海沿いの街の朝は早い。強風に煽られる我がボロ屋敷の鉄窓、差し込む朝日、囀りが喧しい海鳥の声、ツンと頬白に刺す夜の残り香。
そのどれもが微睡から強制的に現実へと引き戻す。夏であれど、夜間は肌寒く、起動し切らない躰は、末端は冷えているのに体の真奥はまだ眠ったままの暖かさを秘めていた。この心地良さは何事にも例え難い。
と、そんな風に悟った風にここまで思考すると眠気は自然になくなってくる。
ーーまたつまらない朝が来た。
適当に朝食を済ませ、一人きりの家を駆け回り、ルーティンの家事を済ます。生やしてきたような転生者に親がいないのはもう当たり前の話である。
今住んでいる家は祖父母の遺産らしい。幼い頃、彼らの葬式の際、そう親族らしき人々から譲り受けたものだ。
寂しいか、と言われたら寂しいのかもしれない。そこまで前世のことは明瞭に覚えているわけではないが、「大人」であったような気がするし、精神年齢は前世分と加算するといい年だ。一人暮らしは苦ではない。
それよりも、まだ成長期の己と心理の乖離、どうも物心ついた時以来の、この世界にいるという違和感。
こびりついて離れない、ずっと歯に何か詰まったような感覚。
そんなこんなで家を出る頃には中空の陽はその夏特有の権能を隠すことなく、揚り続けていた。まだ冷たい自転車のハンドルを握りしめ家前の舗装されてない土道を漕ぎ出す。
二度目の高一夏、長期休暇はすぐそこの季節であった。
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「ーーヒト、タケヒト、おい起きろ」
寝てたか。どうもこの時期の学校の授業というものはどうしてこうも眠い。昼飯の時間だからと、呆れたような顔で揺さぶってくるのは友人の勇樹である。下の名前で呼んでくるやつなんかこいつぐらいのもんなのだ。別段友達が少ないわけではない。はずだ。そもそも、武人と書いてタケヒトと読むなんて俺自身強そうなわけでは、
「自販機にジュース買いに行くからついてこいよ」
「じゃあ奢れよ」
伏せたまま発してくぐもった声は彼にうまく聞こえたはわからない。涎が垂れてないか、なんてシャツで口元を拭いながら少し遅れて彼の元をついていく
「いいよな、お前は寝てんのに勉強できて」
「教科書読め教科書を」
なんてぼやきながらもこれはズルだ。幼い頃から精神が落ち着いていて知能レベルが大人ならこの結果も当然であった。何もしないでも上の下、中の上ぐらいの成績でこれまでこれた。それでも、そろそろキツくなってくる頃合いだろうけど。
そんな自慢げに飄々と答えた俺に苦笑する友人はよくわからない缶ジュースを2個買った。
そう、よくわからないのである。この世界の大方の商品名は前世と何か違うものの名前で売り出されていた。という話、この世界の細かいところは前世と色々違っていた。知らない漫画、知らない店名、知らない会社、etc...
最初の頃はそんな看板であったり商品を見るたびに己の「異質さ」を自覚して少しナイーブになったものだ。
もう前世に未練はない。だけども、自分が気に入った漫画やアニメなどの続きはどうしても気になる。
なんだ、未練タラタラではないかと一人嗤っていると友人から
怪訝な顔で見られた。俺の悪い癖である。
自分なりにこの世界がどんな創作であったり、架空の物語であるか、ワクワクしながら調べていた時期はあった。
しかし個性と呼ばれる超能力も、スーパーマンだとか死なない怪物だとか、人類が石化するだとか、人の皮を被った悪魔だとか、冬木市の大災害だとか。そんなものは一切存在しなかった。
もしかしたら知らないだけでこの世界には不思議があるのかもだけど、という落胆の他所に意外と安心している自分がいた。
俗に言う碌な転生特典だとか言うものを持ってない俺にとっては命が軽い世界なんて耐えれらそうにないからだ。
炎天下、友人とうまいうまいと言いながら飲み下した缶ジュースはやはりコーラの味がした。
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叔父さんからの仕送りがあるとはいえ、人一人生活するにはどうしても金が必要だった。夕方から夜までコンビニでバイト、田舎のコンビニは万年人不足であった。
ゆえに部活はしてる場合ではなかった。二度目の人生だから生活のため、と割り切れるが一周目だとどう思うであろうか。
遊びたいこの時期になんで自分だけ、とまるで人生の終わりのように嘆いたのであろう。バイトに対する淡い憧れは一周目で消え去った。やはり自転車を漕ぐ音は行きよりも格段に重い。
陽は完全に落ちきり、あたりはアスファルトの冷えた匂いと月光のみ。が電灯の貧弱な田舎の海沿いを照らす。
ふと、ふと海に立ち寄りたくなった。
海は確かに綺麗である。朝昼晩、違った顔を見せてくれる海、空は雄大で筆舌に尽くしがたい素晴らしさがある。が、海沿いというのはどうも塩害がひどい。それなりの覚悟を持って海と向き合っているとただの崇拝対象でなく、厄介さを持ち合わせた美しい隣人を連想させるのだ。
いつでも会える。ので普段はそこまで見たい気分にはならないのだが。
行かなければならない。
何故だろう
行かなければならない。
砂浜に駆けた
荒く止めた自転車は坂の勾配にやられて倒れた。気にせず浜を駆ける。夜風に晒され湿った浜は酷くローファーをもつれさせた。
月光のみを照らす海面は、それ以外を呑み込まんとする暗黒が揺らめいていた。
流木に重なるように誰かが漂流していた。
漣のみが支配する海辺で、俺は、■■を拾った。
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背中も頭もびしょびしょである。海水で磯臭い。幸い家は近かったものの、水に濡れた女性?をおぶり帰路に着くには些か少年の体には色々と苦痛であった。
往復して自転車を取りに行かないといけないというのは増して憂鬱だ。
ーー警察に連絡すればよかったのに、だけどもこのまま警察に行くのはまずい、と思う。もったいない、とも思った。今ならこの「非日常」を独占できる。
黒いドレスに包まれた屍人のようでありながら豊満な躰、鬼のような赤みを帯びた双角、鎖骨あたりから突き出た異形の骨格
、人外じみた美しさ。
彼女は、凡そ人ではないのだから。
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さあ、どうしようか。家に連れ込んだのはいいものの、ここからどうするか考えてなかったのは事実である。3割の悪心と7割の善心を持ってここまで連れてきた。
俺も男である。こんな美しい女の子は一生をかけても会えるか会えないか、そも、現実に存在するか怪しいレベルで綺麗な顔立ちだ。このまま関係を邪険にして終わらせたいわけではない、そも、
ーーーヤカンが湧く音が聞こえる。
そう、そもそも漂流してきた何かしらの被害者に手を出す程非道でも肝があるわけでもない。
夏場とはいえ海に晒されていいはずがないのだ。が、何からすればいいのか考えておらず適当にヤカンでお湯を沸かしたに過ぎない。今日は忙しくなりそうなので沸かしたお湯でカップ麺にお湯を注ぐ。今日はこれでいいか。
その3分、何度かスマホで「行き倒れ、遭難する人をみつけた、対処、」など検索してみても警察に連絡するだとか、専門的な知識だとかそれぐらいの記事しか見つからなかった。
自問自答ぐらいには分かりきっていて、とても使い物にはならない
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まあ、磯臭いのはいただけない。とりあえず眠ったままの彼女の身を綺麗にしてあげなければならない。濡れたままだと体温が下がるし、衛生上よろしくない。海を漂流していたせいか、お世辞にも衛生的だとは言えないのである。
適当にレンジで蒸した暖かいタオルで可能な限り、髪、体を拭く。
もう今だけはまじめに作業をしていた。
彼女は触れて仕舞えば壊れてしまいそうなほど儚く思え、タオルを持つ手は緊張して震える。
藻などが絡まった髪を揃え、櫛でとき、濡れたドレスは髪と一緒にドライヤーで乾かした。
後半は慣れてきたけれど、もうどうすればいいのかわからないのでめちゃくちゃだ。きっと女子が見たらがさつな俺を叱るのだろう。ふと親しい誰かがちらつき、頭痛がした。
風呂に入れればいいのだが、遠回りに色々していたのですっかり深夜を回っていた。まず俺に婦女子の風呂介護をするなんて度胸はない。
と、一工程終えたところだ。さてここからどうしよう、仕方なく毛布の上に載せているが海水で濡れてしまったのでこの毛布は明日には洗濯であろう。そして目を覚ます頃には何かかしら会話をして互いに情報交換をするのだ。
夢にまで見た非現実、転生という組み合わせ、俺は実に昂って、興奮していた。今が未知でたまらない、明日が楽しみで仕方ない、そんな希望と光を感じ、居ても立っても居られないので、さまざまな可能性を模索して部屋を歩き回る。
落ち着くと、彼女の枕元に座った。
さて、彼女に対する知識を俺は知っていただろうか。朧げな既視感しか抱けないが、確かにその風貌は何かの創作物の由来であることを脳が完全に肯定していた。
ーー思考する。考えてなければならない。海、黒、鬼、、、
喉まで出かかる、なんだったか。
女性、海、戦いーーー
そう、そうだ!
ーーーーー静寂、突き破る空を裂くかのような音
「ッッッッッ!?」
ドンッ!と体に楔でも打ち込まれたかのような衝撃が、咄嗟に顔を庇った腕から伝わる。
驚愕に目を見開く俺と、爛々と緋い瞳と明確な敵意を向けてくる彼女と目が合う。
思い出した。
彼女こそ深海棲艦、その姫級の戦艦棲姫。
ーーー無慈悲な人類の敵である。
掴まれた俺の腕から、ギリギリ、と軋む音がした。
本人は気づいていませんが、一般男性よりDEFとHPが高い設定です。普通、深海棲姫にどつかれたら死にます
話の割合
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日常、コメディ
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不穏さ、シリアルさ
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展開が素早い群像劇