぁ、八宮。お前、もしかしてさ……」
怒られる、と思った直後だった。束ねている髪を掬うように触れられる。そして、その髪をしばし眺めた後、それなりに確信を持った目で真っ直ぐ見据えられた。
「苗字、ヴィンスモークだったりしない?」
「しないよ! 今、自分で八宮って言ってたでしょ!」
「じゃあ下の名前がサンジ?」
「めぐるだよ!」
「いや、ゾロをマリモと呼ぶ、金髪、あとは……いやあとは特にないけど、特徴が揃い過ぎている」
「二つだけど⁉︎」
「馬鹿野郎、人にはそれぞれ無限大の特徴があるのに二つも被ってるなんて偶然、あるか!」
「あるよ!」
薄々感じてはいたが、この人かなり変だ。ワンピースオタクというか、ワンピースバカな気さえしてくる。
「もしかして、お前料理も得意なの?」
「え? ううん? 料理はあんまり……」
「あ、じゃあ違うわ」
「……」
髪から手を離された。なんだろう、別に良いけどなんだろうこの子。
さて、いい加減列に並んで注文をしなければ。並びながら、めぐるはスマホを眺めながら何を食べるかを探す。
「今日は、普通にチーズバーガーのセットで良いかなー。後、フルーリー」
「デザートもしっかり頼むんか」
「私、アイス好きなんだー」
「マックでアイス食べたことないんだけど美味いの?」
「美味しいよ。クッキーとか入ってて、冷たさと甘さと苦さと食感が口の中で合体するんだー」
「……それ美味しいの? 普通になんか口の中がぐちゃぐちゃになってるだけな気もする」
「美味しいよ!」
ていうか、それを言うならハンバーガーだって同じだ。それらが調和するから美味しい味になる。
「俺もハンバーガーにしよ……。あ、アイスなら俺、アレが好き。板チョコアイス」
「ああ〜、アレも美味しいよねー。チョコが割と濃厚でさ」
「や、ていうか片手で食えるしポロポロも落ちないから漫画読みながら食えるじゃん?」
「あ、味で好みを選ぼうよ!」
そんな話をしている間に、自分達が注文する番になった。お目当てのセットを購入し、番号がモニターに表示されたのでそれを取って席を探す。割とすんなり座れたので、お互いに向かい合って座った。
「八宮ってどの辺、最寄?」
「三つ隣だよー。電車で下り」
「あー、真逆か俺は隣だけど。今日、うちにマジで来るなら交通費かかるけど大丈夫か?」
「それくらい平気だよ。ていうか、こっちこそ急だけど家に行って大丈夫なの?」
「大丈夫。今日、うちに犬と猫と妹しかいないから」
「あ、妹さんいるんだー」
ちょっと意外だ。……割と子供っぽいし、どちらかと言うと弟とかだと思っていた。
「弟が欲しかったんだけどな。もしくは兄貴」
「? なんで?」
「その上、義兄弟が欲しかった」
「難しいことを……だからなんで?」
「勿論、ルフィかエースかサボの何処かのポジションに収まりたいからだ!」
またワンピース……と、少し苦笑いを浮かべながら、せっかくなのでもう一つ聞きたいことを聞いた。
「猫と犬いるんだ?」
「おーいるよ」
「やっぱそれもワンピース?」
「いや、これは妹が欲しいって言うから。仲良いのよ。犬と猫なのに」
「へー! 名前は?」
「赤犬と藤虎」
「漢字⁉︎」
「カッコ良いっしょ」
「カッコ良いけど……!」
色々とツッコミどころは他にもある。なんで赤なのかなーとか思ったが、まぁでも名前をつけたのはこの子ではなく妹さんなのかもしれないので、ここはスルー。
それより、犬種が気になる。
「なんて種類の犬なの?」
「分からん。俺あんまその辺詳しくないし」
「そうなんだー……大きいの?」
「まぁ、そうね」
「おお〜……大型犬」
大型犬……もしかして、一緒に遊んだりするのだろうか?
そんな風に話しながら食事を終えた。だが、めぐるにはまだアイスが残っている。まぁ溶けるからちょいちょい他の食事を食べながら摘んではいたわけだが。
「ん〜っ、やっぱ美味しい」
「そんなに?」
「そんなにだよ。私、アイス大好きだからさ」
「でもマックのアイスじゃん?」
「むー、そんなに言うなら試してみる?」
そう言うと、めぐるは自分のカップからアイスを掬って、真央に差し出した。
当たり前のことだが、二人は今日が初対面である。
「マジか、さんきゅ」
お礼を言いながら普通にアイスを受け取った。パクッと一口でいって少し咀嚼し、目を見開いた。
「ほんとだ。美味いなこれ」
「でしょ⁉︎」
そのままどう見てもカップルにしか見えない様子でデザートも全てを食べ尽くした。
×××
いよいよ真央の家に到着……したのだが、すごかった。まず家の屋根にライオンの頭のようなものがぶら下がっている。
「……えっ、何あれ?」
「サニー号に決まってんじゃん。その船首」
「えっと……どゆこと?」
「うち家族みんなワンピース好きなんだよね」
というか、家の前に泊まっている車も外観こそ何もないが、窓から見える内部には大量のワンピースグッズが飾られている。海賊旗とかぬいぐるみとか風鈴とか。
「す、すごい家だね……」
「普通だろ」
「普通では絶対にないよ!」
この子の普通の基準を知りたいところだが、とにかく今は飲み込んだ。真央が鍵を開けて家に入ると、まず聞こえてきたのはトタトタトタ、という可愛い足音。
「おー、赤犬ー。ただいまー」
噂の赤犬? と覗き込んでみると……現れたのはチワワだった。
「ちっちゃーい! 可愛いー! 大型犬じゃないー!」
「大型犬より態度はでかいけどな。ほれ、集合」
その一言で、赤犬はさらに迫ってきて真央の膝の上に飛び乗る。そのままぺろぺろと頬を舐め始めた。
やばい、微笑ましい。こんなに理想通りの懐き方をしてくれるなんて、赤犬最高だ。
羨ましいなーなんて思う中、真央は赤犬の頭を撫でながら言った。
「いや舐めるな。臭いわ」
「真央ー! あんた人の心とかないの⁉︎」
「いや臭いもんは臭いし。てか家上がるから退いて」
「ひっど! ドライにも程があるよ⁉︎」
立ち上がりながら、真央は靴を脱いでスリッパを用意してくれる。足元を合わせて赤犬が歩く中、洗面所に向かった。
「先に手洗いして。俺顔も洗うから」
「ほ、本当に洗い流すんだ……」
「当たり前じゃん。可愛いから舐めるまでは許すけど、舐められた後は洗うよ」
「あはは……えっ、そういうこと?」
つまり、舐められめているのはわざとらしい。なんか犬に対してツンデレって珍しいな……と、呆れつつも、そのまま手洗いうがいと顔洗いを済ませた。
「そういえば、藤虎は?」
「知らん。何処かいるでしょ。どうせ寝てるよ」
それだけ話しながら、二階に上がった。誰が真央の部屋の扉かな、なんて少しソワソワしながら見回すと、どの扉にもワンピースの映画のポスターが貼られていた。
「これ何の映画?」
「ワンピース。ルフィ見れば分かるでしょ」
「いやそうじゃなくて……あ、そういえばウタとか流行ったよね。どれ?」
「それ妹の部屋」
「あ、あれが妹ちゃんの……ていうか、妹ちゃんいるの?」
「いないっぽいな。遊びに行ったかも」
それはちょっと残念……と、思いながらも「スタンピード」と書かれたポスターの扉を開けた真央の後に続く。中を見ると……これまたすごかった。
「ほ、ほわああぁぁ……すっごー!」
ガラスのショウケースにワンピースのキャラクターのフィギュアが大量に飾られていた。
「こ、これどうしたの……?」
「ゲーセンで取った」
「ゲーセン⁉︎」
「父ちゃんと母ちゃんの部屋のがすごいよ。市販の奴とか一番くじの奴がめっちゃ飾られてるから」
「へ、へ〜……」
ちょっとじっくり見物してみたいが……ちょっとどれが誰なのか全くわからない。こういうのは作品を読んでからだろう。
「ね、じゃあ早速……」
読ませて、と言おうとしたところで、口が止まる。目に入ったのは、ベッドの上。おそらく真央のものと思われるパジャマがベッドに散乱ており、その上で猫が一匹、寝息を立てていた。
「あー! ふ、藤虎!」
「そこで寝てたか。ただいまー」
慣れた手つきで頭、顎を撫でたあと、抱き上げる真央。そして、胸元に抱えたままこちらに連れてきてくれた。
「ほれ」
「は、はわぁ〜……!」
思わず感嘆の息を漏らしてしまう。可愛いが過ぎる。というか、触って良いのだろうか?
「な、撫でて良い?」
「どうぞ」
「ありがと〜。よ、よしよし〜」
「……」
……思ったより頭は硬いが、なんか脆そうだ。やっぱり猫ってちっこいな〜なんて思ってしまったり。
だが、それ以上に思うのは……なんだろう。この、無関心さ。こちらに対し、何一つ感情を抱いていないかのようにされるがままだ。
「この子、人懐っこいの?」
「いや、赤犬に追いかけ回されてた時期を乗り越えて一足先におばあちゃんみたいになった」
「そ、そう……」
色々と疲れたんだな……なんて少し猫に同情しながらも、だ。とりあえずベッドの上に座らせてもらった。
そして、膝の上にポンポンと手を置く。
「ここ乗せて?」
「良いけど毛だらけになるよ制服」
「……やっぱいいや」
「じゃあ、読んでて良いよ好きに。俺こいつ下に置いて来て着替えるから」
「あ、うん」
そんなわけで、とりあえずめぐるは漫画を読み始めた。なんか流れでワンピースを読むハメになってしまったけど……まぁ、たまにはこんな風にのんびりするのもありだろう。
めぐるとしては少し身体を動かしたくもあったけれど、せっかくのワンピースを読む機会だ。今日はゆっくりしよう。
×××
「ぐすっ、えぐっ……!」
「はい、ティッシュ」
「ありがど……良がっだ……良がっだね〜……ナミぃ〜……」
2時間後、11巻まで読み終えて涙を流すめぐるの姿があったりなかったり。