目の前でフリフリ揺れるポニーテイルを、思わず引っ張りたくなる衝動を抑えながら歩く。身長の低いことを気にしている直樹だが、前を歩く少女は更に頭一つ分低い。
(ちょうど良い位置にあるんだけどなー)
と、両手をワキワキさせているところで、急に少女が振り向いた。
「?」
小首を傾げる少女。上目使いでこっちを見ている。続けて口を開く。
「誰もいないようだし、ここで見せてあげます。」
その少女、塚山千里は、見開いた目をキュッと細めてニィっと笑った。
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朝、高鍋直樹が眠い目を擦りながら教室まで辿りつくと、教室の、窓側の、一番後ろの席のまわりに、ちょっとした人だかりができていた。何だろうと近づいていくと、
自転車? 徒歩通学です。
何人兄弟? 2人です。
男?女? 兄がいます。
なんでこっち越してきたの? お兄ちゃんが一度は都会に出て来いと・・・・
シャンプー何使ってる? ・・・家にあったやつを・・・・・
えっと、そうですね、あの、ええと、
と、まわりのクラスメイトから矢継ぎ早に繰り出される質問に、へどもどしながらも律義に答えて行く塚山の姿があった。
浴びせられる質問に、ピクっと小さな肩を震わせてから、俯いて左右に黒目をキョロキョロと動かし、顔を上げて答える。小動物のような仕草が面白いからだろう。クラスメイトも興味があって質問しているというよりは、単に反応が見たいから質問を長引かせているというかんじだ。
たまたま目が合う。直樹が 「おはよう」 というより先に、
「―で、どうだった!?最後まで読めた!?」
と逆に直樹に質問して、この状況から抜け出そうとする千里
開口一番、キラキラ目を見開いて尋ねてくる。上目づかいで覗きこまれると、その気はなくてもドキッとする。どうだった?とは、昨日、千里の家から借りていった日記のことだろう。ただの日記なので正直、文章自体は大した物ではないのだが、直樹でも知っているような有名な名前がバンバンでてくることと、それが当時を生きた人物の体験談であるという臨場感から、思わず徹夜で読んでしまっていた。
(高校生活2日目から居眠りってのはまずいだろ。席も一番前だし。)
「ああ、途中までだね。一太刀浴びせるんだけど『人斬り抜刀斎』に惜しくも負けた。ってところまでは読んだ。でも、お前んとこの開祖様ってすげえんだな。他にも新撰組の『永倉新八』とか、薩摩の人斬り『中村半次郎』とか、江戸十傑『前川宮内』とか有名なのがガンガン出てんじゃん。まあ、一番面白かったのは、奥義を修得するときに、山の中で襲ってきた虎との勝負だけどね。」
「あはは、あそこだけなぜか三人称で書いてるんだよね。長いし。ま~、でも日本の山にトラは出んでしょ~。トラは~。」
すんごい笑顔で自分とこの開祖を否定する千里。
「え、あそこ嘘なの?」
え?信じてるの?高鍋くん。とか話していると、まわりを囲んでいた級友たちが、話題の置いてけぼりをくらって自分の席へと帰って行く。
「なんだよ、じゃあ、日記の中に出てきた『縮地』とか、『二重の極み』とかの必殺技も全部ウソかよ。」
がっかりだよ。昨日なんて『二重の極み』をやろうと壁を殴って、部屋で一人で悶絶してたってのに・・・・・・・。
「いくつか信じられない技もあるけど、再現できた技も結構あるし、全部がウソってわけでもないよ~。」
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というわけで、その技を見せてもらいに放課後、近所の公園まで来たわけだ。
薄暗い公園に、(顔は)可愛い女子とふたりっきり。
正直、直樹はドキドキしていたが、女に興味はない。剣一筋だ。と決めている手前、その事実を認めるわけにはいかない。
上下学校指定の赤ジャージ、片手に竹刀を持った千里は、ウォーミングアップなのか、ぴょんぴょんその場で跳ねている。
こいつ、顔は良いけど胸はないよな・・・大山先輩とのやり取りからしても性格悪そうだし・・・・
「なにぼーっとしてるの?早く持ってきてよ。」
気付かないうちに近づかれてドキッとする。
「わ、わかってるよ。急に覗きこむなよな!」
いちいち初動を消して動くんじゃねえ。と、ちょうどいい大きさの木の枝を見つけた。
「ダメ、小さすぎ。もっと大きくても太くても大丈夫だよ?」
なんだとこの野郎。じゃあこれならどうだ!!と両手で抱えるくらいでかい石を持っていく。
「うん、これくらいなら大丈夫。そこのベンチの上に置いて?」
言われたとおりにした俺は、ちょっと離れて塚山を見る。
石を、2回ほど竹刀でコンコン叩いた塚山は、おしりにペタンとつくくらい、大きく振りかぶり
「ぬん!!!!!」
パシュッ
と変な音を立て、石はベンチごと真っ二つになった。
塚山は笑顔でこちらを向き
「どう?これが古流剣術の秘剣『
やべえ、壊れたベンチどうしよう・・・・
真っ二つになったベンチが、自重を支えられずに
ガシャン
と崩れた。
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秘剣『
人の身で、これほどのことができるなんて・・・・・
「すっげええええええ!!!!マジカッコいい!!!え?これ何?どうやんの?お前こんなん隠してたの?俺と勝負した時使われてたらマジ俺死んでんじゃん?」
興奮して支離滅裂になってしまう。だけど仕方ないだろう?マンガじゃない。リアルでだ。しかも同学年の奴がだぜ?
ぶったぎったんだよ。
石を!ベンチごと!!竹刀でだ!!!!!
まるで憧れの有名人に会えたかのようにキラキラした目で賞賛の言葉を贈る直樹に、胸を反らし誇らしげに、ちょっと鼻の穴を膨らましながら千里は言った。
「見た!?秘剣『
小さい時から十年も修行して会得した我が秘剣!
た易く破れるものではないわ!!」
そのあと急に俯いて、悲しげな声でこう言った。
「・・・・でも、試合じゃ使えないわ・・・・」
確かにそうだろう。こんな殺人剣を試合で使ったらただじゃ済まない。ベンチごと大きな石を両断するのだ。剣道の防具なんかじゃ、どこに当たっても防ぎきれるものじゃあない。
直樹が、信じられないような神技を見せてくれた小さな少女の悲しげな様子に、励まそうと口を開いたその瞬間、
「それに、いざというときも役に立たないの・・・・遅すぎるもの・・・」
と語る千里。そんなことはない、と言おうとした直樹だったが、確かに考えてみるとその通りだ。
確かに千里は、ベンチごと石を両断する前、おしりにぺたん、とつくまで振りかぶっていた。どんなに速く振りかぶったとしても、普通に剣道初段レベルの奴なら、その隙に有効打の一発くらいは入れられるだろう。そして、いざというとき、例えば暴漢に襲われたときに使うとして、相手はその隙を見逃してくれるだろうか?後ろから斬りかかるというなら別だが・・・・・だけど、その技が現代に残っているということは、
「でもよ、開祖様はあの『人斬り抜刀斎』に『
幕末四大人斬りの一人、『人斬り抜刀斎』。誰を斬ったか、どんな容姿だったか、その一切が謎だが、その名の示す通り抜刀術を使ったこと、『神速』と謂われるほど速かったことは、幕末マニアなら誰もが知っていることだ。
「・・・開祖様は大柄だったから・・・六尺、現代で言うと190cmくらいね。そのせいかな?真古流の技は『剛剣』。大柄な人しか使えないような技が多いの。」
なるほど、それだけ大きければリーチも長いし、筋力で速く振りかぶることもできるだろう。納得だ。
「『
会社剣法?何だそれ?
「介者っていうのは、鎧を着た武者のこと、その人たちが使ったのが『
と、ファイティングポーズをとって、ボクシングのシャドーのような動きをする。
落ち込んでたかと思ったら、生き生きと説明し始めた。多分、今まで話す相手がいなくて色々溜まってたんだろうなぁ
そのあとも千里は、柳生兵庫助(だれ?)が剣術史で初めて上段の構えを使い、そのあまりの速さに『上段雷刀』と呼ばれて怖れられたとか、柳生新陰流が、竹刀の元となった『袋竹刀』を開発して剣術の稽古体系に革命を起こした。とか、キラキラした目で語り続ける。
「わかった、わかった。でも『
うんざりしてきた直樹が、疑問を口にして話題を変える。
「良いも何も、すでに高鍋君は、いいえ、直樹は『真古流』の一員よ?」
腰に手を当て、首を傾げて いまさら何言ってんのよ? という表情で千里は言う。
直樹が反論するより早く、千里は次の一言をこう言った。
「直樹は現在の日本剣道をどう感じてる?」