TSした男がエルフになってなんやかんやで長い時を経て色々価値観が変わりながら人間のメンタルがエルフのメンタルに切り替わりつつ、戦闘狂になる話が見たかったので書きました。
TSした男がエルフになってなんやかんやで長い時を経て色々価値観が変わりながら人間のメンタルがエルフのメンタルに切り替わりつつ、戦闘狂になる話が見たい人やそうでない方もよろしくお願いします。
1.TS戦闘狂エルフができ上がるまで
戦乱の世に生まれたら、剣で頭をかち割られて死んだ。
次に目を覚ますと、元の自分とは似ても似つかない美しい少女になっていた。
俺が生まれた時代は、一言で言えば乱世だった。
日夜国が生まれては滅び、誰もが力任せの略奪を行い、法や秩序がその力を失った時代。
俺はそんな世界で普通の村人として十六年生きていたが、ある日なんの前触れもなく村に押し入ってきた賊に他の村人共々皆殺しにされた。
しかし目を覚ますと、まず俺は目の前に知らない人の死体があったので情けない悲鳴を上げてしまった。
周囲を見渡しても、死体、死体、死体。しかも全く見覚えのない人達で、加えて村の風景も見覚えがないものに変わっていた。
しばらく半狂乱で生存者を探して、誰もいないとわかってひとしきり泣いて。
逆に冷静になってきたところで自分の体の違和感に気付き、鏡を見つけて俺は俺がどこにでもいる男ではなく、美しい
エルフ。
長い耳と美しい容姿、そして数千年を超える寿命を持つ、精霊寄りの生命体。……という事は元々知っていたが、現実に存在するとは知らなかったし、自分がそれになるなんて思いもしなかった。
しかし何故俺がエルフになってしまったのか、全く理由がわからない。
元々の俺と今の俺の共通点なんて、おそらくは生まれた村を滅ぼされたくらいしか共通点はない。
生糸のように滑らかな金の髪も。
各パーツが小さく愛らしいが、瞳だけは大きく宝石のように輝いている顔も。
人間ならば年齢は一桁程度の小さな体も。
何もかも今までの俺と違う。
何故死んだはずなのに俺は生きているのだろう。何故俺の体は人間ではなく幼いエルフの物になっているのだろう。
疑問の答えは出てこないけれど、一つだけ言えるのは。
「……お腹減ったなぁ」
殺された時のことを思い出す。
頭が割られ、中から命が溢れ出す感覚。一瞬で、しかしゆっくりと、熱が空気に溶けて生命が意味を失っていく感覚。
何もかもが暗闇に熔けていくかのような、あの絶望。
思い出すだけで吐き気がしてくる。
だが、体は早く何かを食べなければ死んでしまうと危険信号を鳴らしていた。
死にたくない。
一度死んだというのもあったのだろう。
俺の思考はただそれだけに縛られていた。他に考えることはあっただろうに、とにかく自分が死なないことだけを考えて。
俺は、たとえ俺にとっては知らなくてもこの体の主にとっては同郷の仲間であり、家族であった人々の弔いよりも先に。
果実と剣を、握り締めた。
剣で切り殺されたせいなのか、俺は剣というものに強い畏れの感情を抱いていた。
剣で斬れば人は死ぬ。
剣で斬られれば自分は死ぬ。
だが、先に剣で斬り殺せば死なずに済む。
エルフの少女の体は、拾った剣を振るうにはあまりにも弱く、脆く、小さかった。少し剣を握っただけで掌の皮がすりむけ、腕が痛み、呼吸が荒くなる。
そんな体の危険信号を、本能的な恐怖が握り潰す。
今また剣を持った者に襲われたら、また殺される。
殺されたら、また死ぬ。もうあんな苦しい思いはしたくない。絶対に死にたくない。
『お父さんやお母さんが殺される、あんな光景は、もう見たくない』
俺のものでは無い誰かの悲鳴が脳裏を貫く。
肉体が、魂が奮い立たされ、全ての痛みを無視して俺は剣を振るった。
もう死にたくないし、死なせたくない。
奪われたくないし、奪わせなんてしたくない。
朝も、昼も、夜も。
季節が何度巡っても、俺は剣を振るい続けた。
手の皮が剥ける。
死ぬよりはマシだと、剣を握る手に力を篭める。
筋肉が千切れる。
死なせるよりはマシだと、立ち上がる。
意識を失う。
奪われるよりはマシだと、目を覚ます。
血反吐を吐く。
奪わせるよりはマシだと、また剣を振る。
エルフの少女の体は細く、脆い代物であったが環境の変化には強かった。
処理することの出来ない死体の山があった為村から離れ、近くの水場とそこにあった小屋で暮らしていたが、寒さで凍え死ぬようなことはなく、雪が降っていても少し冷たい程度にしか感じなかった。
三度目の冬が来た頃、ようやく一日剣を振っていても意識を失わないようになった。
その頃には剣を握っていない時間の方が不安だった。
これがないと自分が殺されるという妄想に囚われ、ひたすら剣を振り続けては疲労で倒れ、目を覚ましたらまた振る。
寝ても覚めても剣、剣、剣、剣、剣──────。
自分の動きが少し速くなる度に安心する。いや、それでしか安心が出来ない。
強くなることでしか己を満たせない。そうすることでしか生きているという実感が得られない。
気が付けば俺は、剣に狂い果てていた。
◆
「森の奥に剣術家のエルフが住んでいると噂に聞いたが、まさか本当にいるとは」
彼が現れたのは、五十回目の冬が終わる少し前だったか。
十五歳程の年齢に見える、赤い髪の青年。
俺はその頃には一刀で刃の長さよりも太い木を両断できるようになっていた。その訓練の過程で木を切り倒し続けたのもあって、俺の存在が噂として伝わったらしい。
「剣術家じゃない。俺は剣を振るってるだけ」
「しかしここに来るまで見事に切り倒された木々を見てきたが、あれは並の剣術で出来ることでは無い。そんなあんたの腕を見込んでのことなのだが……うちの村の用心棒になってくれないか?」
何でも村の近くに悪魔の眷属が現れるようになってしまい、村の者が怯えている。一番の腕利きであるこの男ですらどうにかできる問題では無い。だが、どうにかしなければ自分達は生きていけないと来た。
「報酬は?」
「俺達にできることならなんでも。正直、藁にもすがる思いなんだ」
俺は少し考えて、一言。
「いいよ」
「本当か!? っと、自己紹介がまだだったな。俺はリューガンだ。あんたは?」
名前を問いかけられ、そう言えばこの体の名前を知らないことに気がつく。
ならばと、男だった時の名前を答えようとしたが……どうしてもそれが思い出せない。幾ら記憶を辿っても、前世の『俺』の名を思い出そうとすると──────自分の頭が叩き割られる瞬間が脳裏に浮かび、それ以上思い出せなくなる。
「名前は、無い」
「それは呼びにくいな。じゃあ、俺はあんたをアイラと呼ぶが構わないか?」
「いいよ」
「ではよろしくなアイラ!」
こいつノリが軽いなと思ったが、根暗よりはずっとマシだ。
こうして、俺はエルフの用心棒アイラとなり、リューガンの村で暮らすようになった。
最初はリューガンの村の人間は、初めて見るエルフの俺を警戒していた。
だが、ある日村の近くに現れた魔獣を俺が斬り殺すと何人かは話しかけてくれるようになった。
「アイラってなんで耳が長いの?」
「……知らない」
「アイラってなんでそんな強いの?」
「わからない」
まぁ俺は何十年も一人で剣を振ってたせいで上手く人と喋れなくなっていたのだが。
「アイラはずっと一人であの森で暮らしてたのか?」
「村のみんなが殺されてからはずっと」
「そうか。実はな、俺も似たような出自なんだ」
リューガンは幼い頃に家族を流行病で無くし、口減らしに村を追い出され、狩りをして何とか食いつなぎながら、最終的にこの村の近くで倒れているところを保護されたらしい。
「お前がどう思っているかはわからんが、一人は寂しいからな。この村のことを第二の故郷とでも思って……いや、守ってもらってる身分で言い過ぎだなそれは」
「そんなことは無い。村の人には良くしてもらってるし、俺はもうこの村を故郷だと思ってるよ」
「……そういえば、アイラは自分のことを『俺』って言うんだな」
「変か?」
「変と言うより、イメージと違うな。何せ最初会った時は森の妖精かと思ったほどだったから」
「まぁ、エルフだからな」
「……あぁ! そうだな!」
リューガンは何かと俺の事を気遣ってくれた。
過去の自分と重ねているのだろうが、どんな理由であろうとも俺には彼の存在がありがたかった。
彼が居なければ、俺は怖くて森の外に出れなかっただろう。
剣を振るい続けていたのは、また襲われて殺されるのが怖くて、森の外に出れなかったからだ。
でもそれだけ振るい続けたおかげで、どうやら俺はそれなりに強くなったらしい。魔獣とやらは本当に怖かったけれど、剣を振るえば殺せるので、何とか追い払うことは出来た。
俺が剣を振るえば、誰かの暮らしが守れた。
三年も経つ頃には村の皆は誰も彼もが俺を受け入れてくれて、何もしなくても挨拶をしてくれるようになっていた。
「やはりアイラには敵わないな! 一体どんな修行をすればここまで強くなれるんだ?」
「ずっと剣を握って、皮が剥けても、血反吐吐いても剣を振る」
「拷問の間違いじゃないかそれ?」
俺の強さは、村一番の腕っ節を誇るリューガンを軽く捻れるくらい強いらしかった。彼の動きは止まって見えたし、俺は自分が思うよりも数倍速く動けるようになっていた。
村の子供達から剣を教えてとせがまれたので教えてみたら、一日で皆剣を放り捨てた。どうやら俺の指導は全く参考にならないらしい。
唯一ついてこれたのはリューガンくらいだが、彼も最初の一年は毎日意識を失っていたくらいだ。
「しかし、何故そんな厳しい修行を一人で続けられたんだ? 俺はお前という師がいなければ、確実に投げ出してしまっていたぞ」
「奪われたくない、からかな」
自分や誰かの命、この村での平穏。
尊ばれるべきもの、どこにでもある平和。そういうものが奪われるのは、俺が善人だからとかではなく当たり前に嫌悪するべきことだ。
奪われて死んだ人間である俺は、人一倍そういう思いが強かった。特にこの体になって暫くは強迫観念のようなものに囚われていたと思う。
剣で強くならなければ殺される。
そんな恐怖が、俺をつき動かしていた。
「アイラは、優しいんだな」
「そんなことは無い。ただ、臆病なだけだ」
「魔物が出たら誰よりも先に飛び出していくお前を臆病と呼ぶやつは、少なくともこの村にはいないさ」
そう言ってリューガンが微笑み、つられて俺も笑ってしまう。
こういう時間を守りたくて剣を握ったんだ。その選択をしてよかったと、心の底から思っていた。
それもこれも全て、あの日俺を森の奥から連れ出してくれたリューガンのおかげだ。
彼のおかげで、こうして人も触れ合うことが楽しいことを思い出せた。誰かと心を通わすことが嬉しいことに気が付けた。
「アイラ、見ろ! クソでかい魚が釣れた!」
「でけぇ」
「待ってろ! 今焼くから! お前にだけ食わせてやる」
「いや、皆で食べようよ」
「……そうだな! うん!」
村の人達と、リューガンとの日々は穏やかなものだった。
「またアイラに助けられたな。しかし……俺の五倍はある魔物をどうやって一刀で切り伏せたんだ?」
「十年も剣を振ってればできるよ。リューガンも」
「その十年って、一応聞くが十年ずっとって意味じゃないよな? 十年間鍛錬をすればってことだよな?」
たまに現れる魔獣も俺の敵ではなかったし、更に三年も経てばリューガン一人でも魔獣を倒せるようになっていた。
「なぁアイラ。もしも嫌でなければなのだが、俺と───」
「……嫌では無い、けど」
気が付けば、リューガンの顔に薄くシワが刻まれるようになった頃。
俺はリューガンにプロポーズをされた。
リューガンと出会って十七年が経っていた頃だ。元々男として生きていた時間よりもこの体になってからの方がずっと長かったが、この村で『女』として暮らした時間すらも男だった頃よりも長くなっていた。
だからなのか、その言葉を聞いて嫌だとは感じなかった。
「……俺、剣術以外何も無いぞ?」
「何言ってんだ。アイラは優しいだろ。俺はそういうところが好きになったんだよ」
自分が元男だとか、エルフだとか、そういうことはあまり気にならなかった。
ただこの村でみんなと長く暮らせることが、それを俺が守れてることが幸せで。そうした中でまた新しい幸せが一つ増えることが嬉しくて。
「……じゃあ、リューガンが俺より強くなったら」
「っしゃぁ! 勝負だアイラ! すぐにでも超えてやるよ!」
リューガンは才能があったから、俺が何十年も狂ったように剣を振り続けてたどり着いた場所に二十年も経たずに、常識的な鍛錬の中で辿り着こうとしていた。
その日も俺が勝ったけど、正直抜かされるのは時間の問題だとわかっていた。我ながら狡い答えだ。それなら最初からOKしてやればいいものを。
俺とリューガンの噂を聞いて、村の皆が祝ってくれた。
まだ勝ってないけれど、俺の顔を見ればすぐに察したのだろう。何人かの子供は泣きながらリューガンに決闘を申し込んでいたが、しっかり返り討ちにあっていた。
特に村の女性はみんなで綺麗な花嫁衣装を作ってくれると言ってくれて、連日採寸で駆り出され、見たこともないような綺麗な布を商人から仕入れてくれたりもして、本当に嬉しかった。
そしてこの頃だっただろう。
俺は自分のことを『俺』と呼ぶのをやめて、エルフの少女のアイラとして、『私』として自分を認めることが出来るようになった。
「……リューガンって、『私』のこといつから好きだったんだ?」
「む、無理に喋り方を変えなくてもいいからな? なんかドキドキするし」
「私なりのケジメだよ。それより、質問に答えて」
「大きな魚を釣って、お前に見せた時だ。あの時、お前が見せた笑顔に惚れた」
「最初からじゃないんだな。ま、いいけど」
そうして身を寄せあって、手を握る。
幸せというものが、どんな形をしているかは分からないけれど。
幸せというものは、きっとこんな暖かさをしているのだろう。
「なるほど。これは眷属では歯が立たぬはずだ。これほどの剣士は我も見たことがない」
感情の色のない、冷たい声が私を見下ろしていた。
その日、村の前に奴は現れた。
見た目は頭の横に羊のような角があり、神父のような黒い礼装に身を包んだ美しい男性。
だが、近づかれただけで脊髄に氷柱を突き刺されたかのような不快感が走り、その存在を確認したら恐怖で震えが止まらなかった。
魔獣を眷属とし、生命の魂を喰らう存在──────悪魔。
一瞬で、コイツはこのままだと村のみんなを殺し尽くすと理解した。
だからなんの躊躇いもなく剣を抜き、斬りかかった。だが数秒後には私は体の至る所を貫かれ、地面に転がっていた。
そしてそんな私の真横で、悪魔は村に大量の魔獣を放った。
悪魔に立ち向かう前に、私は村のみんなを逃がしていた。
だが、人間の足で逃げ切れるような存在ではない。すぐに遠くから悲鳴が聞こえ始めて、私はひたすらに叫んだ。
最初はやめろ、と怒鳴りつけていた。
悪魔のまるで聞こえていないかのような素振りに、次は先に私を殺せ、と叫んでどうにか気を引こうとした。
それでも悪魔は、欠片も私に意識を割かない。
やめてください、と懇願した。それでも悪魔は私を存在しないかのように扱う。
そして、近くの街に買い物に出ていたリューガンが戻ってきた。
彼は悪魔と私の姿を確認すると、剣を抜き斬りかかった。私に逃げろと伝えて、悪魔と戦闘を始めた。
「───だが、所詮は人間であったな。我々に敵うはずも無い」
そして、殺された。
悪魔の影が樹木のように伸び、既に事切れたリューガンの体を串刺しにして、趣味の悪いオブジェのように飾り立てている。
この頃には悲鳴もすっかり聞こえなくなり、私はただ許しを乞うていた。
守れなかった人々や、私を守ろうとして死んだ愛する人にでは無い。目の前のその元凶に、悪魔にごめんなさいと泣き縋り、許してくださいと懇願していた。
もう、自分で自分の感情を制御できていなかったのだ。
全てを奪われ、その元凶が恐ろしくて仕方なくて、意味が無いとわかっていても許しを乞う。
「はやく、私も、殺してください……」
それが精一杯絞り出せた言葉。
全てを奪った相手に対してこの言葉を言わなければならない屈辱。腸が煮えくり返り、噛み締めた奥歯が砕けそうだった。
けれど、私ではこの悪魔に絶対に勝てない。だからせめて、みんなと一緒に死にたかった。
「ふむ、お前エルフか。しかし若いな。まだ魂が青い。お前は食わん。次会った時に食ってやるから、しばし待て」
それだけ言って、悪魔はリューガンの死体を影に沈めると。
私を放って、帰っていった。
ふざけているのか、と思った。
だが一日経っても悪魔は戻って来る気配はなく、三日経ってようやく立ち上がれるようになってすぐに後を追ったが、痕跡一つ掴むことは出来なかった。
……そもそも、今挑んでも返り討ちにされるだけ。
降り注ぐ雨に頭が冷やされ、幽鬼のような足取りで村へと帰る。
そこに人の気配はなく、生存者は一人もいないことなんて探さなくてもわかった。
だって、この静かさは知っていたからだ。
この体で初めて目を覚ました時のエルフの村を包んでいた静寂。それと全く同じ、耳を劈く静寂が全てを支配していた。
「あ、あ……」
失った。
また失った。
思い出すのは前世の最期。
頭を叩き割られて息絶えた、一人の男の末路。
奪われるのが怖くて、恐ろしくて抗ったのに。
私はまた、奪われた。弱いから奪われた。奪わせてしまった。許されない邪智暴虐を許してしまった。
許せない、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!
私から幸せを奪った、愛する人を奪ったあの悪魔が許せない。地獄の果てまで追い詰めて、存在を選んだことを後悔させてから殺してやる。
その為ならば、もう何もいらない。私は強さ以外の全てを捨ててもいい。もう何も奪わせ無い為ならば、あまりに安い代償だ。
そうして、私はある服に袖を通した。
本当なら式の時に着るはずだった、花嫁衣装。
純白のドレスを身に纏い、心の奥に怒りを楔として打ち込む。
これを着て皆に祝われるはずだった未来。
それを奪われた痛みを忘れないように。
それから百年、剣の修行を続けた。
素早く踏み込んで斬り殺す。悪魔の攻撃は速かったから、まだ私は遅いということだろう。
足が動かなくなるまで踏み込みの鍛錬を続ける日々。他にやることと言ったら、破れたドレスの修繕だけ。
痛みや苦しみで我に返りそうになった時、このドレスを見れば思い出すことが出来る。
試着した姿を見せた時のリューガンの笑顔が蘇り、ほんの少しだけ楽しい気分になれる。本当ならこの手にあった幸福が、今は存在しないこと。
それを思い出せば痛みも苦しみも忘れられる。憎悪が俺の心を満たし、気力や体力の代わりに燃え盛って体を動かしてくれる。
百年間、踏み込んで斬るを繰り返した。
気が付けば周囲の地形が変わっていて、仕方なく場所を変えた。
踏み込んで、斬る。
踏み込んで、斬る。
また何年か経ち、気が付くと辺りには奇怪な形の盆地が幾つも生み出されていた。
このままではまずいと、修行は山で行うようにした。
そして、山を平らにしてしまった頃。
「貴殿が剣を極めたと噂の───なるほど、エルフであったか」
一人の人間の男が、私の元を訪れた。
名前は……覚えていない。
と言うよりも人間の男の名前を覚えたくなかった。それを覚えてしまうと、リューガンの名を忘れてしまう気がしたからだ。
「私は剣術を極めたいと心より願っている。故に、貴殿と真剣勝負がしたい」
男は剣術を極める為に旅をしており、その途中で落雷の降り注ぐこの山の奥に凄まじい剣客がいるという噂を聞いたらしい。
落雷なんてここ数年見ていないが、多分私の踏み込みの音のことだろう。
剣の道を極めるために、是非とも私と殺し合いをしたいらしい。
そうわかった時、この男は馬鹿なのだと心の底から憐れんでしまった。こんな人を傷つけるだけの技を極めて何になる? 守りたいものもなければ殺したい相手もいない、ただ極めたいという理由だけで剣を握れるなんて、頭がおかしいんじゃないのか?
そうやって突っぱねたいところだったが、私は激しく気分を害されていた。
それに、戦闘というものをここ最近やっていなかった。そして目の前には、死んでも心の痛まない肉袋。
「……ははっ、見事! 貴様ほどの剣士に殺されるなら、本、望」
男の強さは私の想像を遥かに上回っていた。
全ての動きが研ぎ澄まされていて、速度自体は目で追えるのに次の動きが予想出来ない。
しかも力も速さも私より数段上だった。なんとか受けることだけはできて、体力だけはこちらが勝っていた故に相手の動きに隙が生まれなければ、私の首は今頃切り落とされていた事だろう。
百年もない寿命で、これほどの技を身に付けるなんて。
それでも、勝ったのは私だ。勝ったということは生きている。生きているということは、正しいということ。
そう思った瞬間、私の中に暗い快感が迸った。
私は勝った。つまり私はこの男よりも正しい。この男のように、剣を極める為に強くなるなんて馬鹿らしい。生きる為に、守る為に剣を極めることこそが正しいんだ。
屍を踏みつけ、その事実を確認する度に口端が釣り上がる。
笑顔になるのなんて何時ぶりだろうか。そうして思い出したのは、私の笑顔に惚れてくれた彼の事。
彼は今の私の笑顔を見たら、どう思うのだろうか。
薄ぼんやりとしたそんな思考を、勝利の愉悦がかき消した。
それから私は山を降りて、人間とまた関わるようになった。
と言っても、前のように人を助けるためでは無い。むしろその逆だ。
最初は手頃な盗賊団の一人を殺して、仲間として雇ってもらった。
次にその盗賊団を皆殺しにして、その首を持って近くの街に衛兵として雇ってもらった。
だが衛兵というのは性に合わなかった。うっかり訓練相手を斬り殺してしまい追われる身となり、その先で傭兵という天職と巡り会った。
私が再び人間と関わるようになったのは、より多くの実戦経験を積むためだ。
人間という生き物は盛んに殺し合う。そして傭兵とは、その殺し合いを金で肩代わりする仕事だ。殺し合いの内容はどうでもいいが、とにかく経験を積みたい私にとってはこれ以上ない最高の仕事。
ある時は国最高の騎士と謳われた男の抹殺。
ある時は軍隊ですら手を焼いた盗賊団の殲滅。
ある時は国と国との戦争。
その全ての中で、私はただひたすらに敵を殺し続けた。
人間との戦闘というのはやはり厳しく、何度も死にかけたし何度も殺されかけた。だが私は生きていた。生き延びて、殺し続けて、己の正しさを証明し続けた。
私が知らないうちに人は進化を遂げていた。
魔術と呼ばれる奇怪な技。己の身体能力を強化したり、炎や風の刃を打ち出す技術。これには何度も頭を悩まし、私も使えないかと頭を捻ったものだ。
まぁ結局は剣の勝負では邪魔なのであまり使わなかったが、剣士である私は魔術を専門とする魔術師相手の勝負は、結構死にかけたものだ。
それでも私は勝ち続けた。
「アイラってホントハンパねぇほど強いよな。俺にもその剣術教えてくれよ」
そう語り掛けてきた同僚を表に突き出して、本気で殺し合いして斬り殺した。
教えてくれと言ったのだ。
傭兵にとって商売道具である己の強さを譲れ、と言っているようなもの。
それならば、向こうも私の強さの糧になるくらいの気概でいてくれなきゃ不公平だろう。しかしその男は弱かったのでなんの経験にもならなかったが。
「それほどの強さを持ちながら、何故あのような賊に手を───」
そう問いかけて来た騎士の男を斬り殺した。
なんでって、そりゃあ向こうが先に依頼してきたからだ。別に私は強くなりたいから人間に手を貸してやってるだけだし。
「待ってくれ、金なら払う! お前が依頼された額の五ば」
命乞いとしてはつまらないセリフを吐いた男もいた。
金で動くなんてそんなくだらないことはしないし、本人は弱いし本当に最悪だった。しかし部下は中々強く、久しぶりに血を流したくらいだったのでそれで満足はできた。
「頼む、あの子たちだけは───」
命乞いを無視して、男とその家族を斬り殺した。
男は強かった。技も力も私の方が勝っていたはずなのに、明らかに動けなくなるほどの傷を負わせたのに、何度も立ち上がって私に斬りかかってきて、腕を千切られかけた。エルフでなければ治らない程の深い傷だ。
だが、勝ったのは私だった。
相手の全てを否定し、私が生きている!
そう実感した時の快楽は、やはり何ものにも変え難い。
強者を倒し、己の強さと正しさを証明するこの瞬間。私の剣がこの世の何よりも正しい、私の剣がこの世の何よりも強い。
この快感の為に私は剣を握っているのだ。
……と、服の裾が少し破れていることに気が付いた。
あの日からずっと着続けていて、修繕を繰り返し、もはや形以外同じところなんてないツギハギのドレス。
それでも私はこの服を着続けている。この服を着ている限りは忘れないで済む。
私の強さは、正しさは全てここに詰まっている。
あの日奪われた幸福が正しいものであるという、あの日幸福を奪ったものが間違いであるという証明。あの悪魔を再び見つけ、今度こそ殺してやるという誓いの証。
「忘れない為にも、服は大切にしなきゃ、ね?」
今自分が斬り殺した少女の衣服を少し切り取り、持ち帰る。
後でドレスに縫い合わせ、その形を維持する為だ。
そんな私の癖から、傭兵の間では私は『鴉の花嫁』なんて呼ばれているらしいが、最悪の呼び名だと思う。
私は鴉なんかではなく、そんなものとは比べ物にならないくらい素敵な人の花嫁なのに。
……もう一度、彼に会いたいなぁ。
傭兵は長く続け過ぎると名前が売れ過ぎて面倒になる。
最近ではエルフであることを明かすだけで面倒事に巻き込まれるようになったし、何十年か殺し合いをしたらしばらく人里から離れて鍛錬するというサイクルが出来上がっていた。
剣術は一人で鍛えるには限界があるし、最近は鍛錬は魔術中心。と言っても魔術は発動のラグがあるので、主に鍛えるのは魔力による身体強化。あとは根本的な量の鍛錬だ。
そうして暫く鍛錬を重ねたら、また人間と殺し合う。
人間の技は、私の想像を遥かに超える速度で研ぎ澄まされていく。
百年前の同じ流派では想像もつかないような鮮やかな技もあったし、一代限りの天性の才に任せて振るわれる一撃も魅力的だ。
人間は死にやすいからこそ、戦闘に全てをかける。
矜恃、理念、哲学、感情。
全身全霊、全てを賭けて勝とうとしてくる。
それを否定する瞬間こそが、私の最大の楽しみだった。
自分の強さが相手を上回っている。これ以上の快楽がどこに存在するだろうか?
負ければ全てを否定される恐怖は、戦いを彩るスパイス。
その恐怖があるからこそ勝利の快感は堪らないものに至ってくれる。
……時たまに、何かを思い出したかのように血の臭いに激しい嫌悪感が湧き上がることもあった。
でも我慢しなくちゃいけない。
だって、強くならなくちゃいけないんだから。強くなる為には、強者を倒すのが手っ取り早い。
誰かがそれを止めようとしている気がするけれど。
じゃあこれ以外の方法はあるの、と問いかければ黙ってしまう、そんな気がした。
だから私は勝ち続けた。
勝って、勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って!
「馬鹿な、我が……負ける……? あの時、殺して、おけ、ば……」
ある日、一体の悪魔を斬り殺した。
まぁまぁ強かったけれど、それだけ。
悪魔の体液はその死とともに消えるから、服が汚れなかったのだけは嬉しかったけれど、特に感慨というものは無い。
残心。剣を収め、勝利の愉悦を噛み締める。その最中に、悪魔の最期の言葉が蘇る。
「……あ。アイツってもしかして」
そこでようやく、今の悪魔が⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の仇であることを思い出した。
もう何年前だったか思い出せないくらい昔の事だったから、つい忘れてしまっていた。
そうか、私は遂に仇を討つことが出来たんだ。
その事実に遅れて実感が湧いてきて、体の内を喜びが駆け巡る。
やっぱり私は間違えていなかった。
あれほど強かった悪魔を斬り殺せたならば、私が今日まで積み上げてきたものは正しかったんだ。
ひたすらに剣を磨き、強者を喰らい、己の強さを研ぎ澄ます日々。
刃向かってくるものも、逃げるものも、命乞いするものも、誰も彼も斬り殺して己を鍛え上げた血の日々こそが正しかったんだ!
そうでなければ、誰も幸せになれない。
幸せになることが正しいこと、奪われないことが正しいこと。
もうどれほど前だったか忘れてしまった、あの日々の幸福こそが正しいのならば。
それを壊した悪魔を殺した私は、幸せになれるはずなんだ。幸せになれなければいけないんだ。
じゃあ、私の幸せって何だっけ?
「……次はどんな強者に会えるかな」
それを成し遂げるために生きなければ。
相手より強くなり、相手の全てを否定し、奪われる前に奪う。
その強さだけが幸福であり正しさ。それこそが、私の気の遠くなる人生が導き出してしまった結論。
剣で相手を殺すということが、生きるということ。
それに気づいたのは傭兵になる前でも、初めて人を斬り殺した時でも、悪魔に全てを奪われた日でも、彼と出会った日でも、剣を握った日でもない。
まだ人間の男だった時。
頭を剣で叩き割られ、全てを奪われた時。
私は知ってしまったんだ。
生きることは、他者を打ちのめし奪うことなのだと。
とっくの昔に、私はどうしようもないくらいに剣に狂った戦闘狂だったのだ。
◆
これは一つの御伽噺。
雪のような真っ白な髪に、青白い肌。錆び付いた血のような真っ黒なドレスに身を包んだ、絶世の美女。
彼女と出会ってしまったが最後、地の果てまで追いかけられ最後には首を切り落とされてしまうと言う。
そのドレスは、見た者が必ず死ぬからこその喪服だと言われており、親の言うことを聞かない悪い子は彼女に殺されてしまうとも言われている。
そうして、彼女は殺した相手の衣服を剥ぎ取り、自分のドレスに縫い合わせる。まるで烏が死肉を啄むように。
御伽噺の名前は『
多くの人々が知っていて、多くの人々が信じていない洞話。
「多分五百年くらい経ったかな? さて、人間はどんな風に進化してくれてるかなぁ?」
そこにあったのは花嫁の残骸。
信念を失い、虚の中にかつての手段を詰め込み、それだけを目的にした殺戮人形。
御伽噺が五百年ぶりに、人の世界に蘇ろうとしていた。
今回の登場人物
・アイラ
長生きし過ぎて色々狂い、殺し合いに勝つことだけでしか己を満たせなくなってしまった元純心TSエルフ。精神の変容に合わせて髪の色が抜け、瞳の色が黒になってしまった。いつ狂ったのかと言われたら前世で斬り殺された時。
スペックは低いが鍛錬と戦闘の経験がバグっているので強い。