逃げ惑う人と、追いかける人。
この構図は何年経っても好きになれる気がしない。
だって追っている時はどんな状況でも自分が悪党になってしまっているかのような気分になる。殺し合いは善悪もクソもないから楽しいと言うのに。
何度も躓きながら私から逃げ惑う男を、歩いて追いかける。
向こうは足取りが覚束無いとはいえ走っているのだから追いつくことは無い、はずなのに。
いつの間にか男と私の距離はゼロになり。
首根っこを引っ掴んで、私は男の体を適当に放り投げる。
木にぶつかって止まった男は、震えながら私を睨みつけてナイフを構えた。
「なんなんだよ、なんなんだよお前!」
「なんなんだよとは失礼だな。見ての通り剣士だよ。そっちこそなんなの? その手に持っているナイフは飾り? 軽業師じゃないの? 暗殺者じゃないの? 或いはナイフはブラフで武闘家? 魔術師?」
長年の相棒である剣を見せつけて、自分が剣士であることを明かす。
人間の世界ってのは、たった数十年で世情が大きく変わる。
鍛錬期間から開けて久々に人間と関わる時は、決まってまずは情報収集をしなければならない。
ただ突っ立ってれば向こうから殺しに来てくれるほど、人間の道徳は甘いものでは無い。
まぁこの男達は、私が一人で山道を歩いているところを襲ってきたのだが。
それはそれとして、情報収集としていちばん手っ取り早いのは人間に聞くことだ。
私にとって人間の常識や歴史は五百年前のもので止まっているが、その時代を生きる人間にとっては知らないわけが無い常識なのだ。一から十まで、向こうの方が詳しいに決まっている。
「剣士……お前、剣士なのか?」
「そうだよ。まさかたった五百年で剣が滅びたなんてそんなことは……」
「た、頼む! 殺さないでくれ! 俺の持ってるものはなんでも渡すし、なんだってしてやる! だから命だけは……」
詳しいに決まっているのだが、様子がおかしい。
私が『剣士』だと名乗った瞬間に態度が急変。
頭を抱えて泣き出してしまい、何を聞いても命乞いしかしてくれなくなってしまった。
その脅えようは尋常ではなく、半ば錯乱状態。
目の前で仲間を自分以外全員斬り殺されて、それでも先程までは逃げ惑いながらナイフを向けてくる元気があった。そもそも仲間が殺される時に私が剣を抜いたのを見たはずだ。
なのに、私が剣士と名乗った瞬間に様子が急変した。
たまたまこの男が『剣士』というフレーズに酷いトラウマを持っていたのか、或いは。
剣士という言葉が示すモノが、この五百年で大きく変わったか。
「ねぇ、君」
「頼む、殺さないでくれ……俺はクズで、どうしようもねぇ悪党かもしれねぇけど、せめて人間らしく死にたいんだ。お前達に、剣士になんか殺されたくねぇ」
「……おい、お前」
「殺さないで、殺さないで、殺さないで……」
別に私は殺人鬼じゃない。無抵抗の相手なんて、依頼でもなければ殺してもつまらない。
私が殺すのは、戦う相手と邪魔な相手だけだ。目の前の男の仲間は、私を襲って所持品を全部奪おうとしてきたから、返り討ちにして全部奪ってやった。
だがこの男はもう何も出来ないだろう。
泣きながら失禁して、私に脅えながら私の事なんて眼中に無い。自分が作り出した『剣士』の幻しか見えていない。
「なぁ、今そのナイフを私の首に突きつければ、私の事殺せるんじゃないのか?」
「…………敵うわけが無い。剣士に、人間が勝てるわけねぇだろ」
わざわざ目線を合わせ、私の首にナイフを刺しやすい形にしてやってるのに。
男は弱音ばかりで何もしようとはしなかった。
この様子なら、もう二度と悪さをしようなんて考えないだろう。
私は立ち上がり、剣を振るってから男の元を離れる。
そのまましばらく男のすすり泣く声が聞こえたが、十秒ほど経ってからごとり、と何か重いものが地面に転がる音がして、それっきり声は聞こえなくなった。
うん、我ながらいい一撃だった。
首を斬られたことに気づけないほどの斬撃。実戦では役に立たないが、こういう自分の技術の向上を実感出来る技は良い。
もしも男が一瞬でも私を殺そうと再びナイフを構える動きをしたら、今は動けない程度に痛めつけてやろうとは思ったが、殺しはしなかった。
だって、本気で脅えている相手に挑めるほどの精神力の持ち主だ。きっと、私に与えられた恐怖と屈辱を忘れずに己を磨き、再び戦場で相見えた時に私を楽しませてくれる。
でもそうでないならダメだ。
戦場にそんな心持ちの雑魚が増えられても邪魔で鬱陶しいだけ。二度と戦いに参加しなくても、人間全体の練度がこの男の弱気一つである多少落ちるかもしれない。
何より、生かす理由が特にないなら殺してしまえば楽でいい。
ただでさえこういう輩を生かすと変な噂が広まるのだ。『鴉の花嫁』でも結構最悪だと思ってるのに、もっと酷いものの花嫁になんかされたらたまったものでは無い。
私が愛しているのは、今は剣と殺し合いだけ。
誰にでも体を許す尻軽女だと思われては本当に困る。
体目当ての下衆を返り討ちにするのは面白くもなんともない。そういう輩は、男に生まれたと言うだけで女を弱いと思い込み、男という立場に甘えてろくに鍛えもしなかった雑魚ばかりだ。
百害あって一利なし。
だから殺す。そうした迄。
なのに、こういう風に人を殺すといつも胸の奥に変な突っかかりが生まれてしまう。
私の幸せは戦い、勝利し、相手を否定すること。その邪魔になるものを排除するのは、私が幸せになるために必要な事だろうに。
まぁ、この感覚はいつもすぐ忘れるものだ。
忘れてしまうということは、所詮その程度のものなのだから。
困ったことに、ろくな人間に会えない。
五百年前は歩いてればそのうち誰かしらとは会えたと言うのに、もう二週間も人間に会えていない。
賊にすら最初の奴ら以外に会えていない始末。もしかして、この五百年で人間社会の治安というのはかなり良くなったのだろうか。
これでみんなお行儀よく殺し合いなんてやめましょう、みたいなスタンスになられていたら私としては非常に困る。なにせ、殺し以外を生業にしてきた経験がないし、それ以外にやることがない。
街や集落の類は発見出来たが、まだ現在の常識も知らない状態で訪れると要らぬ混乱を産むことになる場合もある。
街道沿いを歩いているのに、人一人とも会わないなんて幾らなんでも運が悪すぎる。
そんなことを考えながらぶらついていると、慣れ親しんだ香りが鼻腔をくすぐった。
好きでは無いが、嫌いとも言えない鉄の香り。
その香りに誘われて私は街道を外れ、獣道を掻き分け、山の奥へ奥へと足を進めてしまう。
なにせ血の匂いがするところにはいつも
しかし、血の匂いの元に辿り着いた時には、私の口角は下がり心の内には温い酒でも飲まされたかのような不快感しか残ってはいなかった。
破壊され尽くした小さな山小屋。
死体の数は凡そ十。その全ては大人の男のもので、皆体のどこかしらを切り裂かれて死んでいる。
そしてそんな血溜まりの中で、息をしている小さな影が一つ。
「キミがこれをやったのかな?」
「……あんた、誰?」
歳の頃は十歳前後だろうか。
刃のような鋭く、されとて曇りのない鈍色の輝きをした瞳。全身に浴びた血の色と同じ髪の色。
呼吸は荒く、全身傷だらけ。
だがこの場で生きているのは彼だけ。話しかける理由なんて、それだけで十分だった。
「通りすがりの剣士だよ」
「……っ!」
剣士、という言葉に反応して少年は立ち上がろうとしたが。
既に体は限界だったのだろう。
立ち上がることはできず、その場に倒れ込んでしまう。
なのに、少年は私を睨み続けていた。
もがき、何とか立ち上がろうとしている。傍らの、体格に不釣り合いな剣を血が出るほど強く握りしめ、何がなんでも私を殺さんと必死に体を動かしている。
「お前も、この剣が目当て、か?」
「剣……? 自分の剣なら持ってるからいらないよ。それより私の質問に答えてくれない? この周囲の奴ら、全部キミがやったの?」
「……そうだって、言ったら?」
改めて、男達の体をよく見る。
全員相当な強者だ。
生涯の殆どを鍛錬に費やし、油断も慢心もなくこの少年を殺そうとしたのだろう。全員筋肉が強ばっていて、死ぬ直前まで動こうとしたのがわかる。
この男達相手であったならば、実戦経験のない頃の私では三人に囲まれたら負けていたであろう。
それを幼い子供が、たった一人で十人相手取り殺しきるなんて。
何より、この少年の目だ。
私に向けてではなく、『剣士』というものに強い殺意を抱いている。何をしても、何を捧げてもそれを殺すという意思だ。
この子は強くなる。
私が長い生涯で見てきた中でも、指折りの強者になる才覚がある。
「別に、どうもしないけど? 私は通りすがりだし。キミが動けないのも怪我よりは疲労が大きいから、放っておいても死にはしなさそうだしこれで失礼するね」
「なっ、くっ……待て! お前、剣士じゃないのか!?」
その場から立ち去ろうとする私を少年は引き止めてきた。
前の賊と言いこの少年と言い、剣士という言葉にやたら過敏に反応する。この五百年で剣はそんな珍しい物にでもなったのだろうか?
いや、少年も周りの死んでいる男達も皆剣持ってるな。じゃあなんでだ?
思考の最中に、風が頬を撫でた。
頬を風が撫でるなんて、今まで生きてきた年数よりも果てしなく、数えることもないような些細な事象。
だが私の全本能が、今まで積み重ねてきた経験に裏打ちされた直感が、濃厚な死の気配を嗅ぎ取り、私は少年を抱えて真横へと飛び退いた。
同時に、私と少年が先程までいた場所が、見えない刃が通過したかのように地面が割れ、延長線上にあった半壊した山小屋が両断され、土埃を上げながら崩れていく。
「おいおい、ガキ一人殺すだけなのに全員殺されたのか? それとも、こいつらを殺したのはそっちの嬢ちゃんか?」
声のした方を見れば、そこらで死んでいる男達と似たような服装をした男が一人。
これ見よがしに自身が持つ剣……いや、あの独特の形状の片刃は確か刀と言っただろうか。
それを見せつけながら、悠々と血溜まりに足を踏み入れてこちらへと近づいてくる。
なんてことだ。
コイツが今何をしたのか、私は全く分からなかった。
飛ぶ斬撃使いなら死ぬほど見てきたし、魔術を使って斬撃が飛んだかのように見せてくる相手も見てきた。
だが、私の耳には奴が刀を振るった音が聞こえなかったし、魔力の動きも一切感じとれなかった。
一体どうやって、大地を切り裂くほどの斬撃を飛ばしたんだ?
私にそれを見抜くことが出来るだろうか。
予備動作の分からない不可視の斬撃。それを掻い潜り、私はこの男に勝つことが出来るだろうか。
少年をその場に下ろし、私は男と向かい合って剣を抜こうと……。
「知らねぇよ。この女は、今さっき出てきただけだ。目的は『魔剣』でも無いらしい。テメェの仲間は全員ガキ一人に殺されたんだよ」
「そうなのか? なんかやる気満々みてぇだが……」
「やる気なら、ご自由にだが、その間に俺は、逃げる」
「それは困るな。よし、嬢ちゃん。今すぐ全部見なかったことにして逃げれば殺さねぇと約束する。こっちも暇じゃないんでね」
抜こうとしたのに、何やら少年と男が勝手に話を進めてしまった。
「殺す殺さないは置いておいて、一つ質問いいかな?」
「んだよ。こっちも仕事だからさっさとしろ」
「私がここで逃げたら、お前はこの少年をどうする?」
「どうするって、そりゃあ殺───」
一歩、地面を踏み込む。
素早く男の背後に回り、首めがけて刃を振るう。
だが刃が男の首を切り落とす直前で、見えない何かに食い止められて、幾ら押し込んでもそれ以上進まなくなってしまう。
「おいおい、俺達に殺し合う理由はないだろ?」
「でもお前、強いんでしょう? そしてあの少年を殺すんでしょう?」
「だからそれがなんだってんだよ」
「じゃあこうするのが正解だ」
少年はいつか強くなるし、コイツは強い。
なら少年を生かして、コイツとは今戦う。それがベスト。殺さない理由がないのならば殺してしまうのが一番合理的だ。
身を翻しながら距離を取り、また風が頬を撫でる。
「避けろッ!」
少年に言われるまでもなく、私は一歩横に移動する。
それとほぼ同時に頬の薄皮がぱっくりと裂け、血が滴り落ちる。
男は剣を振ってすらいない。
だが確かに現実として、私の頬は見えない刃に切り裂かれている。
「テメェ馬鹿なのか? 剣士みてぇだがその剣、ただの剣だろ?」
「逆にただの剣以外を使う剣士っているの?」
「……ははっ、『魔剣』を知らねぇとは本当に世間知らずのバカみてぇだな!」
「くっそ、何やってんだアンタ! 今すぐ逃げろ! コイツの狙いは俺だ!」
男も少年も何やら盛り上がっているが、私には何も理解できない。
魔、という単語は魔力を表す言葉だ。
魔力を扱い術を成すのが『魔術』。魔力で肉体が構成された悪を成す存在だから『悪魔』。
ならば、『魔剣』とは魔力で構成された剣や、魔術で作られた剣を指す筈だろう。
しかし男が持っている剣からは、一切魔力を感じない。
困ったなぁ、本当に分からないことだらけだ。
分からないことだらけで、本当に。
…………本当に、この瞬間は血が滾る。
「なんだ、逃げねぇのか?」
無言で剣を構え、返答とする。
情報が圧倒的に不足している私に、今は言葉を紡ぐ余裕なんて一切ない。
五百年の時の中で、どうやら人間はまた新たな武具か技術を生み出したらしい。そしてそれと相手する時は、いつも心が踊る。
死ぬかもしれない、負けるかもしれない、けれど同時に、勝てるかもしれない。
この不可視、無挙動の斬撃を乗り越えた自分を想像しただけで頬が吊り上がる。この技によっぽど自信があるのか、余裕たっぷりに私を憐れんでいる男の顔が敗北と絶命の苦痛で彩られるのを想像しただけで愉悦が満ちる。
「───アイラ」
「あ?」
「アイラだ。流派は我流、いざ尋常に───」
「本当に古臭いしめんどくせぇなお前。名乗りたきゃ地獄で一人で叫んでろ!」
男の怒号と共に、一際強く風が吹く。
「水」
その一言で、私の全身は雨でも浴びたかのように水に濡れた。
勝利の為に思考を走らせる。
風が吹くと斬撃が走る。
ならば一番に思いつくのは斬撃の正体は『風』だ。
相手には剣を振るって鎌鼬を飛ばす様子も、魔術を使っている形跡も無い。それでも、相手の斬撃の正体が風ならば、ようは空気の動きだ。
エルフは人間よりも五感が鋭い。
水に濡れ、吹き付けてくる風の冷たさがより敏感に感じられるようになれば。
「なっ、テメェ見えて……」
風の動き程度なら理解は出来る。
避けられるかは、自慢の踏み込みに賭けるしかなかったが。
私に向かってくる風を避け、男との距離を詰める。
「幾ら頭を捻ろうがな……『魔剣』を持ってる俺に、持ってねぇテメェが勝てる理由なんてねぇんだよ!」
また風が吹き、周囲が見境なく切り刻まれていく。
少年は……偉いな、何とか這いずって距離を取っている。
しかしさっきからこの男、叫ぶばかりで刀を振るってこない。それなのにやたらと武器のことを持ち上げるし、やはりあの魔力を一切感じない刀がこの風のカラクリなのだろうか?
……なら、試してみるか。
次の問題は私の一撃を止めた謎の技。風を操るのと同じ系統だとしたら、これも空気だろう。
自分で言うのも恥ずかしいが、私は剣の才能がない。
同じ時間で同じような修行を積めば、大抵の者は私よりも上手く剣を振るえるようになる。
だから私の勝ち方は基本一つ。
素早く踏み込んで、敵の首を切り落とす。
一歩踏み込めば、目の前には私の姿が消えたように見えて驚いている男の顔。
その首に情けも躊躇もなく、片手で剣を握り直し斬り込む。
「はっ、ビビらせやがって。幾らお前が強くても、俺が魔剣を持ってる限り……」
予想通り、私の刃は男の首に触れる直前で見えない壁によって止められる。
本来ならこの距離であれば相手がすぐに攻撃に移ることは難しい。だが、この男は剣を振ることなく相手を切り裂ける。すぐに引かなければ私とて全身を切り刻まれ死ぬだろう。
だが、私が切り刻まれる前に。
カラン、と何かが落ちる音。
男の視線が自身の足元へと映る。そこには一振の刀が落ちていた。
「
前に賊から盗んでおいた、血に濡れたナイフを男に見せつける。
ちなみに血は今濡れたてホヤホヤ。なにせ、男の腕の腱を切り裂いて、刀を握れないようにしたのはこのナイフなのだから。
「て───」
また怒号が響く前に、止まっていた剣に力を込め直す。
今度は何にも阻まれることなく男の首を切り落とし、力を失った体がこちらに倒れ込んできたので蹴り飛ばした。
……正直、終わってみればガッカリだ。
空気か何かの鎧で全身、特に腕周りを覆ってたら動きにくいだろうからと手始めに腕の関節にナイフを刺してみたらあっさり通ってしまい、そのまま勝ててしまうとは。
見えない斬撃も鎧も脅威だったのに、使い方がまるでダメ。
絶対もっといい使い方があったはずだ。私は頭良くないから思いつかないけど。
この特殊能力が『魔剣』とやらの力で、これ頼りの人間ばかりだとしたら……しばらくは暇になってしまうかもしれない。
……だが、それならそれでやりようはある。
血溜まりを歩き、私は少年の方へと近づいていく。
彼の目には今、私しか映っていない。
それがわかっているからこそ私は近づくんだ。
彼は私がなんの躊躇いもなく人を殺すのを目撃した。
誇りも何も無い、人を殺すだけの技。相手を倒す為だけに鍛え上げた邪の道だ。
なのに、その目は嵐の中の一番星のように、確かに煌めいている。
「ねぇ、キミ……」
「アイラ、さんだったか? ───俺を弟子にしてくれ」
望んでいた言葉は、彼の方からかけられた。
彼は強くなる。
何せ彼は狂っている。彼ならばきっと剣の道を極めることが出来る。
そして、いつか私は彼と殺し合うだろう。
その時果たして、私は彼に勝てるだろうか?
考えただけで、嬉しくてついにやけてしまう。
◆
この世は剣を中心に回っている。
だから俺は剣が嫌いだった。
こんな物一本の為に人が死ぬ。こんな物一本で、人の運命が狂ってしまう。そんな世の中間違っている。
間違っているけれど、抗うことは出来ない。
父さんが殺され、一人になった。
形見のこの剣を狙ってくる相手をずっと返り討ちにし続けたが、それも限界を迎えようとしていた、その時。
まるで死神のような、白と黒を湛えた彼女は俺の目の前に現れた。
俺では絶対に勝てない、強大な『魔剣』を持つ剣士を、魔剣を持たない彼女が斬り殺す姿は、きっと一生忘れない。
恐ろしかった。
自分が死ぬかもしれないと言うのに、彼女は楽しそうに笑い続けていた。真剣に、自分の死の可能性を考えた上で笑みを浮かべていた。
そしてそれ以上に、美しかった。
行動全てに無駄がない。どれほど研ぎ澄ませばこの領域に足を踏み入れられるのか、想像が付かない。
まさに神業。
彼女がいれば、俺の絵空事は現実になるかもしれない。
父の仇を討つことも。
全ての魔剣を破壊することも。
「───俺を弟子にしてくれ」
でも、その言葉を口にした時。
俺の頭にあったのはたった一つだ。
この人に追いつきたい。
この人のように剣を振るいたい。
この人に、勝ちたい。
これまでの人生の全ての積み重ねを、その時は忘れてしまっていた。
俺の魂は、どうしようもないくらい彼女の振るう剣に焼かれてしまっていた。
「キミ、名前は?」
「リューガ」
「……ッ。そう、素敵な名前だね。……よろしくね、少年」
こうして俺はアイラさんの弟子になった。
白い髪と黒い瞳、パッチワークのドレスに身を包んだ剣の鬼。
この時、彼女の弟子になんてならなければ俺は幸福な人生を歩めたかもしれない。
酷い後悔も、挫折も、苦しみも、何も味わわずに済んだかもそれない。
それでも、この選択に後悔なんて微塵もなかった。
たとえ地獄に落ちたって、俺が彼女に出会えたことはかけがえのない運命だったと思えるのだから。